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第二章
苦い勝利
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その頃、混乱しきった城内から退避してきた敵将たちを捕えるために前線のオウカたちは奮闘していた。とはいえ、逃げ惑っている軍とその先でしっかりと陣形を組み迎え撃つ軍では優位なほうは明らかだった。オウカが指揮し、屈強なオチ将軍をはじめとしたエン軍は負け知らずだった。
「あなたがこの戦を率いていた軍師殿か」
およそ殺そうと斬りかかってきたようには思えぬ一太刀をオウカの小さな体に振り下ろしてきた将が居た。
「……っ、そうだけど、何?」
オウカも伊達に前線に立つ者ではない。その殺気の感じない剣を受け止められないはずはなかったが、自らの細身の長剣で受けるには重い一撃だった。びりびりと腕に痛みが走ったものの、オウカはそれにひるまず強気な態度を貫く。
「オウカ殿!」
「ふっ! ……いいよ将軍、気にしなくて。この人、本気でやるつもりはないみたいだし」
受けた太刀をはじき返して、そばへ駆け寄ってきたオチにそう告げるオウカ。
「お気付きであったか」
「なめないでよ。普通にわかるでしょ。別にやる気ないならもっと力加減してよね、馬鹿力なんだから」
「……オウカ殿と言ったか、私はリュエという。此度の戦は見事であった」
かかってきた敵将は、もはや勝敗の決した戦場で戦うつもりはないようだった。太刀を携えたままではあるが、それ以上攻撃の意思は見せなかった。ただ素直に負けを認め、戦を勝利へ導いた軍師オウカを称えた。
「それだけ言いに来たの?」
「ああ。以後は投降する。処分はそちらが決めると良い」
「……そう、まあ僕が決めることじゃないけどね」
変な奴。リュエと名乗った男に、オウカはそう思った。投降した将兵をどうするかの決断を下すのはオウカではない。後ほどクムラが直接するだろうから、そんなことを言われても意味がない。オウカは興味のなさそうな声で小さく返した。それからオチに投降兵のところへ連れていくように頼み、オウカは持ち場に戻る。
「……見事なんかじゃない。シュナさんに、異能使わせちゃったんだ……」
オウカはシュナが異能を使いたがらないことを知っている。シュナが異能のせいで悲しい思いをたくさんしたことも知っている。だからこそ、オウカはシュナがこれ以上異能を使わずとも勝てる戦がしたかった。それができなかったことで一番悔しい思いをしているのがオウカだった。
「この俺が、こんな負け方をするのか……! 城が、俺の兵たちが……!」
恐れられていたシレンも、戦う足場を失えばいとも容易くあっさりと捕らえられた。多数の弓矢に射抜かれてなお嘆き叫び抵抗する力は凄まじく、取り押さえる兵たちは苦労していたが、それだけだった。
きっと誰もがこの男の最後がこんな戦いになるとは考えなかったであろう。この予想だにしない結末を描いたのがオウカというただひとりの若い軍師だということも。
「……で、こうなるわけね……嫌な予感はしてたんだよ!」
勝利の賞賛を得ながらもひどく落ち込んでいたオウカだったが、さらに追い打ちをかける事態になっていた。
本来であれば投降兵や捕えた将兵の処遇を決める場に居るはずなのはクムラとシュナだったはずだが、戦で異能を使ったシュナとコハクがひどく消耗しているため、シュナの代わりにオウカが担当することとなった。軍のその後に関わる重要な役であるため、代わりを務めることは名誉なことであるが、オウカは素直に喜べなかった。
「おや、またお会いしましたな」
「うるさいな」
ついさっき、「僕が決めることじゃないから」なんて言って突き放したリュエに会うことになるからだ。それに、クムラはオウカの意見もおおいに取り入れるため、彼の処遇もオウカの一存でどうとでもなる状況だった。
「なんだ、知り合いか?」
「そんなんじゃないです。さっき少し話しただけ」
「そなたリュエであろう。西にたいそう強い異能無しの将が居ると噂になっておるぞ」
「え、そうなんですか?」
リュエ。そういえばオウカも旅をしているときにその名と噂を耳にしたことがあった。異能を持たない将軍。将としての特別な力を持たないが、その戦う姿は龍の如しと謳われた男だ。
(……そうか、この男が。さっきの一撃も見事だった……それに)
オウカはリュエをじっと見つめる。強面の髭面だが、その奥の目の光はこれから生きるか死ぬかというときなのに、どこまでもまっすぐだ。それがわかっていな馬鹿ではない。だが殺せるものなら殺してみろとやけになっているというわけでもない。きっとこの男は最初から何もかも覚悟ができている。自分に自信があるからこそ、負けを認めたときも潔いのだ。
(……美しい男だ)
オウカはリュエが気に入った。この場面で多く口を聞かないところもいい。さっきはそれどころではなかったから気付いていなかったし濃い髭でよく見えないが、リュエはかなりオウカの好みの顔をしていた。
「どうする、オウカよ。この者は強いそうだが、異能無しだ。扱いにくいぞ」
「そうですね」
異能を持たない将というのは、この乱世でかなり珍しいものだった。琰軍には異能を使えないシュナとコハクという二人が居たからそう珍しくもないように思えるときもあるが、そもそも異能を持たない将というのは他の国を探しても見つからないだろう。それほどに将には異能は必要なものであったし、その力を持つからこそ兵を率いることができるというのが常識であった。
ゆえに、クムラが言う通りこのリュエという男は扱いにくいだろう。異能が使えぬのではなくそもそも持たない将に兵たちが素直に従わないかもしれない。そういった者を登用するのは何かと問題が起きることも考えられる。
「……この男、僕の配下にいただけますでしょうか」
それでもオウカはそう答えを出した。
「ほう?」
「この男の強さは、僕も聞き及んでいます。失うには惜しい。しかしクムラ様の言う通り将として扱うには、すぐに兵たちの信頼を勝ち取るのは難しいでしょう。であれば、僕の直下に置いて徐々に立場を確立させます。僕の兵たちは、僕の言うことなら聞きますから。戦の際には、将軍と同等の扱いをいたします。彼の戦いを見れば、誰も何も言えなくなるでしょう」
「如何にも。お前がそう言うのであれば可能であろうな」
クムラはオウカの言うことは尤もだと頷く。クムラはもともとリュエは切り捨てるべきと考えていたが、オウカの様子を見ていて考えが変わった。オウカという男はまだ若いのに、やると言えばきっとやるのだろうと信じさせるカリスマ性があるから不思議だ。
「ということだ。お前の命はこの男が拾ったようだぞ。お前はどうだ」
「ありがたき幸せです」
リュエはそう短く返して、恭しく手を組み頭を下げて見せた。
その後二人は総大将であったシレンを処断し、勝利を携えてエンへと戻ることとなった。西の魔物と呼ばれたシレンは既に身動きがとれないように拘束具をはめられ、最後まで激しく抵抗していた。
「リュエ、貴様! お前は俺の物だったはずだ。俺を見捨ててのうのうと生き延びるのが恥ずかしくないのか」
リュエの次に処遇を決めることとなっていたシレンはリュエの去り際、そう叫んで呼び掛けた。
リュエはそれを悲しそうな目で見つめて、けれど何も言わなかった。その罵る声をただ背中で受け止めながら、ただのひとつも言葉を返すことはしなかった。
こうして西への侵攻は終わる。シレンの圧政から解放された民たちは皆、琰に属することになった。しばらくは西側の地域に縁があったアクル将軍を中心に、荒れていた土地を立て直し民の生活を安定させるために尽力することになる。
残ったシレン軍の兵たちも半数以上は琰軍に降った。ただもう半数は投降を拒否し処断されたか、戦う意思を捨てて故郷の村へ帰っていった。
「シレンも怪物だったが、あの紫の化け物はもっと恐ろしい。あれと共に戦うことはできない」
投降を望まなかった者たちは、口々にそう話したという。当然それはコハクとシュナの耳にも届いてしまった。
今回の戦は、得たものも大きいが、負った傷も深かった。
結果的には大勝利で終わったものの、どこかすっきりとはしないまま戦いの幕は下りた。
「あなたがこの戦を率いていた軍師殿か」
およそ殺そうと斬りかかってきたようには思えぬ一太刀をオウカの小さな体に振り下ろしてきた将が居た。
「……っ、そうだけど、何?」
オウカも伊達に前線に立つ者ではない。その殺気の感じない剣を受け止められないはずはなかったが、自らの細身の長剣で受けるには重い一撃だった。びりびりと腕に痛みが走ったものの、オウカはそれにひるまず強気な態度を貫く。
「オウカ殿!」
「ふっ! ……いいよ将軍、気にしなくて。この人、本気でやるつもりはないみたいだし」
受けた太刀をはじき返して、そばへ駆け寄ってきたオチにそう告げるオウカ。
「お気付きであったか」
「なめないでよ。普通にわかるでしょ。別にやる気ないならもっと力加減してよね、馬鹿力なんだから」
「……オウカ殿と言ったか、私はリュエという。此度の戦は見事であった」
かかってきた敵将は、もはや勝敗の決した戦場で戦うつもりはないようだった。太刀を携えたままではあるが、それ以上攻撃の意思は見せなかった。ただ素直に負けを認め、戦を勝利へ導いた軍師オウカを称えた。
「それだけ言いに来たの?」
「ああ。以後は投降する。処分はそちらが決めると良い」
「……そう、まあ僕が決めることじゃないけどね」
変な奴。リュエと名乗った男に、オウカはそう思った。投降した将兵をどうするかの決断を下すのはオウカではない。後ほどクムラが直接するだろうから、そんなことを言われても意味がない。オウカは興味のなさそうな声で小さく返した。それからオチに投降兵のところへ連れていくように頼み、オウカは持ち場に戻る。
「……見事なんかじゃない。シュナさんに、異能使わせちゃったんだ……」
オウカはシュナが異能を使いたがらないことを知っている。シュナが異能のせいで悲しい思いをたくさんしたことも知っている。だからこそ、オウカはシュナがこれ以上異能を使わずとも勝てる戦がしたかった。それができなかったことで一番悔しい思いをしているのがオウカだった。
「この俺が、こんな負け方をするのか……! 城が、俺の兵たちが……!」
恐れられていたシレンも、戦う足場を失えばいとも容易くあっさりと捕らえられた。多数の弓矢に射抜かれてなお嘆き叫び抵抗する力は凄まじく、取り押さえる兵たちは苦労していたが、それだけだった。
きっと誰もがこの男の最後がこんな戦いになるとは考えなかったであろう。この予想だにしない結末を描いたのがオウカというただひとりの若い軍師だということも。
「……で、こうなるわけね……嫌な予感はしてたんだよ!」
勝利の賞賛を得ながらもひどく落ち込んでいたオウカだったが、さらに追い打ちをかける事態になっていた。
本来であれば投降兵や捕えた将兵の処遇を決める場に居るはずなのはクムラとシュナだったはずだが、戦で異能を使ったシュナとコハクがひどく消耗しているため、シュナの代わりにオウカが担当することとなった。軍のその後に関わる重要な役であるため、代わりを務めることは名誉なことであるが、オウカは素直に喜べなかった。
「おや、またお会いしましたな」
「うるさいな」
ついさっき、「僕が決めることじゃないから」なんて言って突き放したリュエに会うことになるからだ。それに、クムラはオウカの意見もおおいに取り入れるため、彼の処遇もオウカの一存でどうとでもなる状況だった。
「なんだ、知り合いか?」
「そんなんじゃないです。さっき少し話しただけ」
「そなたリュエであろう。西にたいそう強い異能無しの将が居ると噂になっておるぞ」
「え、そうなんですか?」
リュエ。そういえばオウカも旅をしているときにその名と噂を耳にしたことがあった。異能を持たない将軍。将としての特別な力を持たないが、その戦う姿は龍の如しと謳われた男だ。
(……そうか、この男が。さっきの一撃も見事だった……それに)
オウカはリュエをじっと見つめる。強面の髭面だが、その奥の目の光はこれから生きるか死ぬかというときなのに、どこまでもまっすぐだ。それがわかっていな馬鹿ではない。だが殺せるものなら殺してみろとやけになっているというわけでもない。きっとこの男は最初から何もかも覚悟ができている。自分に自信があるからこそ、負けを認めたときも潔いのだ。
(……美しい男だ)
オウカはリュエが気に入った。この場面で多く口を聞かないところもいい。さっきはそれどころではなかったから気付いていなかったし濃い髭でよく見えないが、リュエはかなりオウカの好みの顔をしていた。
「どうする、オウカよ。この者は強いそうだが、異能無しだ。扱いにくいぞ」
「そうですね」
異能を持たない将というのは、この乱世でかなり珍しいものだった。琰軍には異能を使えないシュナとコハクという二人が居たからそう珍しくもないように思えるときもあるが、そもそも異能を持たない将というのは他の国を探しても見つからないだろう。それほどに将には異能は必要なものであったし、その力を持つからこそ兵を率いることができるというのが常識であった。
ゆえに、クムラが言う通りこのリュエという男は扱いにくいだろう。異能が使えぬのではなくそもそも持たない将に兵たちが素直に従わないかもしれない。そういった者を登用するのは何かと問題が起きることも考えられる。
「……この男、僕の配下にいただけますでしょうか」
それでもオウカはそう答えを出した。
「ほう?」
「この男の強さは、僕も聞き及んでいます。失うには惜しい。しかしクムラ様の言う通り将として扱うには、すぐに兵たちの信頼を勝ち取るのは難しいでしょう。であれば、僕の直下に置いて徐々に立場を確立させます。僕の兵たちは、僕の言うことなら聞きますから。戦の際には、将軍と同等の扱いをいたします。彼の戦いを見れば、誰も何も言えなくなるでしょう」
「如何にも。お前がそう言うのであれば可能であろうな」
クムラはオウカの言うことは尤もだと頷く。クムラはもともとリュエは切り捨てるべきと考えていたが、オウカの様子を見ていて考えが変わった。オウカという男はまだ若いのに、やると言えばきっとやるのだろうと信じさせるカリスマ性があるから不思議だ。
「ということだ。お前の命はこの男が拾ったようだぞ。お前はどうだ」
「ありがたき幸せです」
リュエはそう短く返して、恭しく手を組み頭を下げて見せた。
その後二人は総大将であったシレンを処断し、勝利を携えてエンへと戻ることとなった。西の魔物と呼ばれたシレンは既に身動きがとれないように拘束具をはめられ、最後まで激しく抵抗していた。
「リュエ、貴様! お前は俺の物だったはずだ。俺を見捨ててのうのうと生き延びるのが恥ずかしくないのか」
リュエの次に処遇を決めることとなっていたシレンはリュエの去り際、そう叫んで呼び掛けた。
リュエはそれを悲しそうな目で見つめて、けれど何も言わなかった。その罵る声をただ背中で受け止めながら、ただのひとつも言葉を返すことはしなかった。
こうして西への侵攻は終わる。シレンの圧政から解放された民たちは皆、琰に属することになった。しばらくは西側の地域に縁があったアクル将軍を中心に、荒れていた土地を立て直し民の生活を安定させるために尽力することになる。
残ったシレン軍の兵たちも半数以上は琰軍に降った。ただもう半数は投降を拒否し処断されたか、戦う意思を捨てて故郷の村へ帰っていった。
「シレンも怪物だったが、あの紫の化け物はもっと恐ろしい。あれと共に戦うことはできない」
投降を望まなかった者たちは、口々にそう話したという。当然それはコハクとシュナの耳にも届いてしまった。
今回の戦は、得たものも大きいが、負った傷も深かった。
結果的には大勝利で終わったものの、どこかすっきりとはしないまま戦いの幕は下りた。
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