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ザマァレボリューション
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しおりを挟むエルが俺にとって、利用価値とは違う何かに変わったと気付いても俺はどうすればいいか分からなかった。だから、普段と変わらない態度で過ごす。
「ヴォルフ、おはよう。今日は、卵が綺麗な半熟よ! 我ながら良い出来だわ」
エルは相変わらず、いや、前より明るい雰囲気で話しているが、それがわざと作られているものであることはバレバレだ。大丈夫だ、心配するな、とは言った。それ以上、俺はエルになんで声をかければいいか分からず、その徐々に溜まっていく違和感を横目で見るしかない。
ダイニングテーブルに並べられた朝食は、温められたライ麦パンに、サラダ、野菜スープ、ベーコン、そして、半熟でオレンジ色の黄身がプルプルした目玉焼き。どれも美味しそうだ。それも俺たちが、高収入所得者だからあり得ることで、地方の殆どの国民はこんな朝食、喉から手が出ても食べられない。
俺の席は、窓の隣に置いてあるダイニングテーブルの右側。いつものように、そこに座り、エルがエプロンを取っている間には食べ始める。俺は、元々あまり話す方ではないし、エルはお喋りだが食事中基本、話さないから終始静かな時間が続く。
黙々と食べていく中、ふと思った。今、俺はエルを繋ぎとめておけるほど、エルに魅力的なものを持っているか。エルは、元々才能があり冒険者としては、一人前になった。自分を捨てた奴らも手のひら返しをしているからわざわざ見返す必要もないだろう。では、何を目的にエルは俺と共にいる?
何か、エルが俺と共にいたいと思えるような楔を打ち込みたい。そう思った時、反射的にだった。
「美味い。いつもありがとう」
サラダを口に運ぶまでの空いた口がポツリと言っていた。目線は、皿の上。突然に湧いた言葉は静かなテーブルの上に溶けて消えた。
何を。媚を売るような。
自分の突然の言動に後悔しつつ、少しの反応も返さないエルを見れば顔が真っ赤だ。
「べ、べ、別に、そうね! そう! 私が作ったんだもの、美味しいに決まってるわ! ふふふ、ふふ」
緩みきった頰と口角を震えさせながら、エルは自信満々に言って、口から笑みをこぼす。そんなに、俺の言葉が嬉しかったのか。
……少し抵抗感はあるが、そんなに喜ぶのならまた言おう。そう、思った朝だった。
「それにしても、最近依頼が無さすぎるわ」
一ヶ月に二回はある特別クエストが来なくなって一ヶ月半が経っている。危険な仕事がないことは、世間一般的に良くても俺には少し退屈だった。……エルは気にしていないが、一ヶ月半前となるとエルの父親が来る少し前からだ。まさか貴族委員会が手を回してるかともしれないとも思ったが、流石にそんな馬鹿はしないはず。
結局、特別クエストではないが、ギルドで一番高難易度のクエストを受けるため、受付に行けば、エルの父親に協力していた女は受付からいなくなっていた。
「一番難しい依頼をお願いしますわ」
「申し訳ありません。ショコラ様、ギルド長がお呼びです。その後のご案内となりますがよろしいでしょうか」
「特別クエストですの?」
「申し訳ありません。話の内容を聞かされておりませんので……」
「分かりましたわ」
特別クエストの時は、初めに特別クエストと告げられる。何かあるのだろうと思い、ギルド長室に行けばエヴァが渋い顔をして待っていた。
「面倒なことになった」
第一声がそれ。その表情でだいたい分かっていた俺たちは、それぞれソファに腰を掛ける。両手を組んで、俺たちが座るのを待っていたエヴァは、その面倒なことを話し出す前に、エルを凝視してため息をつく。
「エル君はさ、本当何者なの?」
分かりきった質問をぶつけてくるエヴァに、エルは目を点にして首を傾げた。その明らかに答えるべきか、俺に目配せしてきたから肩をすくめる。
「えぇっと、」
「いや、分かってる。元貴族のお嬢様で、今は第6級冒険者だ。それで、なんで貴族のお偉い様方はエル君に必死になってるのかな」
「必死?」
貴族委員会を通して、エルを渡せと言ってきた事実は知っている。だが、必死という言葉は初めてだ。エヴァは呆れたような口調で、自分の質問を自答する。
「そうとしか言いようが無いよ。貴族委員会が冒険者ギルドにかけられる圧力という圧力を使って、エル君を渡せと言ってきてるんだから」
エルは、訝しげな俺たちを見て「特別クエスト」と意味ありげに言う。
「気になってただろう? 特別クエストが来ないと。あれさ、貴族委員会が手を回して止めてるんだ。貴族委員会の持つ騎士団に代わりに行かせてるらしいけど、達成出来たのは一つもなしで、死者多数。あいつら、馬鹿過ぎじゃない……」
そこまでの馬鹿だったか。
まさかあり得ないだろうと思っていた考えが、思わぬ正解に辿り着いていた。この国も終わりだな。
心底、馬鹿馬鹿しそうに言うエヴァの顔には嫌悪がありありと浮かんでいる。人の命を大切にするエヴァは、馬鹿な指導者の元で無駄に人が死ぬことを何より嫌っているからだ。
「……そんなことがありましたのね」
「うん。まあ、それ以外にもあるんだけどさ。こんなの元一貴族を取り戻すだけにしては大掛かりすぎる。いくらハーツ公爵家でも無理だ。もっと大きなものが働いてる」
「だから、エルに何者かと聞いたのか」
「そうだよ。エル君、本当に心当たりはないよね?」
「……ありませんわ」
明らかにエルは戸惑っていた。当たり前だ。簡単に自分を見捨てた者たちが、手のひら返しで必死に自分を手に入れようとする。それだけでも分からないのに、その理由さえも分からないのだ。
「だよね。僕も仕事だからエル君のことを調べさせてもらったけど、気になるものは見つからなかった」
「だろうな」
さらりと肯定すれば、エヴァは眉間にしわを寄せて俺を見た。
「君ねぇ、そんな調子で……いや、ヴォルフだからなぁ」
「なんだ?」
エルは、今日何回目かのため息をつく。本当に疲れているようだ。
「エル君の受け渡しは兎も角、……実はヴォルフを逮捕しようと言う動きがある」
「何言ってますの!」
俺としては、それが? くらいのつもりだったが、エルには衝撃だったらしい。耐えられないように声を上げ、エヴァに噛み付く。エヴァに対してそんな反応、エルにしては珍しかった。
別にこんな国、嫌になれば出ていけばいい。何も世界はこの国だけじゃない。俺の第一級冒険者という立場からも諸外国は喜んで俺を受け入れるだろう。だからこその俺の反応の薄さをエヴァは予想していたけど、エルのここまでの反応は予想していなかったようだ。
「いや、ちゃんと阻止はしたよ? でも、あっちも必死だからね。何をするか分からないとだけは忠告しておこうと思って」
噛みつかれるのは心外だとばかりに、自分の正当さを主張したエルは、真剣な顔で俺を見る。忠告は、エルにというより俺にか。
「分かった」
「分かりましたわ」
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