取り巻き令嬢Fの婚活

キマイラ

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 早く結婚したい。そう思った。抱かれた腕から離れがたかったのもあるし、結婚してしまえば不安から逃れられるんじゃないかという気持ちもあった。そう、不安なのだ。自分に自信の持てない私はいつか飽きられてしまうんじゃないかという不安に常に苛まれている。結婚すればたとえ飽きられたとして真面目で優しいフランシスさんのことだ、私を妻として尊重してくれるだろう。けれど今の状態で飽きられたら? と思うと怖くて仕方がない。婚約者なんて配偶者と比べれば関係の解消は容易だ。だから私は結婚という紙切れ一枚の契約を心待ちにしている。

 自分に自信が持てないだけじゃなくフランシスさんのことも信じ切れていないのかもしれない。いっそ抱かれてしまえばとも思う。肉欲を満たす為であっても求められていると思えれば多少の自信にはなると思うのだ。

 北部の長い冬は私の気持ちを落ち込ませる。日照時間が短いせいか寒さのせいかは分からないが憂鬱で堪らない。もう少しして春になれば、きっとよくなる。この不安だって少しはマシになるはずだ。そう言い聞かせてカップケーキを齧った。できたてのカップケーキはまだ温かくて、その温度に少しだけ気分がマシになった気がした。



+++++



「いっそあなたに抱かれてしまいたいです」

 寝台の上、いつものように押し倒された状態で気付けばそう口にしていた。

「急にどうしたんだ」

「……私は、自分に自信が無いんです。だからいつでも不安で堪らない。後戻りできない状況になればフランシスさんが離れていかないと信じられるような気がするんです」

「離れない、そう言ったところで安心できないからその発言に至ったんだろうな」

 私の上からどいたフランシスさんは困ったようにそう言って言葉を探すように考え込む。私はその姿を見て困らせてしまったと少し後悔する。

「……俺は口が上手い方じゃない。不安だという君に気の利いた言葉すらかけてやれない。だが、向き合いたいとは思っている」

「……面倒くさくてごめんなさい」

 これが今の本心だった。

「面倒なものか。言っただろう? 向き合いたいと。だから不安を口にしてくれ。俺が離れていかないか不安だと言うならその都度離れないと言おう」

「……フランシスさんは優しいですね」

「フェリシア、君のことを好いているからだ。好きじゃなかったらここまでしない」

「私もフランシスさんが好きです。でも、好きだから不安になるんです」

「……おいで」

 腕を広げてそう言うものだからその胸に飛び込んだ。抱きしめる腕の力強さが言葉よりも雄弁に私への好意を物語っているようで気分が上向いた。ほっと小さく息を吐いてその胸にすり寄れば額に口付けられて、幸せだと思った。こうしていれば不安なんてどこかに飛んで行くような気がした。

「キスしたいです」

 そう口にすれば触れるだけの口付けが与えられた。その唇を食んで舌でつついて、わずかに開いた隙間から口内へと侵入して自分から舌を絡めた。

「もっと、触れてください」

 顔中に降り注ぐキスの雨。それをうっとりとした心地で受け止めた。ゆっくりと押し倒されて不埒な手が制服のボタンにかかる。しがみ付くように足を絡めた。そんなことをするなんてはしたない、なんて感情はどこかへ行ってしまった。そんなことはどうでもよくて、ただ少しでも多く触れていたかった。だからコルセットをはぎ取られて素肌に触れる手の感触がいつも以上に心地よくて甘い吐息を漏らした。

 もっとぎゅっとして、離さないで。全部触れて、なにも考えられなくさせて。体に与えられる刺激に蕩け始めた頭でそんなことを考える。そうしたらきっと今だけは不安を忘れられる。もっと触れてほしい。いや、もっと触れたい。触れ合いたい。もっと全身でフランシスさんを感じたかった。

「もっとフランシスさんに触れたいです」

 だからあなたに抱かれてしまいたいとは続けなかった。心の底からそう思いはしたけれど、それをしないのがこの人の誠意なのだと知っていたから。けれどきっと私の視線は雄弁にそう訴えている。目が合ったフランシスさんが一瞬息を詰めたのは恐らくそういうことなのだ。僅かばかりの逡巡の後、上着もシャツも脱ぎ捨てて覆いかぶさった体に手を回した。私より体温の高い熱い素肌に触れて私の中のなにかが満たされた。

 もうこれで十分だ。このまま抱き合っていられればそれでいい。快楽を与えようと動く手も肌を擽る唇も愛おしい。不安に苛まれていたことが嘘のように今の私は幸福だった。
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