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三章2

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彼へのいとおしさが込みあげてきて、思わずふっと口元が緩む。アデリナは甘えるように、カイの背中にこつんと額をつけた。

「ごめん。そういう女性がいたりしたのかなって……ちょっと嫉妬しちゃったの」
「女に贈り物をしたいだなんて思ったのは、お前が初めてだ」

 背中で答える彼の耳がほんのりと赤く染まっているのに気がついて、アデリナは目を細める。それに、本当は知っている。カイは女性をアクセサリーのように軽く扱うような男ではない。強引に始まった初夜ですら、結局はアデリナの身体を思いやってくれたじゃないか。

「うん。じゃあ遠慮なく、おねだりしていい?」

 珍しくアデリナが素直になると、カイはくるりと振り返り彼女の頬にキスを落とした。

 店内には手頃な価格のアクセサリーがたくさん並ぶ。本物のジュエリーとはもちろん違うが、これはこれでまた別の魅力があるのだ。

「ガラス玉……か?」

 本物しか知らないカイはやや戸惑っているが、アデリナは気にせず商品を手に取る。

「かわいい! こっちも素敵ね」

 カイはあきれたように肩をすくめて、「まぁ、楽しそうでなによりだ」と父親みたいな台詞を吐いた。

 さきほど食べた砂糖菓子のように淡く優しい色の石が並ぶ指輪、アンティーク調のブレスレット、眺めているだけで心が浮き立つ。

「あれは……」

 少し視線をあげたアデリナが目を留めたのは、ガラスケースのなかに入ったネックレスだ。小さな深紅の石があしらわれていて上品だ。

(そういえば、クリスティア姉さまはルビーが大好きで本当によく似合っていたな)

 大好きな姉の姿を懐かしく思い出す。どちらかといえば母親似のアデリナと違い、クリスティアは父親似だった。赤みがかった髪を持つ彼女は、情熱的でセクシーな赤色を好んでいた。

「このへんは本物みたいだな」

 カイの言うとおり、このガラスケースにおさめられたアクセサリーはどれも本物の宝石があしらわれているようだった。下段の商品とは値段も一桁違う。

「お前にはこっちが似合うと思うけどな」

 カイはガラスケースの商品を眺めながら、そんなふうに言ってくれる。カイは店員を呼んで、ガラスケースを開けてもらうよう頼んだ。高額商品が売れるかもと踏んだ女性店主は途端に愛想がよくなる。

「これほどの美女には、やはり本物がお似合いですよ~」
「あぁ、俺もそう思う」

 店主のお世辞を真に受けて、カイはうなずく。カイはルビーのネックレスを店主から受け取り、アデリナに差し出した。

「これが気に入ったのか?」

 アデリナはネックレスを見つめながら、首を横に振る。

「ううん。私じゃなくて、ルビーはクリスティア姉さまが――」

 言ってしまってから、アデリナははっと口をつぐんだ。カイの前で、あえて彼女の話題を出す必要などないのにうっかりしていた。ふたりの間を気まずい空気が流れた。

「クリスティアは……お前の姉の名だったな。変な気を使うな」

 寂しげな笑顔で言って、カイは商品棚に視線を戻す。

「――うん」

 そう言われても、これ以上クリスティアの話題を続けようとは思えなくて、アデリナは黙った。クリスティアにはきっとよく似合うであろうルビーを自分が試してみる気にはなれず、アデリナはそっとそれを店主に返す。

「あぁ、ほら。アデリナにはこっちが似合う」

 振り返った彼の笑顔はいつもどおりで、アデリナはほっと安堵する。

(私が思うほどには、カイはもう過去を気にしてないのかもしれない)

 彼にならって、アデリナもできるだけ前を向こうと小さくうなずく。

「どれ?」

 明るい声で言って、カイに寄り添う。

「こっちの青い石」

 カイが選んだのは大粒のサファイアが輝く華やかなブローチだった。アデリナのプラチナブロンドとアイスブルーの瞳にさぞかし映えることだろう。屋敷でドレスを用意してくれたときにも思ったことだが、彼はアデリナに似合うものをよく知っている。

「ありがとうございました! またぜひに」

 ほくほく顔の女店主に見送られながら、ふたりは店を出る。

 結局、すごく高価なものを買ってもらっちゃって……本当にありがとう。ずっと大切にするわ」

 アデリナの言葉に、にやりと笑った彼の瞳が妖しく輝く。

「礼はもっと別の形でもらいたいな」

 アデリナはきょとんとして彼を見返す。

「別って?」
「アデリナからのキスが欲しい」

 かっと、アデリナの頬が熱くなる。あたふたと落ち着きなく視線をさまよわせながら、小さく答える。

「キス……なんて、いつも勝手に」

 好きなときに好きなだけしているじゃないか。アデリナが目で訴えると、カイは楽しそうに目を細める。

「だからこそ、だ」
「でも、こんな人の多い場所でっ」

 賑やかな大通りは、ふたりと同じようにバカンスに訪れている客でいっぱいだ。カイは待ってましたとばかりにくくっと肩を揺らすと、アデリナの手を引き、裏通りへ連れ込んだ。

「ほら、ここなら誰もいない。人目があるのが問題だったんだろ」

(――はめられた!)

 だが、今さら気がついてももう遅い。カイはアデリナを壁際にじりじりと追いつめ、逃げ場を奪う。整いすぎているほどに綺麗で……いとおしくてたまらない彼の顔が間近に迫ってくる。アデリナは観念して覚悟を決めた。

「い、一度だけね」

 ドキドキとはやる鼓動を感じながら、アデリナは彼に唇を寄せた。柔らかく、温かい。あんなに恥ずかしいと思っていたのに、いざキスをしてしまえば、今度はこのぬくもりを永遠に失いたくないと願ってしまう。唇を割って、カイの舌が侵入してくる。甘く焦らすように動くそれにアデリナの身体は熱を帯びる。

「んうっ」

 銀糸を引いて、彼の唇が離れていく。名残惜しくて、アデリナはすがるような瞳を彼に向ける。カイはふっと薄く笑んだ。

「そんな顔をされると、この場で無理やりしたくなるな」

 そして、アデリナの顎を持ちあげもう一度深く口づけた。さっきよりずっと激しく情熱的なキスだ。彼の膝がアデリナの太腿に割って入る。大きな手がドレスの裾をたくしあげ、素肌をいやらしく撫で回す。息も絶えだえにアデリナは訴えた。

「ダ、ダメよ。こんなはしたない……」

 外で、なんて貴族の子弟のすることではない。だが、言葉とは裏腹にアデリナの最奥はしっとりと潤んでいた。身体は素直に彼を求めて、熱くなっている。

「本当にダメだと思っているか、身体に聞いてみようか」

 ぺろりと舌なめずりして、カイは指先を奥へと進める。薄布ごしに指を往復させ、アデリナの羞恥心を煽る。

「あ、ああっ」

 彼女の身体がどうなっているか、カイはもう見抜いている。アデリナに顔を寄せ、低い声で耳打ちする。

「聞こえるか? お前が俺を欲しがって啼く声が」

 カイはするりと指を滑りこませると、彼女の秘所を直接まさぐった。淫らな水音がアデリナの脳を直接刺激する。つぷりと指先を進め、なかのいいところでカイは指を折る。その瞬間に、アデリナの身体はびくびくと大きく震えた。アデリナは白い喉をのけ反らせて、快楽に耐える。

「もっ、許して。お願い……」

 涙にぬれた瞳でふるふると首を振る。カイはすっと指を引くと、アデリナのこめかみにキスを落とす。

「涙は……反則だろ」
「だ、だって」

 これ以上はとても耐えられそうにない。理性を失った獣になってしまいそうだ。

「わかったよ。その代わり、今夜は覚悟しておけ」
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