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しおりを挟む天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず。あまりに有名すぎる福沢諭吉の言葉。
これは、人は皆平等であると誤解して解釈している人がままいるが、実際は生まれてから勉学をするかしないかで格差が生まれるという、何とも厳しい意味を持つ言葉だ。
因みに、私はこの言葉を信じてはいない。生まれながらに人は格差に苦しめられるのだ。天は人の上に人を造るし、人の下に人を造る。平和な日本でぬくぬくと暮らす私は紛争ばかりで毎日が戦いの人たちより、幸せに暮らしているし、それでも、双子の完璧なお兄ちゃんにはどうやったって敵いっこない。
私の家は、至って平凡な家だ。サラリーマンの父にレジのパートを勤める母。そして、地味で可もなく不可もない私。ただ、ひとつのイレギュラーは、双子のお兄ちゃんだった。同時に生まれながら私たちは、格差を生まれ持っていた。可愛らしく笑う赤ちゃんとぶすっとしかめっ面しかしない赤ちゃん。教えたことは何でもすぐ覚えてしまう良い子な子供とゆっくりゆっくり物事を覚える普通の子。整った甘い顔立ちをした少年といつも下を向く地味な少女。
私達が双子だと知った人は、言葉は出さなくとも私に憐れみの目を向ける。それは、影で聞いたこともある。
「双子のなのに全然似てないのね。持っている兄と持たない妹。可哀想に、女の子なのにね」
私は、はっきり聞こえたこの台詞で引っ込み思案がまた酷くなる。お兄ちゃんは優しそうな垂れ目で元から口角の上がった優しい顔立ち、私はつり目で口角の下がった怖そうな顔立ち。何も考えずにいると怒っているのかと聞かれ、いつも楽しそうだねと言われているお兄ちゃんと自分で勝手に比べてまた自分が嫌いになる。
高校生に上がるまでに、私は立派なコンプレックス女子になっていた。
なるべく地味に地味に目立たずに。お兄ちゃんと比べられたくないから顔はなるべく隠して、控え目に前にでない。
いつの間にか、それが自分の癖になっていて。それでも、高校では今までと違いのびのびと過ごしている。
理由は簡単。お兄ちゃんと学校が変わったからだ。私と違いずば抜けて優秀なお兄ちゃんは、有名私立の高校に特待生として入学した。何故かお兄ちゃんは私の事を好きでいてくれて、私と離れたくないと駄々をこねたが、私はこれ幸いと凄い事だよ!流石、おお兄ちゃんちゃんだねと褒めたら嬉しそうにそっちの学校に行ってくれた。勿論私は、公立高校だ。それでも、一応進学校の。有名私立高校のお兄ちゃんには敵わずとも私だって努力したのだから。
それでも、お兄ちゃんはお兄ちゃんだった。
高校に入ってすぐにお兄ちゃんはそのエリートの集団の中でも頭角を表した。成績はいつも三位以内で、しかもその容姿からファンクラブが開設されたのだ。まさか、とは思ったがやはり、お兄ちゃんという常識外れをずっと見てきた私はその常識外れも抵抗なく受け止めた。
私と生まれてはじめて離ればなれになり、友達なんて私の10倍はいるお兄ちゃんは寂しい寂しいと嘆き、家にまっすぐ帰ってくる。モテるのだから、彼女でも作るのかと思っていたがお兄ちゃんのシスコンは治らなかった。
かくいう私も文芸部で週2しか部活がないからまっすぐ帰って来て、学校以外では私たち兄妹は、いつも一緒だ。
だから、お兄ちゃんの初めての親友達と私が接点を持つのも当然の事だった。
「暁、悠、俺の双子の妹の優衣。恥ずかしがり屋だからあんまり驚かせないでくれ」
「……初めまして。斎藤優衣です。お兄ちゃんがお世話になっています」
「初めまして。椎名真昼です。宜しくね」
「藤原暁」
彼女と彼は、お兄ちゃんと同じ人間だった。常人にはない輝きとオーラを持っている。椎名真昼と名乗る女性は、整った甘い顔立ちで立ち方ひとつから気品を感じさせ、藤原暁と名乗る男は、鋭利な刃物のように神経質な美形だった。
素直に関わりたくない人種だ。
どちらも有名私立に幼少期から通う生粋のブルジョアで同じ年齢のはずなのに、凄く大人びている。
彼女は、優しく嫌味なく私に接してくれていて、男は、何を考えているか分からない無表情をしている。ひねくれている私は、優秀な友人から不出来な妹を紹介されるのは迷惑だろうと思い、それを素直に見せる彼の方が印象が良かった。
お兄ちゃんに取り入ろうと、偽りの優しさを贈られるなんてもうまっぴら。まあ、彼らのような特別な存在なら、お兄ちゃんに気など使わなくても同族の気配を感じ取ってその内に仲良くなっていたのだと思う。
「じゃ、私行くね」
「え、どうせなら優衣も一緒にいようよ」
「駄目。友達だって急に妹も混ぜますなんて言われたら迷惑だよ」
と言うのは建前で、私がただ場違いなこの場にいたくなかっただけなのだが。
「そんなことない。俺の優衣が迷惑なんてあり得ないだろ」
「ええ、優衣さん。私も出来れば優衣さんと仲良くなりたいわ」
お兄ちゃんの我が儘に、女性は優しく頷いて私の手を取る。
いきなりなボディランゲージなのに、それは全く嫌悪感を懐かせず、ああ、これが生粋なのかと白魚のように白く決め細やかな肌の手を見て、感心した。
それでも、その場にいたくない私はさっきから興味なさそうにさっさと席についた彼を理由に逃れようとしたのだが、お兄ちゃんの我が儘がそれを赦さない。
「じゃあ、ちょっとだけね」
お兄ちゃんが私を引き合わせようとした場所は、彼らには見慣れない一般家屋の我が家だから私はせっせとお茶とお茶菓子を用意する。
私ならこんな世界が違う友人を彼等にとって貧相な我が家に招待するなんて出来ないが、お兄ちゃんは普通な我が家を誇っていた。
でも、そんなお兄ちゃんだから特別に見える彼等は親しくなれたんだろうとも思い、恥ずかしいのか嬉しいのか分からなくなる。
早く居なくなりたくて、せっせとお茶を出すと彼がポツリと呟いた。
「似てないな」
それは、私のコンプレックスの中央を丁度射る言葉で、手が震えないほどには言われなれた、でも咄嗟に笑えないほどに傷付く言葉だ。
「兄は犬みたいだけど、妹は猫みたいだ」
そんな痛む心は言葉の続きを聞いて、鈍った。
「……猫、ですか?」
犬と猫は、対等な扱いであるような感じがして、それは私とお兄ちゃんを比較しているにも関わらず差違をつけていないと思えたから。その上、私が猫好きなのもあるのだろうが、好きな動物に例えられるのはやっぱり嫌な気分にはならない。
「警戒心が強くて、可愛い」
「はっ!?」
「えっ!?」
16年間生きた中で一度も見たことのないような本物の美男子に可愛いと言われるなんて、私だって信じられないのに大声を出したのは横にいたふたりで。
それにしても、二人の反応は普通に酷い。私が可愛いといわれるのがそんなに可笑しいのか。この綺麗な彼女なら私のような容姿に可愛いという評価が釣り合わないと驚きそうだが、シスコンのお兄ちゃんでさえそんな反応されるとは。
確かに警戒心が強くて可愛い、は誉め言葉として可笑しいと思うけど、毎日可愛い可愛いと私に抱きついてくるお兄ちゃんも本当は私の事をちんちくりんと思っているのだろうか。なんだかプラスマイナスゼロというよりマイナスの方が結果的に残った気がする。
「お前熱あんの!?」
「ええ、そう……いや、斎藤君。そんな言い方じゃ優衣さんが誤解するわ」
「誤解……?」
「あああ!!違う、違うぞ!!俺の優衣は世界一可愛いから!ただ、暁が人を褒めるなんて滅多にないから驚いて。でも、そうだな。うん。優衣ほどの可愛さなら褒めて当然だ!控え目で、優しくて、おっとりしてて、それでも芯は強くて、家庭的で、正に嫁の理想像!!血が繋がってなかったら絶対嫁に迎えてた!優衣、だから誤解しないで」
「あああ、うん。」
「お前ら、酷いやつだな」
「暁に言われたくないよ!いつも女の子に酷い扱いばっかしてさ、あ、言っとくけど俺の優衣は渡さないからな!」
「そんなことしないさ。由樹に殺される」
「分かってるじゃないか。俺は妹を愛しているから!」
「兄妹仲良くていいわね」
「なんか、すみません。お兄ちゃんが…」
「優衣、なんで謝るの。俺たちが相思相愛なのは本当のことじゃないか」
「はいはい。そうだねー」
「棒読み、酷い!」
この些細なきっかけで私は彼の事が気になるようになった。今までに、私の事を褒めてくれた人もいないわけでもなかったけど、私はある意味普通に現金に、お兄ちゃんと釣り合うような特別な、格好いい人に褒められたのが嬉しかったのだ。
そして、この日を境に私は部活のない放課後、彼らと毎日を共にすることになった。迷惑じゃないか、と何回聞いても真昼さんは、そんなことない、と優しげに言ってくれるし、お兄ちゃんに聞けば俺の親友と俺の妹が仲良くなる事がものすごく嬉しいとにこにこと言ってくる。彼には、本当に迷惑と言われるのが怖くて聞けなかった。それでも、お兄ちゃんは彼が珍しく私の事を気に入っている、あいつは気難しい奴なのに、と言ってくれている。お兄ちゃんは嘘をつかないから、私はそれが嬉しかった。
彼は、みんなの前では私を妹と呼ぶけど、時々二人きりになると優衣と呼んだ。なんだか秘密の関係みたいで、特別な感じがしてドキドキした。
彼は滅多に笑わないクールな人だと思っていたけど、お兄ちゃん達からしたら私たちといるときは特別ご機嫌なんだと教えられた。…その上、彼と二人の時は、すっと切れ尻な目元が優しく下がった笑顔をくれる。もしかして、万が一、もしかして、この人彼は私の事を特別に思ってくれているんじゃないかと、思った時だった。
「優衣」
初めてのキスは、不意打ちだった。
彼が名前を呼ぶから、振り返るとちゅっ、と唇に触れた彼の唇。整った顔が目の前にあって、驚きすぎて息も出来なくて、何がなんだか理解出来なかった。私が固まっていると彼は、ふ、と笑う。
「キスだよ」
「……知ってるよ……なんで?」
「可愛かったから」
「嘘」
「照れてる」
「うるさい。おお兄ちゃんちゃんに言いつけるよ」
「だから、内緒」
「自分勝手」
「優衣のファーストキスは由樹だろ。妬けるな」
「……兄妹間でのキスは無効」
この頃、彼の周りには沢山の女の子がいた。私より美人で、お金持ちで、彼に釣り合う女の子が。時折、その子達と恋愛ごっこをしては飽きる彼。時には、私もその中の一人なんじゃないかと思ったけど、お兄ちゃんと真昼さんの言葉が私を勇気付ける。
きっと私は特別なんだ。
軽いバードキスは、その内ディープキスに変わった。彼に頭と腰を支えられ、細身だと思っていた彼にはがっしりとした筋肉がある事を知る。
「んんっ」
「駄目だよ。優衣。息吸わなきゃ」
目は開けられなかった。深い深い舌を絡め合うキスの中、どんな顔をすればいいか分からないし、彼の綺麗な顔を至近距離で見るのは高鳴る鼓動が爆発しそうで怖くて出来ない。
「ふ、涎垂れてる」
砕けた腰を自身に引きつけながら、彼は私の口元を舐め、目元にキスをする。
私は恥ずかしいながらも、その情熱的に私を抱く仕草に幸せを感じていた。
彼といると胸が高鳴った。どこかで警報がなっている。
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