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彼
浮気された彼の行く末-2-
しおりを挟む「晴久って、誰かと付き合ってるんだよね?」
「うん。そうだよ」
「えー、彼女に悪いことしてる?」
悪いと言いながらもニヤニヤと満足そうに笑うセフレの女に背を向けて先ほどまで来ていた服に手をかける。
「いや、今度は彼女じゃなくて彼氏」
「マジで!?ウケる!遂に男まで手を出したんだ!えー、晴久、男に勃つの?」
「そうだな。まだ手を出してないから分からないかな」
裸の女はピロートークでも期待しているのか。それに付き合う気などさらさらない僕は最後にコートを着て、財布から出したお金をベッドの上に置く。
「え~、もう帰るの?」
「うん。この後予定あるからね」
勿論、この後予定なんて何も入っていない。あとは家に帰って寝るだけ。だけど、いつまでも僕の彼女を気取った女と一緒にいるのが煩わしくてさっさとホテルを出た。肉欲が満たされたらさっさと帰りたい。どうでもいい存在に、これ以上時間を費やすのも面倒くさい。
本当は里穂のこともさっさと切ってしまいたいが、またあの興奮を得られるかもという僅かな希望のため今の状態をキープさせている。里穂の自分を特別と勘違いしている態度を思い出すたびに、馬鹿で滑稽な生き物を見るみたいに愉快な気持ちになる。ああ、本当に馬鹿な女だと。時に殴りたくなるほど苛つく気持ちを抑えて、我慢すれば隣の可哀想な女は見せ物小屋の下等生物だ。見下すように観察するのもまた一興。
でも、そうだ。僕は彰に勃つのだろうか。
男は試したことはないが、触られれば流石に反応はするだろう。挿れるまでに萎えなかったら男ともセックス出来るということで試してみるか。
そんな気持ちで僕は彰の部屋に立ち入ることとなった。週に一回の帰り道、彰の部屋に寄りたいと言えば彰は面白いように困って慌てて、渋りながらも了承したのだ。
専業主婦という彰の母はその時、買い物に出掛けているため何もない空間に挨拶をし、彰の部屋に入る。一人っ子らしい彰の部屋は綺麗に整理整頓されていて清潔感があった。
「晴久はなに飲」
ガチガチに固まった彰の手を引き、勝手に座ったベッドの横に座らせる。そのまま僕が彰の顔を見ようとしたら、顔を逸らされた。この調子じゃ、セックスまで行かないかもしれない。男を試してみたい気持ちはあるけど、面倒な彰の相手をするのも面倒くさい。
「彰はさ、そうやってよく顔を逸らすけど僕のこと嫌いになった?」
「ちがっ!そんなことない!!」
今まで女の子にやって来たように口説けばなんとかなるだろう。男だと勝手が違うかもしれないが、そこはその時々対処すればいい。
「でも、僕、付き合ってる子と目も合わせられないなんて寂しいよ」
彰が僕を嫌いなわけがない。ただ緊張しているのだろう。本当のことなど分かっていた。でも、知らないふりをした方が口説きやすい。十割演技で哀しそうな呟けば、彰はやっとこちらを向いた。
「下ばっか見てないで。僕を見てよ」
こうやって甘えて見せれば、女はすぐ嬉しそうにする。さて、この男はどうだろうか。冷めた心で彰を見ていた僕は驚いた。
……あった。
ここにあったのか。遠くでしか見てないから分からなかった。僕が探していたものがこんな近くに。
薄い涙の膜に包まれたどろりと鈍く光る瞳。何かを諦めて、でも期待してどうしようもない焦燥に包まれた表情をした彰が震えながら僕を見ている。
身体中の毛穴が開いて、鳥肌がたった。興奮しすぎてもはや気持ち悪い。アドレナリンが出過ぎているのかもしれない。
そっと壊れ物を触るように彰の頬に手を添える。その手にビクリと怯えた彰は、それでもじっと僕を見つめた。
愛を死ぬほど欲して、手に入れられないと諦め、それでももがく強い欲望の光る瞳。里穂のそれよりももっと難解に折り曲がって、強く乱反射している瞳は僕の求めていたもの以上に美しい。
絶対に手に入れる。
「よかった。彰は僕を嫌いなわけじゃないんだね」
彰の頬に添えた手で彰の目元を擽る。反射的に閉じた瞼に乗じて顔を彰の顔のすぐ近くに寄せた。
僕の欲しいものはこの閉じた瞼の奥にある。すぐ近くに僕がいることを分からせるためにわざと吐息を漏らし、その愛おしい瞼の上を撫でた。ゴクリと彰の喉の音が聞こえる。付き合っている相手がこの距離にいて、顔を撫でるのだ。あとすることはひとつ。
「……なんてね」
僕は彰から手を離すと、無邪気になんの悪気もなさそうに笑った。
「彰はよく見るとやっぱり男だよね」
期待に上気した頬が一気に青ざめ、瞳に哀しみがこもる。ああ、その色も綺麗だ。彰はスッと顔を背けて、バレないようにしていたけどばればれだ。大粒の涙が溢れて、瞳をいっそう美しく煌めかせている。
きっと言われたくない言葉だったはずだ。このなんてことない、聞きようによっては褒め言葉も彰にとってはこれ以上にない拒否に聞こえる。そうだろうと思ってわざと言った。別にどうしても子供が欲しいわけでないなら、性別なんてどうだっていいのに。
「ああ、ごめん。妹に呼ばれた」
なんの通知も来てないスマホを見て、嬉しそうに笑って見せる。
「そうなんだ……行っていいよ」
彰の震えた声にニヤつきが止まらない。そうだ。そうやって傷ついて、僕に焦がれて。
里穂の時に与えすぎて失敗したなら、今度は加減しないといけない。彰の男同士という関係性の卑屈さが、瞳をこんなにも濁らせるならもっともっと卑屈にさせて、でも、僕が好きで好きで堪らないように僕が導いてあげよう。傷つけて傷つけて、たまに優しくして、僕の虜にしてあげるからその代わり、その瞳を僕に頂戴。
その後は、僕はわざと彰に里穂の素晴らしさを語ったり、無邪気を装って彰を傷つけ続けた。里穂を褒めるなんて口から反吐が出そうだったけど、彰の嫌そうな不満そうな瞳を目にしたら我慢できたし、セックスのお誘いをあからさまに避ければ、彰は悲しそうに瞳を曇らせるからとても興奮する。彰の瞳は日に日に濁り、怪しい光を帯びた。原石をより美しくする、これは宝石職人の気持ちだろうか。全くたまらない。こんな楽しいことがこの世にあったなんて、今まで退屈な日々がもう思い出せない。
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