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ヒーローサイド
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三人目の妻にも裏切られた私は困窮した家庭の娘を妻とすることにした。そこで目を付けたのがオールストン男爵だった。男爵は領地も持たず商才もない男だった。事業に失敗して食うにも困るようになったと聞いて話を持ちかけた。男爵は渋った。それは当然だろう。自分とさほど歳の変わらない男に娘を嫁がせたい親なんているわけがない。けれど彼は私の提案を受け入れた。すぐに使用人と家庭教師を男爵の娘、アデラインの為に用意した。
アデラインは優秀で家庭教師の覚えもよかった。そして彼女は時折私に手紙を書いて寄越した。その内容は媚びるでもなく、ドレスや宝石をねだるでもなくただ感謝の言葉だけが綴られていた。毎度感謝の言葉だけを綴る彼女に好感を抱いていたのだが、アデラインが学園に通い出した頃、男爵から下の娘を嫁がせたいと言われた。私は男爵の提案を受け入れた。条件に合う娘なら誰でもよかったからだ。アデラインの妹は彼女のように私に手紙を書くことはなかった。そしてアデラインからの手紙も年に一度に減ってしまった。
アデラインの妹は王命で辺境伯家へ嫁いだ。男爵より先にアデラインから謝罪の手紙が届いた。アデラインは私のところへ嫁いでくるつもりらしい。婚約者が再びアデラインになったのはこちらとしても願ったり叶ったりだ。アデラインには我が家に嫁いでも困らないだけの教養を身につけさせたのだから。私はすぐに返事を書いて送った。彼女の元へ花束も一緒に届くよう手配をして。アデラインが子供の頃は菓子を一緒に届けていたがもう十七歳だ。大人の女性として扱うべきだろう。
ところが男爵がアデラインを私に嫁がせたくないなどと言い出した。私は男爵に現実を見てもらうことにした。使用人を引き上げさせ事業の援助もやめた。そして今まで援助した金を返すよう言った。アデラインは学園にいるから屋敷に使用人がいなくとも困ることはないだろう。
それからしばらくして送られてきたアデラインからの手紙には学費を援助してほしいと書かれていた。アデラインの初めてのおねだりだった。アデラインに不自由な思いをさせる気なんて毛頭なかった私は二つ返事で了承した。ついでになんでも言うことを聞くなんて軽々しく書いてはいけないと窘めた。
男爵は王太子殿下の生誕記念パーティーで辺境伯に喧嘩を売ったらしい。その時私にはアデラインではなく娼婦の娘が似合いだとも言っていたそうだ。男爵からはなんの音沙汰もなかったがアデラインから謝罪の手紙が来た。アデラインは男爵よりよっぽど現実が見えているようだった。早く私の元へ嫁がせて男爵と縁を切らせてやりたい。そうでないとアデラインの気が休まらないだろうと思った。
男爵はなかなかアデラインを私に嫁がせると言わなかった。私は彼を生かさず殺さずギリギリのラインで生かした。アデラインを嫁がせると言えば以前のような暮らしができると彼に囁きながら。とうとう男爵は屈した。アデラインに手紙でそのことを伝えれば安心しているようだった。このところ乱れていた彼女の筆跡が以前のような優雅なものに戻っていた。文面は相変わらず私への感謝でしかなかったがこれでも長い付き合いだ。そのくらいの機微は読み取れた。
そしてとうとうアデラインが嫁いできた。プラチナブロンドの髪に水色の目をした美しい少女は完璧な淑女の礼を披露した。嫋やかながら威風堂々とした立ち振る舞いに彼女を選んで、いや、育てて正解だったと思った。これなら伯爵夫人として十分通用するだろう。
アデラインは金で買った若く美しい妻だ。そのことに引け目がないわけじゃない。そして私は恐らく彼女を愛せない。彼女にとっては不幸な結婚でしかない。だと言うのに君を愛せないと言った男に微笑んで子供を産むと言ってくれたのだ。打算で嫁いで来たという彼女が私に求めたのはただ自身を愛称で呼ぶことだった。そんな彼女を愛したかった。愛してやりたかった。だというのにそれだけのことが恐ろしく難しい。三人の妻に裏切られていなければきっと彼女を愛せたのに。しかし裏切られなければ彼女と出会うこともなかった。思考は堂々巡りだ。私はせめてアデラインに優しく接することにした。それが彼女を愛せない男のせめてもの罪滅ぼしだった。
アデラインは優秀で家庭教師の覚えもよかった。そして彼女は時折私に手紙を書いて寄越した。その内容は媚びるでもなく、ドレスや宝石をねだるでもなくただ感謝の言葉だけが綴られていた。毎度感謝の言葉だけを綴る彼女に好感を抱いていたのだが、アデラインが学園に通い出した頃、男爵から下の娘を嫁がせたいと言われた。私は男爵の提案を受け入れた。条件に合う娘なら誰でもよかったからだ。アデラインの妹は彼女のように私に手紙を書くことはなかった。そしてアデラインからの手紙も年に一度に減ってしまった。
アデラインの妹は王命で辺境伯家へ嫁いだ。男爵より先にアデラインから謝罪の手紙が届いた。アデラインは私のところへ嫁いでくるつもりらしい。婚約者が再びアデラインになったのはこちらとしても願ったり叶ったりだ。アデラインには我が家に嫁いでも困らないだけの教養を身につけさせたのだから。私はすぐに返事を書いて送った。彼女の元へ花束も一緒に届くよう手配をして。アデラインが子供の頃は菓子を一緒に届けていたがもう十七歳だ。大人の女性として扱うべきだろう。
ところが男爵がアデラインを私に嫁がせたくないなどと言い出した。私は男爵に現実を見てもらうことにした。使用人を引き上げさせ事業の援助もやめた。そして今まで援助した金を返すよう言った。アデラインは学園にいるから屋敷に使用人がいなくとも困ることはないだろう。
それからしばらくして送られてきたアデラインからの手紙には学費を援助してほしいと書かれていた。アデラインの初めてのおねだりだった。アデラインに不自由な思いをさせる気なんて毛頭なかった私は二つ返事で了承した。ついでになんでも言うことを聞くなんて軽々しく書いてはいけないと窘めた。
男爵は王太子殿下の生誕記念パーティーで辺境伯に喧嘩を売ったらしい。その時私にはアデラインではなく娼婦の娘が似合いだとも言っていたそうだ。男爵からはなんの音沙汰もなかったがアデラインから謝罪の手紙が来た。アデラインは男爵よりよっぽど現実が見えているようだった。早く私の元へ嫁がせて男爵と縁を切らせてやりたい。そうでないとアデラインの気が休まらないだろうと思った。
男爵はなかなかアデラインを私に嫁がせると言わなかった。私は彼を生かさず殺さずギリギリのラインで生かした。アデラインを嫁がせると言えば以前のような暮らしができると彼に囁きながら。とうとう男爵は屈した。アデラインに手紙でそのことを伝えれば安心しているようだった。このところ乱れていた彼女の筆跡が以前のような優雅なものに戻っていた。文面は相変わらず私への感謝でしかなかったがこれでも長い付き合いだ。そのくらいの機微は読み取れた。
そしてとうとうアデラインが嫁いできた。プラチナブロンドの髪に水色の目をした美しい少女は完璧な淑女の礼を披露した。嫋やかながら威風堂々とした立ち振る舞いに彼女を選んで、いや、育てて正解だったと思った。これなら伯爵夫人として十分通用するだろう。
アデラインは金で買った若く美しい妻だ。そのことに引け目がないわけじゃない。そして私は恐らく彼女を愛せない。彼女にとっては不幸な結婚でしかない。だと言うのに君を愛せないと言った男に微笑んで子供を産むと言ってくれたのだ。打算で嫁いで来たという彼女が私に求めたのはただ自身を愛称で呼ぶことだった。そんな彼女を愛したかった。愛してやりたかった。だというのにそれだけのことが恐ろしく難しい。三人の妻に裏切られていなければきっと彼女を愛せたのに。しかし裏切られなければ彼女と出会うこともなかった。思考は堂々巡りだ。私はせめてアデラインに優しく接することにした。それが彼女を愛せない男のせめてもの罪滅ぼしだった。
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