つのつきの子は龍神の妻となる

白湯すい

文字の大きさ
上 下
16 / 28

小さき飛龍

しおりを挟む
 想いが通じ合ってからの夫婦はこれまで以上に穏やかでのんびりとした暮らしを送っている。一緒に自然を散策したり、食べるものを採りにいったり。
 祠を通じて王宮との物のやりとりが活発になり、先日ジンユェとミンシャからフェイが離れで好んで読んでいた本などが届いた。それをふたりで読んだりもしている。

「ところで、弟の話になったのでついでに聞いておきたいのだが」
「はい、なんでしょうか」
「おまえは、フェイロンというのかい」
「あっ……ああ、はい。そうなのです。名前は略さずに言うとフェイロンです」
「そうだったのか。人の子にしては変わった名づけだと思っていたが、事情が事情だからそういうこともあるのかと思っていたのだ」
「いえ、失礼いたしました。きちんと正式に名乗るべきでした」
「いや、失礼だとは思っていないよ」
「……フェイロンという名は、飛龍を意味します。父ユンロンがくださった名前です。母や王宮の者は、その名にも反対したそうです。私のこの角は龍を思わせるもので皆が恐れているのに、龍の名をつけるなんて、と……」
「それで皆フェイとだけ呼ぶのか」
「はい。父が何を思ってそう名付けられたのかはわからないのですが、あまりフェイロンと正式に呼ぶ方はいらっしゃいません。国にはもともと親しい者の間では少し名前を崩して呼ぶ習わしがあるので、さほど気にしたことはありませんでした。確かに私の場合は少し事情が複雑ですし……私も、本物の龍であるルイにそう呼ばせるのに少し……なんというか」
「まあ気持ちもわからなくはない。ジンユェがふとそう呼んでいたのを聞いたし、手紙の宛名がそうなっていたので気になったのだ」
「気が引けたというのもありますが……。そもそも長い付き合いになるわけでもなし、と正式に名乗る必要性を感じていなかったのです。その後にすぐ腹に入るものの名前など、どうでもいいではありませんか」
「む……確かにそうだ。本当にやけを起こさずにいてよかったよ」
「本当ですね。考えていたようにならなくてよかった」

 そう言ってニコニコとフェイは笑っている。こうして仲睦まじく夫婦で過ごしていると忘れかけてしまいそうになるが、そもそも嫁入りのときのフェイはすっかりルイに食われるのだと思っていたし、ルイもフェイのことを食ってやろうと思っていたのだ。

 本当の名前など知る必要さえなかったかもしれない二人が、今こうして寄り添い幸せな夫婦となっているのだから、生きていれば何が起きるかはわからないものだとふたりは思った。

「しかし、いい名前ではないか。たおやかなおまえによく似合っている」
「ありがとうございます。……しかし、ルイと父の話を聞いてから考えたのですが、フェイロンというのはきっと父がルイのことを思い名付けたのではないかと思うのです。私も、ルイが空を飛ぶ姿を本当に美しいと感じましたから……私の角を見て、あなたを思い出したのではないかと」
「……ふ、ユンロンの考えそうなことだね」
「そうなのですか?」
「あいつは存外純真な空想家なのだ」
「…そう言われてみれば、双子の名が静かな月に飛ぶ龍ですから……なんだか、そういう一面もわかる気がしますね」
「あの弟が静かな月か。夜更けにずかずかと騒がしくやってきたというのに」
「それは王宮でもよく言われていました。美しい名に恥じぬ振る舞いをしなさいと、教育係の者によく叱られていました」
「目に浮かぶようだ」

 弟が屋敷へ来てくれたことによって、ルイに弟のことを知ってもらえたのは純粋に嬉しいなとフェイは思った。
 しかし今はそれよりも、名づけの話題で父ユンロンのことを思い出しているであろうルイの表情で、胸がちくりちくりと痛んだ。

「そうか……あいつは父になっても何も変わっておらぬか」
「…………なんだか、私の恋敵はいつでも父のようですね」
「……なんだい、やきもちかい?」
「……どうして嬉しそうなのですか」
「いや、嬉しいじゃないか。かわいい妻がやきもちなどと。さて、どうしたものかね」
「ルイ、面白がっています」
「そんなことは……あるかもしれない。もう私はユンロンへの気持ちなどとうに忘れてしまっていたのに、息子に嫉妬されているその父なんていうのはいったいどういう気分なのかってね」
「言葉にされると、奇妙な関係ですね」
「そうとも。実におかしい。けれどもそうなっている。人と龍の暮らしというのは面白いね」
「……本当は、いつももやもやとしているんです。父のことを話すルイの目はとても優しいから……ルイの目に私は映っているのかな、と」
「私の妻は心配性だね。それとも案外欲張りなのかな」
「……両方かもしれません」
「ふふ。かわいい。私のフェイロン。小さな私だけの龍……そんなことを言われると、抑えがきかなくなるね」
「抑えていたのですか?」
「…………あのとき、無理をさせてしまったと反省しているのだ」

 ルイはいまだに、フェイの体の心配をしていた。ルイが思っているよりもずっと人は脆い。ただでさえフェイは幽閉生活から抜け出したばかりで体力がないから、自分がしたいように触れていればいつか辛く、疎ましく思われるのではないかと思っていたのだ。
 実のところルイも、無理もないことではあるが、フェイのことは言えないくらいには心配性だった。

「そうだったのですね……私は、ずっと待っておりましたのに」
「待っていた? 本当に?」
「あ、ああ、いや、そういうことではなく……その、心の準備などもございますし」

 これでははやく抱いてほしかったと言っているようなものだと気づいたフェイは真っ赤になって狼狽える。それをルイはにこにこと笑って見つめている。
 からかってくれるなと怒りたくなったが、その目の色があまりにも愛おしさに満ちていたから、フェイは何も言えなかった。

 それからルイはフェイの頬に手を伸ばし、さらさらと手のひらで撫でる。

「フェイ、好きだよ。私はおまえがかわいくて仕方がないんだ」
「んっ……ルイ……」

 ルイはそう囁きながらフェイに優しくくちづけて、そしてそのくちづけはだんだんと首へ、胸へとさがっていく。ルイがくちづけたところから、少しずつ身体が熱くなっていくような気分だった。

「あ、あ……ルイ……ルイ……」
「大丈夫、怖くないよ。私はここにいるよ」
「ルイ……すき……だいすきです」
「私も、フェイが大好きだよ」
「ほんとうに? こんなわたしを、好きでいてくれるのですか? 後悔はしていませんか?」

 フェイはルイへと愛しさと不安とやきもちで感情がぐるぐると渦巻き、思わずぽろぽろと涙がこぼれた。どんなにつらい気持ちになったときも泣いたことなどなかったのに、どうしてこんなときに涙が出てくるのか、自身でさえわからなかった。

「……後悔はしてるよ。こんなにも好きになってしまうのなら、初めて肌を重ねたとき、もっとやさしく、もっと大切にしてやりたかった」
「ルイ……ん、ん……あっ……」
「あのときは、怖かっただろう? 今度はめいっぱい優しくする。フェイも、気持ちよくなって……」

 確かに前に初めてしたときは、フェイはあまり感じることはできていなかった。ただ妻としての務めを果たそうと必死だっただけで、愛し合えてはいなかった。

「フェイ。フェイロン……愛しているよ」
「は、あ……っ。私も……愛しています、ルイ……」

 互いに想いを寄せ合い、重ね会えた今だからこそできる愛し方がある。感じられるものがある。ふたりはそれを疑うことなく、抱き合ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ
BL
『旦那様と僕』の番外編。 基本的にぽかぽか。

俺が聖女なわけがない!

krm
BL
平凡な青年ルセルは、聖女選定の儀でまさかの“聖女”に選ばれてしまう。混乱する中、ルセルに手を差し伸べたのは、誰もが見惚れるほどの美しさを持つ王子、アルティス。男なのに聖女、しかも王子と一緒に過ごすことになるなんて――!? 次々に降りかかる試練にルセルはどう立ち向かうのか、王子との絆はどのように発展していくのか……? 聖女ルセルの運命やいかに――!? 愛と宿命の異世界ファンタジーBL!

失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった

無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。 そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。 チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。

新訳 美女と野獣 〜獣人と少年の物語〜

若目
BL
いまはすっかり財政難となった商家マルシャン家は父シャルル、長兄ジャンティー、長女アヴァール、次女リュゼの4人家族。 妹たちが経済状況を顧みずに贅沢三昧するなか、一家はジャンティーの頑張りによってなんとか暮らしていた。 ある日、父が商用で出かける際に、何か欲しいものはないかと聞かれて、ジャンティーは一輪の薔薇をねだる。 しかし、帰る途中で父は道に迷ってしまう。 父があてもなく歩いていると、偶然、美しく奇妙な古城に辿り着く。 父はそこで、庭に薔薇の木で作られた生垣を見つけた。 ジャンティーとの約束を思い出した父が薔薇を一輪摘むと、彼の前に怒り狂った様子の野獣が現れ、「親切にしてやったのに、厚かましくも薔薇まで盗むとは」と吠えかかる。 野獣は父に死をもって償うように迫るが、薔薇が土産であったことを知ると、代わりに子どもを差し出すように要求してきて… そこから、ジャンティーの運命が大きく変わり出す。 童話の「美女と野獣」パロのBLです

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

処理中です...