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番外編 夢の続きをあなたと3

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 サーシャが紅茶と茶菓子を用意してくれて、しばらくは他愛ない雑談が続く。

「晴天の霹靂とはこのことだよね。血筋だけが取り柄の貧乏貴族として暮らしてた僕が皇帝とはね~。ハルス神もびっくり仰天なんじゃない?」

(気さくというか天真爛漫というか……)

 今までアデリナが抱いてきた皇帝のイメージと彼は、あまりにかけ離れている。ジェインは穏やかな口調で相槌を打つ。

「国民はヨセフ陛下に大きな期待を寄せていますよ。もちろん僕も」

 ジェインはそう言って彼を褒めた。

「陛下はとても慧眼です。これまで皇宮も中央政治とも無縁だったなんて信じられないほどに」

 口ぶりからお世辞ではないことがわかる。手を焼きながらも、ジェインは彼に仕えることをうれしく思っているようだった。カイはあいかわらず憮然とした表情のままだ。その不機嫌を隠そうともせずにヨセフに言う。

「ところで、この度はどういったご用件だったのですか?」
「あぁ! 貴族たちが僕の結婚相手候補をと変なリストを持ってきてね」

 ジェインの説明によると、彼はまだ十七歳だが皇帝という地位を得たこともあり早々に正妃候補を絞ろうということになったのだそうだ。カイはますます怪訝そうな顔になる。

「陛下のご結婚とこのモリンザの街となんの関係が?」

 彼の疑問はもっともだ。アデリナもどう話が繋がるのかさっぱりわからない。

「街の視察に来たわけじゃないよ。もっとも僕が生まれ育ったのは帝国の南側だから真反対の北の街がどんなものか見たいとは思ったけどね!」

 ヨセフの故郷はシュルガーという南の国境沿いの街だそうだ。すぐ隣には古くからの同盟国であるビアルツ王国がある。
 ヨセフはずいと身を乗り出すと、カイとアデリナを見つめて目を輝かせた。

「街ではなくて、視察したかったのは君たち夫婦だ。五年婚制度なんてわけのわからない制度で夫婦となったふたりがどう暮らしているのか興味がある」
「わけがわからない……ですか?」

 カイとアデリナは顔を見合わせる。帝国でこの制度が始まったのは遠い昔のことだ。すでに当たり前のものとして定着していると思っていた。

「うん。だって、ビアルツ王国では結婚は個人の自由で決めるよ。我が国の話をすると決まって大笑いされる。ローゼンバルト帝国は前時代的だとね」

 すると給仕係として控えていたサーシャがおずおずと口を開く。

「私は、陛下の仰っていることもわかります。当然と思っているのは貴族の方々だけで庶民は結構冷めているというか……」
「そうなのか。貴重な意見をありがとう、サーシャ」

 ジェインが優しく礼を言うと、サーシャはぽっと頬を赤く染めた。彼女はジェインのファンなのだ。

「ね、変だと思っているのは僕だけじゃない」

 サーシャを味方につけたヨセフはうれしそうにほほ笑む。

「それで、私たちを調査に?」

 アデリナが聞くと、ヨセフはにやりと目を細めた。

「でも、ちょっと違う目的もできたかも」

 それはなんでしょう、とアデリナが聞く前にヨセフはカイに向き直る。

「君の名前はカイと言ったよね?」
「はい」

 カイの声は心なしか冷ややかだ。彼はヨセフを高く評価していたはずだが、アデリナにちょっかいを出されたのが相当気に入らないようだ。

「カイ。君の奥さん、僕に譲ってくれない?」

 これにもっとも焦ったのはジェインだった。

「陛下。なにを仰っているのか……リストには陛下にふさわしい女性が大勢いますから」
「一目惚れしちゃったんだもん」

 悪びれるふうもなく、ヨセフは続ける。

「彼女は天下のオーギュスト家が嫁に認めたくらいなんだから素晴らしい女性なんでしょ。僕は甘ちゃんだから、少し年上くらいの女性が合うと思うんだけど」

 あまりのことに、アデリナは頭がクラクラして言葉も出なかった。カイとヨセフは静かににらみ合っている。ゆっくりと、だが、きっぱりとカイは告げる。

「それは不可能です。諦めてください」
「皇帝の頼みでも?」
「はい」

 ヨセフはめげない。

「帝国の領土を半分あげるって言っても?」

 ジェインは隣で青ざめているが、カイは顔色ひとつ変えずに答える。

「えぇ。たとえ全土でもイエスと言う気はありません」

 ヨセフは楽しそうにお腹を抱えて肩を揺らした。

「じゃあさ、彼女が僕がいいって言ったら? そのときはどうする?」

 カイはちらりとアデリナを一瞥すると軽く目を伏せた。

「ありえません」
「えぇ~。わからないじゃない? じゃあここに滞在する三日間、僕が彼女を口説いてみてもいい?」

 カイは目を見開き、ヨセフにふっとほほ笑んだ。

「陛下のお嫌いな時間の無駄になるかと思いますが、それでもよろしければ」

 ヨセフが騎馬の話をしていたとき、カイはもう帰ってきていたのか。アデリナはそんなどうでもいいことを考えた。きっと、現実逃避をしたかったのだろう。
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