54 / 79
本編
54.父との会話
しおりを挟む
夕飯と一緒に、デザートのケーキを準備しようということで、リビングとキッチンには蓜島と東の父親以外が集まって、わいわいと楽しそうにしている。
「蓜島くんは、料理はしないのかい?」
「はい、本当に簡単なものくらいしか……」
「ぼくもそうだよ。役に立たない者同士、少し話さないか」
「は、はい」
蓜島は父親に誘われるままに、家の庭に出て二人で話すことになった。
広々とした庭は綺麗に手入れされていて、ちょっとしたテーブルや椅子が置いてある。二人はその木の椅子に腰掛け、家の中で皆が楽しそうにしているのを眺める。
話す言葉が見つからなくて蓜島が黙っていると、東の父が沈黙を破り口を開く。
「……あの子、ちょっとびっくりするくらい綺麗だろう」
「は、はい、そうですね」
蓜島は東の父の言葉の意味を量りかねて、少し曖昧な返事をしてしまった。それを見て東の父は、無理もないと苦笑いをする。
「親の身でこんなことを言うのは少し気恥ずかしいんだけどね、ぼくら夫婦だって、育っていくにつれて驚いたんだ。どうしてぼくら夫婦にこんな綺麗な子がってね」
確かに夫婦はとんでもなく美形ということもなく、驚くのも無理はないのかもしれないと蓜島は思った。それでも東は両親のどちらにもちゃんと似ている。
「綺麗なことは何もいいことばかりではなくて、それも聡介はひどく気弱な子だったから、あれでなかなか苦労してきてるんだ。勝手なものさ、見た目が綺麗だと何もかも完璧を求められて、そうでなければあからさまにがっかりされる。はたまた、本人が自分の至らないことを本気で悔しがっていても、そんなものできなくたってお前の顔なら許されるだろうとかなんとか、とんでもないことを言われているのをぼくらも何度も耳にしたよ。聡介自身は、きっとぼくらの何倍も聞いてきたのだろうね」
庭から家の中を見ると、キッチンのほうで母と弟夫婦と楽しそうに笑う東の姿がある。幸せそうに過ごす息子を、父は慈しむように優しい目で見つめていた。
「美人でなくたっていい。完璧でなくたっていいんだ。親としてはね、ただ元気で笑っていてくれればそれでよかった。聡介がやりたいことをやって、好きな人と過ごして、満たされているならそれ以上のことは何もないんだ」
その言葉は誰に話すでもない、ただ純粋な祈りのように聞こえた。そしてそれは、まだ出会ったばかりの蓜島も同じ気持ちだった。けれど、ずっと重みが違うのだと、蓜島は強く感じた。父親として積み重ねてきたものは、離れた場所から見つめるその瞳も遠い場所で暮らす距離も関係なく、いつだってそばにあるのだろうと思わせた。
「蓜島くんは、料理はしないのかい?」
「はい、本当に簡単なものくらいしか……」
「ぼくもそうだよ。役に立たない者同士、少し話さないか」
「は、はい」
蓜島は父親に誘われるままに、家の庭に出て二人で話すことになった。
広々とした庭は綺麗に手入れされていて、ちょっとしたテーブルや椅子が置いてある。二人はその木の椅子に腰掛け、家の中で皆が楽しそうにしているのを眺める。
話す言葉が見つからなくて蓜島が黙っていると、東の父が沈黙を破り口を開く。
「……あの子、ちょっとびっくりするくらい綺麗だろう」
「は、はい、そうですね」
蓜島は東の父の言葉の意味を量りかねて、少し曖昧な返事をしてしまった。それを見て東の父は、無理もないと苦笑いをする。
「親の身でこんなことを言うのは少し気恥ずかしいんだけどね、ぼくら夫婦だって、育っていくにつれて驚いたんだ。どうしてぼくら夫婦にこんな綺麗な子がってね」
確かに夫婦はとんでもなく美形ということもなく、驚くのも無理はないのかもしれないと蓜島は思った。それでも東は両親のどちらにもちゃんと似ている。
「綺麗なことは何もいいことばかりではなくて、それも聡介はひどく気弱な子だったから、あれでなかなか苦労してきてるんだ。勝手なものさ、見た目が綺麗だと何もかも完璧を求められて、そうでなければあからさまにがっかりされる。はたまた、本人が自分の至らないことを本気で悔しがっていても、そんなものできなくたってお前の顔なら許されるだろうとかなんとか、とんでもないことを言われているのをぼくらも何度も耳にしたよ。聡介自身は、きっとぼくらの何倍も聞いてきたのだろうね」
庭から家の中を見ると、キッチンのほうで母と弟夫婦と楽しそうに笑う東の姿がある。幸せそうに過ごす息子を、父は慈しむように優しい目で見つめていた。
「美人でなくたっていい。完璧でなくたっていいんだ。親としてはね、ただ元気で笑っていてくれればそれでよかった。聡介がやりたいことをやって、好きな人と過ごして、満たされているならそれ以上のことは何もないんだ」
その言葉は誰に話すでもない、ただ純粋な祈りのように聞こえた。そしてそれは、まだ出会ったばかりの蓜島も同じ気持ちだった。けれど、ずっと重みが違うのだと、蓜島は強く感じた。父親として積み重ねてきたものは、離れた場所から見つめるその瞳も遠い場所で暮らす距離も関係なく、いつだってそばにあるのだろうと思わせた。
1
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話
雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。
諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。
実は翔には諒平に隠している事実があり——。
諒平(20)攻め。大学生。
翔(20) 受け。大学生。
慶介(21)翔と同じサークルの友人。
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる