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龍の気
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ある日のこと、フェイとルイがいつも通り食事をとっていると、ふとフェイの箸が止まる。少し不思議そうな顔をして、何か考えているようだった。
「どうかしたかい、フェイ」
「ああ、すみません……なんだか最近、変なんです」
「変とは?」
「……あまり食欲がない…というか、そもそもあまりお腹が空かないのです。食べるものは美味しく感じるのですが」
「おや、どこか体調でも良くないのかな」
「いえ、そういう感じとも少し違うのです。体は元気なのですけれど、なんだか体が食べ物を欲していないような、そんな感じがするのです」
「……それは、まさか、なあ」
ルイは少し悩み、黙り込んだ。
「何か思い当たることでも?」
「ううん……実は少し前から考えていたことだが、フェイはもしかしたら私の龍の気にあてられて少し私に近いものになってきているのかもしれないね」
「龍の気?」
「うん。これはそれこそ伝説や伝承の域を出ないが……かつて龍と暮らした人間が、通常では考えられないほどに長く生きたという。龍と密に過ごしていると、だんだんと生き物としての性質が龍に近しいものになっていくのだという話があるんだ。それを龍の気にあてられる、と言うんだよ」
「生き物としての性質……」
「今のフェイでいうと、私と同様にあまり食べ物を必要としなくても活動できるようになったことだね。龍は山々に張り巡らされている龍脈からの力を得て生きている。食事は、まあちょっとした足しにはなるが、ほとんど娯楽だ。食に興味がなくまったくとらない者も多くいる」
「……私も、そうなっているのでしょうか?」
「そうかもしれない。前に私はフェイに妖精たちが見えるように力を与えただろう。そういう力を分け与える行為もできなくはないわけだし、私が意図せずそういう影響を与えてしまっていることもあり得るかもしれない」
「不思議ですね。食事をとる必要がなくなれば、なんだか便利なような気もしますが……長く生きる、というのはいったいどれくらいのことなのでしょう」
「詳しくは私も知らない。何百年かもしれないし、何千年かもしれないし……まあただ、とても稀なことではあるだろう。現に私と過去に暮らした人間は、人間の寿命を生きていたようだし」
「何千年とは、気の遠くなる時間で想像さえできません。龍はそれほどまでに長生きなのですね」
「そうだね。私なんかももう何年生きているのかなど忘れてしまった。永遠というわけでもないが、似たようなものだ。龍脈が尽きて、それでもそこを離れずに生きることをやめた龍もいるが、稀なことだ。龍脈こそが龍などの長寿なものにとってさえ永遠に思える時間存在しているもので、この世界そのものとも言えるものだから」
「……そういう、ものなのですね」
フェイはまだ龍というものがどういう生き物なのか、自分が変化していくとして、どういうものになっていくのか考えられずにいた。それに、考えてもそうなってしまうのであれば、身を任せるしかないのではないかとも思っている。
「……私はね、フェイ。実のところ……おまえのその角も、私のせいだったのではないかと思っているんだ」
「これが、ルイのせいなのですか?」
「昔はつのつきの子も珍しくはなかったと話しただろう。それはその昔、龍と人間に区別などなく、龍ももっと人のように生きていたし、人のかたちや性質ももっと龍に近かったからだ。私のこの体のようにうろこがあったり肌が違っていたり、角があったり長いひげがあったり、龍だけでなく他の妖精や動物たちに近い者らも多くいたんだ。それはやはり今のフェイのように、共に暮らして龍の気を近くに感じていたからだろうと思うのだ」
「確かにそうです。私のような子どもがごく普通に生まれていたというのは事実ですし、人と精霊たちが離れて暮らすようになってその数は激減していった歴史がありますから」
「うん。人とはすっかり離れて暮らしていたはずなのに、私がユンロンと親しくしてしまったから……もう大人のユンロンは体に現れる変化はなかったようだけど、その子であるフェイに私からの影響が出てしまった可能性はある」
「……それは……確かに、否定できませんね」
「……そうなのだとしたら、とても申し訳ないことをしたと、思っているんだ。フェイが抱えて生きていた寂しさや生きづらさの原因が自分だったと思うと……胸が痛くなる」
ルイはずっとこのことを気にかけていたが、確証のない話だ。どれだけ悔いたところで仕方のない話だし、今更どうしようもない。
「……私がユンロンを好きになってフェイに角ができてしまって、私がフェイを愛してしまったから生きる時間までもを歪めてしまっているのなら、私はフェイにとってずいぶんな厄介者だ」
「そんなことはありませんよ。確かに、この角のおかげで苦しい思いはたくさんしましたが、たとえこれを持って産まれてしまったことがルイの影響だったとしても、それはルイが悪いということにはなりません」
「……そうだろうか」
「まあ、逆の立場でしたら私も責任を感じたでしょうから、そう考えるなと言うこともできません。……でもね、ルイ」
フェイの細い手がそっとルイの頬を撫でる。
「今がしあわせだから言えることですが、私はこの角を持って産まれたからこそルイと出会うことができました。それは事実です。私がつのつきの子でなく普通の子であったなら、王を継ぐのは長子である私だったでしょう。そうなればルイと夫婦となることはできませんでした」
「フェイ……」
「それに、これからもルイと過ごすことで私が如何様にも変わっていくかもしれないと言われても、私はルイと離れることのほうが耐え難いです。どうなっても平気だとは、今はまだ言えないですけれど……ルイに愛されたことで私が変わっていくのでしたら、私はその変化をも愛したい」
フェイがしおれたルイを慰めるように優しくくちづける。ルイはちゅ、と小さくくちづけを返しながら、とても救われたような気持ちになる。
「……フェイ、フェイロン。おまえはやさしい、いとしい子。どうか同じ願いを持ってしまう私を許しておくれ。私もおまえとずっと共にありたい。変わっていくフェイのことも、私が愛して守るよ。私はおまえの夫なのだから」
「あなたが同じ気持ちでいてくれるのなら、この命が何百年も何千年も生き続けるかもしれないことも、怖くはありません」
「むしろ私は幸福だと思ってしまうくらいだよ」
「ふふふ、うれしいです。ずっと一緒にいましょうね、私のだんな様」
ふたりはそう話しながらぎゅっと抱き合う。あたたかで、しあわせだとフェイは思った。
「どうかしたかい、フェイ」
「ああ、すみません……なんだか最近、変なんです」
「変とは?」
「……あまり食欲がない…というか、そもそもあまりお腹が空かないのです。食べるものは美味しく感じるのですが」
「おや、どこか体調でも良くないのかな」
「いえ、そういう感じとも少し違うのです。体は元気なのですけれど、なんだか体が食べ物を欲していないような、そんな感じがするのです」
「……それは、まさか、なあ」
ルイは少し悩み、黙り込んだ。
「何か思い当たることでも?」
「ううん……実は少し前から考えていたことだが、フェイはもしかしたら私の龍の気にあてられて少し私に近いものになってきているのかもしれないね」
「龍の気?」
「うん。これはそれこそ伝説や伝承の域を出ないが……かつて龍と暮らした人間が、通常では考えられないほどに長く生きたという。龍と密に過ごしていると、だんだんと生き物としての性質が龍に近しいものになっていくのだという話があるんだ。それを龍の気にあてられる、と言うんだよ」
「生き物としての性質……」
「今のフェイでいうと、私と同様にあまり食べ物を必要としなくても活動できるようになったことだね。龍は山々に張り巡らされている龍脈からの力を得て生きている。食事は、まあちょっとした足しにはなるが、ほとんど娯楽だ。食に興味がなくまったくとらない者も多くいる」
「……私も、そうなっているのでしょうか?」
「そうかもしれない。前に私はフェイに妖精たちが見えるように力を与えただろう。そういう力を分け与える行為もできなくはないわけだし、私が意図せずそういう影響を与えてしまっていることもあり得るかもしれない」
「不思議ですね。食事をとる必要がなくなれば、なんだか便利なような気もしますが……長く生きる、というのはいったいどれくらいのことなのでしょう」
「詳しくは私も知らない。何百年かもしれないし、何千年かもしれないし……まあただ、とても稀なことではあるだろう。現に私と過去に暮らした人間は、人間の寿命を生きていたようだし」
「何千年とは、気の遠くなる時間で想像さえできません。龍はそれほどまでに長生きなのですね」
「そうだね。私なんかももう何年生きているのかなど忘れてしまった。永遠というわけでもないが、似たようなものだ。龍脈が尽きて、それでもそこを離れずに生きることをやめた龍もいるが、稀なことだ。龍脈こそが龍などの長寿なものにとってさえ永遠に思える時間存在しているもので、この世界そのものとも言えるものだから」
「……そういう、ものなのですね」
フェイはまだ龍というものがどういう生き物なのか、自分が変化していくとして、どういうものになっていくのか考えられずにいた。それに、考えてもそうなってしまうのであれば、身を任せるしかないのではないかとも思っている。
「……私はね、フェイ。実のところ……おまえのその角も、私のせいだったのではないかと思っているんだ」
「これが、ルイのせいなのですか?」
「昔はつのつきの子も珍しくはなかったと話しただろう。それはその昔、龍と人間に区別などなく、龍ももっと人のように生きていたし、人のかたちや性質ももっと龍に近かったからだ。私のこの体のようにうろこがあったり肌が違っていたり、角があったり長いひげがあったり、龍だけでなく他の妖精や動物たちに近い者らも多くいたんだ。それはやはり今のフェイのように、共に暮らして龍の気を近くに感じていたからだろうと思うのだ」
「確かにそうです。私のような子どもがごく普通に生まれていたというのは事実ですし、人と精霊たちが離れて暮らすようになってその数は激減していった歴史がありますから」
「うん。人とはすっかり離れて暮らしていたはずなのに、私がユンロンと親しくしてしまったから……もう大人のユンロンは体に現れる変化はなかったようだけど、その子であるフェイに私からの影響が出てしまった可能性はある」
「……それは……確かに、否定できませんね」
「……そうなのだとしたら、とても申し訳ないことをしたと、思っているんだ。フェイが抱えて生きていた寂しさや生きづらさの原因が自分だったと思うと……胸が痛くなる」
ルイはずっとこのことを気にかけていたが、確証のない話だ。どれだけ悔いたところで仕方のない話だし、今更どうしようもない。
「……私がユンロンを好きになってフェイに角ができてしまって、私がフェイを愛してしまったから生きる時間までもを歪めてしまっているのなら、私はフェイにとってずいぶんな厄介者だ」
「そんなことはありませんよ。確かに、この角のおかげで苦しい思いはたくさんしましたが、たとえこれを持って産まれてしまったことがルイの影響だったとしても、それはルイが悪いということにはなりません」
「……そうだろうか」
「まあ、逆の立場でしたら私も責任を感じたでしょうから、そう考えるなと言うこともできません。……でもね、ルイ」
フェイの細い手がそっとルイの頬を撫でる。
「今がしあわせだから言えることですが、私はこの角を持って産まれたからこそルイと出会うことができました。それは事実です。私がつのつきの子でなく普通の子であったなら、王を継ぐのは長子である私だったでしょう。そうなればルイと夫婦となることはできませんでした」
「フェイ……」
「それに、これからもルイと過ごすことで私が如何様にも変わっていくかもしれないと言われても、私はルイと離れることのほうが耐え難いです。どうなっても平気だとは、今はまだ言えないですけれど……ルイに愛されたことで私が変わっていくのでしたら、私はその変化をも愛したい」
フェイがしおれたルイを慰めるように優しくくちづける。ルイはちゅ、と小さくくちづけを返しながら、とても救われたような気持ちになる。
「……フェイ、フェイロン。おまえはやさしい、いとしい子。どうか同じ願いを持ってしまう私を許しておくれ。私もおまえとずっと共にありたい。変わっていくフェイのことも、私が愛して守るよ。私はおまえの夫なのだから」
「あなたが同じ気持ちでいてくれるのなら、この命が何百年も何千年も生き続けるかもしれないことも、怖くはありません」
「むしろ私は幸福だと思ってしまうくらいだよ」
「ふふふ、うれしいです。ずっと一緒にいましょうね、私のだんな様」
ふたりはそう話しながらぎゅっと抱き合う。あたたかで、しあわせだとフェイは思った。
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