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いつか熟して、あまくなる

あなたにだけは

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 和山の運転で夜の街を走る。東の家は本当に近所なので、車内はすぐに二人きりになった。
「昨日、ケーキありがとうね。美味かったよ」
「あっ、う……ありがとうございます」
 和山がそう切り出すと、卯月は恥ずかしくなってしまって言い淀む。

「……食べてくれたんですね」
「? まあそりゃね」
 当然のようにそう返す和山。そのなんとも思っていなさそうな態度に、卯月はほっとするような少しは意識したりしないものかとがっかりするような、なんとも言えない気持ちになった。

「よく考えたら、いつも東さんの作ったものを食べ慣れてる人になんて……僕の作ったものなんてまだ拙く思っただろうなって、ちょっと恥ずかしくて」
「そう? 確かに東が作るものとはテイストが違ったけど。俺はあれ、好きだったけどな」
「……そうですか」
 卯月は和山の好きだという言葉に大きな瞳を長いまつげで隠すように俯き、小さくそう返した。

 和山はその卯月の曖昧な返事の意味を図りかねている。もやもやと考えたまま、交差点の長い信号待ちの時間に、気になっていることがつい口から零れた。
「卯月くんはさ、東のこと好きなの?」
「え、そうですけど……?」
 ありがちなすれ違い。言葉の意味を確認する、もどかしくてバカバカしい、けれどすごく大切なやりとりだ。
「そうじゃなくてさ。ほんとにただのファンってだけ? 憧れとか尊敬とかの好きじゃなくて、別の意味にも見えるから」
「……えっ? ち、違います!!」
 さっきまで俯きがちに少し元気がなかった様子だったのに思いもよらない大声が出て、和山も出した本人も驚いた。
 その否定の仕方は、とても下手くそだった。言った本人の卯月でさえ、これでは図星をつかれて必死に否定しているみたいに聞こえると思った。

 運転の邪魔にならないように、車が止まる合間にぽつりぽつりとしか会話が進められないのがもどかしい。お互いにそう感じているのがわかって、和山は人通りの少ない公園のある通りに車を停車させた。
「……本当に違います」
 改めて静かに否定し直す卯月は、少し落ち込んでいるみたいだった。
「……そう。ちょっと心配になってさ」
「心配?」
 和山は言うべきかどうか悩んだが、おそらく言っても言わなくても近いうちに知ることになるだろうと思い話した。
「東、いま恋人いるから。全然別れそうにもないからさ、東のこと好きになっても、その……しんどいだけだなって」
「…………そう、ですか」

 卯月が言葉を失ってしまったことも、誤解を生みそうだ。卯月自身もそう思っていたけれど、うまく声が出なかった。
 和山は相変わらず、その沈黙の意味がわからない。全然見当違いのことを言われて黙ってしまったようにも見えるし、ショックを受けて言葉を失ってしまったようにも見える。
 けれど、本当はそのどちらでもない。卯月はそれを伝えなきゃと思って、半ばもうどうにでもなれというような気持ちで口を開いた。

「……和山さんには、僕が東さんのこと好きだとか、そういう風に思ってほしくないです」

 自分が何を言いたいのかすら、よくわからない。けれど、はっきりとそう思った。和山には、そういう勘違いをしてほしくない。卯月は確かにそう思ったのだった。

「……俺には?」
 聞かれるだろうと思ってはいたが、いざそう聞き返されると卯月は言葉に詰まってしまう。

 何と伝えるべきなのか迷いながらも、自分がこう思ってしまうのがどうしてかなんて、それがわからないほど鈍感でもなかった。


「……僕が好きなのは、和山さんだからですよ」


 好きな人に、他の人が好きだなんて思ってほしくない。だから自分は必死になって否定してしまったんだ。
 今、気づきたくはなかった。こんな風に伝えようなんて思っていなかったから。
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