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二章7

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 この日を境に、カイはいつでもどこでも時間の許すかぎりにアデリナを抱いた。その夜も、存分に愛し合ったあとで夜着を羽織る余力すらなくぐったりとしているアデリナを、カイは自分の胸のなかに包み込んだ。

「こんなに睦み合っているのだから、そろそろ子ができてもおかしくなさそうだが……」
「まだ一緒に暮らして四か月しか経ってない。そんなにすぐにはね」

 おまけにそのうちのひと月は、暴動鎮圧のためカイは不在だった。

「それに、あんまり仲良くしていると、かえってできないとも聞いたことがあるわ」

 アデリナの言葉にカイは眉根を寄せた。アデリナはクスクスと笑いながら続ける。

「子を望むなら……少し控えてみる?」

 カイはあまり悩みもせずきっぱりと首を横に振った。

「いや」

 ごろりと身体を回転させてアデリナを組み敷く。

「今はこの時間を大切にしたい」

 そして、ゆっくりと彼は唇を重ねた。好きだとも愛しているとも言われたことはない。だが、優しい眼差しから、この温かなキスから、カイの愛情はしっかりと伝わってくる。

(幸せって、こういう瞬間を言うのかしら)

「来週から俺も短い夏季休暇だ。数日程度だが、リウ湖畔にある別荘で過ごす」
「へぇ、素敵ね。楽しんできて」

 リウ湖は帝都からそう遠くないところにある風光明媚な避暑地で、皇家所有の離宮や貴族の別荘が多くある。
 アデリナは妻として夫の不在をこころよく受け入れたつもりだったのだが、カイは露骨にむすっと不機嫌な顔になる。

「他人事みたいに言うな。お前も一緒に行くのだから」
「私も?」

 カイはうなずいた。

「この休暇は総司令官の計らいだ。俺たちが早く子を授かるように、とな」

 アデリナはちょっとたじろいだ。カイの上官にそんなことまで気遣われなくてはならないのだろうか。アデリナの困惑を感じ取ったカイが詳しく説明する。

「俺は総司令官の地位まで昇りつめたい。そのためには中央以外のことも知らなくてはならない。いずれは地方に行くこともあるから、子どもを作るなら今のうちだ」

 アデリナは目を丸くした。

「地方? そうしたら私は……」

 カイはそれが当然だという顔でさらりと答える。

「お前は帝都に残れ。この屋敷でも実家でも、好きなほうで構わない」
「そういうものなの?」

 妻ならば、一緒についていくものではないのだろうか。

「国境地域などは危険も大きい。お前を連れてはいけない」

 ここ十数年は他国との戦争は起きていないが、火種はいくつか抱えている。いつ爆発してもおかしくはない。

(私、いつの間にかずっとカイと暮らすつもりでいた。でも、カイは違ったの?)

 その事実にアデリナの胸はちくりと痛んだ。

(いつかカイは遠くへ行ってしまう。ずっと一緒になんて、やっぱり無理なんだろうか……)

 アデリナは急に不安になってすがりつくようにカイの腕に頬を寄せた。カイは指先でアデリナの頬をくすぐる。

「あんなに抱き合ったのに、まだ足りないのか」


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