14 / 79
本編
14.甘い香りの彼
しおりを挟む
一方の蓜島はといえば、実はちゃんと新商品が発売された週の土曜日に来店しており、そのケーキたちを見て感動していた。
それらは確かにあの日、東の部屋に招かれて試食を頼まれたあのケーキやタルトで、協力させてもらったそれらが実際に発売になり店頭に並んでいるという事実は、この店のいちファンとしてはなんだか不思議な気分で、思わず嬉しくなってしまうものだった。
そして蓜島は新商品といつものお気に入りを買い込み、自宅でそれを楽しむ。
「……っ、これって」
ひと口頬張るたびに、幸せの甘さが広がるし、東のスイーツは食べ進めるごとに新鮮な美味しさに気付かされる。
あの日食べたものだって、本当に美味しかった。けれど新商品として店に並んだこれは、あの日のものよりも更に努力や工夫を重ねて磨かれているのが、素人の蓜島にもはっきりとわかった。
「……やっぱり、東さんはすごい」
蓜島は初めて、食べた感想を伝えたいと考えた。そんな気持ちになったのに、蓜島自身が驚いている。
試食なんて頼まれてしまったからだろうか。これまで食べてきたケーキたちもきっと努力と才能の結晶みたいなものなのだろうと考えてはいたけれど、こうしてその完成への道のりを歩く姿の一部を目の前で見せられてしまうと、感動もひとしおだった。
しかしそんな気持ちを伝えようにも、彼は基本的に店頭には出てこない立場の人であるし、隣同士に住んでいるとは言えそこまで親しいというわけでもなく、連絡先だって知らなかった。試食だってもしかしたらこれっきりでもう頼まれたりしないかもしれないと考えると、こちらから連絡先交換を申し出るのは恐れ多くてできなかったのだ。
けれど、今すぐにでも東と会って話がしたい。そんな気持ちになった今は、その勇気が出なかったことを蓜島はひどく後悔していた。
「でも東さんは、気さくに話しかけてくださるけれど、有名人なんだよな……」
東はテレビや雑誌に度々出演しているほどの著名人だ。メディアは彼の美貌をアイドルのように扱い、彼もそれに相応しいように笑顔を振り撒いている。
実際に会って話した東は、そんな著名人としての顔とはどこか違って見えた。生まれ持った美しさや才能だけの人ではない、それに甘えず驕らず、努力を惜しまない人で。優しくて気さくで、どこか人懐っこさもあって親しみやすい普通の人だ。
だからだろうか。これまで東は憧れの人で、雲の上の人みたいな気持ちで居たから、自分には理解しきれない人間と思っていたのに、今は東のことをもっと知りたいと思っている。
今までメディアを通して見てきた東聡介ではなく、あのマンションのエレベーターの中で、彼の部屋の中で、もうすぐ手の届くところに居た彼自身に、興味がわいてきてしまっているのだ。
甘くて、馨しい香りのする彼に。
それらは確かにあの日、東の部屋に招かれて試食を頼まれたあのケーキやタルトで、協力させてもらったそれらが実際に発売になり店頭に並んでいるという事実は、この店のいちファンとしてはなんだか不思議な気分で、思わず嬉しくなってしまうものだった。
そして蓜島は新商品といつものお気に入りを買い込み、自宅でそれを楽しむ。
「……っ、これって」
ひと口頬張るたびに、幸せの甘さが広がるし、東のスイーツは食べ進めるごとに新鮮な美味しさに気付かされる。
あの日食べたものだって、本当に美味しかった。けれど新商品として店に並んだこれは、あの日のものよりも更に努力や工夫を重ねて磨かれているのが、素人の蓜島にもはっきりとわかった。
「……やっぱり、東さんはすごい」
蓜島は初めて、食べた感想を伝えたいと考えた。そんな気持ちになったのに、蓜島自身が驚いている。
試食なんて頼まれてしまったからだろうか。これまで食べてきたケーキたちもきっと努力と才能の結晶みたいなものなのだろうと考えてはいたけれど、こうしてその完成への道のりを歩く姿の一部を目の前で見せられてしまうと、感動もひとしおだった。
しかしそんな気持ちを伝えようにも、彼は基本的に店頭には出てこない立場の人であるし、隣同士に住んでいるとは言えそこまで親しいというわけでもなく、連絡先だって知らなかった。試食だってもしかしたらこれっきりでもう頼まれたりしないかもしれないと考えると、こちらから連絡先交換を申し出るのは恐れ多くてできなかったのだ。
けれど、今すぐにでも東と会って話がしたい。そんな気持ちになった今は、その勇気が出なかったことを蓜島はひどく後悔していた。
「でも東さんは、気さくに話しかけてくださるけれど、有名人なんだよな……」
東はテレビや雑誌に度々出演しているほどの著名人だ。メディアは彼の美貌をアイドルのように扱い、彼もそれに相応しいように笑顔を振り撒いている。
実際に会って話した東は、そんな著名人としての顔とはどこか違って見えた。生まれ持った美しさや才能だけの人ではない、それに甘えず驕らず、努力を惜しまない人で。優しくて気さくで、どこか人懐っこさもあって親しみやすい普通の人だ。
だからだろうか。これまで東は憧れの人で、雲の上の人みたいな気持ちで居たから、自分には理解しきれない人間と思っていたのに、今は東のことをもっと知りたいと思っている。
今までメディアを通して見てきた東聡介ではなく、あのマンションのエレベーターの中で、彼の部屋の中で、もうすぐ手の届くところに居た彼自身に、興味がわいてきてしまっているのだ。
甘くて、馨しい香りのする彼に。
1
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
シロツメクサの指輪
川崎葵
BL
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしてくれる?」
男も女も意識したことないぐらいの幼い頃の約束。
大きくなるにつれその約束を忘れ、俺たちは疎遠になった。
しかし、大人になり、ある時偶然再会を果たす。
止まっていた俺たちの時間が動き出した。
男だけど幼馴染の男と結婚する事になった
小熊井つん
BL
2×××年、同性の友人同士で結婚する『親友婚』が大ブームになった世界の話。 主人公(受け)の“瞬介”は家族の罠に嵌められ、幼馴染のハイスペイケメン“彗”と半ば強制的に結婚させられてしまう。
受けは攻めのことをずっとただの幼馴染だと思っていたが、結婚を機に少しずつ特別な感情を抱くようになっていく。
美形気だるげ系攻め×平凡真面目世話焼き受けのほのぼのBL。
漫画作品もございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
恋した貴方はαなロミオ
須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。
Ω性に引け目を感じている凛太。
凛太を運命の番だと信じているα性の結城。
すれ違う二人を引き寄せたヒート。
ほんわか現代BLオメガバース♡
※二人それぞれの視点が交互に展開します
※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m
※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる