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彼
浮気された彼の行く末-9-
しおりを挟む「座って」
リビングのソファに彰を座らせ、ミネラルウォーターを用意する。
僕が彰の隣に座ると、僕が切りだすより先に彰は呟くように謝ってきた。
「ごめん。ごめんなさい。晴久とのことは好きだよ。でも、俺逆らえなくて。お願いだから別れないで」
2人きりにならないと吐けない本音。僕のことが好きなくせに、部屋に入るまで一言も話はしなかった。ここまで硬い殻を被るなんていっそのこと滑稽だ。
僕が黙っていると、彰は震えた手を僕の手に重ねてお願いと告げた。こうやって僕に甘えれば良い。遠慮がちなのは仕方ないけど、僕にくっついて僕のことしか考えず、他のことなんて捨ててしまえ。
「別れるつもりはないよ。ただ、今回は本当にショックだった」
「うん」
「彰がどう思っているかは分からないけど、僕は彰が好きだし、一生一緒にいたい。これから色んな人に出会うけど、彰だけはずっと一番好きでい続ける自信があるんだ。僕はさ、彰が思ってるより彰のことが好きなんだよ」
「晴久……」
「彰が家のことで辛いのは分かってる。でもさ、これからのことを考える時僕のことを思い出してよ。彰の未来は僕の未来でもあるんだ。……おかしいかな。僕って彰に執着し過ぎ?」
僕が自信なさそうに笑うと、彰は僕の手を強く握ってそんなことないと強く言い切った。
そうだよね。彰だって人のこと言えないし。でも、彰だけじゃなくて僕もおかしいって分かれば彰は安心するでしょう?同族だと思うとより依存したくなるでしょう?
「俺も晴久が好きで、好きで好きで仕方なくて。俺だって晴久がいればなんだっていい!!」
「本当?」
「本当。怖いことも多いけど、晴久が一番大切」
「ありがとう」
これで言質は貰ったよ。彰は僕がいればなんだっていいんだ。真面目な彰は一度言ったことを覆すなんて出来ないだろう。例え厳しい道でも言ってしまったから、なんて自己責任でがんじがらめに締め付けられて、必死に歩こうとするはずだ。
僕は具体的な解決策を濁し、彰を抱いた。
「彰が宝物なんだよ」
何も考えなくなるよう、彰をぐずぐずに溶かす。輪郭がなくなるまで溶け切って現れた核に染み付くように、その言葉を繰り返しながら。セックスの最中、彰の心はいつもより無防備で硬い殻は綺麗に剥けている。さあ、今がチャンスだ。彰の心が僕の心でいっぱいになってしまえ。
「彰が一番大切」
「大好きだよ」
だから、僕に彰を頂戴。僕が好きなんだから彰だって本望でしょう。
これからこの行為をいくらでも繰り返す予定だ。僕の言葉が染み込んでもう戻れないように。臆病な彰が冷静さを取り戻そうとする度に言葉の沼に落としてしまおう。
セックスをした後、彰は粛々と服を着替えた。大切な話し合いを早々に辞め、したことはセックスばかり。これからどうするのか、漠然とした不安があるはずだ。
リビングに置いた鞄を取りに行き、彰はどう帰りの言葉を言おうか窺っている。僕から帰らそうとするのを何回か失敗して、漸く言い出そうとした時インターホンが鳴った。
「こんばんは。君が齋藤彰君だね」
まだ高校生の僕らに力はない。彰の親がどんなにクズでも、大人は大人だ。ならば、それ以上の大人を味方につければいい。
「晴久から話は聞いてる。晴久と付き合ってるんだって」
僕の父親は朗らかでエリート然とした男だ。彰は初めて見る僕の父親に慌てて居住まいを正したが、その言葉で笑顔を固まらせた。彰は男と漢が付き合うなんて、とんでもない悪だと思っている。そう思・わ・さ・れ・て・い・る・。だから、僕の父がそれを当たり障りない当然の関係と捉えていることに驚きながらも、あからさまにホッとした様子を見せた。彰の周りにはいない理解のある大人。自分の歪んだ世界が間違っていて、僕の周りが正しいと誤解すればいい。
「晴久が大切な人だから会わせたいと言ってきてね、こんなこと初めてだよ」
だが、ただ優しい男が上の立場にいるはずがない。彰の気まずそうな気持ちを無視して、父は少し話そうとダイニングに座った。
カチカチと秒針が進み、門限の時間が近づいていく。彰は時々時計を気にしていたが父は気にせず話し、そして本題に進む。
「進路のこと聞いたよ。晴久の大切なパートナーなんだから、お金は私が出してあげる。君の好きな道を進みなさい」
初めて会った人に言われるには大層な言葉。常識人な彰は、当然のように断り恐縮したが父は話を続ける。
「晴久には寂しい思いをさせてきた。ここまで想う人が出来て私も嬉しいんだよ。それに会社も何箇所か経営しているから、お金も余るほどあるしね」
別にここで納得する必要はない。彰にあの親から逃げる道があると示すだけで父の今日の役割は終わりだ。彰は困惑しながらも、ありがとうございますと消極的に受け入れると父が帰りを促す。
「こんな時間だね。もうそろそろ帰る?」
父の白々しい演技に笑いが出そうだった。彰のことは全て話してある。門限のことだって。僕と父は同・類・だ。父は僕に親のような情というよりも、自分のクローンを見るような感覚を覚えている。それを僕は不愉快に思わないし、愉快だと想う時点で僕の歪な部分は父親譲りだ。
僕は父の良いように動くし、その代わり父は僕の要望を聞いてくれる。僕らは正しく同志だ。
嬉しさと困惑を滲ませながら、彰は帰っていった。
「可愛い子じゃないか」
「でしょう」
「まあ、お前は好きなことをすればいい。でも、初心で扱いやすそうだし私もあんな子が欲しいな」
「やだなぁ。いくら父さんでも彰はあげないよ」
「はは。私に男の趣味はないよ」
それはそうだろう。父は手段を選ばない。僕が選んだ彰を気に入らないはずがないし、彰が女だったら有無を言わず奪われていたはずだ。
父は僕と似ている。
だから、男なら範囲外と判断して父と会わせた。
「そう言えば、新しい母さんが出来るぞ」
「そう」
これで結婚は何度目だろうか。ファッションを変えるように伴侶を変える父は、片手で収まらない程の離婚と結婚を繰り返している。
お気に入りと結婚して、飽きたらポイと捨てる。貧乏な女に裕福を覚えさせてから捨てたり、浮気ぐせのある女と敢えて結婚して、ひとり不遇な夫の立場を楽しんだり。僕には理解出来ないが、僕はその度に男に都合の良い子供を演じているのだから共犯だ。
自分の母親に寝ようと誘われた時は断ったが父は愉快そうに寝てもよかったのにと笑った。父の使った穴を使うのになんとなく感じる嫌悪はなんだろうかと不思議に思ったが、まあ僕も僕自身のことを完璧に把握しているわけではない。とにかくそういうことはしないと明言しておき、父はその女と離婚した。
僕はメールでは伝えきれない詳細を父に話すと、父は心よく了解した。
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