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番外編
ヒーローサイド4
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少女の瞳に見え隠れする好奇心以外のなにか、その正体が知りたくて堪らない。相変わらず首の無い俺は彼女に問うこともできない。それでも知りたいのだ。
これまでも四六時中彼女のことを考えていたが、それはあくまで何が起こっているのかという視点であり、彼女自身の思考や感情にはさほど焦点を当てていなかった。その変化があまりいい傾向ではないと分かってはいる。感情の行き着く先は自分でも予想できた。きっとこの知りたいという欲はいずれ恋情へと姿を変える。そこまで分かっているのに止められないのだ。いや、もうそうなっているのかもしれない。この前もどうしたら彼女を喜ばせることができるか考えていたのだ、とっくに惚れている。けれど、自身の感情を飲みこむことにももう慣れているからさしたる問題にはならない筈だ。そう何度目になるか分からない言葉を己に言い聞かせて身支度をする普段通りの朝、事件は起こった。
鏡の中に少女の姿が見えた。鏡の淵に手を付いて、呆然とこちらを覗き込んでいる。夢の中にしか存在しない筈の彼女が、そこに居た。ごちゃごちゃと何に使うのかとんと見当の付かぬ物ばかり置かれた見慣れぬ内装の部屋で座り込む彼女の姿が鏡の中に有った。彼女の顔は蒼白で思わず手を伸ばしたが、そこには冷たい鏡面があるだけだった。触れられるのではないかと考えなかったと言えば嘘になる。ぼんやりとこちらを見る彼女が鏡に付いたままだった俺の手に掌を合わせる。
裸じゃない彼女を見るのは初めてだ。素材はいまいちよく分からないが、ゆったりと身頃に余裕を持たせた服は空気を纏ったような軽さと頼りなさで布越しにでもその身体がどんな線を描くのかが見てとれた。シフォンを重ねたような柔らかそうな衣服の襟もとから見える鎖骨の間に揺れる首飾りの小さな宝石がキラリと光っていた。しかし、それよりも目を惹きつけたのは短いスカートから覗く脚だった。座り込んだ彼女のふくらはぎだけでなく左膝が僅かに見えている。そこから続く太腿も日に焼けていない白い腹も全部、容易に思い描ける。
いつもの青白く冷たい照明ではなく陽の光に照らされた彼女は野に咲く菫のように素朴で愛らしい。普段の扇情的な姿とも時折見せる挑発的な視線とも全くもって結び付かない。そんな姿しか知らないのにこうして彼女を見ているとむしろそれが不釣り合いな想像に思えて僅かな罪悪感を抱いた。
手に触れる鏡の冷たさも分かるのに、妙に現実感が無かった。実はまだ夢の中に居るのだろうか。それともこれは彼女を恋う気持ちが見せる幻なのだろうか。何が夢で何が現か、もう分からない。それでも、もしもこれが現実だったなら。彼女がどこかに存在しているなら。会いたいと、己の元へと連れ去ってしまいたいと思うのはいけないことだろうか。
鏡越しに彼女の唇が動くのをただ見つめていた。何を言っているのかは分からない。それでも最後に何やら楽しそうに笑みを零すのが見えて、思わず鏡に押しつけられた彼女の額に唇を落とした。幾度も夜を重ねているのに、楽しそうに笑う姿を見たことは無かった。唇に触れたのは冷たい鏡でしかしないものの、初めて彼女の心に触れられたような気がした。
名残惜しくはあるがそろそろ家を出なくては。
後ろ髪を引かれる思いのままに扉の前で振り返れば、彼女はゆったりと俺に手を振った。どうやら見送ってくれるらしい。それに手を上げて応えると今度こそ部屋を後にした。
これまでも四六時中彼女のことを考えていたが、それはあくまで何が起こっているのかという視点であり、彼女自身の思考や感情にはさほど焦点を当てていなかった。その変化があまりいい傾向ではないと分かってはいる。感情の行き着く先は自分でも予想できた。きっとこの知りたいという欲はいずれ恋情へと姿を変える。そこまで分かっているのに止められないのだ。いや、もうそうなっているのかもしれない。この前もどうしたら彼女を喜ばせることができるか考えていたのだ、とっくに惚れている。けれど、自身の感情を飲みこむことにももう慣れているからさしたる問題にはならない筈だ。そう何度目になるか分からない言葉を己に言い聞かせて身支度をする普段通りの朝、事件は起こった。
鏡の中に少女の姿が見えた。鏡の淵に手を付いて、呆然とこちらを覗き込んでいる。夢の中にしか存在しない筈の彼女が、そこに居た。ごちゃごちゃと何に使うのかとんと見当の付かぬ物ばかり置かれた見慣れぬ内装の部屋で座り込む彼女の姿が鏡の中に有った。彼女の顔は蒼白で思わず手を伸ばしたが、そこには冷たい鏡面があるだけだった。触れられるのではないかと考えなかったと言えば嘘になる。ぼんやりとこちらを見る彼女が鏡に付いたままだった俺の手に掌を合わせる。
裸じゃない彼女を見るのは初めてだ。素材はいまいちよく分からないが、ゆったりと身頃に余裕を持たせた服は空気を纏ったような軽さと頼りなさで布越しにでもその身体がどんな線を描くのかが見てとれた。シフォンを重ねたような柔らかそうな衣服の襟もとから見える鎖骨の間に揺れる首飾りの小さな宝石がキラリと光っていた。しかし、それよりも目を惹きつけたのは短いスカートから覗く脚だった。座り込んだ彼女のふくらはぎだけでなく左膝が僅かに見えている。そこから続く太腿も日に焼けていない白い腹も全部、容易に思い描ける。
いつもの青白く冷たい照明ではなく陽の光に照らされた彼女は野に咲く菫のように素朴で愛らしい。普段の扇情的な姿とも時折見せる挑発的な視線とも全くもって結び付かない。そんな姿しか知らないのにこうして彼女を見ているとむしろそれが不釣り合いな想像に思えて僅かな罪悪感を抱いた。
手に触れる鏡の冷たさも分かるのに、妙に現実感が無かった。実はまだ夢の中に居るのだろうか。それともこれは彼女を恋う気持ちが見せる幻なのだろうか。何が夢で何が現か、もう分からない。それでも、もしもこれが現実だったなら。彼女がどこかに存在しているなら。会いたいと、己の元へと連れ去ってしまいたいと思うのはいけないことだろうか。
鏡越しに彼女の唇が動くのをただ見つめていた。何を言っているのかは分からない。それでも最後に何やら楽しそうに笑みを零すのが見えて、思わず鏡に押しつけられた彼女の額に唇を落とした。幾度も夜を重ねているのに、楽しそうに笑う姿を見たことは無かった。唇に触れたのは冷たい鏡でしかしないものの、初めて彼女の心に触れられたような気がした。
名残惜しくはあるがそろそろ家を出なくては。
後ろ髪を引かれる思いのままに扉の前で振り返れば、彼女はゆったりと俺に手を振った。どうやら見送ってくれるらしい。それに手を上げて応えると今度こそ部屋を後にした。
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