29 / 44
五章2
しおりを挟む
次に訪ねたのは上官であるエスファハーン総司令官のもとだった。反皇帝派の情報を集めるためだ。カイの話を聞いた彼は少しためらいながら、重い口を開く。
「まぁ、小さな火種を大きくしようとしている奴らがいるのは事実だな」
「少し前のスリュー地方での暴動、あまりにも不可解な点が多いですよね」
カイが核心に切り込むと、彼は落ち着きなく視線をさまよわせた。その様子からカイは自分の憶測が的外れではないことを確信する。
「暴徒軍は立派な武器をそろえ、想像以上に統制が取れていた。地方役人が寝返ってくらいでああはならないでしょう。裏で支援していた者がいるはず……」
暴徒軍と向き合ったときから違和感があった。あれは、民衆の蜂起といったレベルではない。
「スリュー地方での戦いは前哨戦なのでは? いずれは帝都ローザで――」
そこまで言って、カイは続く言葉を飲み込む。総司令官の目が『それ以上話すな』と訴えていたからだ。エスファーン家は皇帝を巡る対立のなかで中立を保っている。この騒動に深入りしたくない彼の心情は理解できる。
カイはそれ以上の追及はせず場を辞した。総司令官の屋敷からオーギュスト本家の屋敷へと続く大通りを急ぎながら、思考を巡らせる。
屋敷に着くと、待ち構えていたようにジェインが話し出した。
「僕も少し動いてみた。反皇帝派は思っているより本気のようだな」
「この帝国の人間はどうしようもないほど血に飢えてるんだな」
カイは吐き捨てる。
(皇帝もレイン殿下も、なにが神の分身だ。名誉と権力に取りつかれた俗物そのものだろうが)
現皇帝カールが玉座に座るために、多くの血が流れた。カイの尊敬していた兄ヴィルも、アデリナの父と姉もその犠牲者だ。だが、それでも飽き足らず皇宮という名の魔境はまだ血を求めているらしい。
ジェインは冷静に淡々とした口調で言う。
「まぁ、内乱の覚悟はしておこう」
前回は叔父と甥、今回は父と子の間で。ジェインはレインをたきつけている反皇帝派の貴族たちの名をいくつかあげたが、カイはそんなものに興味はなかった。
「オーギュスト家としては、もちろんカール陛下を――」
ジェインの言葉を遮って、カイは椅子から立ちあがる。
「悪いが、オーギュスト家がどっちにつこうが俺には関係ない。アデリナに害を及ぼす気ならどっちも排除する」
不自然な結婚の理由がおぼろげながら見えてきた。おそらく、レインは父陛下への反逆にアデリナをなんらかの形で利用しようとしているのだろう。本人にその気はなくとも彼女は反皇帝派の旗頭になりうる存在だ。
ジェインは面食らったように目を見開き、苦笑を返す。
「それは、ずいぶんと穏やかじゃないね」
「俺のせいで、オーギュスト家は帝国の歴史から完全にその名を消すことになるかもしれないから先に謝っておく。だが、止めても無駄だ、諦めてくれ」
「いやいや」
「アデリナの無事を確かめてくる」
「早まった動きはするなよ!」
カイはジェインの小言を背中で受け流して部屋を出た。
ジェインはバルコニーに出て、ミュラー家に向かおうとしているカイの姿を見送った。思わずふっと笑みがこぼれる。
「若いっていいなぁ。僕は応援するよ。……ねぇ、君もそう思うだろ?」
ジェインは誰かに問いかけるように、空を見あげた。どんよりと厚い雲に覆われた暗い空だった。
「まぁ、小さな火種を大きくしようとしている奴らがいるのは事実だな」
「少し前のスリュー地方での暴動、あまりにも不可解な点が多いですよね」
カイが核心に切り込むと、彼は落ち着きなく視線をさまよわせた。その様子からカイは自分の憶測が的外れではないことを確信する。
「暴徒軍は立派な武器をそろえ、想像以上に統制が取れていた。地方役人が寝返ってくらいでああはならないでしょう。裏で支援していた者がいるはず……」
暴徒軍と向き合ったときから違和感があった。あれは、民衆の蜂起といったレベルではない。
「スリュー地方での戦いは前哨戦なのでは? いずれは帝都ローザで――」
そこまで言って、カイは続く言葉を飲み込む。総司令官の目が『それ以上話すな』と訴えていたからだ。エスファーン家は皇帝を巡る対立のなかで中立を保っている。この騒動に深入りしたくない彼の心情は理解できる。
カイはそれ以上の追及はせず場を辞した。総司令官の屋敷からオーギュスト本家の屋敷へと続く大通りを急ぎながら、思考を巡らせる。
屋敷に着くと、待ち構えていたようにジェインが話し出した。
「僕も少し動いてみた。反皇帝派は思っているより本気のようだな」
「この帝国の人間はどうしようもないほど血に飢えてるんだな」
カイは吐き捨てる。
(皇帝もレイン殿下も、なにが神の分身だ。名誉と権力に取りつかれた俗物そのものだろうが)
現皇帝カールが玉座に座るために、多くの血が流れた。カイの尊敬していた兄ヴィルも、アデリナの父と姉もその犠牲者だ。だが、それでも飽き足らず皇宮という名の魔境はまだ血を求めているらしい。
ジェインは冷静に淡々とした口調で言う。
「まぁ、内乱の覚悟はしておこう」
前回は叔父と甥、今回は父と子の間で。ジェインはレインをたきつけている反皇帝派の貴族たちの名をいくつかあげたが、カイはそんなものに興味はなかった。
「オーギュスト家としては、もちろんカール陛下を――」
ジェインの言葉を遮って、カイは椅子から立ちあがる。
「悪いが、オーギュスト家がどっちにつこうが俺には関係ない。アデリナに害を及ぼす気ならどっちも排除する」
不自然な結婚の理由がおぼろげながら見えてきた。おそらく、レインは父陛下への反逆にアデリナをなんらかの形で利用しようとしているのだろう。本人にその気はなくとも彼女は反皇帝派の旗頭になりうる存在だ。
ジェインは面食らったように目を見開き、苦笑を返す。
「それは、ずいぶんと穏やかじゃないね」
「俺のせいで、オーギュスト家は帝国の歴史から完全にその名を消すことになるかもしれないから先に謝っておく。だが、止めても無駄だ、諦めてくれ」
「いやいや」
「アデリナの無事を確かめてくる」
「早まった動きはするなよ!」
カイはジェインの小言を背中で受け流して部屋を出た。
ジェインはバルコニーに出て、ミュラー家に向かおうとしているカイの姿を見送った。思わずふっと笑みがこぼれる。
「若いっていいなぁ。僕は応援するよ。……ねぇ、君もそう思うだろ?」
ジェインは誰かに問いかけるように、空を見あげた。どんよりと厚い雲に覆われた暗い空だった。
0
お気に入りに追加
740
あなたにおすすめの小説
【完結】【R18】女騎士はクールな団長のお役に立ちたい!
misa
恋愛
アマーリエ・ヴェッケンベルグは「脳筋一族」と言われる辺境伯家の長女だ。王族と王都を守る騎士団に入団して日々研鑽に励んでいる。アマーリエは所属の団長であるフリードリッヒ・バルツァーを尊敬しつつも愛している。しかし美貌の団長に自分のような女らしくない子では釣り合わないと影ながら慕っていた。
ある日の訓練で、アマーリエはキスをかけた勝負をさせられることになったが、フリードリッヒが駆けつけてくれ助けてくれた。しかし、フリードリッヒの一言にアマーリエはかっとなって、ヴェッケンベルグの家訓と誇りを胸に戦うが、負けてしまいキスをすることになった。
女性騎士として夜会での王族の護衛任務がある。任務について雑談交じりのレクチャーを受けたときに「薔薇の雫」という媚薬が出回っているから注意するようにと言われた。護衛デビューの日、任務終了後に、勇気を出してフリードリッヒを誘ってみたら……。
幸せな時間を過ごした夜、にわかに騒がしく団長と副長が帰ってきた。何かあったのかとフリードリッヒの部屋に行くと、フリードリッヒの様子がおかしい。フリードリッヒはいきなりアマーリエを抱きしめてキスをしてきた……。
*完結まで連続投稿します。時間は20時
→6/2から0時更新になります
*18禁部分まで時間かかります
*18禁回は「★」つけます
*過去編は「◆」つけます
*フリードリッヒ視点は「●」つけます
*騎士娘ですが男装はしておりません。髪も普通に長いです。ご注意ください
*キャラ設定を最初にいれていますが、盛大にネタバレしてます。ご注意ください
*誤字脱字は教えていただけると幸いです
交際7年の恋人に別れを告げられた当日、拗らせた年下の美丈夫と0日婚となりました
cyaru
恋愛
7年間付き合ってきた恋人のエトガーに遂に!遂に!遂に!求婚される?!
「今更の求婚」と胸を弾ませ待ち合わせのレストランに出向いてみれば求婚どころか「子供が出来たし、結婚する」と運命の出会いをしたという女性、アメリアを紹介された。
アメリアには「今度は言動を弁えろ」と言わんばかりのマウントを取られるし、エトガーには「借りた金は出産祝いでチャラにして」と信じられない事を言われてしまった。
やってられない!バーに入ったフライアは記憶を失うほど飲んだらしい。
何故かと言えば目覚めた場所はなんと王宮内なのに超絶美丈夫と朝チュン状態で、国王と王太子の署名入り結婚許可証を見せられたが、全く覚えがない。
夫となったのはヴォーダン。目が覚めるどころじゃない美丈夫なのだが聞けばこの国の人じゃない?!
ついでにフライアはド忘れしているが、15年前に出会っていて結婚の約束をしたという。
そしてヴォーダンの年齢を聞いて思考が止まった。
「私より5歳も年下?!」
ヴォーダンは初恋の人フライアを妻に出来て大喜び。戦場では軍神と呼ばれ血も涙もない作戦決行で非情な男と言われ、たった3年で隣国は間もなく帝国になるのではと言われる立役者でもあったが、フライアの前だけでは借りてきた猫になる。
ただヴォーダンは軍神と呼ばれてもまだ将軍ではなく、たまたた協定の為に内々で訪れていただけ。「すぐに迎えに来る」と言い残し自軍に合流するため出掛けて行った。
フライアの結婚を聞いたアメリアはエトガーに「結婚の話はなかった事に」と言い出すのだが…。
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★7月5日投稿開始、完結は7月7日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。
箱入り令嬢と秘蜜の遊戯 -無垢な令嬢は王太子の溺愛で甘く蕩ける-
瀬月 ゆな
恋愛
「二人だけの秘密だよ」
伯爵家令嬢フィオレンツィアは、二歳年上の婚約者である王太子アドルフォードを子供の頃から「お兄様」と呼んで慕っている。
大人たちには秘密で口づけを交わし、素肌を曝し、まだ身体の交わりこそはないけれど身も心も離れられなくなって行く。
だけどせっかく社交界へのデビューを果たしたのに、アドルフォードはフィオレンツィアが夜会に出ることにあまり良い顔をしない。
そうして、従姉の振りをして一人こっそりと列席した夜会で、他の令嬢と親しそうに接するアドルフォードを見てしまい――。
「君の身体は誰のものなのか散々教え込んだつもりでいたけれど、まだ躾けが足りなかったかな」
第14回恋愛小説大賞にエントリーしています。
もしも気に入って下さったなら応援投票して下さると嬉しいです!
表紙には灰梅由雪様(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)が描いて下さったイラストを使用させていただいております。
☆エピソード完結型の連載として公開していた同タイトルの作品を元に、一つの話に再構築したものです。
完全に独立した全く別の話になっていますので、こちらだけでもお楽しみいただけると思います。
サブタイトルの後に「☆」マークがついている話にはR18描写が含まれますが、挿入シーン自体は最後の方にしかありません。
「★」マークがついている話はヒーロー視点です。
「ムーンライトノベルズ」様でも公開しています。
腹黒伯爵の甘く淫らな策謀
茂栖 もす
恋愛
私、アスティア・オースティンは夢を見た。
幼い頃過ごした男の子───レイディックと過ごした在りし日の甘い出来事を。
けれど夢から覚めた私の眼前には、見知らぬ男性が居て───そのまま私は、純潔を奪われてしまった。
それからすぐ、私はレイディックと再会する。
美しい青年に成長したレイディックは、もう病弱だった薄幸の少年ではなかった。
『アスティア、大丈夫、僕が全部上書きしてあげる』
そう言って強姦された私に、レイディックは手を伸ばす。甘く優しいその声は、まるで媚薬のようで、私は抗うことができず…………。
※R−18部分には、♪が付きます。
※他サイトにも重複投稿しています。
婚約者の王子に殺された~時を巻き戻した双子の兄妹は死亡ルートを回避したい!~
椿蛍
恋愛
大国バルレリアの王位継承争いに巻き込まれ、私とお兄様は殺された――
私を殺したのは婚約者の王子。
死んだと思っていたけれど。
『自分の命をあげますから、どうか二人を生き返らせてください』
誰かが願った声を私は暗闇の中で聞いた。
時間が巻き戻り、私とお兄様は前回の人生の記憶を持ったまま子供の頃からやり直すことに。
今度は死んでたまるものですか!
絶対に生き延びようと誓う私たち。
双子の兄妹。
兄ヴィルフレードと妹の私レティツィア。
運命を変えるべく選んだ私たちは前回とは違う自分になることを決めた。
お兄様が選んだ方法は女装!?
それって、私達『兄妹』じゃなくて『姉妹』になるってことですか?
完璧なお兄様の女装だけど、運命は変わるの?
それに成長したら、バレてしまう。
どんなに美人でも、中身は男なんだから!!
でも、私達はなにがなんでも死亡ルートだけは回避したい!
※1日2回更新
※他サイトでも連載しています。
【完結】君こそが僕の花 ーー ある騎士の恋
冬馬亮
恋愛
こちらの話は、『あなたの愛など要りません』の外伝となります。
メインキャラクターの一人、ランスロットの恋のお話です。
「女性は、花に似ていると思うんだ。水をやる様に愛情を注ぎ、大切に守り慈しむ。すると更に女性は美しく咲き誇るんだ」
そうランスロットに話したのは、ずっと側で自分と母を守ってくれていた叔父だった。
12歳という若さで、武の名門バームガウラス公爵家当主の座に着いたランスロット。
愛人宅に入り浸りの実父と訣別し、愛する母を守る道を選んだあの日から6年。
18歳になったランスロットに、ある令嬢との出会いが訪れる。
自分は、母を無視し続けた実父の様になるのではないか。
それとも、ずっと母を支え続けた叔父の様になれるのだろうか。
自分だけの花を見つける日が来る事を思いながら、それでもランスロットの心は不安に揺れた。
だが、そんな迷いや不安は一瞬で消える。
ヴィオレッタという少女の不遇を目の当たりにした時に ーーー
守りたい、助けたい、彼女にずっと笑っていてほしい。
ヴィオレッタの為に奔走するランスロットは、自分の内にあるこの感情が恋だとまだ気づかない。
※ なろうさんでも連載しています
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる