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邂逅 4

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それから一週間後。

 着の身着のまま、初音は東見の屋敷にやってきた。

 多少身なりを整えたところで、貧相なことに変わりはない。まぁ、前回会ったときの糞尿の匂いが消えただけでも、いくらかマシになったと言えるかもしれない。

 雪為の私室で、ふたりは師と教え子のように正座で向かい合っている。

「異形を包む力……えっと、なにかの間違いだと思いますよ。自慢じゃないですが、私はなにひとつ取り柄がなくて」
「命姫は自分の力を知らない。そういうものらしい」
「はぁ……」

 初音は半信半疑、いや、雪為の頭のネジがちょっと緩んでいると思っているようだ。

 雪為は着物の衿を正しながら、端的に説明する。

「多くは望まない。欲しいものはなんでも買ってやるし、間男を何人作ろうが好きにしろ。ただ、俺が客を視たあとは、しばらくそばにいてくれ。お前に望むことはそれだけだ」

 雪為の妖力は高い。平常時なら異形に生命力を吸われることもないのだが……〝先見さきみ〟をした直後はとんでもなく消耗する。その機を狙って、異形たちは彼に襲いかかるのだ。

「それでしたら、妻にする必要はないのでは? 通いでそのお仕事のみ請け負いますよ」

 ぐうの音も出ない正論を初音は返す。だが、東見には東見の正論がある。

「命姫を見つけたら妻にする。東見ではそれが慣例だ。あぁ、それにもうひとつ大事な頼みもある」
「なんでしょう?」

 小首をかしげる初音に、彼は照れるそぶりもなくはっきりと告げる。

「俺の子を産め。命姫の血を継ぐ子は力が強い、そういう言い伝えがある」

 初音は露骨に顔をしかめる。眉根を寄せて、かさついた唇をかんでいる。その様子をみとめた雪為はややムッとした顔になる。

「なんだ? 俺に抱かれるのが嫌なのか。女にそんな反応をされるのは、初めてだな」
「いえ、そうではなく……あ、誤解しないでくださいね。抱かれたいわけでもありませんけど」

 私は思わず噴き出してしまいそうになった。初音のことは、嫌いじゃない。

 けろりと言う彼女に、彼はますます渋い顔になる。

 それを意に介さず初音は続ける。

「私のこの血を次代に継ぐのは、オススメできません」
「なぜだ? お前が美女でないことも、身体が貧相なのも俺は別に気にしないぞ」

 初音はためらうように視線を落とした。そのことに、私は少なからず驚いていた。

 どう見ても幸福そうではなかったのに、彼女の瞳はいつも強い光をたたえていて、こんなふうに暗い影を落としているところを見るのは初めてだからだ。

 かすかに唇をわななかせて、彼女は言った。

「私は忌み子です。この身体を流れる血はおぞましい」
 
 その言葉の意味を、私は多分知っている。

 彼女のいた、紫道家の異形たちの声を聞いたからだ。当然、雪為も承知の上だろう。

 初音の姓は紫道。彼女は下働きではなく紫道家の正統な娘。

 だが、清子の姉妹ではない。初音は清子の……イトコであり伯母でもある。

 そう、彼女は先代当主と彼の実の娘の間に生まれた子どもだ。

 みっともない醜聞を隠そうと、紫道家は彼女を『近所に捨てられていた赤子だ。不憫だから拾ってやり、下働きとして使っている』と世間に説明をしていた。

 実際には下働き以下の暮らしをさせられていたようだが……。

 自身の出生の秘密は口にするのもためらわれるのだろう。初音は唇を真一文字に引き結んでいる。

 静かな声で雪為は言う。

「そのことなら、知っている。詮索する気がなくとも、俺の耳には聞こえてくるから」
「知って?」

 初音は眉をひそめた。目の前の男は、やはり頭のネジが緩んでいる。そう確信したような顔だ。

 雪為はくっくっと、愉快そうに笑う。

「忌み子、結構なことじゃないか。我が東見家は長きに渡り、金と権力のために、おぞましい異形たちに憑りついてきた。この身体を流れる穢れきった血よりかは、お前のほうが綺麗だと思うぞ」
「え……」

 魔物に魅入られたかのように、初音は痩せすぎの身体を硬直させている。

 雪為は彼女の肩に両手を伸ばす。

「確かめてやろう」

 そうして、彼女の浮いた鎖骨のあたりにガリッと歯を立てる。

 血色の悪い青白い肌に、ぷつりと真っ赤な粒が浮かぶ。雪為は舌を出し、それをぺろりと舐め取る。

「ほら、甘くて清らかで……俺好みだ」

 どこか人間離れした、彼の妖しく美しい笑みを、初音はほうけたように見つめていた。
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