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むかしのはなし(2)
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高校で東と和山は同じクラスになった。入学してからしばらくして、東というやつはなかなか難儀なやつだということがわかった。
女子たちがこそこそと話すのを耳にした。
「東くんってかっこいいけどさ、なんか話しかけてみたらすっごいオドオドしててさ……なんか正直がっかり」
「えー、なんかそういうがっついてない感じが良くない?」
「あれはがっついてないとかそういうんじゃないって」
「あんたが釣り合わないから相手にされてないだけじゃなくて~?」
「は? なにそれムカつくんだけど!」
男子が東の居ないところで話すのを聞いた。
「いいよなあ、顔が良いやつはさ。東、また告られたんだって」
「マジで? まだ入学して一ヶ月じゃん」
「だから顔だけだよ。どんなやつかもそんなに知らねーけど、あんなイケメンなら関係ないわけよ」
「あいつ遊びに誘ってもあんまのってこねーし、俺らのこととか見下してんじゃね」
「家の手伝いとかいい子ちゃん発言してたけどな。真面目ぶっててもあいつ俺より成績も体力テストも下だったよ」
「ざ、残念~! あのツラで勉強も運動もイマイチなのは逆に辛いものがあるな~」
理不尽すぎて、和山は目眩がしそうだった。東がこれまでもこんなことになっていたのかどうか和山は知らないが、もしそうだったとしたら東があんな顔をしておいてどこか自信がなさそうなのが理解できる。
(適当にニコニコしてやり過ごせればいいけど)
和山は東にそんなふうに思った。
ある日、和山が授業をサボって校舎の裏庭で本を読んでいたとき。そこに東がやってきた。
「わ、和山くん?」
「東くんじゃん。どうしたの、サボり?」
「ん……まあ、そんな感じ」
「てかなに、その顔」
「や、なんでも……なくて……」
もごもごと言い淀む顔はなんでもないなんてことは絶対にないだろうということが一目瞭然で。手で隠そうとした目元は真っ赤になっていて、つい今さっきまで泣いていたのが丸わかりだ。
「……そう? ここ座る?」
「……ありがとう」
和山が何も聞かないでくれたから、東は少し安心して促されたまま和山の隣にやや間をあけて座った。
和山が何も聞かなかったのは優しさではなく、だいたい想像がつくからだ。クラスで無難にうまくやっている和山の耳には、聞きたくもない東への賞賛や妬み嫉み、なんでも入ってきていた。
泣きたくもなるだろうさ。うまく受け流せてたらなんて思っていたけど見た限りでは言い返せもしない性格らしいし、きっと少し言い返したってこれは終わらないんだろうから。
和山は考えるだけでうんざりとした。
「……和山くんは、よくサボってるの? そういえばたまに居ないよね」
「まあね。だいたい授業より先勉強してあるし、時間の無駄で。だったら怒られない程度にサボって他のこと勉強してたほうがいい」
「え、すご。和山くんって、真面目なのか不真面目なのか、よくわかんないね。委員とかもやってる首席入学だし、優等生だと思ってた」
「ふ、そうかもな」
世に勉強が嫌で授業をサボる生徒はたくさんいても、授業をサボって勉強している生徒はあまりいないかもしれない。東にそう指摘されて、和山は思わず笑う。
「東くんは、案外生きるのが下手だよね」
「……そうだね。ほんと、何もうまくいかなくて」
落ち込んだ様子で俯いているその姿さえ、憂いを帯びて綺麗な男だ。容姿や色恋に執心する年頃にとっては羨望の対象になってしまうのは無理もないと和山も思う。
「おれなんて、本当になんもできないのにさ。どうしてみんなおれに期待するんだろう。なんでおれを見るんだろう」
そりゃ見るだろ。それに完璧に見えるものには完璧を求めるものなのさ。とは、和山もとても言えなかった。こらえていたものがぽろぽろと色素の薄い瞳から零れ、長いまつげを濡らしていたのがあまりにも綺麗で、可哀想だったからだ。
「……バカだなあ、お前。俺みたいに人を騙せばいいのに」
「騙す?」
「東くんも俺のこと真面目なやつだと思ってたんだろ? けど実際は授業を意図してサボるようなこともしてる」
東は確かに、と頷いた。
「人は勝手だよ。他人のことなんて見たいようにしか見ない。本音なんて見せるほうが損するんだ。だったら、バカ正直に立ち向かわないで、騙してやるくらいの気持ちでいたほうが楽だろ」
「騙すって、どうやって?」
「人が思い込んでる自分を演じたらいい。俺は真面目な優等生を演じてるし、お前はニコニコ穏やかな王子様でも気取っておけばいいじゃん」
「お、王子様ねえ……おれにできるかな」
「まあ、やれとは言わないけどさ」
「……いや、やってみるよ。できるかわかんないけどさ」
大人になってから最早定着したと言ってもいいくらいの『王子様の演技』をしろと始めに言ったのは和山からだった。どうせそう思われているのだから、一生懸命撤回しようと頑張ったりその過程で変だと否定されて傷つくくらいなら、ずっとそう思わせておいたほうが楽だ。我ながら捻くれた考えの子どもだと和山は振り返って思う。
「見ても笑わないでよ」
「笑うかよ」
けれどそれが、二人の不器用な子どもたちの身を守る術だった。
女子たちがこそこそと話すのを耳にした。
「東くんってかっこいいけどさ、なんか話しかけてみたらすっごいオドオドしててさ……なんか正直がっかり」
「えー、なんかそういうがっついてない感じが良くない?」
「あれはがっついてないとかそういうんじゃないって」
「あんたが釣り合わないから相手にされてないだけじゃなくて~?」
「は? なにそれムカつくんだけど!」
男子が東の居ないところで話すのを聞いた。
「いいよなあ、顔が良いやつはさ。東、また告られたんだって」
「マジで? まだ入学して一ヶ月じゃん」
「だから顔だけだよ。どんなやつかもそんなに知らねーけど、あんなイケメンなら関係ないわけよ」
「あいつ遊びに誘ってもあんまのってこねーし、俺らのこととか見下してんじゃね」
「家の手伝いとかいい子ちゃん発言してたけどな。真面目ぶっててもあいつ俺より成績も体力テストも下だったよ」
「ざ、残念~! あのツラで勉強も運動もイマイチなのは逆に辛いものがあるな~」
理不尽すぎて、和山は目眩がしそうだった。東がこれまでもこんなことになっていたのかどうか和山は知らないが、もしそうだったとしたら東があんな顔をしておいてどこか自信がなさそうなのが理解できる。
(適当にニコニコしてやり過ごせればいいけど)
和山は東にそんなふうに思った。
ある日、和山が授業をサボって校舎の裏庭で本を読んでいたとき。そこに東がやってきた。
「わ、和山くん?」
「東くんじゃん。どうしたの、サボり?」
「ん……まあ、そんな感じ」
「てかなに、その顔」
「や、なんでも……なくて……」
もごもごと言い淀む顔はなんでもないなんてことは絶対にないだろうということが一目瞭然で。手で隠そうとした目元は真っ赤になっていて、つい今さっきまで泣いていたのが丸わかりだ。
「……そう? ここ座る?」
「……ありがとう」
和山が何も聞かないでくれたから、東は少し安心して促されたまま和山の隣にやや間をあけて座った。
和山が何も聞かなかったのは優しさではなく、だいたい想像がつくからだ。クラスで無難にうまくやっている和山の耳には、聞きたくもない東への賞賛や妬み嫉み、なんでも入ってきていた。
泣きたくもなるだろうさ。うまく受け流せてたらなんて思っていたけど見た限りでは言い返せもしない性格らしいし、きっと少し言い返したってこれは終わらないんだろうから。
和山は考えるだけでうんざりとした。
「……和山くんは、よくサボってるの? そういえばたまに居ないよね」
「まあね。だいたい授業より先勉強してあるし、時間の無駄で。だったら怒られない程度にサボって他のこと勉強してたほうがいい」
「え、すご。和山くんって、真面目なのか不真面目なのか、よくわかんないね。委員とかもやってる首席入学だし、優等生だと思ってた」
「ふ、そうかもな」
世に勉強が嫌で授業をサボる生徒はたくさんいても、授業をサボって勉強している生徒はあまりいないかもしれない。東にそう指摘されて、和山は思わず笑う。
「東くんは、案外生きるのが下手だよね」
「……そうだね。ほんと、何もうまくいかなくて」
落ち込んだ様子で俯いているその姿さえ、憂いを帯びて綺麗な男だ。容姿や色恋に執心する年頃にとっては羨望の対象になってしまうのは無理もないと和山も思う。
「おれなんて、本当になんもできないのにさ。どうしてみんなおれに期待するんだろう。なんでおれを見るんだろう」
そりゃ見るだろ。それに完璧に見えるものには完璧を求めるものなのさ。とは、和山もとても言えなかった。こらえていたものがぽろぽろと色素の薄い瞳から零れ、長いまつげを濡らしていたのがあまりにも綺麗で、可哀想だったからだ。
「……バカだなあ、お前。俺みたいに人を騙せばいいのに」
「騙す?」
「東くんも俺のこと真面目なやつだと思ってたんだろ? けど実際は授業を意図してサボるようなこともしてる」
東は確かに、と頷いた。
「人は勝手だよ。他人のことなんて見たいようにしか見ない。本音なんて見せるほうが損するんだ。だったら、バカ正直に立ち向かわないで、騙してやるくらいの気持ちでいたほうが楽だろ」
「騙すって、どうやって?」
「人が思い込んでる自分を演じたらいい。俺は真面目な優等生を演じてるし、お前はニコニコ穏やかな王子様でも気取っておけばいいじゃん」
「お、王子様ねえ……おれにできるかな」
「まあ、やれとは言わないけどさ」
「……いや、やってみるよ。できるかわかんないけどさ」
大人になってから最早定着したと言ってもいいくらいの『王子様の演技』をしろと始めに言ったのは和山からだった。どうせそう思われているのだから、一生懸命撤回しようと頑張ったりその過程で変だと否定されて傷つくくらいなら、ずっとそう思わせておいたほうが楽だ。我ながら捻くれた考えの子どもだと和山は振り返って思う。
「見ても笑わないでよ」
「笑うかよ」
けれどそれが、二人の不器用な子どもたちの身を守る術だった。
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