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いつか熟して、あまくなる
ゆっくりと甘くなる 終
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『おう、お疲れ。なんだ、風呂上がりか?」
「はい、そうです」
小さなスマートフォンの画面に、ラフな部屋着姿の恋人の姿がうつる。付き合い始めてからはよく、帰宅してからビデオ通話することが増えた。
『少し疲れてるか? 最近忙しいもんな』
「あはは、確かに。ちょっと大変ですけど、楽しいですよ」
『困ったことがあったら言えよ。忙しいときの東、ちょっと話しかけづらいだろ』
「わかりました。でもいつも以上の仕事量こなす東さん、すっごくかっこいいんですよ。見惚れないようにするのが一番大変です」
季節はクリスマス前で、洋菓子店では最も忙しい時期だった。通常商品の売上も伸びるうえに予約商品も日々こなさなければならず、厨房もカウンターもとんでもない忙しさだった。
接客側だってきっとずっと疲れているだろうに、こうして夜寝る前の時間を共有してくれるのが何よりの幸せだった。
『楽しくやってるなら何よりだよ。その調子なら寂しくなってる暇もないな』
「それは和山さんもでしょ。……最近は、家に居ても平気なんです。なんだかずっと、気持ちがあったかいままで」
家は何も変わっていない。相変わらず部屋を見渡せばがらんとしていて、自分以外の人の気配はさっぱりしなくて、ふとした静けさについ泣きたくなる気持ちが顔を出すことはあった。
『こうして顔見ながら話せたりしてるからかな? 帰ってからも和山さんのあったかさがずっとそばにある感じがして、寂しくないです」
『そりゃいいことだな』
家に居てリラックスしてる様子の和山を画面越しに見るのもまた良いものだった。始めの頃はカメラをつけた通話に慣れていなくて、自分のためにやり方を覚えたり工夫したりしてくれたということがお互いに嬉しかった。
「和山さんのおかげです、ありがとうございます。大好きです」
『どういたしまして』
「……でもほんとは、夜も会って過ごしたいです」
『クリスマスまではダメ』
「わかってますよ、でも、ちょっとくらい……」
『ダメ。俺のほうが、ちょっとくらいで済む気がしない』
「……っ、そ、ですか」
和山はこうしてさらっと甘いことを言ってくる。卯月が好き好きとアピールしてもそっけない態度でいるのに、たまにそのそっけない態度のまま好きを見せてくれるから、普段からそんな風に考えてたんだとギャップでどきっとしてしまう。
『クリスマス終わったら、ちゃんとゆっくり過ごそうな』
「はい! 楽しみです。ちょっと遅れたクリスマスパーティーしましょう」
『そりゃ忘年会だな』
「色気がない言い方だなあ」
なんてことはない会話、気負うことなく交わされる約束。それでもきっと無下にはされないという信頼。実現してみればなんて普通の日常なのだろう。けれどこれこそがずっと手に入れられなかった、欲しかったものだった。
『じゃあ、ちゃんと寝ろよ。おやすみ』
「おやすみなさい」
ぷつりと通話は切れる。恋人の声が聞こえなくなった夜の部屋は耳が痛いほどに静かで。それはきっと二人とも同じだった。
けれどもう、少ししか寂しくない。
明日もこのほんの少しだけの寂しさをもって会いに行こう。そうしたらきっと、みんなに見えないところでそっと手を繋いでくれるから。
***
End.
「はい、そうです」
小さなスマートフォンの画面に、ラフな部屋着姿の恋人の姿がうつる。付き合い始めてからはよく、帰宅してからビデオ通話することが増えた。
『少し疲れてるか? 最近忙しいもんな』
「あはは、確かに。ちょっと大変ですけど、楽しいですよ」
『困ったことがあったら言えよ。忙しいときの東、ちょっと話しかけづらいだろ』
「わかりました。でもいつも以上の仕事量こなす東さん、すっごくかっこいいんですよ。見惚れないようにするのが一番大変です」
季節はクリスマス前で、洋菓子店では最も忙しい時期だった。通常商品の売上も伸びるうえに予約商品も日々こなさなければならず、厨房もカウンターもとんでもない忙しさだった。
接客側だってきっとずっと疲れているだろうに、こうして夜寝る前の時間を共有してくれるのが何よりの幸せだった。
『楽しくやってるなら何よりだよ。その調子なら寂しくなってる暇もないな』
「それは和山さんもでしょ。……最近は、家に居ても平気なんです。なんだかずっと、気持ちがあったかいままで」
家は何も変わっていない。相変わらず部屋を見渡せばがらんとしていて、自分以外の人の気配はさっぱりしなくて、ふとした静けさについ泣きたくなる気持ちが顔を出すことはあった。
『こうして顔見ながら話せたりしてるからかな? 帰ってからも和山さんのあったかさがずっとそばにある感じがして、寂しくないです」
『そりゃいいことだな』
家に居てリラックスしてる様子の和山を画面越しに見るのもまた良いものだった。始めの頃はカメラをつけた通話に慣れていなくて、自分のためにやり方を覚えたり工夫したりしてくれたということがお互いに嬉しかった。
「和山さんのおかげです、ありがとうございます。大好きです」
『どういたしまして』
「……でもほんとは、夜も会って過ごしたいです」
『クリスマスまではダメ』
「わかってますよ、でも、ちょっとくらい……」
『ダメ。俺のほうが、ちょっとくらいで済む気がしない』
「……っ、そ、ですか」
和山はこうしてさらっと甘いことを言ってくる。卯月が好き好きとアピールしてもそっけない態度でいるのに、たまにそのそっけない態度のまま好きを見せてくれるから、普段からそんな風に考えてたんだとギャップでどきっとしてしまう。
『クリスマス終わったら、ちゃんとゆっくり過ごそうな』
「はい! 楽しみです。ちょっと遅れたクリスマスパーティーしましょう」
『そりゃ忘年会だな』
「色気がない言い方だなあ」
なんてことはない会話、気負うことなく交わされる約束。それでもきっと無下にはされないという信頼。実現してみればなんて普通の日常なのだろう。けれどこれこそがずっと手に入れられなかった、欲しかったものだった。
『じゃあ、ちゃんと寝ろよ。おやすみ』
「おやすみなさい」
ぷつりと通話は切れる。恋人の声が聞こえなくなった夜の部屋は耳が痛いほどに静かで。それはきっと二人とも同じだった。
けれどもう、少ししか寂しくない。
明日もこのほんの少しだけの寂しさをもって会いに行こう。そうしたらきっと、みんなに見えないところでそっと手を繋いでくれるから。
***
End.
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