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俺たち
歪な彼らのこれから
しおりを挟む一晩経ち、噂はクラス中に伝わっていた。教室に入ると突き刺すような好奇の視線に晒される。
顔を見てクスリと笑われるのに彰は耐えられるだろうか。少し後から教室に来た彰はその視線に耐えきれず、すぐに引き返してしまう。
ああ、よかった。
これで学校での居場所もなくなる。
僕は慌てたように彰を追いかけ、何も言わず手を握った。彰は握り返してこない。
「大丈夫。彰には僕がいるし、自由登校だから学校に来る必要はないよ」
追い詰めたらちゃんと逃げ口を作ってあげる。学んだそれをしっかり実行したら、彰はゆっくり僕の手を握り返してきた。絞り出すように小さな声で肯定の返事を返す。
人目があるのに頑張ったね、と僕は無邪気に彰が嫌がるだろう抱擁をし、あやすように頭を撫でた。善意でやってるものと思えば、彰は僕を振り払えない。
彰には駅のカフェで待機してもらうことにして、模試結果を受け取った僕は彰と合流した。彰は学校の立場を憂いて落ち込んでいた。たかが、学校。あと三ヶ月の付き合いで、もう2度と会わないことだってある人間のコミュニティに固執し過ぎだ。だが、喪失感はいい。抉れた部分に僕が入り込める。
「僕はクラスメイトなんてどうだっていい」
まるで彰もそうだよね、とばかりに宣言した。3年間の思い出を振り返ったのだろう彰は瞳を揺らしながら、こくんと頷いた。
僕に偏って、支えられるだけの彰を僕の巣に運ぶ。彰を丸め込ませて同じ大学に通う予定だから、受験勉強もしつつセックスも堪能する。赤本は当たり前のように僕の志望大学のものを用意して、それを一緒に解いた。彰がやっぱり無理と言えないうちに、どんどん引き返せない状況に追い込んでいく。
少し里穂が来てウザかった時もあったが、里穂を使えば僕への彰の愛を感じてより愛おしくなる。
彰が家から解放されるように、彰の父に彰を放・り・出・さ・せ・る・ために、無断で僕の家に泊まらせ家に帰らせなかった。一度目を背ければ、もう二度と目を向けたくなくなったのだろう。最初は帰ろうとしていた彰も日が経つにつれ、家に帰るのを異常に怖がり、家というワードを出すと顔を青ざめるようになった。
怖がる彰を連れ出して、一緒に彰の家へ向かう。彰が家に帰って来たのは一ヶ月ぶりだった。受験に必要な書類があるため、嫌そうな彰を宥めてだったが僕にはちょうど良かった。そろそろだと思っていた。
父親と会いたくなければ昼間のうちに早く行けばいいものの、ぐずる彰をあやすふりをしてズルズル訪ねる時間を遅くする。
久しぶりに帰ると、彰の母は最初から驚いた顔をして次に表情をなくした。
「帰ってきたのね……」
そう呟いた母親の声音は、どう聞いても嬉しそうでない。ただ、帰ってきたその事実を呟く。それだけのNPCだ。
彰がいなくなった家は何ひとつ変わった様子がなく、彰が母親に目を背けるように家に入ると母親も何も言わずリビングで料理を再開した。
僕たちは言葉を交わすことなく、必要な書類を手に取った。
「何か持っていきたいものはある?」
念のため聞いた言葉に彰は少し考え、首を振った。
良かった。この家に大切なものはもうない。
ただ思っていることは、社会的通念上の実家という場所に対するノスタルジーだけ。そんなものまやかしだから、早く消してしまったほうがいい。
そしていざ、家を出ようと靴を履きかけた時それは訪れた。
インターホンが響く。
母親がリビングからこちらを覗っていて、玄関を開けないからどんどんと繰り返されていくインターホン。顔を見なくても苛立っていることが分かった。
固まる彰を後ろに引き寄せ、僕が扉を開けた。
瞬間、怒りに染まる男の顔がより真っ赤に染まる。
「お前何やってる!!」
近所中に響き渡る怒号。せっかくこんなに世間体を気にした家の外観をしているのに、中身がバレてしまうじゃないか。
彰の父親は扉を開けたまま、いかに自分が怒っているか、後で彰をどんな目に合わせるか大きい声で吠え続けた。
「彰を解放してください」
彰の父親がぜいぜいと息を荒げ、激しい鼻息が場に響く。あらかた言わせてあげたのだから、こちらの番だ。僕がそう言えば、もう言葉も出ないのだろう。拳を振り上げて僕に向かってくる。
「この前は全治3週間でした。被害届もだせますよ」
向けられた拳を受け止め、そっと返すと男は泡を拭くように吠えた。人間を忘れたのか。
「もう彰に関わらないで下さいね」
鬼の形相の父親に笑いながら言えば、父親は僕と彰を押し退け好きにしろっと怒鳴り、足跡を響かせながらリビングに向かった。
ああ、またひとつ邪魔者が消えた。これで彰の居場所は僕の元だけだ。
青ざめた彰に靴を履かせ、家を出る。路地からは興味深そうに中年の女たちがこちらを窺っていた。
「大丈夫。僕らずっと一緒だ」
いらない家を吐き捨てて尚、喪失感を感じる彰は大概普通の人間だ。普通に家が大切で、普通に人の視線が気になって、でも、僕のことだけに異常になる。
周りの目を気にせず彰を抱きしめると、彰はそっと僕の腰に手を添えた。
それは僕がそうしてとお願いして、癖になった結果だが満足だ。
僕は達成感でいっぱいだった。
僕らは同じ大学に通っている。
彰には帰る家もなく、頼るべき友達もいない。生きる全てが全部僕から発生して、僕に頼り切り溺れている。
僕は幸せだった。
やっと彰を僕だけのものに出来た。
彰もその濁った瞳を僕に向け、僕を渇望し、そして享受している。だからきっと幸せだ。
ずっと欲しいものが手に入った。
僕はきっと彰と共に居続けるだろう。
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