浮気した彼の行方

たたた、たん。

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彼女

オオカミ少女の言い訳-1-

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 義兄と私が出会ったのは、義兄が小学4年生、私が小学1年生の時だ。私の母親と義兄の父親が再婚し、私たちは兄妹となったが最初は義兄が出来るなんて心底嫌だった。

 母は私のことなど放ったらかしですぐに男の元に出かけてしまう恋多き女で、恋愛の合間に時々育児をするような人だった。私は母の片手間な存在で、たまに向けられる愛情もいつ母の恋人に持っていかれるか分からない。私は常に愛情に飢えていて、同級生はその劣悪な環境と滲み出る飢餓を悟ったのだろう。私は理不尽にいじめられていて、どこにも私の味方はいなかった。

 そんな中で母が結婚することとなり、私は義理の父も兄も母の愛情を奪うライバルみたいな存在だと考えていたのだ。

 当時知らなかった玉の輿という言葉も、再婚相手の家に行けば薄々感づく。これはお金持ちと結婚するという意味なのだろうと。

 水商売で稼いだ金を交際相手に貢ぐ母は、6畳の古いアパートに住んでいた。それは私の中で普通で貧乏だなんて感じたこともない。それでも、明らかな差があれば私にだって分かる。初めて母におめかしされて連れて行かれた家はテレビで見たような豪邸そのままだったのだ。ふわふわのスリッパは勿体無くて履くのが躊躇われたくらいだ。

 手を引かれるままリビングに向かえば、そこには義父と義兄が待っていた。ピシリとアイロンの行き届いたシャツを着た二人と比べ、よれよれのワンピースを着た自分が恥ずかしくなる。たまらず、私が母の後ろに隠れれば義兄はこちらに歩み寄り、私の名前を呼んだ。

「君が里穂ちゃん?」

 優しい問いかけにひょっこり顔を出せば、義兄は私に優しく微笑み私の頭を撫でた。

「僕の名前は吾妻晴久あずまはるひさよろしくね」

 キラキラと効果音の鳴りそうな美しい笑顔を見ながら、私は思った。この人に愛されたい。






「はるにぃ。足挫いちゃって動けないから迎えに来て」

 甘えたな声を出して、はるにいに電話をかける。私を溺愛しているはるにいはどんな時でも私を優先して駆けつけてくれる。案の定、デート中のはずのはるにいは心配そうな声を出してすぐに私の居場所を聞いた。

「うん。ありがとぉ。じゃ、待ってるね!」

「まーたやってんの? やば!! ま、あんたのお兄さんイケメンだから会って損はなしだからいいけどさ。あんまり邪魔して嫌われないわけ?」

 それは私がもう何回も言われた言葉だ。普通の兄妹ならこんなことしたら嫌われるかもしれない。だけど、はるにいはあの日、私の家族になった日からずっと私を愛してくれた。

 それは私たちの両親は離婚して、はるにいとほぼ他人の関係な今でもまだ変わらない。はるにいの中の一番はずっと私だ。

「あははは。何言ってんの!はるにいが私を嫌うはずないじゃん!!」

「何その自信!?ウケる」

 ギャハハと放課後の教室が笑いに染まる。愛に飢えた汚い私はもういない。このクラスは私の思うがままで、なんだって出来るし逆らう奴なんていない。私はなんだって持っている。

 私の席の周りに集まる友達にそろそろ来るからと優越感たっぷりに別れを告げる。中には彼氏がいる子もいるけど、その彼氏はニキビだらけのサッカー部補欠で、全く羨ましくもなければ、見る目ないねと影で嘲笑われているのをあの子は知っているのだろうか。

 軽い足取りで校門に向かえば、はるにいは既にそこで待っていて女子生徒の熱い視線を集めていた。こんな格好いい人が私を一番に思っている。そのことを自慢して周りたい気分だっだが、はるにいに気づかれる手前で脚を引きずるように歩いた。

「里穂、大丈夫?」

 はるにいは私を見つけるとすぐに駆け寄り、心配して鞄を持ってくれる。それを見た女子生徒の羨望にゾクゾクと酔いしれた。そうだ。そうだ。羨ましいだろう。この格好良い人は私のことを誰よりも大切にし、愛してくれる。
 小さい頃私を馬鹿にしていた女の子達はもうどこにもいない。私ははるにいがいる限り誰よりも勝っているし、はるにいの一番はいつだって私なのだ。

「そう言えば、まだあの人と付き合ってるの?」

「ああ。そうだね。まだ別れようって言われてないから」

「ふーん」

 平静を装いながら私は舌打ちをしたい気分だった。はるにいの一番は私だし、はるにいは私が中学生なのを気遣ってまだ告白してこないだけ。もしかしたら、元兄妹というのを気にしているのかもしれない。わたしはぜんぜん気にしていないし、はるにいが告白してきた時点ですぐに付き合ってあげるのに。

 要ははるにいは私の代わりに誰か他の人と付き合っているわけだ。はるにいはモテる上に来るもの拒まずだから、すぐ尻軽の女と付き合うけどそれは数ヶ月も続かない。それはそうだ。私の代わりなんて誰だってなれるはずないんだから。
 その証拠に私が二人の邪魔をしても何ひとつ怒りはせず、私を優先させるのだ。恋人が出来ては邪魔を繰り返し、別れさせる。もう何年もこのループで、はるにいは私以外に来るもの拒まず去るもの追わずだからあっさり別れるし、私に邪魔されたくらいで怒る女どもはそもそもはるにいのことそこまで好きじゃないはずだ。

 ただ、ここ2年。はるにいはずっとおなじ相手と付き合っている。これはイレギュラーなことだった。最初、男と付き合うと聞いた時は驚いたが、男同士なんてただの遊びの延長に過ぎないとたかを括っていた。だが、まさかこんなに長く付き合うなんて予想外だ。

 はるにいに見せてもらった写真には、はるにいには及ばなくても目つきの悪いそこそこなイケメンがはるにいの横に映っている。その男はガッチリとした男らしさはなくても女には見えるはずもなく。私の予想では、女みたいなおカマがはるにいに告ったのだろうと思っていたからとても意外だった。

「でもさ、はるにいにはもっとふさわしい人がいると思うよ」

 例えば、私みたいな。
 心の中で最後の一言を付け加えれば、はるにいは一瞬固まって、また朗らかに笑った。

「そうかな」

「そうだよ」

 今の恋人を擁護する気もないはるにいの態度に気分がよく、はるにいの腕に抱きつく。同級生の男子に評判なこの大きな胸を押しつければはるにいだってドキドキするはずだ。私が胸を強調すればどんな男だって視線を彷徨わせて焦った顔をする。

「こら、里穂」

 案の定、はるにいはそっぽを向いてやんわり私を離そうとしている。きっと照れて私の顔を見れないんだ。

 この時、私は自分が間違っているなんて思いもしなかった。間違いなく、私ははるにいに愛されている。そう疑わなかった。

 抱きつかれたはるにいが能面の様に無表情だったなんて、私は知らなかった。

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