この秘密を花の名前で呼んだなら

白湯すい

文字の大きさ
上 下
14 / 24

朝日

しおりを挟む
 花崎に、好きだと言われた。

 僕はとても驚いたけれど、どこかで気付かないふりをしていた自覚くらいはあった。けれどまさか自分が、生徒から想いを寄せられて告白されるだなんて考えていなかったのだ。

 だって、僕はこれまで特別生徒と親しくなんてしてこなかった。僕は評判通り、あまり教育熱心というわけでもなく、わかりやすい授業をすることは心がけていたけれど、何か面白いことができるわけでもないし愛想がよいわけでもない普通の教師だった。
 努めてそう在るようにしてきた。誰にも関心を持たず、持たれず。そういう存在であれば、もう心が揺れることもない。それでよかった。

 であれば、どうして花崎のことはこんなにも深く懐に入れてしまったのだろうと思う。
 振り返ってみれば、どう考えても踏み込みすぎた。そもそも最初にお節介を焼いてしまったのは僕の方だし、そこから近付いてきたのは花崎のほうだったにせよ、他の生徒たちと同じように接すればよかったんだ。可もなく不可もない、毒にも薬にもならない、取るに足らない僕であればよかった。

 そうできなかったのは何故だろう。


 窓の外では、生徒たちの賑やかな声が聞こえている。後夜祭が始まって、もうすぐ花火が上がる。僕は展示室の休憩用の椅子に腰かけ、花崎もそこに座るよう促した。

「……大事な人を亡くしたって言っただろ」
「……うん」
「それは、昔の恋人のことなんだ」
「……そうだったんだ」

 花崎はしばらく立ったままだったけれど、僕の話を聞いてようやく隣に座った。さっきまで夕暮れに染まっていたはずの空はすっかり暗くなって、ぱらぱらと花火があがり始めた。
 盛り上がる校庭を遠目に眺めている僕たちは、まるで世界から取り残されたみたいだった。

「そいつ、男なんだけどさ。あ、だから、花崎に告白されても男だからって引いたりしてないからね」
「そうだったんだ? てっきり彼女さんかなと思ってた」
「大学で知り合った奴でさ。その頃からずっとカメラをやってて、在学中から撮影旅行であちこち海外飛び回ってるような人だった。僕なんかとは違って人当たりが良くてよく笑う、どこまでも明るい奴だった」
「……先生がそういう人と付き合ってたの、意外だな」
「そう思うだろ? 僕もそう思ってたし、周りからもよく言われた。僕は昔から陰気で内向的で、友達もあんまり居ないような奴だったから」

 朝日の話を人にするのは初めてだった。改まって振り返ると、本当に他人事のように思えた。そんな、夢みたいな日々の話。

「色んなところに行って撮ってきた写真でたくさん賞をもらったりファンがついて作品を買ってもらえる感じでさ、卒業後もカメラマンとして活躍してて、日本に居た時間の方が短かったんじゃないかって思う。そんな朝日が、必ず僕のところに帰ってきてくれるのが嬉しかった」
「朝日さんっていうんだ」
「そう。名前からして明るいだろ」

 昔の恋人の話なんて嫌がるだろうかと思ったけれど、花崎は思いのほかゆったりとした雰囲気で僕の話を聞いていた。

「僕は教員になったばかりで忙しくて、朝日に誘われても一緒に海外に行ったりはしなかった。今となっては少し後悔してるけど……僕は朝日が帰ってくる場所になれるのなら、それでよかったんだ。でも……」
「…………」
「朝日はある日、帰ってこなくなった。海外で起こったデモか何かに巻き込まれて、死んだらしい。……僕たち、男同士だったしさ、お互いの両親から付き合うことも反対されてて。朝日の親御さんには嫌われてたけど、一応死んだってことは知らせてもらったんだ。日本でも小さなニュースになって、一応日本人の死者が出たってことで名前がテレビに映ってた……でも、それだけ。葬儀は遺体の損傷が激しいからってこともあって家族葬で済ませたらしくて、家族でもなんでもない僕は死に顔も見てない」

 こうして人に話して聞かせても、いまだに現実味がない。僕は朝日が死んだということをいまいち実感できないまま、今も生きている。

「……朝日が死んだなんて、今でもよくわかってない。でも、いくら待っても朝日が帰ってこない。その現実だけがずっとそばにある。……だから僕はずっと心がどこかに行ってしまってるんだ。朝日のことが好きなまま、でもその気持ちが届く場所をなくしてふらふら彷徨ってる」
「……そんな」
「今の僕に人を好きになるなんてできっこないんだ。……だから、これは花崎が悪いとか花崎を好きじゃないとか、そういうことじゃないんだ」

 告白してくれた花崎に話すために『朝日』と口にするたびに、今だってこんなにも好きな気持ちが募っていく。こんなままで、他の誰かと恋愛するなんて考えられなかった。朝日は、ずっと僕の中から消えない。消したくない。それを誰よりも自分が願っている。


「……それをさ、なんで俺に話してくれたの?」
「……なんでって」

 花崎にそう言われて、僕ははっとする。まただ。
 そうだ、僕が誰に対しても無関心な僕のままでいるには、花崎に対してだってこんなことを話さずにただシンプルに断ればよかっただけなんだ。
 けれどそれじゃあ、真剣に向き合ってくれる花崎に失礼だと思ったんだ。こんな僕のことを好きだと言ってくれる花崎の気持ちを、無下にしたくないって、そう思ってしまったんだ。

「……先生はさ、ずるいよ。フるにしたって、もっとあるじゃん。嘘でも男は無理とか、そもそも教師と生徒じゃだめとか、それっぽいこと言ってくれればいいのにさ」
「……ごめん。それは僕も、今気付いた……」
「そういうところがあるから、俺も好きになったんだけどね。嘘が下手で正直で、ちょっと間が抜けてるくせに優しくて大人で。ついでにいつも寂しそうにしてる」
「……寂しそう?」
「たぶん、俺もおなじだから、わかったんだよ」
「……そうか」

 花崎を突き放せないどころか、他の生徒にはしないほどに深く関わってしまったのは、似た者同士だったからなのか。平気そうにしているくせに、似たような傷を抱えてるから、そんな寂しいにおいに誘われていたのか。僕はこんな子どもに、自分の孤独を埋めさせようとしていたのか?

「……滑稽だよ、そんな傷の舐め合いは。まして、僕は花崎よりうんと大人なのに」
「歳は関係ないって、先生が言ったんじゃん。俺は先生がかっこいい大人だから好きになったわけじゃないよ」


 空には花火がきらきらと輝いては消えていく。すぐ近くであがっているそれは音がどんどんとうるさいはずなのに、何故だかすごく遠くの世界の音みたいに聞こえた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

処理中です...