悪役令嬢さん、さようなら〜断罪のその後は〜

たたた、たん。

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ザマァレボリューション

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「相変わらず凄い活躍ね」
「……」

 宿屋のベッドの中で、ミランダが蠱惑的に笑う。今もミランダとの関係は続けていて、その他のセフレは面倒で全部切った。
 俺が情事の睦言に付き合わないのは前からだが、ミランダはするりと俺の腕を取って不満を漏らす。

「ねぇ、行かないで。もう少し傍にいてよ」

 なんでミランダとここまで長く関係を続けたかというと、詮索せずに煩わしくなかったからだ。だが、最近はやけに甘えきて、離れようとしない。正直言って、鬱陶しくて不愉快だ。

「離せ。帰る」

 冷たく腕を突き放しても、強面の冒険者相手に仕事をしているだけあって怖じけず、それでも腕を伸ばしてきたから始末に負えない。

 そろそろこの女も切るか。

「ねえ、ヴォルフ。行かな」

 後ろでミランダがまだ話していたが、さっさとドアを閉じて帰路につく。



「おかえりなさい。遅かったわね」

 家に帰れば、エルがパジャマ姿でホットミルクを飲んでいた。冒険者になって傷んだ髪や手傷は、俺が与えた貴族の使う薬より高い嗜好品で修復され、今では出会った時と変わらないほどにその美しさは洗練されている。

「まだ寝てなかったのか」

 荷物もそのままに、エルの髪をひとふさ取り、洗い立てのコンディショナーの匂いを嗅ぐ。このコンディショナーは、最近発明され、女の間で流行っているもので、俺がエルに渡したものだ。エルが俺の渡した匂いをつけていると思うと征服感が満たされる。エルもエルで、近づいた俺にそのまま抱きつきいつもの憎まれ口を叩くのだ。

「当たり前でしょ!私はもう二十一歳なのよ!大人はこんな早く寝ないわ」
「大人はこんなに寂しがりやじゃないだろ」

 エルは、気が強く気丈な娘だ。罪を着せられ、理不尽に家を追い出されても逆境に食らいつき、必死に生きようとする。
 俺は最初、俺の殺気をやり過ごした時からエルは精神的に強い奴だと思っていた。だが、それは間違いだ。エルは弱くて泣き虫だ。だから、自信過剰に振る舞ってそれを見ないようにしている。

 この事実に気づいた時は、使えると思った。エルの心の隙間に入れば、エルが俺に依存すれば、エルは永遠に俺の元を離れない。
 俺はエルの寂しさを埋めるように、エルを抱きしめる。エルは俺を強化させる道具に過ぎない。それなのに、エルを抱きしめるとこれまでに体験したことのない幸福感に満たされる。エルは、無意識に精神魔法も使えるのかもしれない。

「ほら、寝ろ」
「眠くないわ」
「明日は早いぞ」
「それは、ヴォルフだって同じよ」

 エルは基本、条件通り俺の命令に従うが、エルの魔法が俺にとって不可欠とエルが無意識に分かってからは、時々わがままを言うようになった。

 そのわがままも、宝石類を強請るようなものじゃない。世間で言えば、可愛いやつだろう。

「手を握って」
「寂しいから一緒に寝て」
「おでこにキスをして」

 だが、俺にとっては面白いものでもない。エルの要求はお子様の求愛みたいなもので、大人な俺は続きがしたくなるのだ。だから、極力やりたくないが、やらなきゃエルは他の男に頼むかもしれない。そう思えばやるしかなかった。

「おやすみ」

 他人よりつり上がった目元が、ゆっくり弧を描く。まつげは長く、鼻は通って、口はふっくらと色づきキスを誘う。魅力的な女だ。
 普段なら我慢はしない。俺は実力とルックスを兼ね備えている。落ちない女はいなかった。だけど、エルは違う。エルは、ちがうのだ。





 エルとの平穏な日々は突然に崩れた。

 いつものように、冒険者ギルドに行きギルド長から直々の依頼を受けた時、玄関の方が騒がしくなる。

「何があったのかしら?」

 エルは不思議そうに呟くが、俺はどうでもよくて、さっさと帰ろうとエルを連れて玄関の横をすり抜けようとした。

「エル! 」

 玄関の外には、貴族が使うような豪華な馬車が止まっておりその前には、細身の整った顔立ちの男が立っていた。服装や状況からして、見るからに貴族だ。その男が、エルの名前を呼ぶ。
 気安く俺のエルに話しかけるな、と警告しようとして、でも背後のエルの気配がおかしくなったことに気がついた俺はエルを見やる。

「リーン王子……」

 エルは、一歩後ずさり慄き怯えていた。

 敵だ。
 王子と呼ばれた時点で、なんで来たのかは分かった。神妙な面持ちからエルが無罪なことが分かったのだろう。

 だが、エルの怯えた表情だけで、俺の行動は決まっている。俺は、男からエルが見えないように庇って立つ。

「エル。君は無罪だったんだ。すまない。婚約者の君を疑うなんて。あの女は禁術の魅惑を使って僕を操ってたんだ。優れた魔法使いの君なら分かるはずだ。魅惑の魔法は強力で魔法を見破らない限り解けない」

 エルの婚約者と名乗る男は、自分も被害者だとつらつら言い訳を言い続け、あまつさえエルを心配していたと告げる。
 あの気丈なエルも、流石に自分を断罪した人物は恐ろしいのか、恨み口を言ってもいいだろうに俺にぎゅっとしがみつき、離れない。

「それで?」

 口を挟まないとといつまでも話し続けてそうな男の口を質問で止めさせる。これ以上、怯えるエルをこのままここには置いておけない。

 俺が声をかけて、やっと男は俺の顔を見た。

「君は、ヴォルフ・モーガンだね。エルを保護してくれてありがとう。感謝するよ」

 まるで、エルが自分のものかのような扱いにブロードソードに手が伸びそうになる。
 俺が、最高潮に苛立っていると知ってか知らずか男はまたエルを覗き込むように、態勢を変え話し出した。

「君は、無実だ。だから、家の勘当も勿論取り消された。家に帰れるんだよ! エル! 君は家に帰れる!」

 まるで、誘拐犯から助け出された子供を祝福するように言うその男には反吐が出そうだった。

 俺は、クズだ。人には言えないことは沢山してきたし、道徳に逆らうように生きてきた。だから、本来俺はこの男に何も言う資格はない。
 実際、エルのことも最初は使い捨ての道具としか考えてなかったし、いつ死んでも構わなかった。でも、今は違う。エルは俺のものだ。

 男の認識は、エルにとっての敵から俺とエルの敵という認識に変わる。

 一年前、エルを強姦しようと計画した冒険者がいた。勿論、エルは知らない。男は町から姿を消した。冒険者はだいたい流れ者だ。誰かが消えても誰も気にしない。

 だが、王子はどうだろうか。

「リーン王子、私は帰りませんわ」

 怯えから回復した声でエルが言う。少し震えながらも、その声にはいつもの気丈さと高潔さが滲み出ている。

「なんでだい? もう君を傷つける奴はいないよ」

 男は食い下がるように、エルを説得しようとしている。ギルド内はこの自体を察知した冒険者たちによって静まり返っていて、男の声は良く聞こえた。

「私の居場所はここですもの」
「違うよ。本来なら君はもっと優雅に働かずに過ごせるんだ。僕は、君を妻にしたい。もしかして、怒っているのかい? でも、賢い君なら分かるだろう?」
「帰るぞ」

 これ以上は、聞いてられない。くだらない話に付き合う気はなかった。俺が歩けばエルは後ろをついてくる。

「ヴォルフ・モーガン!」

 男から名前を呼ばれたが振り向いてやる必要もない。

「君は、エルを召使いのように扱っているそうじゃないか!」

 俺は、その言葉で宙を切っていたエルの手を握る。エルは、キュッとエルなりの精一杯で握り返してきた。男が見えなくなるまで無言で歩き、振り返る。

「エル、大丈夫か」
「ヴォルフ……大丈夫、大丈夫よ。あの人はーー」

 それからエルは、もう一度事件の顛末を説明し今日来た男の説明始めた。

「元婚約者よ。愛してはいなかったけど、将来家族になるのだからそれなりに信頼し合えていると思ってた。だから、断罪された時はショックだったわ」

 エルと男が信頼しあっていた、と聞くと胃が重たく苛つきが込み上げてくる。エルが愛してないと言って良かった。もし、エルが一瞬でも男を愛していたのなら俺は男を消す。それで、王族を消すのはすこし面倒だったから。

 エルが一瞬でも誰かを愛したら俺はその相手を殺すだろう。エルが俺のものであれば、エルの付与魔法さえあれば心はいらないはずなのに。別にエルが誰を愛していたってどうでもいいはずだ。それなのに、何故俺はそんな相手ができたら殺すと確信しているのか。



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