とある鍛冶屋の放浪記

馬之屋 琢

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はじまりの町

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 草木が生い茂る森の中を、一人の少女が走っていた。
 少女の名はリッカという。
 森の近くにある、田舎町に住んでいる少女なのだが、彼女は今、必死になって足を動かしていた。
 前へ前へと進む度に草や土が跳ね、服を汚していくが、そんなものを気にする余裕は、今の彼女には無かった。
 後ろを見てみると、けたたましい叫び声と共に追ってくる、いくつもの影。
 醜悪な顔をした、子鬼のような魔物が数体、リッカの後を追ってきているのだった。

「しつこいわね……!」

 魔物の持っている、剣や槍の鈍い輝きに恐怖を覚えながらも、リッカは気持ちを奮い立たせて、さらに足を速めていく。
 彼女は冒険者でも何でもない。酒場の主人を父に持つ、単なる町娘に過ぎない。
 酒場という、荒くれ者達が集まる場所に住んでいる為、そこらの娘よりは気も強く、喧嘩にも慣れてはいる。
 しかし、それは所詮、人間相手の話だ。
 護身用のナイフを持ってきてはいるが、彼女の腕では魔物に勝つことは難しいだろう。
 魔物達に追いつかれれば、為す術などない。

「何でこんな事に……!」

 彼女はただ、森の中へと薬草を採りに来ただけだった。
 町の近くにあるこの森は、人の出入りも多く、魔物が出る事など滅多に無い。
 森の入り口付近で薬草を集めていたリッカだったが、思うように見つけられなかった彼女は、森の奥へと入る事にした。
 その判断が、今の状況を作り出してしまったのだ。
 森の中で充分な量の薬草を手に入れる事ができ、満足したリッカだったが、その時、運の悪い事に魔物とも遭遇してしまう。
 リッカは慌てて逃げ出したのだが、魔物は仲間を呼び集め、執拗にリッカの事を追いかけてきたのだった。

「何とか、森の外まで逃げ切れれば!」

 息が荒くなる中、懸命に自分の事を奮い立たせて走るリッカだったが、

「……あっ!?」

 突然、リッカの脚に痛みが走る。
 魔物が投げた槍が、彼女の脚をかすめたのだ。
 突然の痛みに動揺し、そのまま転倒してしまうリッカ。
 身体のあちこちに走る痛みに顔をしかめるリッカだったが、今の状況を思い出し、すぐに立ち上がろうとする。
 しかし、一歩遅かった。
 獲物との距離を詰めた子鬼達は、その小さな身体を跳躍させ、リッカへと襲い掛かってくる。

「キャアアァッ!!」

 勢い良く自分へと飛び掛かってくる魔物の姿に、リッカは思わず目をつぶる。
 間もなく、自分の身体はあの子鬼達によって、ズタズタにされてしまうだろう。

「父さん……!」

 心の中で、町にいる父の事を想いつつ、リッカは身を固くし、訪れるだろうその時を待った。
 魔物の雄叫おたけびと、剣が風を切り裂く音が、リッカの耳へと響く。
 だが、いつまで経ってもリッカの身体に痛み走る事はなかった。
 不思議に思ったリッカは、恐る恐る目を開ける。
 彼女の目に映ったのは、遠巻きにこちらを見ている子鬼の群れ。
 そして、自分をかばうように立っている、男の姿だった。

「あ、アンタは……?」
「俺か?」

 リッカを背にし、魔物達と対峙する男が、彼女の方へと顔を向ける。
 その瞬間を狙い目だと思ったのか、すかさず襲い掛かってくる数匹の魔物。
 だが、男はそれを予測していたのか、鮮やかな手並みで魔物どもを叩き伏せた。
 他の魔物が警戒し、男へと飛び掛かるのに躊躇ちゅうちょする。
 それを確認した男は、改めてリッカへと振り返り、こう名乗った。


 
「俺の名前はスタン・ラグウェイ……通りすがりの、ただの鍛冶屋さ」



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