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いつか熟して、あまくなる

もしかして?

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 卯月の勤務曜日も決まり、スタッフとしての契約を交わしていよいよ勤務開始となった。一度教えたことは決して忘れず実行し、手早く東のヘルプをこなす卯月は即戦力どころの話ではなかった。

「次、こっち準備してもらえる?」
「はい!」
 惚れ惚れするようなスピードで仕事をこなしていく東に必死でついていく卯月。しんどい顔はひとつもせずに、実に楽しそうに働いている。

「東さん、これは洗ってしまって大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとうございます三上さん」
 卯月と同時に洗い場スタッフとして採用された女性もおっとりしながらもテキパキと仕事をこなす人で、東はこれまでよりも仕事が格段にやりやすくなっていることに感動していた。

 きっと側から見れば、これまで厨房のことを何もかも自分でやっていたということのほうが信じられないのだと東は思う。
 結果、商品を補充する速度が飛躍的に上がった。それを見越して増やしてあった材料の発注も、閉店時間近くまで在庫を保持しつつ閉店時間には売り切る計算も次第にぴったり合うようになっていった。そこは全て調整している和山の手腕だった。


「お疲れ様。どう、仕事は」
「和山さん、お疲れ様です」
 バックヤードで仕事を終えた卯月が少し休んでいると、和山が声をかけてきた。卯月はくったりとしていた姿勢を正して、また明るい声で挨拶を返した。
「まだ体が少し慣れなくて大変ですけど。学べることも楽しいし、東さんのケーキができていくところが見られて幸せです!」
「そりゃ良かった」
 アルバイトを雇った後に心配するのは、そのスタッフがすぐに辞めてしまったりしないかどうかだったりもするが、卯月にその心配はいらないようだった。毎日実に元気よく目を輝かせながら働いている。
 やはり好きな人のそばで働くというのはすごいことなのか。忙しい厨房で、卯月は本人が言う通り幸せそうだった。

 たまにその東を見つめる目に、憧れ以上の何かが混じっているような気がして、和山はそれが気になった。
(まさか本当に東のこと好きとか? ……否定しきれないのが、なんともな)
 そうは思っても、どうにも和山には手出しのしようがない。そこは業務に支障がでない程度にうまくやってくれ、と思うだけだった。


 和山という男は、色恋にまったくもって興味のない人間だった。それどころか、どこか嫌悪感のようなものさえ覚えているくらいだった。
 東が誰かを好きになって、その人が東のことを好きになってくれて、東が幸せそうにしていることは微笑ましく思う。恋愛とは関係ないところでもたくさん傷ついた東が誰かと幸せを掴めたことはめでたいことだ。和山もそれは喜んでいる。

 けれどその幸せは、きっと自分のものにはならないと思っている。必要ないとさえ思っているのが和山だった。
 そのことに関しては、思い出せば自分の過去の傷を抉ることになる。和山はそれをわかっているから、決して自分からは触れに行かない。この傷はきっと癒えることはなくて、だから他のことで塗り替えるしかないと思っているからだ。
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