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ザマァレボリューション
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しおりを挟む変わった、と言われても実感はない。人生で、お前はそういう男だと何度も不変を指摘された。そして、俺は自覚したのだ。俺は変われない。良い意味でも、悪い意味でも。
「冷たい君が、動揺しているエル君を心配そうに見つめていた。それが僕にとって、どれだけの衝撃かきっとヴォルフは分からないよ。まさか、君に心の底から愛する女性が出来るなんて思いもしなかった」
そんなこと、兎が空を飛ぶことと同じくらいあり得ないって思ってたけど、そろそろ兎は空を飛び出すのかもしれない、とエヴァは嬉しそうに続ける。
俺が変わったことを、エヴァが何故こんなにも喜ぶのか俺には分からない。
だが、それ以上にエルの言った言葉が俺には理解出来なかった。
「愛……?」
愛というものは、俺とは無縁の存在で、それを感じたことも求めたこともない。女に愛してると言われるても無感動に何も思わなかった。その愛の真偽を疑う以前に興味すらないから、愛してるは性欲に結びついた言葉で、ただのまやかしに過ぎない。
「……やっぱり気付いていなかったのか。ヴォルフ、その感情を人は愛と言うんだよ。まったく」
俺の冷たい心に暖かい何かが生まれたことをエヴァは見透かし、それを愛と呼ぶ。
……違う。間違っている。
愛なんてただの概念に過ぎない。俺のこの感情はもっと違うもののはず。愛を馬鹿にしていた俺が愛を心に宿すなんて有り得ない。
俺は最初、エルの付与魔法が欲しいがため、エルが俺の元からいなくならないよう、エルが喜ぶことを学んだ。そして、それをタイミング良く使う。全ては、打算によるものだ。
それなのに、今はそれが癖になったように、打算なく行なっている自分がいる。エルが幸せそうに笑うと、満ち足りた気分になる。この面倒な世の中も、少し良いものに思えるような不思議な気分。
エルが悲しむのなら、どんなものからも守る。この満足感を手放したくないからではない。何故かエルが悲しむ姿を見たくないのだ。エルを怖がらせる馬鹿王子やエルの父親を見ると殺したくなる。
この心の現象に名前をつけるには、俺には普通持っているはずの感情が足りなかった。
だけど、俺の持つ愛のイメージとそれはかけ離れている。愛がくだらない俗物なら、その暖かさは荒んだ大地を浄化する清々しい太陽の日差しだ。
「……納得出来ないみたいな顔だね」
「愛なんて陳腐だ」
「陳腐、そうだね。そうかもしれない。でも、僕らが抱く愛ってものは、その人のことを考えると幸せな気持ちになったり、その人が苦しんでいると一緒に苦しくなって守ってあげたくなる。そんな些細で、ありふれて、たまに投げ出したくなるような、……でも、尊く、どうしても捨てられない、どうしようもないものだ」
「……分からない」
エヴァの説明を聞いても、愛への不信感は取り去ることは出来ない。だが、エヴァの言いたいことは、なんとなく分かる。きっと、俺のエルへの感情を表現をマイルドに優しく表現したらそうなるんだ。
エルと共にいると満たされ、今までずっと生きていて感じてきた飢餓感が収まる。エルが悲しめば、エルの気分をどう上昇させるかを考える。これは、きっと世に言う心配というやつで。
もはや、エルに対して特別な感情を抱いていることは否定できない。俺にとって、エル以外どうだって良い人間だ。付与魔法なしでその区別をつけてる事態で、俺が気づかなかっただけで、エルはずっと特別だっんだ。
次第に終着していく俺の考えに付き合って、エヴァは静かにデスクの上の観賞植物を眺める。
「エルは特別だ。だが、愛かどうかは分からない」
エヴァに言わなければ、多分なかなか気づけなかった。だから、その発見を指南したエヴァには言うべきだろう、と考えたことを口に出せば、エルは今日何度目か分からない笑顔を表情に宿す。
「そうかい。まあ、これから気づけばいい。女関係がだらしない君も、今回が初恋だしね。まあ、頑張りたまえよ、恋愛童貞君」
揶揄うように言われて、睨みつけたい気にになるが、俺の嗅覚がこの睨み合いの戦いを避けろと警告するから、無言で立ち上がる。
童貞か、非童貞かだなんてどうでもいい。人が真剣に考えていることに、上から目線で馬鹿にされるのが我慢ならないのだ。
「その時になれば、すぐに分かるさ」
扉を閉める際、エヴァは俺にその言葉を投げかける。俺は、そのいいかげんとも言える楽観さを無視して扉を閉めた。
さて、下ではエルが待っているだろう。なんとなく、走りたい気持ちを抑えて大股で歩く。バーのいつも俺たちが陣取っている位置がギルドで別れた時の集合場所はそことなっているが、そこにエルがいない。
エルは俺に一言なしに勝手にどっか行くような人間でもない。トイレにでも行っているのかと安易に想像するには、周りの冒険者やギルド職員達の視線が俺に集中し過ぎていた。この立場やルックスから人の視線をいつも集めていることは事実だが、それにしても、今はその視線が多すぎる上に、その視線には意味深な何かが含まれているようだった。
「エル・ショコラがどこにいるか知らないか?」
こちらを不安げに見ていた職員に声をかける。エルは、俺の相棒でありあの美貌で有名人だ。探すよりも聞いた方が早い。
近くにいる職員だから、そんな理由で声をかけられた男の職員は、エルの単語を聞くや否や、途端、オロオロと狼狽えて視線を彷徨わせた。あの、その、と意味のない単語ばかりを繰り返し、そろそろ俺もキレそうだった頃そいつはその事実を口にした。
「リース王子についていかれました」
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