つのつきの子は龍神の妻となる

白湯すい

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家族のこと

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 それからジンユェはルイと父王ユンロンとの話を簡単に聞き、その関係を理解したようだった。

「……俺は正直、納得はいってない。父様の気持ちも、龍神様が兄様にとって悪いことをするものじゃないってこともわかったけど……でもそれも結果論だろ。話を聞いたら、あなたの気持ち次第ではやっぱり兄様は死んでいたんじゃないか」
「…………まあ、そうなるね」

 ジンユェのいうことも尤もだった。確かにフェイの在り方ひとつで、その命は他でもないルイの力で消えていたのだろうというのは事実だ。危ない橋をたまたま危なげなく渡れてしまっただけで、通り過ぎてから恐ろしかったことに気づいた、というような話だった。

「もう遅いのか? 兄様はこのまま国に戻れず追い出されたまま生きていくのか? 兄様は俺と同じ家に産まれた兄弟なのに。俺は兄様が存在しないことになっている世なんて、間違っていると思う……」
「……ジンがそう言ってくれるのは嬉しいよ。私もジンの言うような、私が国でともに生きられる未来があったら、それは幸福だったかもしれないと思ったことはある」
「……っ、だったら……!」
「でもね、それはできないんだよ。かつて『つのつき』は吉兆だった時代もあっただろう。けれど今は違う。国じゅうの全員とジンやミンシャほどじっくりと付き合い続けられれば皆とわかりあえて、受け入れられるようになるかもしれないね。けれどそれは不可能だろう? ……これは、誰も悪くはないんだ。そういう時代なんだよ」

 フェイは淡々と話す。ジンユェの気持ちもわかるけれど、何度考えてもジンユェやかつての自分が望んだ世にはならないと、じゅうぶんすぎるほどにフェイは理解している。

「……強いて言えば、この時代に産まれてしまった私が悪いんだ…………そう思って今まで生きてきた……そう思わなければ、誰かのせいにしてしまいそうだったから」

 そう言ってフェイは、ルイのほうを見る。ルイはいつもと変わらない静かな表情でフェイを見つめて、ひとつ、小さく頷いた。

「けれどここに来て、ルイと出会って、初めてそうではないと思えた。私は私のまま、私が感じていたことを受け入れてもよいのだと……そう思いながら生きられる場所が、ここにはあったのだと、知ることができた」
「…………兄様……」
「ここでの暮らしは確かに不自由があるだろうし、王宮や都のような賑わいも華やかさもないように見えるかもしれない。けれど私は……ここに来られてよかったと思っているんだ。ジンユェ、おまえと離れて暮らすのは寂しいけれど」

 フェイは優しくジンユェの頬を撫でる。フェイの瞳は穏やかで、ジンユェは兄のそんな瞳を初めて見た。王宮に居たフェイはいつもどこか寂しそうで寒々しい瞳の色をしていた。

「……兄様は、龍神様のことが好きなのだな」
「……っ、それは……まだ、よくわからないけれど……」
「そうなのか? そう見えるよ」
「からかうんじゃないよ。……そうだね、でも……大切な存在ではある、かもしれない。まだ出会って間もないけれど……」

 本人の居る前でこんなことを言うのは少し恥ずかしい。けれどそれは紛れもない本心だった。



 その夜は屋敷にジンユェを泊めることになった。

「寝台はふたりで使いなさい」
「そんな、突然やってきたのはこちらなのに」
「私はどこででも寝られるし、龍はひと晩眠らなかったとてどうということもない」
「そうなのですか?」
「このところはフェイに合わせているからね、よく眠っている。少しばかり眠りすぎなくらいだ」
「それでは、お言葉に甘えようか? ジンユェ」
「わかった。そうさせてもらおう」

 普段ルイと眠っている広い寝台を双子で使うことになるとは思わなかった。なんだか不思議な気持ちだった。
 ふたりは灯りを消してもぐり込んだ布団の中で身を寄せ合い静かに話をする。

「……正直なところ、家族にはもう会えないものかと思っていた」
「それは俺もだよ。兄様は……俺は、生きておられるのかもわからなかったから」
「そのうち手紙を書くつもりだったんだ。そうしたらおまえにも無事が伝わるかと思っていたんだが、おまえのほうが少しばかり行動が早かったようだね」
「手紙を? ここから出せるのか?」
「ルイが言うには、父様とルイは時折物のやりとりをしているらしい。正確には父様の遣いの者がおこなっているのだろうが」
「そうだったのか。知らなかった」
「この前食べ物や衣類に、父様からの手紙が添えられていたんだ。私のことを案じてくれていたようだよ」
「父様が……。…………俺は、父様の考えがよくわからない」
「あまりご自分の考えを話されない御方だから……私も常々、何をお考えなのかと思うことがあったけれど……大人になるにつれて、少しずつわかってきた気がするんだよ」
「いったい、どんなことです?」
「……ジン、おまえは父様のことをほんの少し、恨んでいるだろう。保身や国ばかりのために私を幽閉したのだと」
「……それは……はい。現実が見えていないと言われるでしょうが、俺はまだ国に兄様の生きられる場所は必ずあったはずだと思っています」
「……うん。もちろん、おまえの言う未来も絶対にあり得ないとは私も言いたくはないよ。けれど……現実は厳しい。狭い王宮でさえそれを肌で感じてきたから、あの離れでの暮らしは私自身が選んだものでもあると思っている。私はね、あの暮らしは『守られていた』のだと思う。私は父様に感謝すれども、恨んだことはないよ」

 寂しかったとは、今はまだ言えない。言えるようになるのかもわからない。けれど、父を恨んだことなどないというのは、フェイの本心である。

「だからどうか……父様のことを憎まないでおくれ。家族がいがみ合っているのは、とても悲しい。家族が私のことで不幸になるのは、もうたくさんだ………」

 フェイにそう言われてしまうと、ジンユェは何も言えなくなってしまう。フェイの気持ちを思うと、同じように胸が痛んだ。

「…………わかったよ、兄様」
「……いい子だね、ジンユェ」

 ゆったりとした口調でそう言いながら、フェイはジンユェの髪を撫でる。こうして共に寝ると、まるで幼い子どもに戻ったかのような気持ちになった。

「子供扱いはよしてくれよ。兄様、もう眠たいだろ。具合が良くなかったのだから、もう眠ろう」
「うん。おやすみ」
「おやすみ」
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