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しおりを挟むそれから、また約半年後。私たちの仲は、大嶺君にとっては大きな一歩。でも、一般的には小さな一歩進んだ。なんて事はない。大嶺君は今まで友達がひとりもいなかったらしい。
ここら辺になると、彼はもう私の事を無視はしないし、あちらから話しかけてくることはなくても、対等に話せるようになっていた。そして、大嶺君の肌に刻まれていた傷が桔梗さんを溺愛するのに関係していることを知った。
彼は、自分の体を見るたびに桔梗さんが大切な存在であることを思い出すらしい。
流石に無理かもしれない。
相変わらず、桔梗さんは自由で我が儘でどうしようもない人だったがそれでも、大嶺君は少しも変わりはしなかった。もう、諦めて他の人を探そうか。
だか、しかし、素質は持っていてもここまでの狂気を持つ人には早々に出会うことは出来ないのだ。
出会い系に片っ端から手を伸ばし、ボロボロになったヤンキーを介抱してみても一向にそんな相手は訪れない。結果的に私の家に住み着くヤンキー君も私の事を好きになってくれていても、そこに狂気は見当たらず彼の愛は私にはもの足らないのだ。
「どうしたの?今日、機嫌悪い?」
「いや、……まあ、そうだ。久しぶりに親戚に会う」
「それは、確かに憂鬱だね。桔梗さんも一緒?」
「桔梗は来ない。予定があるから」
「……大嶺君がそれでいいならいいとは思うけど、ちゃんと桔梗さんに主張しなきゃ駄目だよ。だって親戚って君にとって、敵……みたいな存在なんだろ?」
「今は、関心がない。成人になったらさっさと縁は切る」
「そっか。じゃ、気楽だね。あと少しだけ乗り切れば」
「ああ」
「でも、辛くて愚痴りたい気分の時は呼んで。いつでも駆けつけるよ。君はスッキリするし、私は君と会えて満足。ウィンウィンでしょ」
「そうなったら電話する」
大嶺君は私からの好意も嫌な顔せず、スルーして桔梗さんしか頭に残っていない。
「……でも、私と君のこの関係ももう少しで終わりかもね」
「なんか、言ったか?」
「なんでもない」
心の中の声がつい、外に漏れたとき私は、もうそろそろ彼から卒業しようかと思った。手に入らないものに深追いし過ぎると痛い目に遭う。彼だけが私の特別で、私が彼の何でもないことにもう私は耐えられなくなっていた。
だけど運命とは皮肉なものである。こんな決心をした後で、大嶺君の桔梗さんへの想いがどんどん揺らいでいくのだから。
初めの異変は、物思いにふける事が多くなった事だった。大嶺君は、無口な男であるが、いつも何かしらの思考を働かせ人に隙を見せる男ではなかった。だが、最近の彼はまるで夢遊病にでもかかっているかのように心ここに在らずで。私以外、彼に話しかける人はいないし、彼も表情は変わらずハンサムだから私以外彼の異変に気付かない。隣に座って、少し顔を覗きこんでも彼は私を見ずに、まるで彼の時間だけが止まっているかのようだった。
第二の異変は、桔梗さんへの執着が穏やかになっていることだ。その時まで、睦事以外の用事で校外で遭うことはなかったのに彼が呑みに誘ってきたのだ。私は、彼がその時お酒に強いことを知って、お酒に酔えない彼の苦しみを垣間見た。因みに、私の部屋に住み着くヤンキーは、未だ健在で私の寝込みを何かと襲うようになっていた。男の生態に興味があって色々してみたけど、処女は喪失していない。まあ、そんな事大嶺君は気にしないのだろうけど。
最後の異変は、私にとっては青天の霹靂だった。
「家に帰りたくない」
大嶺君は、授業のため帰る時間が遅い私の事をわざわざ待って懇願してきた。帰りたくない。だから、助けてくれ、と。
「そう……、うん、わかった」
少し前から大嶺君の様子がおかしく、今に限っては憔悴仕切った彼を私がほうっておけるわけない。
例え、桔梗さんの帰りがないから家にいたくないという理由でも。私が彼の永遠の二番でも、彼がそれを承知で計算により私を選んでいるとしても、私はその手を拒めない。彼に恋をしているのだから。
「ええと、その、話す気はある?」
「お前に聞いて欲しい」
実は、それでも否定で返されるだろうと予想していたから、その先を考えてなく、落ち着けて話せるところと言えば私の家だが、生憎、私の家には金髪男子が生息している。
何処で彼の話を聞こうか。流石に、じゃあ、何時ものようにラブホで事後後にサクッと聞いちゃう?なんて、言い出せない。なんだかんだ、軽い性格の私でも目の前のシリアスに対抗出来るほど強くはない。
「じゃあ、落ち着いて話せるところと……喫茶店とかカラオケ?にでも言って話す?」
「何処でもいい。ここででもいいから話を聞いてもらいたい」
「うーん。えっと、その相談は桔梗さん絡みの事だよねぇ?それを校舎の廊下で話すほどの度胸を私はちょっと持ち合わせていないな」
「そうか。じゃあ、近くの喫茶店に入ろう。今すぐに。今すぐにだ」
なんだろう。大嶺君は、私の前ではいつも銅像のように無口でハキハキと動くタイプだったのに、今は別人みたいだ。前からの挙動不審も合わせて、今回の悩みは相当なものなのだろうと思われた。
彼が店に入って、注文を頼んですぐそれを話すまでは。
「小倉と別れた」
「は?……え、冗談だよね。私は騙されないよ。うん」
「小倉桔梗は、俺の恩人出はなかった。寧ろ、あいつこそがこの怪我の原因で、あいつ、俺が勘違いしているのを知ってわざと黙ってたんだ」
「ちょっと待った。話の急展開に流石の藍原さんもついていけない。え、なんで?というか、何で、それを突然知ったの?それ、勘違いじゃなくて?何がどういう経緯でそうなったの?どういうこと?あんなに好きだ、愛してるっていってたのに恩人という要素がなくなっただけで別れたの?もしかして、最近の調子の悪さはこの事が原因?もし、本当の話だったら大嶺君ショックだったでしょ?大丈夫なの?と言うか、同棲してたよね?今、何処で寝泊まりしてるの?大丈夫なの?大嶺君は大丈夫なの?」
怒濤の質問ラッシュである。だけど、仕方ないと思う。
「やっぱりお前は俺の心配をしてくれるんだな……俺は大丈夫だ。俺が小倉桔梗を愛していた理由はあいつが恩人だと勘違いしていたからで、それ以外の要素で好きなところはないし、恩が土台にあったから好きだった。それがない、寧ろ、騙されていたと思うとはらわたが煮えくりかえそうだ。それに、この事に関しては、あいつに確かめてある。この前の親戚の集まりでその事を聞いたんだが、今まであいつ、俺の為にって親戚の間に入っていたのは、この事実を知られない為だったんだ。だから、我が儘なあいつが親戚の集まりの時ばかりは、何よりも優先したわけだよ。今回は、今までばれてこなかったから気が弛んだだとさ。もう、顔も見たくないから俺が家を出ていって、元から持ってるマンションに住んでる」
激しく動揺する私に、大嶺君は冷静に淡々と説明した。
最後の異変は、決定的な一打。桔梗さんとの別れ、だったのだ。
取り敢えず、私はその話の真相はどうでもいいし、気になることは大嶺君が傷ついていないかのみで、彼は、思ったより、ケロリとしていた。もう吹っ切れていたようにも思う。
「いつの間にか、大嶺君と桔梗さんが別れて、いつの間にか大嶺君が吹っ切れていたことは理解したけど、それなら、何で深刻そうに家に帰りたくないなんて言うのさ。それに、忘れてるかもしれないけど、私、大嶺君のこと好きなんだよ?こんな話聞かせちゃっていいの?わたし、期待しちゃうんだけど」
「分からない。でも、あいつがどうでもいい奴になって俺には何もなくなった。すっきりした気分にはなったけど、空っぽで何をすればいいか分からなくなった。それで、一人の家が怖くなった。俺はこれからどうやって生きていけばいいか分からなくなったんだよ。そんな時、最初に思い浮かんだのがお前だった」
「私?」
「お前になら、お前にだったら。いや、お前に話したくなった?お前に相談したくなった?お前に俺を託したくなった?……分からない。ただ、ただ、お前が最初に思い浮かんだ。これがどうしてなのか分からない」
大嶺君は、普段の仏頂面を更に険しくさせ、握った拳は、力が入りすぎて血管が浮き出ていた。彼は、困惑しているのだ。彼はつい最近、狂気を失くした。彼を支え続けていた狂おしいほどの気持ちと執着。それがなくなって、何が彼を支えるのだろう。
今まで、早く桔梗さんと別れればいいと思っていた。それでも、これは違う。私は、彼を苦しめたい訳じゃなかったんだ。私は彼が好きで、好きだっただけ。
勿論、彼等の破局と私の関係はない。それでも、私はこれを一生一隅のチャンスとは思えなかった。きっと、彼の理解出来ない感情は、恋でも愛でもない。すがりつける相手が私だっただけ。相談出来るのが私だけで、転がって消えていった凶器を一番近くにいた人に突き刺そうとしているだけ。桔梗さんの代わりに。
「そう。じゃあ、私でよければ相談にのるよ」
「ありがとう」
ほっとした顔で大嶺君はそう言い、ブラックコーヒーを啜った。私の飲んだホットココアは、ちっとも甘味が足りなかった。
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