悪役令嬢さん、さようなら〜断罪のその後は〜

たたた、たん。

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ザマァレボリューション

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 闘技場は円状の建物で、冒険者ギルドと同じくらいの大きさを持つ。冒険者ギルドの敷地内にあるため、ここを突っ切って行くのが効率的だ。闘技場申請書を片手に、黙って歩けば女も俺の後ろを黙ってついて来た。時折、何か話そうとしていたが、無視して歩けば諦めたようだった。

 闘技場申請書を職員に渡し、闘技場内に入る。珍しいことに、使用者は誰もおらず俺と女だけのようだ。闘技場の真ん中まで来て、振り返る。

「ここで、闘おうというわけね!」

 女は、堪え切れないように自分の覇気を露わにした。思っていたより、無視したのが応えていたようだ。

 まだ勝つ気なのか……

 途中で怖気づけ、と期待していた俺は、女のやる気にがっかりした。いちいち、女のやる気に応えているのも面倒だから、さっさとその伸びた鼻をへし折ってやろう。

「降参を宣言した方が負け。お前には、ハンデを30秒やる」

 簡単なルール。ただ、後で文句を言われないようにハンデも与える。魔法使いは基本詠唱が必要だが、一部の才能ある魔法使いは、無詠唱でも魔法を発動出来る。この女がどうかは知らないが、例え、どんな魔法を使われても避け切れる自信があった。

 そもそも、一流冒険者と名も知れぬ冒険者では実力に下がり過ぎる。性格の良い男なら、一撃でも与えられたらパーティに入れてやるとでも言うのかもしれないが生憎俺は性格が悪い。

 一撃だって当たってなどあげないし、女だろうとも容赦なくぶっ飛ばす事もできる。

「あら、ハンデを頂けるのかしら! まあ、あなたは第一級冒険者なのだからそれくらい当然よね。でも、ハンデを30秒も与えたこと後悔するわよ!」

 この女は、自分より遥かに強い相手と戦ったことがないのだろう。だから、そんなことが言えるのだ。

「このコインが落ちたらスタートだ」
「分かったわ」

 三円硬化を取り出し、指で上に跳ね上げる。コインは宙を舞い、地面に落ちた瞬間、女は高速詠唱を始めた。高速詠唱は、詠唱時間を短くする技術であり、無詠唱の次に難しいと言われるものだ。

 複数の大きな魔法陣が俺の上に出来上がり、光を放つ。高速詠唱のため、時間は15秒もかからなかった。

 第4位界魔法か……

 冒険者となれば、魔法を見る機会も多くなる。発言した魔法の大きさを予知し、避ける体勢に入った時、詠唱が終了したのか上にある魔法陣から何百もの光の槍が降り注ぐ。

 段階級の冒険者なら、確実に死ぬ。そんな大魔法だが俺には関係ない。
 ひょいひょいと光の槍を紙一重でかわし、ハンデの時間が終わるのを待つ。女も俺が余裕であることに気付いてからは、新たな魔法を発動するがもう遅い。30秒経ったことを確認した俺は、自分の持つ最高速度で女に近づいた。

「へ?」

 女には瞬間移動したように見えただろうそれは、なんて事なくただ走っただけだ。惚けた顔の女に容赦ない蹴りを入れてやろうかと思ったが、怪我をさせたら後で面倒なことになるかもしれない。そう思い勢いのまま剣を振るった。

「!!」

 声も出ない女の首筋ギリギリの距離。
 そこで止まった刃は、それでも声も出ない女に死の恐怖を味わわせたが、俺はそんなことを無視して少し驚いていた。

「……」

 剣を振りかざした風圧で、女の魔法帽が飛ばされた時、その下から見えたのは滅多に見ない美貌。白いきめ細やかな肌に、大きな青い瞳。綺麗な形をしたパーツの全てが黄金比に置かれている。しなやかにカールされた金髪は、毛先まで手が行き届いているようだ。

 生意気な女の正体が、意外にも人形のように繊細な顔立ちの女であることを意外に思いながら、それを悟らされないように、女を見据える。

「ま」

 堪らず言われるだろう降参の言葉が、その一言を皮切りに流されると思いきや、女は剣を首につけたまま俺を睨みあげた。

「まいったなんて言わないんだから」

 死の恐怖を感じてもなお、負けを認めない強情な女だが、そのブルーは涙で濡れている。

「じゃあ、死なない程度に殴ろうか?」
「人でなし!」

 それが闘いというものだ、とばかりに拳を突き上げる。本当に殴る気はない。何故か俺はこの女を殴るのを躊躇していたのだ。綺麗なモノを壊し汚して快感を得る変態もいるが、俺は綺麗なモノを壊さずに大切にしておきたい人間だ。それが原因で殴らなかったのかもしれない。

 降ろす気はない拳をどうしようか、と思案していたら恐怖に負けた女は突然声を上げて号泣し始めた。あまりにもいきなりである。

「だって、だって、私は負けられないのよぉ! 帰るところも無くて、お金だって無くて、何も分からなくて、無いないづくめでどうしたらいいか分からないんだもの! 入れてよ、パーティ! 」
「何言ってんだ。貴族なら無いものを探す方が難しいだろう」

 突然の不遇を訴える泣き声に、ガキの癇癪かよ、と面倒ごとの予感がした俺は冷たく突き放そうとしたが、それに返ってきたのは、予想外の言葉だ。

「もう、貴族じゃないわ! 勘当されたもの」
「勘当?」
「……通っていた魔法学園で、冤罪を着せられたの。それを信じたお父様にその日のうちにポイよ。ポイ。着のみ着のまま、無一文で家を追い出されたわ。だから、私には何もない。なんでもするからパーティに入れて!」

 なんでもする。

 その言葉を聞いた時、俺には妙案を思いついた。俺に絶対服従という条件でパーティ加入を認める、と言うものだ。美人な女になんでも言うことを聞かせられる。しかも、元貴族の偉そうな女にだ。なかなか痛快じゃないか?
 俺の条件に耐えられなくなったら逃げ出すだろうし、いらなくなったら依頼を受けた際に死んだと偽って殺せばいい。俺に、デメリットはない。

 なんだか、それが良い案に思えた。

 ただ一つ確認したいことがある。

「なんで俺なんだ? 自分で言うのもなんだが冒険者にも優しい奴は一応いる」
「だって、どうせやるならてっぺん取りたいじゃない! あなたのパーティに入ってお金をじゃんじゃん稼いで、魔法使いとして強く、冒険者として偉くなって私を捨てた奴らを見返したいのよ! 」

 シンプルに言うと、強くなる早道だからと言うことか。まあ、そんな理由なら別に良い。

「いいだろう」

 俺はその後、条件付きでパーティに入れてやると言い、女は何も考えずに一つ返事で返事した。

「私の名前は、エル・ショコラ・ハーツ。いえ、家名は捨ててエル・ショコラね。宜しく、ヴォルフ」





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