66 / 79
いつか熟して、あまくなる
もしかして?
しおりを挟む
卯月の勤務曜日も決まり、スタッフとしての契約を交わしていよいよ勤務開始となった。一度教えたことは決して忘れず実行し、手早く東のヘルプをこなす卯月は即戦力どころの話ではなかった。
「次、こっち準備してもらえる?」
「はい!」
惚れ惚れするようなスピードで仕事をこなしていく東に必死でついていく卯月。しんどい顔はひとつもせずに、実に楽しそうに働いている。
「東さん、これは洗ってしまって大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとうございます三上さん」
卯月と同時に洗い場スタッフとして採用された女性もおっとりしながらもテキパキと仕事をこなす人で、東はこれまでよりも仕事が格段にやりやすくなっていることに感動していた。
きっと側から見れば、これまで厨房のことを何もかも自分でやっていたということのほうが信じられないのだと東は思う。
結果、商品を補充する速度が飛躍的に上がった。それを見越して増やしてあった材料の発注も、閉店時間近くまで在庫を保持しつつ閉店時間には売り切る計算も次第にぴったり合うようになっていった。そこは全て調整している和山の手腕だった。
「お疲れ様。どう、仕事は」
「和山さん、お疲れ様です」
バックヤードで仕事を終えた卯月が少し休んでいると、和山が声をかけてきた。卯月はくったりとしていた姿勢を正して、また明るい声で挨拶を返した。
「まだ体が少し慣れなくて大変ですけど。学べることも楽しいし、東さんのケーキができていくところが見られて幸せです!」
「そりゃ良かった」
アルバイトを雇った後に心配するのは、そのスタッフがすぐに辞めてしまったりしないかどうかだったりもするが、卯月にその心配はいらないようだった。毎日実に元気よく目を輝かせながら働いている。
やはり好きな人のそばで働くというのはすごいことなのか。忙しい厨房で、卯月は本人が言う通り幸せそうだった。
たまにその東を見つめる目に、憧れ以上の何かが混じっているような気がして、和山はそれが気になった。
(まさか本当に東のこと好きとか? ……否定しきれないのが、なんともな)
そうは思っても、どうにも和山には手出しのしようがない。そこは業務に支障がでない程度にうまくやってくれ、と思うだけだった。
和山という男は、色恋にまったくもって興味のない人間だった。それどころか、どこか嫌悪感のようなものさえ覚えているくらいだった。
東が誰かを好きになって、その人が東のことを好きになってくれて、東が幸せそうにしていることは微笑ましく思う。恋愛とは関係ないところでもたくさん傷ついた東が誰かと幸せを掴めたことはめでたいことだ。和山もそれは喜んでいる。
けれどその幸せは、きっと自分のものにはならないと思っている。必要ないとさえ思っているのが和山だった。
そのことに関しては、思い出せば自分の過去の傷を抉ることになる。和山はそれをわかっているから、決して自分からは触れに行かない。この傷はきっと癒えることはなくて、だから他のことで塗り替えるしかないと思っているからだ。
「次、こっち準備してもらえる?」
「はい!」
惚れ惚れするようなスピードで仕事をこなしていく東に必死でついていく卯月。しんどい顔はひとつもせずに、実に楽しそうに働いている。
「東さん、これは洗ってしまって大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとうございます三上さん」
卯月と同時に洗い場スタッフとして採用された女性もおっとりしながらもテキパキと仕事をこなす人で、東はこれまでよりも仕事が格段にやりやすくなっていることに感動していた。
きっと側から見れば、これまで厨房のことを何もかも自分でやっていたということのほうが信じられないのだと東は思う。
結果、商品を補充する速度が飛躍的に上がった。それを見越して増やしてあった材料の発注も、閉店時間近くまで在庫を保持しつつ閉店時間には売り切る計算も次第にぴったり合うようになっていった。そこは全て調整している和山の手腕だった。
「お疲れ様。どう、仕事は」
「和山さん、お疲れ様です」
バックヤードで仕事を終えた卯月が少し休んでいると、和山が声をかけてきた。卯月はくったりとしていた姿勢を正して、また明るい声で挨拶を返した。
「まだ体が少し慣れなくて大変ですけど。学べることも楽しいし、東さんのケーキができていくところが見られて幸せです!」
「そりゃ良かった」
アルバイトを雇った後に心配するのは、そのスタッフがすぐに辞めてしまったりしないかどうかだったりもするが、卯月にその心配はいらないようだった。毎日実に元気よく目を輝かせながら働いている。
やはり好きな人のそばで働くというのはすごいことなのか。忙しい厨房で、卯月は本人が言う通り幸せそうだった。
たまにその東を見つめる目に、憧れ以上の何かが混じっているような気がして、和山はそれが気になった。
(まさか本当に東のこと好きとか? ……否定しきれないのが、なんともな)
そうは思っても、どうにも和山には手出しのしようがない。そこは業務に支障がでない程度にうまくやってくれ、と思うだけだった。
和山という男は、色恋にまったくもって興味のない人間だった。それどころか、どこか嫌悪感のようなものさえ覚えているくらいだった。
東が誰かを好きになって、その人が東のことを好きになってくれて、東が幸せそうにしていることは微笑ましく思う。恋愛とは関係ないところでもたくさん傷ついた東が誰かと幸せを掴めたことはめでたいことだ。和山もそれは喜んでいる。
けれどその幸せは、きっと自分のものにはならないと思っている。必要ないとさえ思っているのが和山だった。
そのことに関しては、思い出せば自分の過去の傷を抉ることになる。和山はそれをわかっているから、決して自分からは触れに行かない。この傷はきっと癒えることはなくて、だから他のことで塗り替えるしかないと思っているからだ。
1
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話
雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。
諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。
実は翔には諒平に隠している事実があり——。
諒平(20)攻め。大学生。
翔(20) 受け。大学生。
慶介(21)翔と同じサークルの友人。
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~
人生1919回血迷った人
BL
矢野 那月と須田 慎二の馴れ初めは最悪だった。
残業中の職場で、突然、発情してしまった矢野(オメガ)。そのフェロモンに当てられ、矢野を押し倒す須田(アルファ)。
そうした事故で、二人は番になり、結婚した。
しかし、そんな結婚生活の中、矢野は須田のことが本気で好きになってしまった。
須田は、自分のことが好きじゃない。
それが分かってるからこそ矢野は、苦しくて辛くて……。
須田に近づく人達に殴り掛かりたいし、近づくなと叫び散らかしたい。
そんな欲求を抑え込んで生活していたが、ある日限界を迎えて、手を出してしまった。
ついに、一線を超えてしまった。
帰宅した矢野は、震える手で離婚届を記入していた。
※本編完結
※特殊設定あります
※Twitterやってます☆(@mutsunenovel)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる