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それは、恋だよ!

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「「きゃーー!城田君、おはよう!!今日もカッコいいね!!」」
「あはは、ありがとう。君もかわいいよ」


 僕が歩けば、飛ぶ鳥も落ちる。


「あ、城田先輩だ。今日も素敵!」


 僕が笑えば、黄色い声が飛び交う。





 そう。

 僕が『春日町のプリンス』で『神に祝福されし者』城田穂積だ。






 僕の名前は城田穂積。山城高校二年の生徒にして学校一、いやこの町一のモテ男だ。
 まったく、モテるというのも大変で。僕のこの整った容姿と外国人並のスタイル、そして産まれてから備わる金色の輝かしいオーラはなん時も陰ることはないため、何処にいっても注目の的である。その上、学年で一番頭が良いから羨望の眼差しで見られちゃうし。


 まあ、皆の僕に恋い焦がれる気持ちは分かる。僕だって僕が大好きだ。


 この恵まれた容姿は勿論、いつも笑顔で、優しくて、頭も良くて、本当は努力家なのに皆の前では「特に何もしてないよ」と謙遜する控えめな態度は素晴らしいと思う。そして、何より僕が『春日町のプリンス』として孤高を保ち、特定の人を作らないその姿勢は涙ぐましいものがある。






 大丈夫。僕は皆のものさ。






 そんな僕もただ、普通に生活しているわけではない。なんたって僕は『春日町のプリンス』で、皆の憧れの的でないといけない。

 その為に、身嗜みもその辺の女子より意識してるし、勉学もしっかり励んでいる。どんなに落ち込んでいる時だって笑顔でいるし、学校の役員や行事には積極的に取り組んでいて、今年も学級委員長になった。因みに、立候補でなく推薦で選ばれた。ふふふ、僕って信頼されてる!

 実は、先生にも「今年の生徒会長はお前に決まりだな」とのコメントをいただいている。奇遇ですね、先生。僕もそう思っていました。




 ある日、そんなパーフェクトな僕がパーフェクトな生活を送り終え帰宅しようとした際、担任から声をかけられた。



「黒滝君ですか?」
「ああ、まだクラスに馴染めていないみたいだから、なるべく声をかけてあげてくれないか」


 僕は、優等生だから話したことのないクラスメイトもしっかりと把握している。確かに、黒滝君は背が高くて存在感はあるのに、長い髪で顔を隠し周りをシャットアウトして空気的な存在になりかけている。いつもボーッとしていて、暗そう。そんなイメージの人だ。


「分かりました。僕から話しかけてみます」
「おお、ありがとう。流石城田だな」



 こんな経緯で黒滝君と関わる事になった。これで、クラスメイトを気遣う優しい僕が皆にアピール出来る。二年のクラスでは僕の頭の良さと容姿の良さしかアピール出来なかったから都合がいい。
 そして、僕は次の日から黒滝君にアタックをかけるようになったのだ。



「黒滝君おはよう。調子はどう?」
「普通」

「黒滝君の好きなものは?」
「睡眠」

「黒滝君の苦手なものは?」
「面倒なの」

「黒滝君、お昼一緒に食べないか?」
「俺、早弁した」

「黒滝君、移動教室一緒に行こう」
「怠いから保健室行ってくる」



 僕は産まれて初めて挫折しようとしていた。皆が羨む僕に黒滝君は無関心なのだ。頑張っては話しかけても、面倒くさそうに一言返されるだけだし。孤高のポリシーを崩してまでかまっているのにどれも断られてしまう。


 まさか、僕の魅力が足りない…………?
 いや、そんな馬鹿な。


「あ、神澤さん。髪切った?とても似合ってるよ」
「ぐほぉぉぉおおおお!!!!春日町のプリンスに誉められた!!!やだ、今日興奮して眠れない。ってか、自分!!なんでボイスレコーダー持ってなかった!?ちくしょーーーーー!!!!」



 うん。やっばり僕は魅力的なようだ。うーむ、あれか?恐れ多くてお話しなんか出来ません、とかそういうことなのか?

 なんだ。黒滝君は照れ屋なんだな!!
 まったく。少し驚き小町だったよ。



「黒滝君!安心してくれ。僕は『春日町のプリンス』と呼ばれているが、少し優秀なだけの只の人間だ。萎縮することはないよ」
「……そすか」
「く、黒滝君?だから遠慮なんてしなくてもいいんだよ」
「……」
「えっとシャイなのかな?」
「お前、面倒くさい」
「め、めんどくさい…………」



 どうしよう。相手が最強すぎる。まったく話が弾まない。僕にこんなだったらクラスメイトにはもっと酷いだろう。
 ならば、僕がなんとかしてあげなきゃ!!!




 それから僕は黒滝君に、とことんついていった。黒滝君には滅茶苦茶嫌がられるし皆には「あんな愛想のない奴ほっとけばいいのに。城田、良い人過ぎるよ」と宥められるし。いや、皆さん。僕はそれを狙っているので寧ろ万々歳です。
 黒滝君を構うたび僕の評価が上がっていく。

 だからこそ、僕はめげすに黒滝君にはりついた。












 それから三ヶ月。


「おい、城田帰るぞ」
「ああ、じゃあ皆、また一ヶ月後ね」


 クラスから一斉に響く、さよならコール。明日から夏休みが始まるが僕の人気はそのまま、否、今まで以上に高まっていた。
 僻みで一部の人間から嫌われたりするが、万人に好かれる人はいないと割りきっている。といっても、堂々と嫌味を言われたときは困惑してしまった。





『うるせぇ。自分が何も出来ないからって城田にあたるな』



「ふふふ」
「なに、にやけんの?」
「なんでもないよ」


 その時聞いた黒滝君の言葉を思いだし、ムズムズするような、頬が勝手に上がってしまうような気持ちが沸きだし、不振がられてしまった。



 結果的に、僕と黒滝君は仲良くなることが出来た。といっても黒滝君はクラスに馴染めているわけでなく僕だけとしか話さない。僕は先生の「黒滝をクラスに馴染ませてやってくれ」という頼みは叶えられなかったが、とっても満足していて。




 なつかない猫が自分だけになつくような優越感。
 僕は皆からの『特別』扱いには馴れているのに
 黒滝君からの『特別』扱いだけは何故か『特別』に嬉しくて。


 どうして黒滝君の『特別』が僕にも『特別』嬉しいのだろう?



 理由は、分からないが初めて出来た親しい友人に舞い上がっているのかも。



 実際の黒滝君は、イメージとは違い地味な暗い男ではなかった。どちらかと言うと、クールで無口、長い髪をかきあげればワイルドで男らしい端整な顔立ちが覗けて、着痩せするタイプらしく体もムキムキに鍛えてある。体育の着替えの際、見てしまった逆三角形の体は何をしても細身である僕を嫉妬させる、なんて事はなく「なるほど。ギャップ萌え」と、ときめいてしまった。

 多分、見慣れない逞しい体に圧倒されたのだと思う。だけど、羨ましくはない。僕は『春日町のプリンス』なのだから細身で美しい方が映えるのだ。







「今日も来るか?」
「勿論だとも!」


 話すようになってからは、毎日のように黒滝君の家にお邪魔している。クラスメイトは僕の取り合いで、牽制しあってばかりだったから、お友達の家に遊びに行くなんて久し振りで初めの頃こそ落ち着かなかったが今となっては第二の我が家だ。

 炎天下のジリジリとした太陽の下、アイスキャンディを食べながら友人宅へ向かうなんて、まるでドラマのよう。
 皆の『春日町のプリンス』としては少し失格かもしれないが、如何にも青春を謳歌してます、といったのも清々しくて良いんじゃないかと考えている。







「お邪魔します」


 黒滝君は学校から約二十分先のアパートに独り暮らしをしている。何事も面倒くさそうに過ごす彼が独り暮らしなんて意外だな、と思っていたがいざ部屋を訪ねてみると汚部屋だった。


「黒滝君、麦茶でいい?」
「ん」


 僕は独り暮らし用の小さい冷蔵庫から麦茶を取りだし、氷をたっぷり入れて手渡す。黒滝君は、帰って早々クーラーをつけ、怠そうに寝転がっていた。


「あ、まだ寝転がらないで。掃除しなきゃ」
「ん?……んん」


 僕はいそいそと部屋の掃除を始める。まったく、昨日の今日でどうしてこんなに部屋が汚くなるんだ!!あ、夏はすぐカビが生えるから洗濯しなさいって言ったのに、サボってるし。
 僕は面倒事は、早く済ましておきたいタイプで、黒滝君はくつろいでから片付けるタイプなのだが、今のこの状況はそれだけが理由じゃない気がする。

 洗濯物を終え、冷蔵庫の夕飯の材料をチェックしてから黒滝君のいる机に向かうと黒滝君は、昨日録っていたバラエティーをつまんなそうな顔をして眺めていた。


「黒滝君、それ面白い?」
「まったく」
「じゃあ、始めない?」
「ん」


 黒滝君の「ん」は了解という意味である。









 机に開いた僕らの教科書は見た目から違っている。僕の教科書は書き込みで埋められていて、使い古してあるから角がへこんでいたりするが黒滝君のは新品のように綺麗である。最初に見たときは「綺麗に使っているんだね」と感心したが「いや、使ってないだけ」と答えられたときは前途多難だと不安になってしまった。


「さて、今日は数学の復習からしよう」
「……」
「こら、駄目だよ。苦手なものから目をそらしちゃ」
「……」



 黒滝君の沈黙はNOという意味である。



 それにしても黒滝君は数学が苦手だ。
 もう一回言っておくが僕は学年一の秀才であり、たまたま見てしまった黒滝君のテストの点数に驚愕し、勉強のお世話をすることになった。というか、それが僕が黒滝君の家に通っている理由で、学校でも良かったのだが黒滝君の「城田がいろんな人に話しかけられるのが嫌だ」という言葉で黒滝君の自宅に変わった。

 あの時、初めて感じた胸のトキメキは、なんだ?
 あれか、母性が目覚めちゃったのか?



 どうしよう。イケメンで、優しくて、家事が出来て、その上母性本能があるなんて益々僕のファンが増えちゃう。






「城田、もう嫌だ」
「えぇー、ギブアップが早いよ。でも、まあ頑張ってたし次は古典にしよう」
「……」
「不満そうな顔しても駄目だよ。黒滝君、数学もめっぽう悪いけど他の教科も下から数えた方が早いでしょ?」
「……、……ん」


 渋々勉強を始めた黒滝君は、とても不満そうだ。あまり表情の変わらない彼が拗ねたようにしていると、誰でもない『僕』が彼に影響を与えているようで嬉しくなる。

 この気持ちはなんだ?さっきの母性とは違う気がする。



 勉強会の終わりは六時半。ちょっと早いような気もするが黒滝君は集中力がない。これくらいが妥当なのだろう。
 時計の針が六時を指すと僕はまた席を立った。


「黒滝君。今日の夕飯はオムライスでいい?」
「ん」


 黒滝君の「ん」が1オクターブ高い。やっぱりオムライスは好物なんだな。まったく、お子ちゃま舌なんだから。
 当然のように、部屋の狭いキッチンを使うのを咎める人はいない。何故ならこれも習慣で。勉強会を初めて一週間程たった頃、夕御飯はどうしているのかと聞いたら「コンビニ飯」と即答されたことが原因だ。

 確か、黒滝君はお昼ご飯もコンビニ飯だった。まさかと思い、朝御飯は?と聞いたらまたもや「コンビニ飯」。

 そんな不健康許せない。いや、僕が『春日町のプリンス』である限り許してはならない。次の日から僕は黒滝君の夕食を作ってから帰るようになった。



 黒滝君は、しゃきしゃきした玉葱が苦手だからよく、炒めてしなしなになったらチンご飯を投入させる。人参とピーマンは出来るだけ小さく。何となく「ピーマンは大丈夫なの?」と聞いたところ「無理矢理慣れさせられた」と瞳からハイトーンの抜けた目で語られた。どうやら、聞かないほうがいいらしい。





「はい、どうぞ」





 とん、と出したのは昔ながらのケチャップオムライス。前回よりも大分良いできで、こっそりと練習したかいがあった。

 エプロンを外しながら、黒滝君を覗き見ると黒滝君は、もう食べ始めていた。心なしか食べるスピードが早い。



 まあ、自信作だからね。





「じゃあ、帰るよ」
「ん」



 黒滝君はオムライスに夢中。こっちも見ずに返されたのに、何故かそれが嬉しい。

 僕は何でこんなにうかれているんだろう?


 鼻唄を唄いたいような気分で玄関を開けたとき。






「待て。……うまい。ありがとう」





「どういたしまして!!!」






 今度こそ僕は鼻唄を唄って帰った。




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