デュラハンに口付け

キマイラ

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 シャワーを浴びている最中、鏡に妙な物が映っていることに気付いた。とうとう私の頭はおかしくなったらしい。だって、そこには宙に浮かぶアレ。アレというかナニというか、そのえっとズバリ男性器(しかも竿だけ!)が空中に存在しているのだ。どう考えても幻覚以外の何物でもない。きっと疲れてるんだ、このところ寝不足だったし。そう自分に言い聞かせながら浴室を後にして、いつもより少し早く布団に入った。寝れば治る……よね?



+++++



 それから一日を過ごすが特に幻覚が見えることもなく至って普段通りの生活であった。やっぱりちょっと疲れていただけだ。そう結論付けて風呂に入った訳であるが、やはり今日も見えてしまった。

 なんで? なんでそんなブツが? しかも竿だけ。なに、私、欲求不満なの?

 なんだか悶々としながら身体を洗う。胸を揉むように手を動かしたのはちょっとした出来心だった。鏡越しにソレの様子を窺えば先程とは少し形が変わっていた。あれはもしや噂の半勃ちというやつでは? 好奇心が沸き上がる。……知識は多少ある。興味も勿論。でも経験は無い。時折様子を窺いつつ身体中を洗って泡を流した。

 何故そんなことをしたのかと聞かれたら出来心でつい、と答えるだろう。そもそも触れるのだろうかという疑問を抱きながらも手を伸ばした。

 触れた。幻覚って触れる物だっけ? 分からない。分からないが触れたのだから好奇心のままにソレを優しく撫でてみた。私の手から逃れようとするかの様にぶるり、と震えるものだから逃げられない様に掴んで、先端を舐めることにする。

 咥えこむ勇気の無い私はただペロペロと舐めているのだが、これは気持ち良いのだろうか。見上げたところで相手の反応を見ることもできないので経験が無いのと相まって判断ができない。

 同じことを続けずに変化を付けた方が良い。どこかでそんなことを耳にした気がして、さあどうしようと思案してから行動に移した。ちゅっ、と先端を吸ってから鈴口に舌先を押し付ける様にグリグリと刺激して、そのまま食むように裏筋を根元へと辿る。すっかり臨戦態勢になったソレを焦らす様にゆっくりと先端まで舐め上げる。

 こんな風になるんだ。思わず観察してしまったが仕方の無いことだと思う。……だってこれ、大きい。噂に聞く平均サイズどころじゃない。それに鈴口は窮屈そうにぱっくりと開いて血管も浮かんでいて正直グロテスク。だけど、堪らなく下腹部が疼くのだ。これがムラムラするってことなのかと妙に納得した。

 手も動かしてみようか。ぶっちゃけると早くイカせてみたいのだ。たぶんその方が気持ちいいよね、と結論付けて優しく握って扱きながら舌で先端を舐める。なんだか堪らない気持ちになって陰茎にしゃぶり付いたはいいがどうしたらいいのか分からない。……参った。とりあえず歯を立てない様にだけ気を付けて前後に動いてみる。……うん、咥えたのは失敗だ。大きいから苦しいし辛い。

 失敗を悟った私は吸い込みながら口を離した。普通に離したら相手にも失敗を悟られるだろうから、もともとこうするつもりだったんですよー、と言い張るための行為である。ぢゅっ、と音を立てて離れた私の顔にかかる生暖かい物。指で触れると何やら粘度の有る白濁した液体。

 あ、これ、ぶっかけってやつだ。何が起きたのか気付くのに少々時間がかかったのは仕方ないと思う。感触を確かめる様に指を擦り合わせて、好奇心に負けて舐めた。

「……まずっ」



+++++




 その日以来、風呂場に現れる男性器に色々な事を試して遊んでいたが、とうとう転機が訪れる。

 鏡に映る物に一瞬我が目を疑った。しかしそこには男が立っている。背はかなり高そうだが首が無いので正確なところは不明。腰の位置は高く筋肉もかなりついている。見事なゴリマッチョだ。個人的にはかなりツボなプロポーションをしていらっしゃるのだが、風呂場が狭く感じる。

「いつもはナニだけのくせにどういう風の吹き回し?」

 浮かんだ疑問を口にしたものの返答は求めていなかった。首が無いのだ、喋れる訳が無い。当然、返答は無かった。

「え? ちょ、なに?」

 背後から胸を揉みしだく二本の腕。犯人は決まっている。首の無い男だ。逃れようにもがっちりと抱え込まれていて動けない。右手が胸を離れて下りていく。咄嗟に足を閉じようとしたけれど男の膝が割り込んで開かされた。指が秘裂をなぞって淫核をこね回す。その性急さに、どうやら他人様の性器を玩具にしたつけを払わされるらしいと悟った。さすがにまずいと思ったが、相手はどう考えても人間じゃない。そう、人間じゃないんだからなにしたってノーカンだよね、と結論付けてしまった。たぶんこういうところが私はダメなんだろうなと思いながら口を開いた。

「ねえ、ちょっと待って。って聞こえてるのかな? 首が無いけど。……まあいいわ。ねえ、私、耳年増なだけで経験が無いの」

 手がピタリと動きを止めた。どうやら聞こえるらしい。

「その、好奇心に負けて色々したけど別に悪気は無かったのよ。……だからもうちょっと優しくしてほしいんだけど」

 そう続けると男は離れた。別にやめてほしかった訳では無かったんだけどな。正直興味があるのに。

「しないの?」

 男は動かない。

「ねえ、こんなに大きくしてるのにやめちゃうの?」

 既に立ち上がった物を優しく撫でる。

「それともこうやって女の子に攻められる方が好きとか?」

 扱きながら聞いたけど反応無し。いつもの様に手と口でイカせてあげようかとも考えたけど今日はやめることにした。

「思ったんだけどあなただけ気持ちいいなんてズルくない?」

 男は動かない。ぶっちゃけると私もちょっとムラムラしてる。しかし誘い文句が分からない。だいたいなんでやめるわけ? 男は臨戦態勢で女もその気になってるんだからやることは一つでしょ? と半ば逆ギレの様に思った。

「意気地無し。据え膳食わぬは男の恥って知らないの?」

 その発言で私は虎の尾を踏んだらしい。再び男に抱え込まれて乳頭を摘まんで転がされる。乳房を揉みながら強弱を付けて刺激してくる男に今度は随分ねちっこいなと考えていたら、指が愛液を馴染ませる様に秘裂を往復する。

「……んっ」

 時折指が陰核あくまでそっと触れてくる指先は決定的な快楽は与えてくれない。もっと、刺激がほしい。もう少しで気持ち良くなりそうなのに男はそこへ触れてくれない。ひどくもどかしくて、今にももっと触れてと強請ってしまいそうなのに男の指が秘部から離れていく。わざわざ目の前で指を擦り合わせて、纏わり付いた愛液の糸を引くさまを見せつけてくる男に余計なことを言ったと後悔するがもう遅い。羞恥心から顔をそむけた。

「……っ!」

 男の指がくるくると円を描くように陰核に触れる。ようやく与えられた刺激に上がりかけた嬌声はどうにか押し殺したが、はあはあと息が荒くなるのを抑えられない。いっそのこと与えられる快楽から逃れたいのに身体は抱え込まれていて逃げられない。

「やめて、あ、だめえ、やめ……っ!」

 制止の声を上げれば指の動きが激しくなった。気持ち良くてびくびくと腰が動くのが止められない。今にも快楽にあられもなく喘いでしまいそうで嫌だった。いや、嫌というよりそんなことはプライドが許さない。絶頂を迎えた火照る身体と溶けた理性とは裏腹に頭の片隅にどこか冷静な自分が居て、こんな状況でもくだらないプライドを捨てられないのかと自嘲した。

 息も整わぬ私は浴室の鏡に手を付いた。ひんやりと冷たい感触が私を現実へと呼び戻してくれるような気がして頬を押しつける。冷たくて気持ちいい。力の入らない身体は腰に回された腕に支えられてどうにか立っていた。

 鏡越しに男を見上げたが、目が合う事はなかった。首が無いのだから当然だけどそれでもつい視線を遣っていた。そんな私を男がどう思ったかは定かではない。むしろ男の事で知っていることなんて在りはしない。幻覚なのか魑魅魍魎の類か、はたまた夢か。それすら私は知りはしないのだと今更ながら自覚した。私の胸中など知り得ない男の指が処女地を開拓しようと侵入してくる。下腹部の異物感に思わず身体に力が入った。そんな私を宥めるように腹を撫でる手はあくまで優しい。

 ああ、もういいや。ふと思ったのだ。何がと聞かれると自分でもよく分からないけど、もう構わないと思った。いつの間にか男の指が動いていた。痛みは無いが、少しばかり変な感じがする。この違和感はいずれ快楽へと変わるのだろうという予感があった。それは予感というより確信に近くて、下腹部がゾクリとした。

「あっ……!」

 出入りする指が二本に増やされる。拡げようと動く男の指は太くて入口が裂けてしまいそうな痛みを時折感じた。その度に力を入れてしまう私の身体を男の手が撫で擦る。

 どれくらいそうしていたかは分からない。二本の指に慣らされたそこにはもう痛みなど無くて、私はただはあはあと息を荒げていた。指が抜き差しされているだけなのになんだか下腹部が切ない。ぞわぞわするようなこの感覚が快楽なのだということはもう分かっていた。男の指がある一点を掠めた時、押さえきれず声を上げた。

「あ、んんっ! そこ、やだあ」

 喘ぎながらもやめてくれと懇願しているのに男は意に介さずそこを重点的に攻める。いやいやと拒絶する言葉すら甘さが増してもはや嬌声でしかない。

「ああ、ね、そこ……やだ、あっ、あん、やめ、あっああ」

 身体中、爪の先までビリビリと電流が走った。キュウキュウと男の指を締め付けて、崩れ落ちそうな身体を支えられながら達した。

 もはや男の正体が何であれ身を委ねて一時の快楽を貪り合うことに一片の抵抗も無かった。だって男の手には気遣いと優しさが溢れているのだから。ほら、何一つ問題は無いでしょう? だというのに男は消えてしまった。

 座り込んだ私は呆然と鏡に映る一人きりの浴室を見つめていた。
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