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しおりを挟む午前中の授業を終え、コンビニで買ったおにぎりを頬張る。中身はシャケ二つと昆布だ。実家で食べているコシヒカリとは違い、水分の少ないパサパサした米に三口食べないと辿り着かないおにぎりの具。それにいつも悲しい想いをしているが、それを三つ食べ終えやっとお腹が満たされた。人はお腹が空くとマイナス思考になるというが、お腹が満たされた俺の気分は悲しみから怒り、そして諦めにシフトした。
そもそも金森があんな鬼畜男だなんて知らなかった。俺は初めてだったのだ。何もかも。恋もセックスも。責任取れなんて言わないがもう少し優しくしてくれたっていいじゃないか。キスはしなかったけど、あれか。セックスは出来てもキスはしませんってか。なんだその変な基準は。
俺は金森をそういう意味で誘ってなんかいないし金森の勘違いだ。確かにセックスを拒まなかった俺にも非はあるが、それならセックス付きの遊びだと最初に宣言してくれればいい。
……いいや、本当は分かっている。
金森からしたら俺なんて有象無象の一人で、大した価値などないのだ。そもそも相手をしてもらったことが幸運。そんな不遜なスタンスを俺自らが受け入れている時点で怒るのも限界があった。それに俺のフェロモンを分かったのも恐らくアルファとしての力が強いからだろう。俺と金森が運命だなんてあり得ない。そうだ。俺と金森の間には何にもない。昨日初めてまともに話した相手に何かを期待して、勝手に裏切られた俺が馬鹿なのだ。
ああ、馬鹿だ。
馬鹿。
俺は馬鹿だ。
だからこんな目にあっているのにまだ俺は金森が好きなのだ。自分でもマゾな自覚はあったがここまでとは。自分でもなんでまだ好きなのか分からない。強いて言うなら、無体なことをされた悔しさより頭を撫でられた嬉しさが勝っているからか。
金森はきっとクズで、オメガを見下した最低野郎だ。
それでもやっぱり好きだなんてどうしてる。
きっともう二度と金森と関わることはないのだろうか。コーヒーでダメにしたバッグの弁償も、連絡先を教えられていない時点で、金森としてはもうどうでもいいのだろう。あと半年もすれば、3年に上り専門科目が増えて、学部は同じでも学科の違う俺と金森は接点が全くなくなる。
このままこの想いを無かったことにして後悔するならば、いっそのこと抱かれて無視された方がマシだ。
自分でもおかしな思考回路のような気がしたが、せっかく前向きになれたのでいいとする。まだもやもやした気持ちはあるが、この経験もいつか思い出になるだろう。俺はそうやってこの気持ちにキリをつけようとしたが。
まあ、そんな簡単に切り替えられるはずもなく、全ての講義が終わり気落ちしながらコンビニのバイトに向かう。バイト先では新たに新人が入ってきており、俺はその教育係に任命された。
「小林さん、宜しくお願いします!」
「はい。宜しくお願いします」
鈴木豪すずきごうと名乗った好青年は俺より一つ歳が下で、同じ大学の後輩だった。根暗そうな俺を見て鼻で笑うことなく、にこりと笑う鈴木は見るからにアルファだ。高い背丈に、がっちりとした身体つき、目尻の下がり整った顔立ち、何よりアルファのオーラとフェロモンが馴染み出ている。それらは威嚇とも取れてしまう場合があるため大人になるにつれ、コントロールし制御していくものだが、彼はそれがまだ出来ないようだった。フェロモンだけで鈴木がアルファの中でも上位であることは分かるし、その膨大な力を彼自身が制御しきれないのも仕方がない気がする。大き過ぎる力は誰だって制御するのに苦労するものだ。きっと。
そんな人物が果たしてサービス業が出来るのかと言うと、鈴木の場合は愛想が良く、覚えも良いためなんの問題もなかった。
こんななんでも出来そうなアルファが何故コンビニのアルバイトをしてるんだ?と疑問に思ったが、それを聞くのを野暮だ。俺はひたすら淡々と仕事をして、終業時間を迎える。そんなにお金に困っているわけでもない俺のシフトは週ニで四時間とやる気がないが、これからそうはいかない。バッグの弁償をしなければならないのだ。金森が気にしていなくとも、万が一、また話す機会があったなら弁償代は返したい。そうでないと、本当に自分が見下さられるような立場な気がして嫌だし、意地もある。もしかしたら、誠意ある人間と思われたいと言う願望もあるのかもしれない。
鈴木も同じ時間にバイトを終え、一緒にバックヤードで着替える。何かを人に教えるのは初めてで、教えた方が下手だったかもしれない。裏で不満を言われたりしないか不安になり、鈴木をこっそり見ると目があう。ニコリと人懐っこく笑う鈴木は、悪い奴ではなさそうだ。
ただ、金森を優しい人と思っていた時点で俺の目は節穴だ。騙されないようにしようと曖昧にお辞儀をして、身支度を急ぐ。
「お疲れ様でした。お先に失礼します」
いつも通りの挨拶を終え、ひとり駅に向かって歩き始めるとすぐに後ろから声をかけられた。人に声をかけられ慣れておらず、軽く怯えながら振り向けば、わんこ系イケメン鈴木がそこにいた。
「小林さん!小林さんも下田南駅ですか?」
「え、うん」
アルバイト後に同じ職場の人に声をかけられたのは初めてで戸惑う。
「一緒に帰りませんか」
「……いいけど」
鈴木みたいな陽キャに声をかけられ、悪い気もしなかった俺はなんとなく了承したが、俺に話題を提供出来るような力はない。小心者な俺がどうしようかと焦れば、どうやら会話の始めを譲っていたらしい鈴木が、穏やかに話し始めた。
「小林さんは何学科なんですか。さっき、店長に小林さんも俺と同じ大学だと教えてもらって」
「あ、うん。俺は哲学科。鈴木さんは?」
「俺のことは豪って呼んでください。俺は経済学科です。間違ってたら申し訳ないですが、鈴木さんて大学からの外部生ですか?」
「そうだけど」
「そうなんですね!俺もなんですよ!純院の奴らと金銭感覚合わなくて大変ですよね。そもそも学食が高くて驚きました」
「そ、そうだね」
流石に友達いないから知らん、とは言えない。ひとまず頷いた俺に豪さんは、やっぱりと嬉しそうに微笑む。美形の突然の笑顔に硬直しつつ、何がやっぱりなのか問えば豪さんは嬉しそうに答えてくれた。
「俺、自分で言うのもなんですが割となんでもこなせる方で、アルファのオーラとかも制御出来てないんで、割と反感買うことが多いんですよね。……正直、俺って第一印象で分かりやすく好かれるか嫌われるかのどちらかで。小林さんみたいに自然体っていうか、良い意味で特別扱いされないの嬉しかったんです。だから、仲良くなりたいなって」
いや、俺はただコミュ症なだけでこんな態度しか出来ないんだが。それに、まあ、ベータの男なら確かに、一目で格の違いを見せつけられるわけだから豪さんを苦手に思う人もいるかもしれない。アルファもアルファなりに大変なんだな。
「そう、かな。たまたまだと思うけど」
「いや、そんなことないですよ!」
「……それに、印象なんて書き換えればいいんじゃない?」
「……そうですね!ありがとうございます。あと、さんはいりません!呼び捨てで」
「それは無理。せめて、豪くんでいい?」
「しょうがないですね。いいですよ」
別に大したことは言ってないが、何故か豪くんの距離感が近くなった気がする。
「最寄駅一緒ですね!」
あと、割とご近所さんだった。
もしかしてこの都市に来て初めて友達が出来るのではないかという期待感で、少しだけ失恋が忘れられたので豪くんには感謝だ。
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