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古き友との夜
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「少し歩かないか」
宴の後、龍たちはそれぞれの住処に帰り、フェイとジンユェ、ミンシャは屋敷の中で共に眠った後。身軽な平服に着替えたルイはユンロンにそう声をかけられた。
「ルイとこうして歩くのなんて久しぶりすぎて、なんだか変な感じだ」
「そうだな。私にとってはそう長い時間でもないけれど……それでも不思議と、懐かしく感じるものだ」
二人はあてもなく、けれどなんとなく、川のある方向へとゆったりと歩いた。
「そうか、龍にとってはほんの少しの時間か……俺はすっかり大人になってしまったというのに」
「……いや、短くはなかったよ。お前が会いに来なくなってからの日々は……長く感じた」
「…………すまなかった」
「もう怒ってはいないと言っただろう。まあ当時は、かなり怒っていたがな」
「……ふふっ、怖いことだ」
怒っていたことも笑って話せるようになったのは、時間が解決したことでもあり、フェイロンのおかげでもあると二人は言葉にせずともわかっている。
今は二人を繋ぐのが互いにとっての大切なひとであることが、二人をこんなにも穏やかにさせた。
「王としてあるには、もう離れなければならないと思ったんだ。だって……あの頃のルイは、俺を好きでいてくれていただろう?」
「……よくもまあぬけぬけと。安心しろ。お前のことなんか全然好きじゃない。フェイへの気持ちを知った今ならわかる。あれはまがい物だ」
ルイはそう言い放った。もちろん、本心ではまがい物などではなかったと思っているが、それを伝える必要はないと思うので言わなかった。そんなルイの言葉に、ユンロンは苦笑する。
「じゃあ、会いに来なくなったことはもういいとして。それでもやっぱりルイには……何かこう、都合のよいときばかり頼ってしまっている」
「……ばかめ、フェイの言葉を聞いていなかったのか。あれは私の言葉でもあるのだ」
「同じ気持ちでいてくれているということか」
「そうだよ。そりゃあいきなりお前の子を妻にしてくれと言われたときは何を言い出すんだと思ったものだが……今では、私にとっても大事な子だ。フェイと同じように……いや、フェイよりもきっとずっと強く、愛している」
「……はは、愛か。似合わないな」
「似合わぬことをさせるのさ、あの子がね。そしてそうしたのはお前だ」
ルイも同じようにユンロンの行いに感謝しているというのだから、ユンロンはここへ来る前に決めてきた覚悟など必要なかったのだと少しおかしく思った。
「……私は父としても王としても半端者だ。これまでずっとそう思い知らされながら生きてきた。もっとフェイロン……あの子のために何かしてやれることはなかったのかと、もっと良い未来を見せてやれないものかと思い悩んできた……けれど、二人がそう言うのならば、最後に唯一、私が良い選択をできたことだと思ってもいいのだろうか」
そう話すユンロンの姿は、ルイが覚えている奔放な青年の姿とはもうかけ離れている、ひとりの父親の顔をしていた。ルイはつい、人の成長とは早いものだなとしみじみ思ってしまう。
「フェイは、ひとり閉じ込められて存在を隠されていたことを、守られていたのだと言っていた。狭い王宮の中でさえフェイの片角を嫌いひどい言葉を投げかけられたり、無視されたりしたという。フェイは外に出ればもっともっとひどいことになると理解していた。お前が考えるようにね。……フェイは賢い、いい子だよ。悲しさや寂しさばかりを知りながら生きてきたというのに、思慮深くて優しくて、まっすぐな子だ」
「……もっと私に恨みつらみでも言ってくれればと思うこともあったのだが……あれは私にも妻にも似ていない。ただあの子の優れたところだ」
「フェイは、細かな変化や自然の景色が見せる機微に敏感だ。幽閉生活でも、いつも庭を眺めるのが楽しみだったと言っていたよ。水面が揺れる輝きにも、風で木々の葉が擦れる音にも、空から注ぐ雨にも雪にも、じっと見つめてその美しさを語って聞かせてくれる。それしか楽しみがなかったと言えばそれはそうかもしれないが、フェイはそれを不幸には思っていない。フェイにとって父が用意し整備させていた庭を眺めることは、事実楽しみだったのだろうよ」
「驚いた。庭の管理を仕切っていたことまで知っていたのか」
「あのミンシャという子が偶然知ったのを、こっそりとフェイに教えていたそうだよ。子どもたちは意外と何でも知っているものだね」
フェイは幼少期から、動植物や自然について書かれた本を読むのが好きだった。子どもが読めるそういった書籍は少なく、ユンロンは交流のある国々からかき集めるようにしてフェイが好みそうな本を揃えていっていた。離れの窓から見える庭は一流の庭師に依頼し、年中退屈しないように変化に富んだ美しい庭を造った。
フェイロンにしてやれた父親らしいことはそれくらいしかないと、ユンロンは思っていた。もちろんフェイが一部の使用人たちからつらく当たられていることも知っていて、行き過ぎた言動をした者には罰を与えたが、不信感を持たれフェイの存在を隠蔽している事実を告発でもされたらと思うと重い罰は与えられなかった。差別を拭うための努力もしたが、人々の異形の者を恐れる想いは根深いらしく、フェイが成人するまでの間にもどうにかすることはできなかった。
「……きっと、全部知られているのだろうな。息子たちには」
「いいじゃないか。お前は大事なことばかり誤魔化して抱え込もうとするのだから。もう少し息子たちを信じてやれ。私のこともな」
「うん、そうする」
こうして二人きりで森で話していると、まるで出会った頃に戻ったような気分だった。けれど違う。もうあの日には戻れないと二人は知っている。
「…………本当に、遅くなったが……フェイロンのことを、よろしく頼む。ルイ、きみは言われずともそうするつもりだとは思うが」
「当たり前だ、ばかもの。ずっと離すつもりはないぞ、お前のもとになど頼まれても返してやらん」
「ははっ、そうか。…………なあ、フェイは龍のように長く生きることになるのかな」
「……このまま過ごせば、おそらくは」
「そうか……うん。いや、何も言うまい」
ユンロンの言わんとしていることはわかったが、ルイも何も言わなかった。見えやしない未来の話は、しても仕方のないことだ。ずっと離すつもりはない。その約束だけでじゅうぶんだと思った。
宴の後、龍たちはそれぞれの住処に帰り、フェイとジンユェ、ミンシャは屋敷の中で共に眠った後。身軽な平服に着替えたルイはユンロンにそう声をかけられた。
「ルイとこうして歩くのなんて久しぶりすぎて、なんだか変な感じだ」
「そうだな。私にとってはそう長い時間でもないけれど……それでも不思議と、懐かしく感じるものだ」
二人はあてもなく、けれどなんとなく、川のある方向へとゆったりと歩いた。
「そうか、龍にとってはほんの少しの時間か……俺はすっかり大人になってしまったというのに」
「……いや、短くはなかったよ。お前が会いに来なくなってからの日々は……長く感じた」
「…………すまなかった」
「もう怒ってはいないと言っただろう。まあ当時は、かなり怒っていたがな」
「……ふふっ、怖いことだ」
怒っていたことも笑って話せるようになったのは、時間が解決したことでもあり、フェイロンのおかげでもあると二人は言葉にせずともわかっている。
今は二人を繋ぐのが互いにとっての大切なひとであることが、二人をこんなにも穏やかにさせた。
「王としてあるには、もう離れなければならないと思ったんだ。だって……あの頃のルイは、俺を好きでいてくれていただろう?」
「……よくもまあぬけぬけと。安心しろ。お前のことなんか全然好きじゃない。フェイへの気持ちを知った今ならわかる。あれはまがい物だ」
ルイはそう言い放った。もちろん、本心ではまがい物などではなかったと思っているが、それを伝える必要はないと思うので言わなかった。そんなルイの言葉に、ユンロンは苦笑する。
「じゃあ、会いに来なくなったことはもういいとして。それでもやっぱりルイには……何かこう、都合のよいときばかり頼ってしまっている」
「……ばかめ、フェイの言葉を聞いていなかったのか。あれは私の言葉でもあるのだ」
「同じ気持ちでいてくれているということか」
「そうだよ。そりゃあいきなりお前の子を妻にしてくれと言われたときは何を言い出すんだと思ったものだが……今では、私にとっても大事な子だ。フェイと同じように……いや、フェイよりもきっとずっと強く、愛している」
「……はは、愛か。似合わないな」
「似合わぬことをさせるのさ、あの子がね。そしてそうしたのはお前だ」
ルイも同じようにユンロンの行いに感謝しているというのだから、ユンロンはここへ来る前に決めてきた覚悟など必要なかったのだと少しおかしく思った。
「……私は父としても王としても半端者だ。これまでずっとそう思い知らされながら生きてきた。もっとフェイロン……あの子のために何かしてやれることはなかったのかと、もっと良い未来を見せてやれないものかと思い悩んできた……けれど、二人がそう言うのならば、最後に唯一、私が良い選択をできたことだと思ってもいいのだろうか」
そう話すユンロンの姿は、ルイが覚えている奔放な青年の姿とはもうかけ離れている、ひとりの父親の顔をしていた。ルイはつい、人の成長とは早いものだなとしみじみ思ってしまう。
「フェイは、ひとり閉じ込められて存在を隠されていたことを、守られていたのだと言っていた。狭い王宮の中でさえフェイの片角を嫌いひどい言葉を投げかけられたり、無視されたりしたという。フェイは外に出ればもっともっとひどいことになると理解していた。お前が考えるようにね。……フェイは賢い、いい子だよ。悲しさや寂しさばかりを知りながら生きてきたというのに、思慮深くて優しくて、まっすぐな子だ」
「……もっと私に恨みつらみでも言ってくれればと思うこともあったのだが……あれは私にも妻にも似ていない。ただあの子の優れたところだ」
「フェイは、細かな変化や自然の景色が見せる機微に敏感だ。幽閉生活でも、いつも庭を眺めるのが楽しみだったと言っていたよ。水面が揺れる輝きにも、風で木々の葉が擦れる音にも、空から注ぐ雨にも雪にも、じっと見つめてその美しさを語って聞かせてくれる。それしか楽しみがなかったと言えばそれはそうかもしれないが、フェイはそれを不幸には思っていない。フェイにとって父が用意し整備させていた庭を眺めることは、事実楽しみだったのだろうよ」
「驚いた。庭の管理を仕切っていたことまで知っていたのか」
「あのミンシャという子が偶然知ったのを、こっそりとフェイに教えていたそうだよ。子どもたちは意外と何でも知っているものだね」
フェイは幼少期から、動植物や自然について書かれた本を読むのが好きだった。子どもが読めるそういった書籍は少なく、ユンロンは交流のある国々からかき集めるようにしてフェイが好みそうな本を揃えていっていた。離れの窓から見える庭は一流の庭師に依頼し、年中退屈しないように変化に富んだ美しい庭を造った。
フェイロンにしてやれた父親らしいことはそれくらいしかないと、ユンロンは思っていた。もちろんフェイが一部の使用人たちからつらく当たられていることも知っていて、行き過ぎた言動をした者には罰を与えたが、不信感を持たれフェイの存在を隠蔽している事実を告発でもされたらと思うと重い罰は与えられなかった。差別を拭うための努力もしたが、人々の異形の者を恐れる想いは根深いらしく、フェイが成人するまでの間にもどうにかすることはできなかった。
「……きっと、全部知られているのだろうな。息子たちには」
「いいじゃないか。お前は大事なことばかり誤魔化して抱え込もうとするのだから。もう少し息子たちを信じてやれ。私のこともな」
「うん、そうする」
こうして二人きりで森で話していると、まるで出会った頃に戻ったような気分だった。けれど違う。もうあの日には戻れないと二人は知っている。
「…………本当に、遅くなったが……フェイロンのことを、よろしく頼む。ルイ、きみは言われずともそうするつもりだとは思うが」
「当たり前だ、ばかもの。ずっと離すつもりはないぞ、お前のもとになど頼まれても返してやらん」
「ははっ、そうか。…………なあ、フェイは龍のように長く生きることになるのかな」
「……このまま過ごせば、おそらくは」
「そうか……うん。いや、何も言うまい」
ユンロンの言わんとしていることはわかったが、ルイも何も言わなかった。見えやしない未来の話は、しても仕方のないことだ。ずっと離すつもりはない。その約束だけでじゅうぶんだと思った。
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