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番外編 特別な日

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番外編 特別な日
 
 貴族学院の校舎には下校する生徒たちの賑やかな笑い声が響いていた。大勢の女性徒のなかに紛れていても、カイの目はすぐに彼女を見つけ出す。

 まっすぐに伸びた背中を緩やかに流れる白銀の髪が、西日に照らされキラキラと輝いていた。十歳のカイは、祈るような気持ちでアデリナの後ろ姿を見つめる。

(こっち、向かないかな~)

 その願いもむなしく、彼女の背中はゆっくりとカイから遠ざかっていく。いつものことではあるけれど……カイは小さくため息を漏らした。
 彼の目はいつだってアデリナの背中を追いかけているが、彼女のあの美しい瞳にカイの姿が映ることはほとんどない。アデリナは勉強にしか興味がないようで、自身に向けられる男子たちの熱い視線にはまったく気がついていないのだ。

 リビングルームのソファにだらしなく寝転びながら、カイは思わずひとりごちる。

「教師になりたいな」

 教師ならばアデリナの視界に入ることができる。それどころか、熱心に話も聞いてもらえる。カイは彼らが羨ましくてならなかった。

「いつの間に将来の夢を変更したんだ?」

 ひとりごとのつもりだった言葉に返事があり、カイは驚いて身体を起こした。

「ヴィル! いつ帰ってきたの?」
「今、到着したばかりだ」

 立ち姿のりりしい彼は、カイより九つ年上の長兄だ。騎士団に所属後は実家を出て独立していた。団長の任務は多忙なようで、彼が実家に顔を出すのは久しぶりだった。

「おかえり!」

 ヴィルのことが大好きなカイは喜びを隠しきれない。ヴィルはカイの頭を撫でながら、彼の隣に腰をおろした。

「カイの夢は俺と同じ、騎士団長じゃなかったのか」

 ヴィルに聞かれてカイは口ごもった。

「いや、教師は……職業としてなりたいわけじゃなくて」

 しどろもどろになるカイにヴィルはなにかを察したらしい。にやりと笑ってカイを見やる。

「なるほど、うわさの真珠姫だな」

 カイの顔がかっと赤く染まる。

「そんなうわさ、どこでっ」

 ヴィルはくっくっと楽しそうに肩を揺らして、質問に答える。

「ジェインから聞いてるぞ。カイは宿敵のエバンス家の娘に夢中だとね」

 次兄のジェインはまだ十五歳で、同じ貴族学院の生徒だ。アデリナばかり見ているカイの姿に気がついたのかもしれない。カイはバツが悪そうにうつむいた。

「兄としてひとつ助言してやろう」

 カイは唇を引き結んだまま、ヴィルを見あげた。

「勉強にしか興味のない女子を振り向かせる方法だ。知りたいか?」

 カイは答えなかったが、ヴィルにはすべてお見通しだった。くすりと笑って、彼は耳打ちする。

「勉強で勝つことだ。そうすれば、彼女は絶対にお前を意識する」
「勉強~?」

 カイはがくりと肩を落とす。

「知ってるだろ、俺が勉強はてんでダメなこと。アデリナにかなうわけがない」
「カイの家庭教師たちはみんな、身体能力は素晴らしいのに……って愚痴をこぼしてたな」

 文武両道なヴィルやジェインと違い、カイは勉強は苦手だった。神童と名高いアデリナに勝てるはずがない。

「苦手なもんは苦手なんだから仕方ない。そのぶん、身体を鍛えて立派な騎士になるよ」

 開き直るカイにヴィルは苦笑混じりで言う。

「お前は勉強もできるはずだ。なんたって、俺の弟なんだから。それに……お前の真珠姫に対する気持ちはその程度なのか?」

 負けず嫌いなカイをたきつけるようにヴィルは言葉を続ける。カイはとうとう観念し、ぼそりとつぶやいた。
「――わかった。やるよ、勉強。アデリナに勝つまで」

 ヴィルはしてやったりという顔でにんまりと笑んだ。

「その調子だ。カイは好きな女に振り向いてもらえる。お前の成績がよくなれば、オーギュスト家の名もあがる。いいこと尽くめだな」

 成績を心配したヴィルにうまくのせられたような気がしないでもないが……彼の言うことは一理あるとカイは思った。勉強にしか興味のないアデリナに自分を見てもらうためには、勉強でアピールするのが一番の近道かもしれない。

 
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