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接近 2

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ふたりは庭に面した縁側に、並んで腰かける。

「視ていない。とは、どういう意味なのですか?」
「そのままだ。今日はそのへんにいた異形と他愛ない世間話をしただけ。生前はひどい腰痛に悩まされたとかなんとか……どうでもいいことを延々と聞かされた」
「腰痛……ですか」

 初音は不思議そうに首をかしげた。つまらなそうな顔で雪為は続ける。

「あの手のな、戦や商売の話は、視る必要もない。盛者必衰と昔から言うだろう?」 

 さっぱりわからない。

 そう言いたげに眉尻をさげた初音に、雪為は説明をかみ砕く。

「うまくいくときもあるが、いずれは失敗する。それをもっともらしく伝えればいいこと」
「あぁ、だからああいう言い方なんですね!」

 瀬村はありがたがって神妙に聞いていたが、ようするに、雪為は『うまくいくときもあれば、そうでないときもある』という至極当然、外れるはずのない予言を授けたのだ。

「んん……それって、世に言うペテン師では?」

 初音も気がついたようだ。

 雪為は「ふはっ」と白い歯を見せて笑う。笑うことも、彼には珍しい。

「そのとおり。所詮、東見はペテンを生業にする一族だ。だが、我々だけが悪いとも思わぬな。客がそれを求めているのだ。大金を払う価値のある、もっともらしいもの。それにすがりたいのだろう」
「う~ん、わかるような難しいような」

 初音は存外に聡明な娘だ。わかったふりをしないだけの賢さを持っている。

「露西亜との戦に負けたらどうするのです?」

 愛国心のかけらもない発言を、彼女は平然としてのける。雪為は遠くを見つめ、口元をふっと緩ませた。

「俺は戦に勝利するとは言っていない。生きている間は、戦に対し積極的な姿勢でいても大丈夫と告げただけ」
「どう違うんですか?」
「あの男は土気色の顔をしていた。本人が気づいているかは知らぬが、臓腑のどこかを病んでいる。露西亜との開戦はすぐにはならない。戦の結果を知る前に、あの男はこの世を去るだろう」

 初音はあきれた顔で目を丸くする。

「紛れもなく、ペテンですね」
「あぁ、ペテンだ」

 だが、長くこの国を陰から支え、導いてきたのはそのペテンの力なのだ。

 当主の寿命と引き換えにしても……もはや〝先見〟をやめることはできないのだろう。

「そもそも異形って、なんなのでしょう? 幽霊?」

 好奇心に満ちた瞳で、初音は隣の彼を見あげる。

 ――まったく、失礼な娘だこと。

 異形は幽霊ではない。たしかに、その程度のものもいるけれど、もっと複雑で崇高な存在なのだ。

 ひなたぼっこ中の私がふんと鼻を鳴らしたのに気がついて、雪為はくすりと笑う。

「幽霊とはちと違うが……まぁ説明は難しいな」

 初音が理解できないのも無理はない。

 命姫とはまこと特殊な存在で……あれだけの妖力で、私を閉じ込めるほどだというのに、本人は異形を視ることも声を聞くこともできないらしい。

 今だって、彼女は私をただの野良猫だと思っている。この姿を解いてしまえば、たとえ着物の裾から忍び込んでも、気がつきもしないのだ。


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