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息苦しい、体が動かない……。
薄らと開けた目に飛び込んできたのは見たことのない天井だった。でも、貴滉はそこがどこであるかすぐに気づいた。馴染みのある香水の匂いと、クローゼットの扉に掛けられたスーツに見覚えがあったからだ。
「ん――っ」
起き上がろうとして、自身の両手が頭上で固定されていることに気付く。何度か揺すってみるがガチャガチャと金属の音がするばかりで自由がきかない。
それに両脚も腿にぴったりくっつけるように膝を折り曲げられたまま固定され、脚を閉じることも出来ない。
肌に直接触れるひんやりとした布の感触に、貴滉は自身が置かれている状況を即座に把握し身を震わせた。
「おぉ、やっと目を覚ましたか?」
「か……克臣っ」
貴滉が頭を起こそうとすると喉が圧迫された。首に硬いものが食い込む感触に眉を顰めた。
「やっぱりメス犬には赤い首輪が似合うな。俺の見立て通りだ」
「なに……っ」
「ΩはΩらしくネックガードを着けておかなきゃ。いつ、あのクズ野郎に噛まれるか分からないからな」
「外せ! これを今すぐ外せっ」
声を荒らげた貴滉だったが、先程から自分を見る克臣の視線がやけに熱っぽいことに気がついた。今にも舌なめずりをして飛びかかってきそうな彼を睨みつけ体を大きく捩った。
その瞬間――。
「ふ――あぁ?」
貴滉の体の奥で何かが動いたような気がした。その動きは次第にハッキリとしたものに変わり、腰の奥がビリビリと痺れるのを感じた。
「ほらぁ、動くといいところに当たっちゃうだろ? それとも……当てたいのか? この淫乱Ωは」
「なんだ……と! んは……っ! あぁ、あっ。なに、これ……っ。やだ……っ」
身じろぐたびに貴滉のイイ場所を掠める小型の異物。それは強弱をつけた振動を繰り返し、動くたびにその位置を変える。
下腹の奥の方で蠢くその異物は、克臣が仕込んだ小型のローターだった。
両脚を大きくM字に開かされたままの貴滉のそこは、克臣の視線に晒され続けていたのだ。まだ誰も触れたことのない無垢な蕾から異質とも言える赤いコードが二本生えている。それを指先で摘まんだ克臣は、ベッドに腰掛けると楽しそうにコードを引っ張った。
「う……あぁっ! やだ……うご、かすなっ!」
「発情しない。セックス嫌いって言ってたわりにはイヤらしい孔だな。これだけでヒクヒクしてる……。もしかしてお前、処女なのか? クズ野郎に犯されたわりには綺麗な色をしてる」
「黙れっ! お前には関係な……あ、いやぁぁ!」
「口の利き方に気をつけろって言っただろ。これからじっくり俺好みの番に調教してやるから」
「やだ……。やめろ……それだけ、は……やだっ」
「あ~、もしかして。漆原に処女を捧げるつもりだったとか? 残念でしたぁ! お前の初めては同期の俺がもらいま~す」
睡眠薬を吸い込んだ貴滉は、克臣と共にタクシーで彼の住むマンションへと連れてこられた。克臣のマンションへは何度か来たことがあり、部屋の配置は頭に入っていた。今、自身がいるのは彼の寝室だろう。
三階の角部屋で、しかも寝室は奥にあり防音が売りのマンション。階下への振動や騒音も配慮されており、たとえ貴滉が暴れても誰も気が付く者はいない。
視線を動かすと、先程まで身に付けていた自身のスーツと下着が床に散らかっていた。
何とか逃げ出す方法を考えていたその時、後孔に冷たいものを塗られ身をすくめる。克臣が手にしていたのは媚薬入りと書かれたジェルだった。それを手に絞り出し、たっぷりと貴滉の下半身に塗っていく。
「やだ! 気持ち悪い……っ」
「これから気持ちよくさせてやるから安心しろ。こう見えても処女には優しいんだぜ?」
そういった克臣は濡れたように光る貴滉の後孔に揃えた人差し指と中指を捻じ込んだ。
「痛っ! やだ……痛いっ」
「ローターを難なく呑みこんだクセに、何言ってんだよ。これでたっぷりと柔らかくしてやる」
「やだ! 抜いて! あぁ――気持ち、わる……いっ。っうぐ!」
克臣の太い二本の指が薄い粘膜を巻きこんで中に侵入してくると、猛烈な異物感に体が拒絶反応を起こして胃の内容物が逆流してきた。それを何とか呑み込んで鼻の奥の痛みに耐えるしかなかった。しかし克臣は、そんなことなどお構いなしに容赦なく奥まで指を突き込んだ。
「いやぁぁ! 痛い、痛いっ」
「いかにも処女らしくていいな。今に「もっともっと」って言えるようにしてやるから」
「やだぁ! 抜いて! 克臣、抜いてっ!」
ジェルを纏わせた指を動かすたびにクチクチと小さな音を立てた。それがやけに大きく聞こえて、貴滉は耳を塞ぎたかった。
自身でも触れたことがない場所を克臣の指が犯している。本来、排泄器官であるそこはΩ性の男性にとって性交の場所であり、子を産む神聖な場所。本能でのセックスを嫌い、二十六年間守り続けたその場所に踏み入ったのは、貴滉が求めてやまない人の指ではなかった。
「発情しなくても体は反応するんだな。――もし、強制的に発情させたらどうなる?」
「な……何を、考えてい……る!」
「Ω専用の発情促進剤は、不妊治療薬として医師の処方がないと手に入らない。それが、ここにあるとしたら……?」
「バカな……。なんで、お前が……っ」
「最近まで付き合ってたセフレ。多忙な夫に相手にされないΩの人妻だったんだけど、そいつが妊活中でさ。それ飲ませてセックスしたら、もう凄かった……。あれは野獣だな。「中で出して!」ってせがむからいっぱい出してやったけど、もしかして俺の子孕んだかもな。もう飽きたから捨てたけど」
「克臣……お前、人間のクズだなっ」
「漆原だって同じことしてるんだろ? それなのに、どうして俺だけがお前に責められなきゃならない?」
「あの人は……違う!」
「何が違うんだ? αだから許される……って、そういうのお前が一番嫌ってたんじゃなかったのか?」
克臣は貴滉の後孔から指を引き抜くと、ナイトテーブルの抽斗から小さな袋に入った錠剤を取り出した。それを貴滉の目の前にちらつかせると、ニヤニヤと笑いながら開封し掌に落とした。
貴滉は目を大きく見開いたまま首を小刻みに振った。発情しない体とはいえ、強制的に発情させる薬を飲んだら一体どうなってしまうのか貴滉自身も分からなかった。
これが呼び水となりΩ性の特性である発情期を迎えるようになったら、もう克臣から離れられなくなる。それは、真吏との別れを意味していた。
(克臣の前で発情なんかしたくない……。絶対にしないっ!)
しかし、自分の体でありながらこればかりはコントロールできない。それがΩ性のサガなのだ。
一度発情すれば、快楽と体内に注がれる精液を求めて浅ましく悶え狂う。それが想いを寄せる真吏でなくても構わない。手当たり次第に相手を誘い、子を成すことだけしか考えられなくなる。
「いや……だ」
暴走する本能によって心の通わない相手とのセックスを強要される。でも、Ω性にはそれを拒むすべがない。
克臣の指が頑なに閉じられた貴滉の唇を抉じ開ける。顔を顰め歯を食いしばってみるが、後孔に沈められたままのローターが体内で暴れるたびに体は反応し、集中力が削がれていく。たとえ発情しなくても、物理的な刺激を与えられれば勃起もするし射精もする。貴滉の意思とは関係なく、ゆるりと頭を擡げ始めた自身を忌々しげに睨みつけた時だった。
床に散らかったスーツのポケットの中でスマートフォンが振動した。おそらくメッセージアプリの着信を告げたのだろう。短い振動はすぐに止まった。
「――アイツか?」
不機嫌そうに舌打ちした克臣は着ていたシャツを乱暴に脱ぎ捨てると、スラックスのベルトを緩めて前を寛げた。黒いビキニタイプの下着の生地を押し上げていたのは、すでに力を漲らせた彼のペニスだった。α性である真吏のモノに比べれば幾分小さく感じるが、それでも大きい方の部類に入る。それを下着越しに扱きながらベッドを軋ませて膝を掛けた克臣は貴滉の顔を跨いた。
強烈なオスの匂いが鼻を突く。顔を背けようとする貴滉の頬に、すでに溢れた蜜で濡れた膨らみを擦りつけると、克臣は下卑た笑いを浮かべながら真上から見下ろした。
「舐めろ」
低い声が貴滉に降り注いだ。その迫力に一瞬怯んだ時、貴滉の唇に白い錠剤が無理やり押し込まれる。
「ん――うっ!」
吐き出そうとした貴滉の目の前で克臣が下着を下ろした。反り返ったペニスが勢いよく飛び出してくる。それに手を添えた彼はその先端を貴滉の唇に押し付け、錠剤を押し込むように口内に突き込んだ。
「んんっ!」
塩気を含んだ蜜の味が広がる。唇を閉じたくても膨張した雄茎は容赦なく喉を突き、嘔吐いた拍子に出た唾液によって錠剤が溶けていくのが分かった。その苦味は克臣のペニスによってどんどんと喉に運ばれ、否が応でも呑み込まなければならない状況へと追い込まれる。
「――ぐぁっ。が……はっ」
激しく暴れるたびに手枷に付けられた鎖がガチャガチャと音を立てる。それを気にするでもなく、克臣はゆるりと腰を動かしながら自身のスマートフォンを手にすると、画面を数回タップしてカメラを貴滉の方に向けた。その直後、耳障りなシャッター音が聞こえ貴滉は戦慄した。
「エロい顔……。これ、SNSにアップしたらどうなるかな……。あぁ、もちろん漆原のアカウントで。ペットのΩ、犯してま~すって……」
「や……っ!――っぐ」
真吏を貶めるためならば手段を選ばない克臣の事だ。このままでは本当にやりかねない。ただ――SNS上にこの写真がアップされると被害は真吏だけに収まらない。被写体である貴滉もまた、克臣のペニスを咥えている画像が拡散されるのだ。
いつ、どこで、誰が目にするか分からない恐怖。もし、社内の人に知られたら間違いなく職を追われることになる。
今、世間で叫ばれているSNS利用者のモラル低下。貴滉は、その被害者になろうとしていた。
それだけはさせまいと声をあげようとする貴滉の喉を硬い先端が突いた。
「っが! あぁ……がはっ」
苦痛を訴える貴滉に「黙っていろ」と唇に人差し指を押し当てた克臣は再びスマートフォンを操作し、ゆっくりと耳元に運ぶといつもと変わらない口調で話し始めた。
「――あ、征矢ですけど。課長、お願いできますか?」
その言葉で彼が会社に電話を掛けていることを知った貴滉は、焦ったように首を大きく横に振った。
(何をするつもりだっ!)
「が――っ! あがが……あぁっ」
「課長、おはようございます。稲月が体調悪いって俺のところに電話して来て……。はい、熱があるようで二~三日休みたいそうです。あ、彼のフォローには俺が入りますので大丈夫です」
貴滉はM字に開かれた足をばたつかせたが、克臣の一突きで喉を塞がれて動きを封じられた。硬い先端で激しく突かれるたびに嘔吐くせいで喉の奥がヒリつく。
「――最近、ハードでしたからね。少し休ませたいってのが相棒としての希望です」
唇から唾液を纏わせた茎が出入りしている。顎に流れる胃液混じりの唾液が不快で仕方がない。しかし、彼の腿で顔を固定されている以上、貴滉は逃げることが出来なかった。
「――分かりました。伝えておきます。では……」
通話を終了した克臣は唇を片方だけ上げて微笑んだ。
「ゆっくり休めってさ……。休ませてやらねーけど」
「うぐ……あがぁ……あぁ!」
とんだ偽善者だ。貴滉の口内をペニスで犯しながら、上司に相棒を心配する旨の連絡をする。しかも勝手に休むような手配までして……。その間、克臣は貴滉を犯し続けるに違いない。
信頼のおける同僚であった克臣の裏の顔を見た貴滉は、今までにない恐怖を覚えた。体調不良という理由で会社を休む貴滉をあえて探す者はいない。これが無断欠勤であれば上司も少しは不審に思っただろう。
「ゆっくり――楽しもうぜ」
彼の腰の動きが次第に早くなっていく。貴滉の顎関節はすでに疲労し、開いたままの唇に熱い茎が擦れるのも不快だった。それが、ある瞬間を境に心地よく感じ始めているのに気付いた貴滉は小刻みに体を震わせた。
(あり得ない……絶対にあり得ない!)
自身の中で起きている異変――それは、想像したことのない悍ましい劣情だった。
「や……がぁっ」
体が火照っていく。腹の奥の方で生まれた熱が渦を巻いてうねり、血管を通って全身に広がっていくような錯覚を起こす。そして、腸の中で振動を続けているローターの形をハッキリと認識し始めた。
「やっ! あぁ……っ」
真上にある克臣の額には汗がびっしりと浮かび、体を支えるようにヘッドボードを両手で掴みながら荒い息を繰り返していた。その時、貴滉の口内で彼のモノがドクンと大きく脈打ち、さらに質量を増した。
急激に喉を圧迫され貴滉の意識が途切れた。次の瞬間、克臣の極まった声に大きく目を見開いた。
「あぁ――イクッ!」
一際深く喉奥に突き込んだ克臣は低い呻き声と共に絶頂した。ビクンと跳ね、口蓋を叩いた先端から大量の精液が迸り、貴滉の喉を直撃した。独特の苦みが舌にジワリと広がり、粘度のある体液が絡むように喉に張りつく。強烈なオスの匂いが鼻に抜け、貴滉は激しくむせ返った。
「ゴホッ! ゴホ、ゴホッ――おぇぇっ!」
残滓まで絞るように手で数回扱いてからペニスを引き抜いた克臣は、恍惚とした表情で額の汗を拭った。
何度も激しく嘔吐きながら咳き込んだ貴滉だったが、すべてを吐き出せたわけではなかった。喉奥に怒濤の勢いで流れ込んできた灼熱の奔流に耐えきれず、いくらか呑み込んでしまっていた。胃の上のあたりがキューッと締め付けられるように痛む。
「なんで吐き出すんだよ。全部飲むのがΩの仕事だろ」
「ふ……ふざけ、な――んふっ。はぁ、はぁ……んぁ……から、だが、あつ……ぃ」
「薬が効いてきたか? チ○コ、おっ勃てて随分と気持ちが良さそうだな。俺のチ○コがそんなに美味かったか?」
認めたくなかった。でも、体の中で起きている異変は誤魔化すことが出来なかった。
ローターを咥えた後孔が勝手にヒクつく。手も触れていないのに自身のペニスが下腹につきそうなくらい勃起し、節操なく先端から透明な蜜を溢れさせ、下生えをしとどに濡らしていた。
「きも……ち、よく……なんて、ないっ! これは……はぁ……はぁ……ちがっ」
「何も違わない。お前はΩだ。発情しないΩなんて、この世に存在しないんだよ」
克臣から発せられる言葉が鋭いナイフへと変わり、容赦なく貴滉の心を抉った。
先天性の遺伝子異常。生涯発情しない者もいるが、その数は限りなく少なく稀な例だと言える。貴滉の場合は人よりも発情時期が遅れているだけ……という可能性もあった。もし、後者であるとすれば『しない』とは言い切れない。現に発情促進剤を飲んだあとで体に異変が起きている。
無意識に腰が揺れる。貴滉は上気して淡く色づいた白い肌に薄らと汗を浮かべながら、吐息まじりの喘ぎ声を漏らした。
「はぁ……やら……はつじょ……な、て……したく……ない」
目を開けているのに焦点が定まらない。腰の奥にわだかまった熱を出したくて仕方がない。でも、自身の手で扱き上げることが出来ない。イキたいのにイケない……。それには決定的な愛撫が必要だ。
克臣に強請ることは絶対にしない。そう頭では分かっているのに、体はその思考を裏切るように腰をくねらせて彼を誘う。これが浅ましいΩ性の真の姿なのか――。
「メスらしい、いい顔になって来たな」
貴滉の足元に膝をついた克臣は、赤く充血し濡れ始めている後孔を指で円を描くようになぞると、そこに顔を近づけて舌先で蕾を抉った。
「い……いやぁぁ――っ!」
克臣の熱い舌が入り込んだ瞬間、それを薄い襞がきつく喰い締めた。たったそれだけ……貴滉は自身の腹の上に精液を散らしていた。
(き……気持ち、いい)
薄い胸を喘がせた貴滉を見る克臣の目が変わった。野性味を帯びたそれは、貴滉のフェロモンに当てられ自我を失っているようにも思えた。
「あぁ……いい匂いだ。Ωの匂いだ」
ふらりと吸い寄せられるように克臣が胸の突起に歯を立てた。達したばかりの貴滉にはその刺激さえも強烈なものに変換されて脳に届けられる。
「やぁ……あっ。克臣……いやぁ!」
頭の中が霧に包まれたように白くなっていく。その中に佇むシルエットが見えるたびに、貴滉は一瞬だけ自我を取り戻した。
「し……り、さん」
彼の名を震える唇で何度も紡ぐ。でも、その影はすぐに霧に包まれて見えなくなってしまう。
こんなに淫らで浅ましい姿を彼に見られたくない。発情しない、発情出来ないという共通の欠陥があったからこそ近くにいることが出来たのに……。
克臣が乳首を執拗に愛撫するたびに、貴滉はその奥にある場所が酷く痛むのを感じた。息が途切れるほどの苦しさに眉を寄せるが、すぐに克臣から与えられる快感に体が反応し、その痛みを薄れさせていく。
心の中にいる絶対に消せない存在――。それを思うたびにまた痛みがぶり返す。いっそ、すべてを忘れて本能のままに、克臣にすべてを委ねることが出来たらどれほど楽だろう。快楽だけをひたすら追いかけ、子を成すことだけを考えればいい……。感情を持たない、ただのセックスドールになれば……。
『それがΩ性の宿命なのだから……』
父親から毎日のように浴びせられた辛辣な言葉。信頼していた同僚であり友人であった克臣の裏切り。結ばれないと分かっていても暴走する真吏への想い……。
貴滉の中でまた、幼い時の記憶が蘇る。
泣いても何も変わらない。信じても裏切られる。愛しても……報われない。
じゃあ、すべての感情を失くしてしまえばいい。そうすれば、苦しまずに生きられる。
貴滉はシーツから背中を浮かせ克臣に胸を突き出した。そして……赤い舌先を伸ばして、すっと目を細めた。
「ちょ……らい。克臣……の、精子……欲しい」
自分の声とは違う、甘く舌足らずな声。まるで、媚を売る男娼のようだ。
下品に脚を開き、腰を揺らして誘う。精液まじりの蜜を溢れさせ、快楽だけを求める淫乱な種族。
「素直な貴滉は大好きだよ。いっぱい、可愛がってやる」
克臣の声が鼓膜をビリビリと震わせる。それだけで後孔がヒクヒクと収縮を繰り返した。
貴滉の両膝に手を掛けた彼はグッと力任せに脚を広げた。先程、大量吐精したにもかかわらず、すぐさま力を漲らせたペニスの先端を、誘うように色づいた蕾に押し当てた。
「処女Ω……頂きま~す!」
そう嬉しそうに声をあげると、力任せに薄い襞を割り裂きながら太い茎を打ち込んだ。
「いやぁぁぁ――っ!」
激痛が熱さとなって貴滉の下半身を疼かせた。ローターが入ったままの挿入は、初めての貴滉にはかなりの負担となる。しかし克臣は、彼を気遣うことなく最奥まで一気に腰を突き込んだ。
「っふ、あぁぁ! あっ、ふか……いっ! イク……イッちゃう……も、イク――ッ!」
貴滉の体がガクガクと痙攣を繰り返す。そして、挿入後間もなく白目をむいたまま呆気なく絶頂した。
『Ωだから……。出来損ないのΩは恋なんかしちゃいけない』
爪先の指をキュッと丸めてシーツを掴み、断続的に訪れる絶頂に獣の咆哮のような声をあげる。自分はもう人間ではない。だから――人間である真吏を愛することは出来ない。
何もかも忘れてしまえばいい。全部、消えてしまえばいい。
克臣のペニスに何度も突き上げられ、その度に痛む胸を快楽で誤魔化していく。
苦しくて、痛いだけのセックスなんか嫌い……なのに。
「ひゃぁぁ! 克臣……もっと、もっと欲しい! 子種……くらさ、い。いっぱい、くらさいっ!」
貴滉は何度目かも分からない絶頂で意識を失った。下腹が膨らんでいるのは、たっぷり注がれた精液のせいだろう。これだけ回数をこなせば、貴滉の妊娠の確立もぐっと上がる。
手足の拘束は解かれている。それなのに動けないのは極度の疲労と精神的ショックのせいだった。隣で眠っていたはずの克臣の気配は感じられない。
目を閉じたまま一定のリズムで呼吸を繰り返していた貴滉は、自身が暗くて深い場所に沈んでいくのが分かった。もう、自力では這い上がれないところへ堕ちていく。
それなのに、あの人の名を叫んでいた。愛しくて、愛しくて……忘れたいのに忘れられない。鮮烈な姿が脳内で何度も再生される。
金色の髪を掻き上げて悲しげに微笑んだ彼に手を伸ばす。その指先は空を切るばかりで届かない。
『真吏さん……助けて』
シーツに頬を押し付けたまま眠る貴滉の目尻から一筋だけ涙が伝った。
またあの痛みが蘇る。胸が苦しい、息が出来ない。心臓が早鐘を打つのに体が寒い……。
『あなたのことが好き……でした』
結局、言の葉にのせて届けることは出来なかった。
失くしたはずの感情を取り戻した代わりに貴滉が手放したのは、大切な人への最初で最後の恋心だった。
薄らと開けた目に飛び込んできたのは見たことのない天井だった。でも、貴滉はそこがどこであるかすぐに気づいた。馴染みのある香水の匂いと、クローゼットの扉に掛けられたスーツに見覚えがあったからだ。
「ん――っ」
起き上がろうとして、自身の両手が頭上で固定されていることに気付く。何度か揺すってみるがガチャガチャと金属の音がするばかりで自由がきかない。
それに両脚も腿にぴったりくっつけるように膝を折り曲げられたまま固定され、脚を閉じることも出来ない。
肌に直接触れるひんやりとした布の感触に、貴滉は自身が置かれている状況を即座に把握し身を震わせた。
「おぉ、やっと目を覚ましたか?」
「か……克臣っ」
貴滉が頭を起こそうとすると喉が圧迫された。首に硬いものが食い込む感触に眉を顰めた。
「やっぱりメス犬には赤い首輪が似合うな。俺の見立て通りだ」
「なに……っ」
「ΩはΩらしくネックガードを着けておかなきゃ。いつ、あのクズ野郎に噛まれるか分からないからな」
「外せ! これを今すぐ外せっ」
声を荒らげた貴滉だったが、先程から自分を見る克臣の視線がやけに熱っぽいことに気がついた。今にも舌なめずりをして飛びかかってきそうな彼を睨みつけ体を大きく捩った。
その瞬間――。
「ふ――あぁ?」
貴滉の体の奥で何かが動いたような気がした。その動きは次第にハッキリとしたものに変わり、腰の奥がビリビリと痺れるのを感じた。
「ほらぁ、動くといいところに当たっちゃうだろ? それとも……当てたいのか? この淫乱Ωは」
「なんだ……と! んは……っ! あぁ、あっ。なに、これ……っ。やだ……っ」
身じろぐたびに貴滉のイイ場所を掠める小型の異物。それは強弱をつけた振動を繰り返し、動くたびにその位置を変える。
下腹の奥の方で蠢くその異物は、克臣が仕込んだ小型のローターだった。
両脚を大きくM字に開かされたままの貴滉のそこは、克臣の視線に晒され続けていたのだ。まだ誰も触れたことのない無垢な蕾から異質とも言える赤いコードが二本生えている。それを指先で摘まんだ克臣は、ベッドに腰掛けると楽しそうにコードを引っ張った。
「う……あぁっ! やだ……うご、かすなっ!」
「発情しない。セックス嫌いって言ってたわりにはイヤらしい孔だな。これだけでヒクヒクしてる……。もしかしてお前、処女なのか? クズ野郎に犯されたわりには綺麗な色をしてる」
「黙れっ! お前には関係な……あ、いやぁぁ!」
「口の利き方に気をつけろって言っただろ。これからじっくり俺好みの番に調教してやるから」
「やだ……。やめろ……それだけ、は……やだっ」
「あ~、もしかして。漆原に処女を捧げるつもりだったとか? 残念でしたぁ! お前の初めては同期の俺がもらいま~す」
睡眠薬を吸い込んだ貴滉は、克臣と共にタクシーで彼の住むマンションへと連れてこられた。克臣のマンションへは何度か来たことがあり、部屋の配置は頭に入っていた。今、自身がいるのは彼の寝室だろう。
三階の角部屋で、しかも寝室は奥にあり防音が売りのマンション。階下への振動や騒音も配慮されており、たとえ貴滉が暴れても誰も気が付く者はいない。
視線を動かすと、先程まで身に付けていた自身のスーツと下着が床に散らかっていた。
何とか逃げ出す方法を考えていたその時、後孔に冷たいものを塗られ身をすくめる。克臣が手にしていたのは媚薬入りと書かれたジェルだった。それを手に絞り出し、たっぷりと貴滉の下半身に塗っていく。
「やだ! 気持ち悪い……っ」
「これから気持ちよくさせてやるから安心しろ。こう見えても処女には優しいんだぜ?」
そういった克臣は濡れたように光る貴滉の後孔に揃えた人差し指と中指を捻じ込んだ。
「痛っ! やだ……痛いっ」
「ローターを難なく呑みこんだクセに、何言ってんだよ。これでたっぷりと柔らかくしてやる」
「やだ! 抜いて! あぁ――気持ち、わる……いっ。っうぐ!」
克臣の太い二本の指が薄い粘膜を巻きこんで中に侵入してくると、猛烈な異物感に体が拒絶反応を起こして胃の内容物が逆流してきた。それを何とか呑み込んで鼻の奥の痛みに耐えるしかなかった。しかし克臣は、そんなことなどお構いなしに容赦なく奥まで指を突き込んだ。
「いやぁぁ! 痛い、痛いっ」
「いかにも処女らしくていいな。今に「もっともっと」って言えるようにしてやるから」
「やだぁ! 抜いて! 克臣、抜いてっ!」
ジェルを纏わせた指を動かすたびにクチクチと小さな音を立てた。それがやけに大きく聞こえて、貴滉は耳を塞ぎたかった。
自身でも触れたことがない場所を克臣の指が犯している。本来、排泄器官であるそこはΩ性の男性にとって性交の場所であり、子を産む神聖な場所。本能でのセックスを嫌い、二十六年間守り続けたその場所に踏み入ったのは、貴滉が求めてやまない人の指ではなかった。
「発情しなくても体は反応するんだな。――もし、強制的に発情させたらどうなる?」
「な……何を、考えてい……る!」
「Ω専用の発情促進剤は、不妊治療薬として医師の処方がないと手に入らない。それが、ここにあるとしたら……?」
「バカな……。なんで、お前が……っ」
「最近まで付き合ってたセフレ。多忙な夫に相手にされないΩの人妻だったんだけど、そいつが妊活中でさ。それ飲ませてセックスしたら、もう凄かった……。あれは野獣だな。「中で出して!」ってせがむからいっぱい出してやったけど、もしかして俺の子孕んだかもな。もう飽きたから捨てたけど」
「克臣……お前、人間のクズだなっ」
「漆原だって同じことしてるんだろ? それなのに、どうして俺だけがお前に責められなきゃならない?」
「あの人は……違う!」
「何が違うんだ? αだから許される……って、そういうのお前が一番嫌ってたんじゃなかったのか?」
克臣は貴滉の後孔から指を引き抜くと、ナイトテーブルの抽斗から小さな袋に入った錠剤を取り出した。それを貴滉の目の前にちらつかせると、ニヤニヤと笑いながら開封し掌に落とした。
貴滉は目を大きく見開いたまま首を小刻みに振った。発情しない体とはいえ、強制的に発情させる薬を飲んだら一体どうなってしまうのか貴滉自身も分からなかった。
これが呼び水となりΩ性の特性である発情期を迎えるようになったら、もう克臣から離れられなくなる。それは、真吏との別れを意味していた。
(克臣の前で発情なんかしたくない……。絶対にしないっ!)
しかし、自分の体でありながらこればかりはコントロールできない。それがΩ性のサガなのだ。
一度発情すれば、快楽と体内に注がれる精液を求めて浅ましく悶え狂う。それが想いを寄せる真吏でなくても構わない。手当たり次第に相手を誘い、子を成すことだけしか考えられなくなる。
「いや……だ」
暴走する本能によって心の通わない相手とのセックスを強要される。でも、Ω性にはそれを拒むすべがない。
克臣の指が頑なに閉じられた貴滉の唇を抉じ開ける。顔を顰め歯を食いしばってみるが、後孔に沈められたままのローターが体内で暴れるたびに体は反応し、集中力が削がれていく。たとえ発情しなくても、物理的な刺激を与えられれば勃起もするし射精もする。貴滉の意思とは関係なく、ゆるりと頭を擡げ始めた自身を忌々しげに睨みつけた時だった。
床に散らかったスーツのポケットの中でスマートフォンが振動した。おそらくメッセージアプリの着信を告げたのだろう。短い振動はすぐに止まった。
「――アイツか?」
不機嫌そうに舌打ちした克臣は着ていたシャツを乱暴に脱ぎ捨てると、スラックスのベルトを緩めて前を寛げた。黒いビキニタイプの下着の生地を押し上げていたのは、すでに力を漲らせた彼のペニスだった。α性である真吏のモノに比べれば幾分小さく感じるが、それでも大きい方の部類に入る。それを下着越しに扱きながらベッドを軋ませて膝を掛けた克臣は貴滉の顔を跨いた。
強烈なオスの匂いが鼻を突く。顔を背けようとする貴滉の頬に、すでに溢れた蜜で濡れた膨らみを擦りつけると、克臣は下卑た笑いを浮かべながら真上から見下ろした。
「舐めろ」
低い声が貴滉に降り注いだ。その迫力に一瞬怯んだ時、貴滉の唇に白い錠剤が無理やり押し込まれる。
「ん――うっ!」
吐き出そうとした貴滉の目の前で克臣が下着を下ろした。反り返ったペニスが勢いよく飛び出してくる。それに手を添えた彼はその先端を貴滉の唇に押し付け、錠剤を押し込むように口内に突き込んだ。
「んんっ!」
塩気を含んだ蜜の味が広がる。唇を閉じたくても膨張した雄茎は容赦なく喉を突き、嘔吐いた拍子に出た唾液によって錠剤が溶けていくのが分かった。その苦味は克臣のペニスによってどんどんと喉に運ばれ、否が応でも呑み込まなければならない状況へと追い込まれる。
「――ぐぁっ。が……はっ」
激しく暴れるたびに手枷に付けられた鎖がガチャガチャと音を立てる。それを気にするでもなく、克臣はゆるりと腰を動かしながら自身のスマートフォンを手にすると、画面を数回タップしてカメラを貴滉の方に向けた。その直後、耳障りなシャッター音が聞こえ貴滉は戦慄した。
「エロい顔……。これ、SNSにアップしたらどうなるかな……。あぁ、もちろん漆原のアカウントで。ペットのΩ、犯してま~すって……」
「や……っ!――っぐ」
真吏を貶めるためならば手段を選ばない克臣の事だ。このままでは本当にやりかねない。ただ――SNS上にこの写真がアップされると被害は真吏だけに収まらない。被写体である貴滉もまた、克臣のペニスを咥えている画像が拡散されるのだ。
いつ、どこで、誰が目にするか分からない恐怖。もし、社内の人に知られたら間違いなく職を追われることになる。
今、世間で叫ばれているSNS利用者のモラル低下。貴滉は、その被害者になろうとしていた。
それだけはさせまいと声をあげようとする貴滉の喉を硬い先端が突いた。
「っが! あぁ……がはっ」
苦痛を訴える貴滉に「黙っていろ」と唇に人差し指を押し当てた克臣は再びスマートフォンを操作し、ゆっくりと耳元に運ぶといつもと変わらない口調で話し始めた。
「――あ、征矢ですけど。課長、お願いできますか?」
その言葉で彼が会社に電話を掛けていることを知った貴滉は、焦ったように首を大きく横に振った。
(何をするつもりだっ!)
「が――っ! あがが……あぁっ」
「課長、おはようございます。稲月が体調悪いって俺のところに電話して来て……。はい、熱があるようで二~三日休みたいそうです。あ、彼のフォローには俺が入りますので大丈夫です」
貴滉はM字に開かれた足をばたつかせたが、克臣の一突きで喉を塞がれて動きを封じられた。硬い先端で激しく突かれるたびに嘔吐くせいで喉の奥がヒリつく。
「――最近、ハードでしたからね。少し休ませたいってのが相棒としての希望です」
唇から唾液を纏わせた茎が出入りしている。顎に流れる胃液混じりの唾液が不快で仕方がない。しかし、彼の腿で顔を固定されている以上、貴滉は逃げることが出来なかった。
「――分かりました。伝えておきます。では……」
通話を終了した克臣は唇を片方だけ上げて微笑んだ。
「ゆっくり休めってさ……。休ませてやらねーけど」
「うぐ……あがぁ……あぁ!」
とんだ偽善者だ。貴滉の口内をペニスで犯しながら、上司に相棒を心配する旨の連絡をする。しかも勝手に休むような手配までして……。その間、克臣は貴滉を犯し続けるに違いない。
信頼のおける同僚であった克臣の裏の顔を見た貴滉は、今までにない恐怖を覚えた。体調不良という理由で会社を休む貴滉をあえて探す者はいない。これが無断欠勤であれば上司も少しは不審に思っただろう。
「ゆっくり――楽しもうぜ」
彼の腰の動きが次第に早くなっていく。貴滉の顎関節はすでに疲労し、開いたままの唇に熱い茎が擦れるのも不快だった。それが、ある瞬間を境に心地よく感じ始めているのに気付いた貴滉は小刻みに体を震わせた。
(あり得ない……絶対にあり得ない!)
自身の中で起きている異変――それは、想像したことのない悍ましい劣情だった。
「や……がぁっ」
体が火照っていく。腹の奥の方で生まれた熱が渦を巻いてうねり、血管を通って全身に広がっていくような錯覚を起こす。そして、腸の中で振動を続けているローターの形をハッキリと認識し始めた。
「やっ! あぁ……っ」
真上にある克臣の額には汗がびっしりと浮かび、体を支えるようにヘッドボードを両手で掴みながら荒い息を繰り返していた。その時、貴滉の口内で彼のモノがドクンと大きく脈打ち、さらに質量を増した。
急激に喉を圧迫され貴滉の意識が途切れた。次の瞬間、克臣の極まった声に大きく目を見開いた。
「あぁ――イクッ!」
一際深く喉奥に突き込んだ克臣は低い呻き声と共に絶頂した。ビクンと跳ね、口蓋を叩いた先端から大量の精液が迸り、貴滉の喉を直撃した。独特の苦みが舌にジワリと広がり、粘度のある体液が絡むように喉に張りつく。強烈なオスの匂いが鼻に抜け、貴滉は激しくむせ返った。
「ゴホッ! ゴホ、ゴホッ――おぇぇっ!」
残滓まで絞るように手で数回扱いてからペニスを引き抜いた克臣は、恍惚とした表情で額の汗を拭った。
何度も激しく嘔吐きながら咳き込んだ貴滉だったが、すべてを吐き出せたわけではなかった。喉奥に怒濤の勢いで流れ込んできた灼熱の奔流に耐えきれず、いくらか呑み込んでしまっていた。胃の上のあたりがキューッと締め付けられるように痛む。
「なんで吐き出すんだよ。全部飲むのがΩの仕事だろ」
「ふ……ふざけ、な――んふっ。はぁ、はぁ……んぁ……から、だが、あつ……ぃ」
「薬が効いてきたか? チ○コ、おっ勃てて随分と気持ちが良さそうだな。俺のチ○コがそんなに美味かったか?」
認めたくなかった。でも、体の中で起きている異変は誤魔化すことが出来なかった。
ローターを咥えた後孔が勝手にヒクつく。手も触れていないのに自身のペニスが下腹につきそうなくらい勃起し、節操なく先端から透明な蜜を溢れさせ、下生えをしとどに濡らしていた。
「きも……ち、よく……なんて、ないっ! これは……はぁ……はぁ……ちがっ」
「何も違わない。お前はΩだ。発情しないΩなんて、この世に存在しないんだよ」
克臣から発せられる言葉が鋭いナイフへと変わり、容赦なく貴滉の心を抉った。
先天性の遺伝子異常。生涯発情しない者もいるが、その数は限りなく少なく稀な例だと言える。貴滉の場合は人よりも発情時期が遅れているだけ……という可能性もあった。もし、後者であるとすれば『しない』とは言い切れない。現に発情促進剤を飲んだあとで体に異変が起きている。
無意識に腰が揺れる。貴滉は上気して淡く色づいた白い肌に薄らと汗を浮かべながら、吐息まじりの喘ぎ声を漏らした。
「はぁ……やら……はつじょ……な、て……したく……ない」
目を開けているのに焦点が定まらない。腰の奥にわだかまった熱を出したくて仕方がない。でも、自身の手で扱き上げることが出来ない。イキたいのにイケない……。それには決定的な愛撫が必要だ。
克臣に強請ることは絶対にしない。そう頭では分かっているのに、体はその思考を裏切るように腰をくねらせて彼を誘う。これが浅ましいΩ性の真の姿なのか――。
「メスらしい、いい顔になって来たな」
貴滉の足元に膝をついた克臣は、赤く充血し濡れ始めている後孔を指で円を描くようになぞると、そこに顔を近づけて舌先で蕾を抉った。
「い……いやぁぁ――っ!」
克臣の熱い舌が入り込んだ瞬間、それを薄い襞がきつく喰い締めた。たったそれだけ……貴滉は自身の腹の上に精液を散らしていた。
(き……気持ち、いい)
薄い胸を喘がせた貴滉を見る克臣の目が変わった。野性味を帯びたそれは、貴滉のフェロモンに当てられ自我を失っているようにも思えた。
「あぁ……いい匂いだ。Ωの匂いだ」
ふらりと吸い寄せられるように克臣が胸の突起に歯を立てた。達したばかりの貴滉にはその刺激さえも強烈なものに変換されて脳に届けられる。
「やぁ……あっ。克臣……いやぁ!」
頭の中が霧に包まれたように白くなっていく。その中に佇むシルエットが見えるたびに、貴滉は一瞬だけ自我を取り戻した。
「し……り、さん」
彼の名を震える唇で何度も紡ぐ。でも、その影はすぐに霧に包まれて見えなくなってしまう。
こんなに淫らで浅ましい姿を彼に見られたくない。発情しない、発情出来ないという共通の欠陥があったからこそ近くにいることが出来たのに……。
克臣が乳首を執拗に愛撫するたびに、貴滉はその奥にある場所が酷く痛むのを感じた。息が途切れるほどの苦しさに眉を寄せるが、すぐに克臣から与えられる快感に体が反応し、その痛みを薄れさせていく。
心の中にいる絶対に消せない存在――。それを思うたびにまた痛みがぶり返す。いっそ、すべてを忘れて本能のままに、克臣にすべてを委ねることが出来たらどれほど楽だろう。快楽だけをひたすら追いかけ、子を成すことだけを考えればいい……。感情を持たない、ただのセックスドールになれば……。
『それがΩ性の宿命なのだから……』
父親から毎日のように浴びせられた辛辣な言葉。信頼していた同僚であり友人であった克臣の裏切り。結ばれないと分かっていても暴走する真吏への想い……。
貴滉の中でまた、幼い時の記憶が蘇る。
泣いても何も変わらない。信じても裏切られる。愛しても……報われない。
じゃあ、すべての感情を失くしてしまえばいい。そうすれば、苦しまずに生きられる。
貴滉はシーツから背中を浮かせ克臣に胸を突き出した。そして……赤い舌先を伸ばして、すっと目を細めた。
「ちょ……らい。克臣……の、精子……欲しい」
自分の声とは違う、甘く舌足らずな声。まるで、媚を売る男娼のようだ。
下品に脚を開き、腰を揺らして誘う。精液まじりの蜜を溢れさせ、快楽だけを求める淫乱な種族。
「素直な貴滉は大好きだよ。いっぱい、可愛がってやる」
克臣の声が鼓膜をビリビリと震わせる。それだけで後孔がヒクヒクと収縮を繰り返した。
貴滉の両膝に手を掛けた彼はグッと力任せに脚を広げた。先程、大量吐精したにもかかわらず、すぐさま力を漲らせたペニスの先端を、誘うように色づいた蕾に押し当てた。
「処女Ω……頂きま~す!」
そう嬉しそうに声をあげると、力任せに薄い襞を割り裂きながら太い茎を打ち込んだ。
「いやぁぁぁ――っ!」
激痛が熱さとなって貴滉の下半身を疼かせた。ローターが入ったままの挿入は、初めての貴滉にはかなりの負担となる。しかし克臣は、彼を気遣うことなく最奥まで一気に腰を突き込んだ。
「っふ、あぁぁ! あっ、ふか……いっ! イク……イッちゃう……も、イク――ッ!」
貴滉の体がガクガクと痙攣を繰り返す。そして、挿入後間もなく白目をむいたまま呆気なく絶頂した。
『Ωだから……。出来損ないのΩは恋なんかしちゃいけない』
爪先の指をキュッと丸めてシーツを掴み、断続的に訪れる絶頂に獣の咆哮のような声をあげる。自分はもう人間ではない。だから――人間である真吏を愛することは出来ない。
何もかも忘れてしまえばいい。全部、消えてしまえばいい。
克臣のペニスに何度も突き上げられ、その度に痛む胸を快楽で誤魔化していく。
苦しくて、痛いだけのセックスなんか嫌い……なのに。
「ひゃぁぁ! 克臣……もっと、もっと欲しい! 子種……くらさ、い。いっぱい、くらさいっ!」
貴滉は何度目かも分からない絶頂で意識を失った。下腹が膨らんでいるのは、たっぷり注がれた精液のせいだろう。これだけ回数をこなせば、貴滉の妊娠の確立もぐっと上がる。
手足の拘束は解かれている。それなのに動けないのは極度の疲労と精神的ショックのせいだった。隣で眠っていたはずの克臣の気配は感じられない。
目を閉じたまま一定のリズムで呼吸を繰り返していた貴滉は、自身が暗くて深い場所に沈んでいくのが分かった。もう、自力では這い上がれないところへ堕ちていく。
それなのに、あの人の名を叫んでいた。愛しくて、愛しくて……忘れたいのに忘れられない。鮮烈な姿が脳内で何度も再生される。
金色の髪を掻き上げて悲しげに微笑んだ彼に手を伸ばす。その指先は空を切るばかりで届かない。
『真吏さん……助けて』
シーツに頬を押し付けたまま眠る貴滉の目尻から一筋だけ涙が伝った。
またあの痛みが蘇る。胸が苦しい、息が出来ない。心臓が早鐘を打つのに体が寒い……。
『あなたのことが好き……でした』
結局、言の葉にのせて届けることは出来なかった。
失くしたはずの感情を取り戻した代わりに貴滉が手放したのは、大切な人への最初で最後の恋心だった。
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