とある鍛冶屋の放浪記

馬之屋 琢

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はじまりの町 4

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 町の中へと入ったスタンは、まずは情報を集めるべく、酒場を目指して歩いていた。
 通り過ぎる人々は皆、スタンの格好を目にし、警戒の眼差まなざしを送ってはきたが、それ以上何かをしてくる事はなかった。
 これでは酒場で話を聞くのにも苦労しそうだと、スタンは内心ため息をつく。
 そうして少し歩いたところで、スタンの目に一件の酒場が映った。
 のどかな風景に溶け込むような、こじんまりとした酒場。
 だが、その壁の一部に穴が開いており、つい最近塞がれたような跡も見える。
 酔っ払いの喧嘩でもあったのだろう。
 スタンは特に気にする事なく、店内へと入って行くのだった。
 


 店内の様子を見たスタンは、怪訝けげんな顔をする。
 まだ日の高いうちだ。酒場の賑わう夜に比べれば、人が少ない事は予想できていた。
 しかし、まったく客の姿が見えないというのは、さすがに予想外だった。
 それに、店内を見回してみると、壁や床にも外と同じような傷跡が、ちらほらと見える。

「もしかして、厄介事の中心はここか?」

 この店に何か問題があるのかもしれない。
 そう思ったスタンは、面倒そうな顔をする。

「誰だ、アンタは?」

 その時、スタンの声を聞きつけたのか、店の奥から小太りの男が現れた。
 この店の店主だろうか。
 左腕に包帯を巻きつけたその男は、スタンへと厳しい視線を向ける。

「アンタ、奴らの仲間か? この店にはもう、ろくな物はないぞ?」

 今まで見た人達と同じく、酒場の店主はスタンの事を警戒していた。

「いや、俺は……」

 スタンが男へと事情を説明しようとした時、店の奥からけたたましい音が聞こえてきた。

「父さん、また奴らが来たの!?」

 大きな音と共に、慌ただしく飛び出して来たのは一人の少女。
 少女は店内を見回し、スタンのことを見つけると驚いた顔をする。

「あ! アンタは!」
「よぉ、また会ったな」

 店の奥から現れたのは、先程別れたばかりの少女、リッカだった。
 リッカへと片手をあげ、軽く挨拶をするスタン。
 そんなスタンに対し、リッカは苦虫を噛み潰したようような顔をするのであった。



「何と、そんな事が……」

 リッカとの一悶着があった後、スタンはここに来るまでの事情を、酒場の店主であるリッカの父へと説明した。
 最初こそ、警戒するような態度を取っていた店主であったが、説明を終える頃には、その態度は軟化していた。

「娘の命を救って頂き、ありがとうございます、スタンさん」

 スタンへと、深々と頭を下げる店主。

「そんなにかしこまらないでくれ」

 そんな店主に対し、スタンは困ったように頭を掻く。
 その光景を、リッカはつまらなさそうな顔で見ていた。

「何かお礼を差し上げたいところですが、あいにくと今はろくな物が……」

 心底申し訳なさそうな顔をするリッカの父。
 娘を救って貰った事を、よほど恩義に感じているようだ。

「いや、そんな気にされても困るんだが……そうだな、それなら一つ頼まれてくれないか?」

 そんな店主に対し、スタンはある頼みごとをする。

「実は、仲間とはぐれちまってな。この町で合流する予定なんだが、まだ来ていないらしい」

 そこまでスタンが話した時点で、店主は彼が何を頼みたいのか理解した。

「分かりました、お仲間の情報集めですな。そういう事でしたら、協力させて頂きます」
「感謝するよ」

 町の人間が警戒心を抱いている以上、スタンが情報を集めるのは難しかった。
 そこでスタンは、店主へと依頼したのだ。
 快諾した店主へと、スタンは仲間の容姿や特徴を伝える。

「何か分かったら教えてくれ。俺はこの町の宿にでも泊まっているから」

 そのスタンの言葉に、リッカの父は目を輝かせた。

「でしたら、ウチに泊まっていって下さい。以前は二階で宿もやっていたのです。小さいながらも、ちゃんとした部屋をご用意しますよ」
「いいのか?」

 店主の提案は、スタンには助かるものだった。
 何せ町の住人全てが、冒険者を警戒しているようなのだ。
 宿に泊まるのにも、苦労するのは明白だった。

「ええ、娘の恩人なのですから、どうぞご遠慮なく。ああ、もちろんお代は結構ですよ」

 その言葉を聞いたリッカが、顔をしかめる。

「父さん! こいつは冒険者だよ! 何もそこまでする必要はないじゃないか!」

 娘の言葉に、店主がため息をつく。

「リッカや、お前が冒険者を嫌う気持ちは分かるが、スタンさんはお前の命の恩人じゃないか」
「それはそうだけど……」

 痛いところを突かれて、リッカの勢いが怯んだ。
 ここぞとばかりに、店主が説得を続ける。

「それにスタンさんは、あいつらとは違う。お前にもそれくらいの事は分かるだろう?」
「ううっ……」

 父に諭されたリッカは、悔しそうに唸ると、

「ふんっ! 父さんの好きにすれば!」

 そのまま店の奥へと走り去ってしまった。

「申し訳ありません、スタンさん。娘はどうにもがさつで……」
「それは別に構わないんだが……この町では冒険者がかなり嫌われているようだな? 他に冒険者はいないのか?」

 スタンの質問に、リッカの父は苦い顔をする。

「実は……」



 店主の話によると、以前は冒険者に対する警戒心など、町の皆には無かったそうだ。
 むしろ、この町に来る冒険者は少なく、重宝されていたという。

「ところがつい最近、町はずれの屋敷に冒険者の一団が住み着きまして……」

 この町のはずれには、貴族が昔に建てた、古い屋敷があるそうだ。
 今は使われていないその屋敷に、どこかから流れてきた冒険者の一団が、居座るようになったという。
 そして、

「彼らは、町を魔物から守る代わりにと、我々に金銭や食糧を要求してきました」

 無論、町の住人は断った。
 この町の周囲は今のところ平和で、町に居た冒険者や自警団の人間で何とかなっていたからだ。
 要求を呑まなかった町に対し、町はずれの一団は力による脅迫を始めた。
 町の男達はそれに反発し、逆に彼らを追い出そうとしたのだが、

「やはり我々のような人間じゃ、戦いを生業とする冒険者には敵いませんでした。我々が雇っていた冒険者も、多勢に無勢では……」
「それで? そのまま奴らは居座っているのか? 何か対策は?」
「今は町長が、この辺りを治める領主様に訴えにいってますが、いつ戻って来てくれるかは……」
 
 そう説明した店主が、ため息をつく。
 領主へ訴えに行ったという事は、そのうち捕縛の為の兵が送られてくるのだろう。
 それまでは耐えるしかないという事だ。

「とは言え……」

 チラリと、店内の様子を改めて眺めるスタン。
 店内のあちこちが傷付いているのも、店主が包帯を巻いているのも、恐らくその冒険者の一団のせいだろう。
 酒や食糧を目当てに、暴れたに違いない。
 町はずれに居座る連中は、かなり質の悪い連中のようだ。
 町の人々が冒険者というものに、警戒心を持つようになっても仕方ないだろう。

「そんな連中と一緒にされたくはないんもんだな……」
「ええ、分かっております。全ての冒険者が奴らのような人間でない事も、スタンさんのような冒険者もいるという事も。ですが……」

 町の人間の、スタンへの警戒心が解かれる事はまずないだろう。
 その事に、スタンは店主と同じようにため息をつくのだった。
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