上 下
16 / 44

二章6

しおりを挟む
アデリナはそう考えなおしたのだが、予定していた半月を過ぎてもカイは戻ってこなかった。もうすぐひと月になろうかというところで、アデリナはようやくカイの近況を知ることができた。その情報をもたらしてくれたのはシャロットだった。彼女の家はオーギュスト家とは親しいのだ。

「暴動が思ったより大規模って、大丈夫なの?」

「それがね、どうもスリュー地方の役人の多くが暴徒側に取り込まれていたみたいなの。だから、正確な情報が帝都まであがってきていなくて、鎮圧に向かった騎士団は到着してみて初めて暴徒側の全容を知ったみたいよ」

 シャロットは子どもとは思えぬ理解力でアデリナにすらすらと状況を説明してくれる。
 要約すると、カイたちは聞いていたよりずっと大規模な暴徒軍を鎮圧しなければならない状況らしい。

「援軍は送らないのかしら?」

 アデリナが聞くとシャロットは首を振った。

「お父さまによると……地方役人に寝返られたなんて陛下にとっては恥でしかないから、援軍を送るのを渋っているそうよ。援軍を送ると一般市民にまでバレちゃう恐れがあるから」

 その話を聞いてからというもの、アデリナは眠れぬ夜を過ごしていた。カイの身になにかあったら……そう思うと、身体が震えて恐怖に押しつぶされそうになる。

 そうして三晩を数えて迎えた朝に、カイはようやく帰還した。サーシャの報告に、アデリナは転げ落ちるように階段を駆けおりた。

 息を切らせながら顔をあげて、ひと月ぶりのカイの顔を確かめる。少し痩せたように見えるが、どこにも怪我はなさそうだ。アデリナはほっと安堵して膝から崩れるように床にへたり込んだ。涙がポロポロと頬を伝い、アデリナのスカートにシミを作った。

 カイはアデリナの前にかがみ込み、怪訝そうに首をかしげた。

「なぜ泣く? なにか企んでいるのか」

 その言葉にアデリナの顔はかっと赤く染まった。悲しみと怒りの入り混じった瞳でカイを見あげる。

「私には……あなたの無事をただ喜ぶことも許されないの?」
「アデリナ」

 肩にかけられたカイの手を思いきり振り払うと、アデリナは階段を駆けあがり自室へ逃げ込んだ。部屋に鍵をかけると、ベッドに突っ伏して声を殺して泣いた。

(無事でよかった。もう誰にも死んでほしくない。そう思っただけなのに……)

 カイが憎い、彼への憎しみはそう簡単には消せないだろう。だが、それでも彼に生きていてほしい。誰かを失う苦しみはもう二度と味わいたくない。

 カタンと音がして、誰かがアデリナの部屋の扉に身体を預けたことを気配で察した。アデリナが黙っていると、扉の向こうから声が届いた。

「開けなくていい。このままでいいから、聞いてくれ」

 カイの声だった。彼はためらいがちに言葉を紡ぐ。

「ひどい言葉をかけて悪かった。もしアデリナが本心から俺の帰りを喜んでくれているなら、うれしく思う」

 アデリナは答えなかった。それでも、カイは扉の向こうにとどまっているようだ。アデリナはゆっくりと扉に近づき、鍵を開けて少しだけ扉を引く。

 バツの悪そうなカイの顔がそこにあった。アデリナは声を絞り出すようにして彼に思いを伝えた。

「シャロットから状況を聞いて……心配で不安で気が狂うかと思った。私を嫌いでも憎んでいても、なんでもいいから、生きていてよ。お願いだから死んだりしないでっ」

 小刻みに震えているアデリナの肩にカイは遠慮がちに手を伸ばす。そっと触れたかと思うと、すぐに力強く抱きすくめアデリナの身体をそのたくましい胸で受け止めた。

「悪かった。……お前はもうここにはいないと思っていた。出迎えてくれてありがとう」

 アデリナの涙が止まるまで、カイはそうして彼女を抱き締め続けた。

「でも、本音を言えば企みも確かにあったわ」

 カイを自室に招きいれると、アデリナは照れたような笑みを浮かべた。カイは背中に回した手で扉を閉め、かちゃりと鍵を回した。

「どんな企みだ?」

 いたずらっぽい瞳でアデリナを見つめる。

「涙を見せたら、カイがほだされてくれるんじゃないかって」

 アデリナは正直に打ち明けた。カイの無事がアデリナを少しだけ素直にさせた。

「あなたのいない夜は寂しくて仕方なかったの」

 カイは黙り込んだ。だが、彼の耳が赤く染まっているのを見つけてアデリナは目を細めた。カイはアデリナの腕を引くと、くるりと自身と立ち位置を入れ替えた。アデリナの背中を扉に押しつけ、彼女の動きを封じた。

「カイ?」

 アデリナが上目遣いに顔を見ると、熱をはらんだ瞳がアデリナを見返した。

「お前が泣くほど嫌なら我慢しようと思った。それなのにあの夜、薬につけこんで俺は無理やりお前を抱いた」

 カイはそのことに罪悪感を抱いていたようだ。後悔していることが伝わってくる表情だった。

「もしかして、それで私をさけていたの?」
「お前も俺をさけていただろう。卑怯な真似をして軽蔑されたんだと思った」

 傷つき弱りきった表情でカイはぽつりとこぼした。アデリナと彼はそれなりに長い付き合いだが、彼が弱さを見せたのはこれが初めてのような気がした。アデリナは彼のその弱さをとてもいとおしいと感じた。そして、その思いのままに彼の背中に腕を回してきゅっと強く抱き締めた。

「違う。あの夜は薬だけのせいじゃない、私がカイを欲しいと思ったの」
「アデリナ……」

 ふたりの眼差しが絡み合い、とけていく。

「それにいつか泣いたのも、カイとの行為が嫌だったからじゃない。うまく説明できないけど、それは違うの」

 カイはゆっくりとアデリナに顔を近づける。鼻先が触れ合ったところで、低くささやいた。

「なら、俺はもう我慢しない」

 優しく唇が重なる。これまでのキスとは確実になにかが違う。互いの思いを交換し合うような深い口づけだった。カイはそのまま、アデリナの額や頬に慈しむような優しいキスを降らせた。アデリナの胸に温かいものが広がっていく。

「もう私の身体には飽きてしまったのかと思った」

 アデリナがぽつりとこぼすと、カイは自嘲気味に笑う。

「飽きる? それは永遠にないだろうな」

 アデリナの首筋に唇を寄せ、白い肌に赤いしるしを刻みつける。たわむれるような甘いキスはどんどん情熱を帯びていき、深いものに変わっていく。アデリナは耐えきれず声をあげた。

「んっ。カイは……私が憎くはないの?」
「憎い。エバンスの名は死ぬまで憎いだろうな。だが、俺はお前とこうなることをずっと待ち望んでいたような気もする」
「それは、どういう……」

 その言葉の真意をアデリナは知りたいと思ったが、カイはかすかに口元を緩めただけで答えてはくれない。

「もう、おしゃべりはおしまいだ」

 そう言って、アデリナの身体をくるりと回すと扉に手をつかせた。背中から彼女を抱き締め、うなじにキスを落とす。きつく吸いあげられると、アデリナの肌はぞわりと粟立つ。前に回された彼の手が胸元のボタンを外していく。隙間から手が差し入れられ、やわやわと彼女の肌をもてあそぶ。

「待って、カイ。せめてベッドへ」

 アデリナは小さく抗議の声をあげた。ここでは廊下に音が漏れてしまうかもしれない。だが、カイの手が止まることはなく、ぴんととがった先端をなぶるように弾いた。

「ひあっ」
「悪いがその頼みは聞けないな。今はこの短い距離すら惜しい」

 カイはその場でアデリナを生まれたままの姿にし、時間をかけて全身をたっぷりと愛撫する。とろけるように甘く優しく、愛し尽くされ、アデリナはもう立っているのがやっとだった。とめどなくあふれる透明な液体がアデリナの足元に小さな水たまりを作っていた。

「カ、イ……」

 こんなにも優しく愛されるのは初めてで、アデリナは少し戸惑っていた。うれしいようなくすぐったいような……そして恐ろしくもあった。自分がどうなってしまうかわからない、アデリナにとっては恋も愛も未知のものなのだ。
 くすりとカイが笑ったのを、アデリナは背中で感じた。

「なに?」
「こういうのと、もっと激しいの、どちらが好みだ? どうされたい?」

 難しすぎる質問だった。カイしか知らないアデリナに、そんなに豊富な知識があるはずもない。

「わからない。ただ……どんなふうにでも、カイに触れられると心も身体もおかしくなっていく。私じゃないみたいに」

 とろけきったアデリナの入口を、カイの指が何度も往復する。なかで彼が指を折ると、そこはくちゅりと卑猥な音を立てる。膝ががくがくと震え、アデリナの頭でなにかが弾ける。

「ん、ああっ」
「いくらでもおかしくなれ。俺しか知らないお前をもっと見たい」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】赤い瞳の英雄は引き際を心得た男装騎士の駆け落ちを許さない〜好きだと言えない二人の事情〜

たまりん
恋愛
登場人物紹介 ◇ライシス・クラディッシュ 26歳《国境の騎士団長、やがて救国の英雄となる》 ◇ミシェル・フランシス   21歳《男装した女性騎士、戦時中の性欲処理も…》 ◇キクルス・クラディッシュ 30歳《ライシスの兄 クラディッシュ伯爵家当主》 ◇レオン・ミステリア    22歳《ミシェルと同期の騎士 ミシェルは命の恩人》 あらすじ  幼い頃、老女と共に隣国との国境で行き倒れていたミシェルは、武門として名高いクラディッシュ伯爵家で育てられて年の離れたライシスを兄とも慕い、恋心を持つようになるが、そんな彼女にライシスは徐々に冷たくなっていく。  剣の才能を見出された彼女は頭角を現し、やがて戦地で戦うライシスの元に騎士団の一員として駆けつけたいと申し出る。  念願が叶い、過酷な状況の元、男装騎士として活躍するミシェルはやがて、隊長であるライシスの性欲処理として扱われるようになり、終戦を迎えるが…… 王道・ハッピーエンドのフィクションです。 ◇ムーンライトノベルズさまでも投稿しています(別作者名ですが同一作者です) 2023年6月23日完結しました。 ありがとうごさいます。

【R18】婚約破棄されたおかげで、幸せな結婚ができました

ほづみ
恋愛
内向的な性格なのに、年齢と家格から王太子ジョエルの婚約者に選ばれた侯爵令嬢のサラ。完璧な王子様であるジョエルに不満を持たれないよう妃教育を頑張っていたある日、ジョエルから「婚約を破棄しよう」と提案される。理由を聞くと「好きな人がいるから」と……。 すれ違いから婚約破棄に至った、不器用な二人の初恋が実るまでのお話。 他サイトにも掲載しています。

大きな騎士は小さな私を小鳥として可愛がる

月下 雪華
恋愛
大きな魔獣戦を終えたベアトリスの夫が所属している戦闘部隊は王都へと無事帰還した。そうして忙しない日々が終わった彼女は思い出す。夫であるウォルターは自分を小動物のように可愛がること、弱いものとして扱うことを。 小動物扱いをやめて欲しい商家出身で小柄な娘ベアトリス・マードックと恋愛が上手くない騎士で大柄な男のウォルター・マードックの愛の話。

大事な姫様の性教育のために、姫様の御前で殿方と実演することになってしまいました。

水鏡あかり
恋愛
 姫様に「あの人との初夜で粗相をしてしまうのが不安だから、貴女のを見せて」とお願いされた、姫様至上主義の侍女・真砂《まさご》。自分の拙い閨の経験では参考にならないと思いつつ、大事な姫様に懇願されて、引き受けることに。  真砂には気になる相手・檜佐木《ひさぎ》がいたものの、過去に一度、檜佐木の誘いを断ってしまっていたため、いまさら言えず、姫様の提案で、相手役は姫の夫である若様に選んでいただくことになる。  しかし、実演の当夜に閨に現れたのは、檜佐木で。どうも怒っているようなのだがーー。 主君至上主義な従者同士の恋愛が大好きなので書いてみました! ちょっと言葉責めもあるかも。

すべて媚薬のせいにして

山吹花月
恋愛
下町で小さな薬屋を営むマリアベルは、ある日突然王妃から媚薬の調合を依頼される。 効き目を確かめるべく完成品を自身で服用するが、想像以上の効果で動くこともままならなくなる。 そこへ幼馴染でマリアベルが想いを寄せるジェイデンが、体調不良と勘違いをして看病に訪れる。 彼の指が軽く掠めるだけで身体が反応し、堪えきれず触れてほしいと口走ってしまう。 戸惑いながらも触れる彼の手に翻弄されていく。 ◇ムーンライトノベルズ様にも掲載しております。

媚薬を飲まされたので、好きな人の部屋に行きました。

入海月子
恋愛
女騎士エリカは同僚のダンケルトのことが好きなのに素直になれない。あるとき、媚薬を飲まされて襲われそうになったエリカは返り討ちにして、ダンケルトの部屋に逃げ込んだ。二人は──。

【R18】悪女になって婚約破棄を目論みましたが、陛下にはお見通しだったようです

ほづみ
恋愛
侯爵令嬢のエレオノーラは国王アルトウィンの妃候補の一人。アルトウィンにはずっと片想い中だが、アルトウィンはどうやらもう一人の妃候補、コリンナと相思相愛らしい。それなのに、アルトウィンが妃として選んだのはエレオノーラだった。穏やかな性格のコリンナも大好きなエレオノーラは、自分に悪評を立てて婚約破棄してもらおうと行動を起こすが、そんなエレオノーラの思惑はアルトウィンには全部お見通しで……。 タイトル通り、いらぬお節介を焼こうとしたヒロインが年上の婚約者に「メッ」されるお話です。 いつも通りふわふわ設定です。 他サイトにも掲載しております。

【R18】王太子に婚約破棄された公爵令嬢は純潔を奪われる~何も知らない純真な乙女は元婚約者の前で淫らに啼かされた~

弓はあと
恋愛
タイトル通り、王太子に婚約破棄された公爵令嬢が純潔を散らされるお話です。 皆がそれぞれ切ない想いを抱えていますが、ハッピーエンドかもしれません。 ※設定ゆるめ、ご都合主義です。 ※本編は完結していますが、その後の話を投稿する可能性があります。

処理中です...