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婚礼式
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「おまえさんたち、婚礼の儀はしたのかい」
「そういえば、していないね」
「それはいけない、儀式というのは案外と大事なものなのだぞ」
ある日の龍の会合で、緑龍にそう言われた二人。
「婚礼式ですか。普通は龍と人同士でも行うものなのでしょうか?」
「昔はしていたよ。共に暮らすことが普通であっても、やはり種族を超えた結婚というのは少し珍しかったからね、それはもうめでたいことだったのさ」
「ああ、懐かしいね。私もその昔に挙げたことがあったよ」
「あれは愉快だった。フェイの花嫁姿も見たいなあ。絶対綺麗になるわ」
何度か会合に顔を出すうちにフェイもすっかりこの龍たちの中に馴染んでいった。特に初めて参加したときから世話になっていた緑龍と、女性の姿をした薄紫色が美しい紫龍からはかわいがられている。
「まったく、お前たちは宴がしたいだけだろうに。とは言え確かに、式を挙げようとは考えていなかったね。フェイはどうだい」
「嫁入りの日は綺麗な羽織を着せていただいておりましたし、ルイと出会ったあの瞬間がとても神秘的で……あの日が印象的だったので、改まって式を挙げるというのは考えておりませんでした」
「ああ、確かに。けれどあれじゃ、式とは言えないし味気ないだろう」
「ふふ、そうですね。しかも私はあのときは死ぬつもりでいたので、それどころではありませんでしたから」
「……むう、そうだな」
フェイがそう言うと、ルイは感情の読み取れない顔でフェイをぎゅうと抱き寄せた。おそらく、フェイが死ぬつもりだったなどと聞くとふいに切なくなるのだろう。
「……やろうか、婚礼式」
「できるのですか?」
「ああ、なんとかなるだろう」
「おやフェイ、やりたいのかい? そうであれば、我々も協力するよ」
「私も。フェイに着せる綺麗な衣装を用意してあげる」
「う、嬉しいですが……その、これは、我儘なのですが」
「うん、なんだい?」
「……できれば、家族を呼びたいのです。婚礼というのは、そういうものだと……」
フェイが珍しくまごまごとしながら言うものだから、ルイはそのいじらしさが愛おしく思える。
「なんだ、そんなことは我儘のうちに入らないだろう。当然、そうしようじゃないか」
「いいのですか?」
「ああ。もちろん」
ルイは笑ってそう答える。緑龍も紫龍もそれを歓迎していた。
「フェイの家族は国の王族なのでしょう? 私たちが居れば何からでも守ってあげられるわよ」
「ははは、そうだ。何よりルイが居るしね」
「ふふ、それは心強いです」
こうしてフェイとルイの婚礼式が行われることになった。
準備はゆっくりと、それでも着実に進んでいった。
「……しかしルイ、本当に……よろしいのですか?」
「何がだい」
「その……父とは、もう何年も会っていないのでしょう? それに……」
フェイは、それ以上はなんとなく言葉にはしづらかった。ルイはフェイのそんな様子を見て、小さくため息を吐く。
「あのね、フェイ? 私は前にも言っただろう。私にユンロンへの気持ちなんてもうちっとも、これっぽっちも、妖精の涙ほども残っていないって」
「そ、そこまで仰っていましたっけ」
「言ってなかったとしてもだ。ユンロンが好きだったことなんてフェイが産まれる前にとうに忘れたんだよ。それに、フェイにこそそんな心配はしてほしくないな」
ルイは珍しく不機嫌を隠さずにフェイに詰め寄った。
「フェイはもしかして、私のフェイへの気持ちをほんの僅かでも疑っているんじゃあないだろうね?」
「そ、そんなことは……ないですよ?」
「本当かなあ? フェイにだけは、私がフェイのことをかわいくてしょうがなくて誰よりも何よりも愛おしいんだっていう気持ちを疑ってほしくないのだけど」
「だ、大丈夫ですってば! ただ、関係が途絶えてしまった友人と会うというのは、気まずい思いをしたりはしないものかなとは思うじゃないですか」
「……まあ、確かにね。ユンロンがどういう気持ちになるのかは、私にはわからないことだけれど。でもまあ、大丈夫なんじゃないか」
「またそんな適当に」
「適当だよ。男同士の友人なんてのはそんなものさ。気に食わないことがあれば直接言ってくるだろうし、フェイが気にすることではないよ。だからはやく招待状を書いてしまいなさい」
「……はい」
フェイの手元には父ユンロンと弟ジンユェ、それから幼馴染のミンシャへと送る手紙が書きかけになっていた。
式の日取りが決まり、フェイの家族からも参加する旨の手紙が届いた。一国の王と次期国王が揃って王宮を空けることは難しいのではないかと密かに思っていたので、三人揃ってここへ来てくれるということがフェイは嬉しかった。
式に来てくれるというよりも、自分が元気で幸せに生きていることを伝えられることや、今の暮らしを見てそれを実感してもらえる機会が嬉しかった。式はやはりそういうきっかけとなるものだ。
式は夕方、陽が落ちてから執り行われる。昼には緑龍と紫龍が屋敷に来てくれた。緑龍はお祝い事のための食事と酒を用意し、紫龍はルイとフェイの衣装を着付けてくれる。
「フェイ、少し台所を借りるよ」
「はい」
「ああフェイ、動いちゃだめよ。お化粧が変になっちゃうわ」
「は、はい。申し訳ありません。しかし、やはり化粧までは……」
「何言ってるの。ハレの日なんだから、綺麗にしなくっちゃね。大丈夫、そんないかにもお化粧してますって感じにはしないから。少し肌を綺麗に見せて、浮かない程度に紅を引くだけよ」
「うう、はい……」
フェイは着飾ることなど慣れているはずもなく、紫龍にされるがままになっていた。
「はい、できた。うん、とっても綺麗よ。フェイはもともと綺麗だけれどね。ルイもきっと惚れ直すわ」
「そ、そんな……」
二人がそんな話をしていると、着替え終わったルイが二人のところへ戻ってきた。
「フェイ、着替え終わったよ……」
「……ル、ルイ……?」
戻ってきてフェイの姿を見るなり固まってしまったルイ。こんな時ばかりは、あまり考えていることが顔に出ないルイの無表情が、フェイはもどかしく感じる。綺麗な衣装を着て化粧をするなど初めてのフェイは、いま顔から火が出そうなほどに恥ずかしい。はやく、何とか言ってほしかった。
「どーお? ルイ様。フェイ、とっても綺麗でしょ?」
「……すごく、綺麗だ」
「……本当ですか?」
「ああ。……すまない。口下手なのが悔しいな。とても綺麗だと、それ以外にどう伝えればいいのかわからない」
「そんな風に真顔で言われると、なんだか恥ずかしいのですが……」
「ああ、いや、すまない」
「ルイったら、あんまりフェイが美人でびっくりしてるのよ」
実際、フェイの衣装や化粧は慎ましやかでおっとりとしたフェイにぴったり似合った品があって美しいものだった。紫龍の普段の派手な装いからは想像できない仕上がりだったからルイは驚いてしまった面もあったが、それは言わなかった。
ひっそりとあしらわれた花の模様が愛らしいが、それ以外は目立った柄のない質素なデザインながら、しっとりとしたなめらかな質感が美しい上等な布地で繕われた衣装。フェイの白い肌によりきめ細やかな光を纏わせる白粉に、もとより魅力的な赤い色の唇を艶やかに魅せる紅が引かれ、慣れない化粧に恥ずかしそうに伏せた睫毛が愁いを帯びた美しさを際立たせた。
「……こんなに綺麗なフェイを、他の男に見せたくなくなってきた……」
「何言ってるのさ、人を呼んでるんだってば。しっかりおもてなししなさいよね、旦那様」
「そ、そうですよルイ。みなさま来てくださるんですから」
フェイはルイがこんなにも喜んでくれるのなら、着飾るのも悪くないかもしれないと思った。整えられた衣服や飾りを乱さぬようにやさしく抱き締めてくるルイに、密かに幸せを感じるフェイだった。
「そういえば、していないね」
「それはいけない、儀式というのは案外と大事なものなのだぞ」
ある日の龍の会合で、緑龍にそう言われた二人。
「婚礼式ですか。普通は龍と人同士でも行うものなのでしょうか?」
「昔はしていたよ。共に暮らすことが普通であっても、やはり種族を超えた結婚というのは少し珍しかったからね、それはもうめでたいことだったのさ」
「ああ、懐かしいね。私もその昔に挙げたことがあったよ」
「あれは愉快だった。フェイの花嫁姿も見たいなあ。絶対綺麗になるわ」
何度か会合に顔を出すうちにフェイもすっかりこの龍たちの中に馴染んでいった。特に初めて参加したときから世話になっていた緑龍と、女性の姿をした薄紫色が美しい紫龍からはかわいがられている。
「まったく、お前たちは宴がしたいだけだろうに。とは言え確かに、式を挙げようとは考えていなかったね。フェイはどうだい」
「嫁入りの日は綺麗な羽織を着せていただいておりましたし、ルイと出会ったあの瞬間がとても神秘的で……あの日が印象的だったので、改まって式を挙げるというのは考えておりませんでした」
「ああ、確かに。けれどあれじゃ、式とは言えないし味気ないだろう」
「ふふ、そうですね。しかも私はあのときは死ぬつもりでいたので、それどころではありませんでしたから」
「……むう、そうだな」
フェイがそう言うと、ルイは感情の読み取れない顔でフェイをぎゅうと抱き寄せた。おそらく、フェイが死ぬつもりだったなどと聞くとふいに切なくなるのだろう。
「……やろうか、婚礼式」
「できるのですか?」
「ああ、なんとかなるだろう」
「おやフェイ、やりたいのかい? そうであれば、我々も協力するよ」
「私も。フェイに着せる綺麗な衣装を用意してあげる」
「う、嬉しいですが……その、これは、我儘なのですが」
「うん、なんだい?」
「……できれば、家族を呼びたいのです。婚礼というのは、そういうものだと……」
フェイが珍しくまごまごとしながら言うものだから、ルイはそのいじらしさが愛おしく思える。
「なんだ、そんなことは我儘のうちに入らないだろう。当然、そうしようじゃないか」
「いいのですか?」
「ああ。もちろん」
ルイは笑ってそう答える。緑龍も紫龍もそれを歓迎していた。
「フェイの家族は国の王族なのでしょう? 私たちが居れば何からでも守ってあげられるわよ」
「ははは、そうだ。何よりルイが居るしね」
「ふふ、それは心強いです」
こうしてフェイとルイの婚礼式が行われることになった。
準備はゆっくりと、それでも着実に進んでいった。
「……しかしルイ、本当に……よろしいのですか?」
「何がだい」
「その……父とは、もう何年も会っていないのでしょう? それに……」
フェイは、それ以上はなんとなく言葉にはしづらかった。ルイはフェイのそんな様子を見て、小さくため息を吐く。
「あのね、フェイ? 私は前にも言っただろう。私にユンロンへの気持ちなんてもうちっとも、これっぽっちも、妖精の涙ほども残っていないって」
「そ、そこまで仰っていましたっけ」
「言ってなかったとしてもだ。ユンロンが好きだったことなんてフェイが産まれる前にとうに忘れたんだよ。それに、フェイにこそそんな心配はしてほしくないな」
ルイは珍しく不機嫌を隠さずにフェイに詰め寄った。
「フェイはもしかして、私のフェイへの気持ちをほんの僅かでも疑っているんじゃあないだろうね?」
「そ、そんなことは……ないですよ?」
「本当かなあ? フェイにだけは、私がフェイのことをかわいくてしょうがなくて誰よりも何よりも愛おしいんだっていう気持ちを疑ってほしくないのだけど」
「だ、大丈夫ですってば! ただ、関係が途絶えてしまった友人と会うというのは、気まずい思いをしたりはしないものかなとは思うじゃないですか」
「……まあ、確かにね。ユンロンがどういう気持ちになるのかは、私にはわからないことだけれど。でもまあ、大丈夫なんじゃないか」
「またそんな適当に」
「適当だよ。男同士の友人なんてのはそんなものさ。気に食わないことがあれば直接言ってくるだろうし、フェイが気にすることではないよ。だからはやく招待状を書いてしまいなさい」
「……はい」
フェイの手元には父ユンロンと弟ジンユェ、それから幼馴染のミンシャへと送る手紙が書きかけになっていた。
式の日取りが決まり、フェイの家族からも参加する旨の手紙が届いた。一国の王と次期国王が揃って王宮を空けることは難しいのではないかと密かに思っていたので、三人揃ってここへ来てくれるということがフェイは嬉しかった。
式に来てくれるというよりも、自分が元気で幸せに生きていることを伝えられることや、今の暮らしを見てそれを実感してもらえる機会が嬉しかった。式はやはりそういうきっかけとなるものだ。
式は夕方、陽が落ちてから執り行われる。昼には緑龍と紫龍が屋敷に来てくれた。緑龍はお祝い事のための食事と酒を用意し、紫龍はルイとフェイの衣装を着付けてくれる。
「フェイ、少し台所を借りるよ」
「はい」
「ああフェイ、動いちゃだめよ。お化粧が変になっちゃうわ」
「は、はい。申し訳ありません。しかし、やはり化粧までは……」
「何言ってるの。ハレの日なんだから、綺麗にしなくっちゃね。大丈夫、そんないかにもお化粧してますって感じにはしないから。少し肌を綺麗に見せて、浮かない程度に紅を引くだけよ」
「うう、はい……」
フェイは着飾ることなど慣れているはずもなく、紫龍にされるがままになっていた。
「はい、できた。うん、とっても綺麗よ。フェイはもともと綺麗だけれどね。ルイもきっと惚れ直すわ」
「そ、そんな……」
二人がそんな話をしていると、着替え終わったルイが二人のところへ戻ってきた。
「フェイ、着替え終わったよ……」
「……ル、ルイ……?」
戻ってきてフェイの姿を見るなり固まってしまったルイ。こんな時ばかりは、あまり考えていることが顔に出ないルイの無表情が、フェイはもどかしく感じる。綺麗な衣装を着て化粧をするなど初めてのフェイは、いま顔から火が出そうなほどに恥ずかしい。はやく、何とか言ってほしかった。
「どーお? ルイ様。フェイ、とっても綺麗でしょ?」
「……すごく、綺麗だ」
「……本当ですか?」
「ああ。……すまない。口下手なのが悔しいな。とても綺麗だと、それ以外にどう伝えればいいのかわからない」
「そんな風に真顔で言われると、なんだか恥ずかしいのですが……」
「ああ、いや、すまない」
「ルイったら、あんまりフェイが美人でびっくりしてるのよ」
実際、フェイの衣装や化粧は慎ましやかでおっとりとしたフェイにぴったり似合った品があって美しいものだった。紫龍の普段の派手な装いからは想像できない仕上がりだったからルイは驚いてしまった面もあったが、それは言わなかった。
ひっそりとあしらわれた花の模様が愛らしいが、それ以外は目立った柄のない質素なデザインながら、しっとりとしたなめらかな質感が美しい上等な布地で繕われた衣装。フェイの白い肌によりきめ細やかな光を纏わせる白粉に、もとより魅力的な赤い色の唇を艶やかに魅せる紅が引かれ、慣れない化粧に恥ずかしそうに伏せた睫毛が愁いを帯びた美しさを際立たせた。
「……こんなに綺麗なフェイを、他の男に見せたくなくなってきた……」
「何言ってるのさ、人を呼んでるんだってば。しっかりおもてなししなさいよね、旦那様」
「そ、そうですよルイ。みなさま来てくださるんですから」
フェイはルイがこんなにも喜んでくれるのなら、着飾るのも悪くないかもしれないと思った。整えられた衣服や飾りを乱さぬようにやさしく抱き締めてくるルイに、密かに幸せを感じるフェイだった。
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