悪役令嬢さん、さようなら〜断罪のその後は〜

たたた、たん。

文字の大きさ
上 下
13 / 18
ザマァレボリューション

13

しおりを挟む
 

 変わった、と言われても実感はない。人生で、お前はそういう男だと何度も不変を指摘された。そして、俺は自覚したのだ。俺は変われない。良い意味でも、悪い意味でも。

「冷たい君が、動揺しているエル君を心配そうに見つめていた。それが僕にとって、どれだけの衝撃かきっとヴォルフは分からないよ。まさか、君に心の底から愛する女性が出来るなんて思いもしなかった」

 そんなこと、兎が空を飛ぶことと同じくらいあり得ないって思ってたけど、そろそろ兎は空を飛び出すのかもしれない、とエヴァは嬉しそうに続ける。

 俺が変わったことを、エヴァが何故こんなにも喜ぶのか俺には分からない。
 だが、それ以上にエルの言った言葉が俺には理解出来なかった。

「愛……?」

 愛というものは、俺とは無縁の存在で、それを感じたことも求めたこともない。女に愛してると言われるても無感動に何も思わなかった。その愛の真偽を疑う以前に興味すらないから、愛してるは性欲に結びついた言葉で、ただのまやかしに過ぎない。

「……やっぱり気付いていなかったのか。ヴォルフ、その感情を人は愛と言うんだよ。まったく」

 俺の冷たい心に暖かい何かが生まれたことをエヴァは見透かし、それを愛と呼ぶ。

 ……違う。間違っている。
 愛なんてただの概念に過ぎない。俺のこの感情はもっと違うもののはず。愛を馬鹿にしていた俺が愛を心に宿すなんて有り得ない。

 俺は最初、エルの付与魔法が欲しいがため、エルが俺の元からいなくならないよう、エルが喜ぶことを学んだ。そして、それをタイミング良く使う。全ては、打算によるものだ。

 それなのに、今はそれが癖になったように、打算なく行なっている自分がいる。エルが幸せそうに笑うと、満ち足りた気分になる。この面倒な世の中も、少し良いものに思えるような不思議な気分。
 エルが悲しむのなら、どんなものからも守る。この満足感を手放したくないからではない。何故かエルが悲しむ姿を見たくないのだ。エルを怖がらせる馬鹿王子やエルの父親を見ると殺したくなる。

 この心の現象に名前をつけるには、俺には普通持っているはずの感情が足りなかった。

 だけど、俺の持つ愛のイメージとそれはかけ離れている。愛がくだらない俗物なら、その暖かさは荒んだ大地を浄化する清々しい太陽の日差しだ。

「……納得出来ないみたいな顔だね」
「愛なんて陳腐だ」
「陳腐、そうだね。そうかもしれない。でも、僕らが抱く愛ってものは、その人のことを考えると幸せな気持ちになったり、その人が苦しんでいると一緒に苦しくなって守ってあげたくなる。そんな些細で、ありふれて、たまに投げ出したくなるような、……でも、尊く、どうしても捨てられない、どうしようもないものだ」
「……分からない」

 エヴァの説明を聞いても、愛への不信感は取り去ることは出来ない。だが、エヴァの言いたいことは、なんとなく分かる。きっと、俺のエルへの感情を表現をマイルドに優しく表現したらそうなるんだ。

 エルと共にいると満たされ、今までずっと生きていて感じてきた飢餓感が収まる。エルが悲しめば、エルの気分をどう上昇させるかを考える。これは、きっと世に言う心配というやつで。
 もはや、エルに対して特別な感情を抱いていることは否定できない。俺にとって、エル以外どうだって良い人間だ。付与魔法なしでその区別をつけてる事態で、俺が気づかなかっただけで、エルはずっと特別だっんだ。

 次第に終着していく俺の考えに付き合って、エヴァは静かにデスクの上の観賞植物を眺める。

「エルは特別だ。だが、愛かどうかは分からない」

 エヴァに言わなければ、多分なかなか気づけなかった。だから、その発見を指南したエヴァには言うべきだろう、と考えたことを口に出せば、エルは今日何度目か分からない笑顔を表情に宿す。

「そうかい。まあ、これから気づけばいい。女関係がだらしない君も、今回が初恋だしね。まあ、頑張りたまえよ、恋愛童貞君」

 揶揄うように言われて、睨みつけたい気にになるが、俺の嗅覚がこの睨み合いの戦いを避けろと警告するから、無言で立ち上がる。

 童貞か、非童貞かだなんてどうでもいい。人が真剣に考えていることに、上から目線で馬鹿にされるのが我慢ならないのだ。

「その時になれば、すぐに分かるさ」

 扉を閉める際、エヴァは俺にその言葉を投げかける。俺は、そのいいかげんとも言える楽観さを無視して扉を閉めた。

 さて、下ではエルが待っているだろう。なんとなく、走りたい気持ちを抑えて大股で歩く。バーのいつも俺たちが陣取っている位置がギルドで別れた時の集合場所はそことなっているが、そこにエルがいない。
 エルは俺に一言なしに勝手にどっか行くような人間でもない。トイレにでも行っているのかと安易に想像するには、周りの冒険者やギルド職員達の視線が俺に集中し過ぎていた。この立場やルックスから人の視線をいつも集めていることは事実だが、それにしても、今はその視線が多すぎる上に、その視線には意味深な何かが含まれているようだった。

「エル・ショコラがどこにいるか知らないか?」

 こちらを不安げに見ていた職員に声をかける。エルは、俺の相棒でありあの美貌で有名人だ。探すよりも聞いた方が早い。

 近くにいる職員だから、そんな理由で声をかけられた男の職員は、エルの単語を聞くや否や、途端、オロオロと狼狽えて視線を彷徨わせた。あの、その、と意味のない単語ばかりを繰り返し、そろそろ俺もキレそうだった頃そいつはその事実を口にした。

「リース王子についていかれました」





しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

もう一度7歳からやりなおし!王太子妃にはなりません

片桐葵
恋愛
いわゆる悪役令嬢・セシルは19歳で死亡した。 皇太子のユリウス殿下の婚約者で高慢で尊大に振る舞い、義理の妹アリシアとユリウスの恋愛に嫉妬し最終的に殺害しようとした罪で断罪され、修道院送りとなった末の死亡だった。しかし死んだ後に女神が現れ7歳からやり直せるようにしてくれた。 もう一度7歳から人生をやり直せる事になったセシル。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【コミカライズ&書籍化・取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

処理中です...