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再会⑰
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——約三ヶ月後。
「ミーナさーん! 先行ってますよー!」
「えぇ、お願い! あと、ちょっと時間掛かるとも伝えておいてちょうだい!」
廊下に出ようとするフィリカとスライに向け、ミーナは大声で伝える。
予定通り、あの勇者一行はミーナ達を連れるためこの国を訪れていた。だが思っていたより早く来てしまった為、彼女はまだ支度が出来ていなかった。
「わかりましたー! ジャックさんも先行ってますねー!」
ジャックはそれに、手を上げて答える。ついでに「先行ってるぞー」と言うスライにも向けて。
そうして、フィリカ達は部屋を出て行く。
「もうちょっとゆっくり来て欲しかったわ。焦って忘れ物しそう」
「どこがだよ······」
先の言葉の割に、彼女はのんびりと荷物をリュックへ入れていた。
「ったく、もう少し悪びれろよ」
溜息をついたジャックは、東に面した窓から訓練場を覗く。
「それにしても、本当に大丈夫かねぇ······」
彼の見る先――訓練場には、魔力の訓練をする兵士達の前に、あの司令官――ハイゼルがいた。
ハイゼルは、魔力を扱うことには長けていなかったが、司令官の仕事と兼任でミーナの後任を担当していた。とはいえほぼ、ミーナの作成したマニュアルを実行しているだけなのだが。
「ホント、鶴の一声だな······」
独り言のように口に言うジャックは、二週間前の事を思い出していた。
——旅立ちの二週間前、ミーナ達四人がハイゼルの部屋へ、旅をする旨を伝えに行った時のこと。
「······そしたら、訓練指導は誰がするんだい?」
「それを司令官にお願いしたく参りました」
「僕にかい? まともに魔力なんて使えないぞ?」
「大丈夫です。それも含めて、必要な事はここに全て記しましたので」
ミーナは、手にしていた——紐で留めた、分厚い紙の束をハイゼルに渡す。その厚さには、彼の気が引けるものが見られた。
「ははっ······こりゃまた······」
「今の兵士達は魔力を掴み始めています。そこから炎を使えるようになるまでのことは、私が居なくとも既に、容易なものとなっています」
「ほう、素晴らしい。——だがもし、一から新しい希望者を指導する際はどうする? そちらのマニュアルもあるのかね?」
「いえ、その事はこちらに······」
ミーナは一枚の紙を差し出す。
「魔力の能力に長けた者、かつ指導に適任と思われる者を、今訓練している者からリストアップしてあります。その者を、新規訓練兵の指導者へとお使いください」
「······用意周到だね」
ここまでくると、ハイゼルも苦笑いするしかなかった。
「いかがでしょう? やって頂けますでしょうか?」
整然起立するミーナの前で、ハイゼルは机に腕を置きながら顎髭を触り、考えに耽っていた。
「うーん、ここまで用意出来ているのなら、僕じゃなくてもいいだろう?」
「それは、仰る通りかもしれませんが······」
「僕がやれないこともないが、やはり他の者を探してくれると、僕としては助かるんだがねぇ。僕にも仕事が——」
「ハイゼルさん」
途端、この雰囲気には似つかわしくないフィリカの声が間に入り、ハイゼルの言葉を遮った。
その声に、ハイゼルは目を丸くする。
「私達は、ハイゼルさんがいいんですよ?」
「ちょっとフィリカ······!」
ミーナは軽く叱るように、小さい声で彼女の名前を呼ぶ。だが、お構いなしに、フィリカは話を続ける。
「でもまぁ、嫌というなら仕方ないです。——結局、あの日の約束は全部、反故になるというわけですから······」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
それを聞いてハイゼルは、やけに焦る素振りを見せた。
「わ、わかった! やろう! 僕が! それで約束は守ったことになるだろう? フィリカ君」
二人の約束。それはドラゴンを討伐した後、「私、ハイゼルさんなんか嫌いです。だってミーナさん達を見捨てたじゃないですか」と、フィリカが怒っていたことから、「すまない。今度何でも願いを聞くから、ねっ?」と、ハイゼルが宥めるように交わした口約束だった。
「······じゃあ、これでお互い様ですよ?」
フィリカは首を傾げ、無垢な笑顔を浮かべた。
ハイゼルは「あ、あぁ······」そう独り言のように小さく言って、肩を落とした。
「——というわけだ。訓練指導は僕が請け負おう」
「よろしいんですか?」
「男に二言はないよ」
「······そうですか。ありがとうございます」
「今思えばさ、あれどっか、不自然な点が多かった気がするんだよなぁ······」
「なにが?」
「いや、わざわざ俺ら四人で行く必要なかっただろ? それにフィリカを本気で止める様子もなかったし、その後だって······」
そこでようやく、ジャックはピンとくる。
「お前······やりやがったな?」
「何のことかしら?」
「惚けやがって、フィリカもグルか?」
「どうでしょうね」
その言葉を聞いて、ジャックは呆れ果てた。そして、あの司令官に同情をする。
それと共にジャックは、少し昔のことを思い出していた。
そんな風にジャックが物思いに耽っていると、そこへ、支度を終えたミーナが隣へくる。
「昔······偶然あそこで訓練しているあなたを見て驚いた」
ジャックと同じように、物思いに耽るような彼女は窓越しに、訓練する兵士達を見ていた。
「なんで?」
「だって、本当に兵士になろうとしてると思わなかったんだもの。実家手伝って、野菜でも作ってると思ったわ」
「それは俺もだよ」
ジャックは小さく鼻で笑う。
「知ってる? ジャック。この部屋、元々はもっと物置みたいだったのよ?」
「へぇ、そうなのか?」
「えぇ。これでも、頑張って綺麗にしたんだから」
「ふーん······」
と、その割にはまだ汚れてる、と言うように、ジャックは、窓の縁に固まっていた埃を取って彼女に見せる。
「失礼ね。私が掃除をしてたのは、あなたが来るまでの間よ。ここからあなたを見るために来てたの」
「えっ」
彼女に不意を突かれ、ジャックは言葉を失う。
するとミーナは、二人の顔の間——ジャックの指先の埃を、ふっ、と息で吹き飛ばし、彼の鼻に当てる。それはそのまま、地面へと静かに落ちた。
「なんてね」
彼は茫然としていた。
「それにそこまで言うなら、今度は、掃除ができる魔法を作ってあげるわ」
ようやく、我に帰るジャック。
「んな便利なものあるか?」
「可能性はあるわ」
「ホントか?」
「ゼロじゃないわ」
「一パーセントでも?」
「十分だわ」
「探求者だな」
「わるい?」
「いいや?」
二人は軽い口喧嘩をするが、すぐにミーナはしゅんとした様子を見せる。
「ただ、地下の訓練の時もそうだけど、こんなんだから、私は時々周りが見えなくなるみたい」
ミーナは一度視線を外して、上目ずかいでジャックを見る。
「――だからジャック。そんな時はまた、私を引き戻して」
急にしおらしい態度を見せたミーナに、彼は再び心を乱される。だが、今度はしっかりと彼女を見ていた。
「······あぁ。でも、それはお互い様だろ?」
「······それもそうね」
ミーナは、やんわり笑った。
そして、窓際から離れようとする。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか。あんまり待たせたら悪いわ」
「あぁ、そうだな。――あっ、ちょっと待った。ミーナ、そのまま行くのか?」
「そのままって?」
ジャックが指しているのは髪型の事だった。その事に彼の視線でミーナは気付く。
「あぁ、そういえば······。ピン、買うの忘れてたわ。道中にでも買って行こうかしら」
指を折って、ミーナは必要なお金を数える。
そんな様子を見計らって、ジャックはポケットに入れていたものを彼女の前に差し出した。
「ミーナ、これ」
彼女は指を止め、驚いていた。
「えっ、これって······」
彼がポケットから出したのは、真鍮のバレッタだった。装飾にはスターチスが刻まれている。
それを見て再度驚いたミーナは、目を開き、ジャックのほうを改めて見る。彼は恥ずかしそうに視線を逸らしながら頬をかいていた。
「あー、ほら。橋でピン探したんだけど見つからなくてさ······ドラゴンと戦って失くしちゃってただろ? だからこの間、街で適当に買ったんだけど似合うかどうか分からないけど、その——」
突然、ジャックの言葉は塞がれた。
ミーナの唇によって。
ジャックは目を見開いていた。
少し背伸びをした彼女の瞼が、彼の目には映っていた。
数秒のことだが、ジャックはバレッタを持つ手を上げ、動くことが出来ずにいた。
そして離される、ミーナとの距離。
彼女は意地の悪い顔を作って、微笑みながら言う。
「ありがとジャック。嬉しい」
素直に感謝をする彼女の姿に、ジャックは胸を打たれる。
「お、おぅ······」
何故、そんな素直に感謝をしたのか。
ジャックはまだ、自分の渡したものに刻まれていたモノの意味をちゃんと理解していなかった。
それを彼が知るのは、後にフィリカが髪飾りに気付き、そんな彼女に耳打ちをされた時になるのだが。
そうして彼女は早速、受け取ったバレッタで髪を留める。鼻歌が聞こえそうなほど、ご機嫌な様子で。
髪を留めた彼女は、荷物を手をかけた。
「ん? ジャック、行くわよ? いつまでそうしてるの?」
その声で、ようやく我へと帰ったジャックは、机に置いてあった大きなリュックを持って彼女の隣へと行く。
しかし彼はまだ、何か考えゴトをしていた。そんな様子を見て、透き通るような紅い眼をパチクリとさせたミーナが、ジャックに尋ねる。
「どうしたの?」
彼は眼を上に向け、考え事をしながら喋る。
「いや······なぁミーナ。しばらく二人にはなれないんだよな?」
「そうね。でもそれは仕方がないわ。そんなことで他の人に迷惑かけちゃ悪いもの。······だからって、どうしてそんなこと急に聞くかし——んっ······」
一度うつむいたミーナが、再びジャックのほうを見た瞬間だった。
今度は、彼女が口を塞がれ、目を見開いた。
先程と同じだけして、距離を取るジャック。
「残念だなと思って」
ミーナの顔は紅潮していた。
だが、大きく恥ずかしさを見せるわけでもなく、笑みを湛えていた。
「ふふっ、何言ってんのよ。隠れてすればいいの」
と、弾んだ声で彼女は答える。
ジャックは呆れながらも鼻で笑い、
「さっき迷惑かけちゃ悪いって言っただろ?」
「かからないときに、隠れてするのよ」
「そんな時あるか?」
「作るのよ、こんな風に」
と、つつくように短くキスをするミーナ。
「······そうだな」
ジャックは無意識に柔らかな笑みを作っていた。
そして、彼女にお返しをすると「じゃあ······」と言って、彼は部屋の扉を開ける。
「行こう。ミーナ」
彼女はその顔を見て、また、ふふっ、と静かに笑うと、首をやんわり傾ける。
「また、ちゃんと私のことを守ってよ? ジャック」
「何言ってんだ、当然だろ?」
「なによ、調子に乗っちゃって」
こうして、笑いながら二人はゆっくりと、この研究室を後にした。
——第一章・完——
「ミーナさーん! 先行ってますよー!」
「えぇ、お願い! あと、ちょっと時間掛かるとも伝えておいてちょうだい!」
廊下に出ようとするフィリカとスライに向け、ミーナは大声で伝える。
予定通り、あの勇者一行はミーナ達を連れるためこの国を訪れていた。だが思っていたより早く来てしまった為、彼女はまだ支度が出来ていなかった。
「わかりましたー! ジャックさんも先行ってますねー!」
ジャックはそれに、手を上げて答える。ついでに「先行ってるぞー」と言うスライにも向けて。
そうして、フィリカ達は部屋を出て行く。
「もうちょっとゆっくり来て欲しかったわ。焦って忘れ物しそう」
「どこがだよ······」
先の言葉の割に、彼女はのんびりと荷物をリュックへ入れていた。
「ったく、もう少し悪びれろよ」
溜息をついたジャックは、東に面した窓から訓練場を覗く。
「それにしても、本当に大丈夫かねぇ······」
彼の見る先――訓練場には、魔力の訓練をする兵士達の前に、あの司令官――ハイゼルがいた。
ハイゼルは、魔力を扱うことには長けていなかったが、司令官の仕事と兼任でミーナの後任を担当していた。とはいえほぼ、ミーナの作成したマニュアルを実行しているだけなのだが。
「ホント、鶴の一声だな······」
独り言のように口に言うジャックは、二週間前の事を思い出していた。
——旅立ちの二週間前、ミーナ達四人がハイゼルの部屋へ、旅をする旨を伝えに行った時のこと。
「······そしたら、訓練指導は誰がするんだい?」
「それを司令官にお願いしたく参りました」
「僕にかい? まともに魔力なんて使えないぞ?」
「大丈夫です。それも含めて、必要な事はここに全て記しましたので」
ミーナは、手にしていた——紐で留めた、分厚い紙の束をハイゼルに渡す。その厚さには、彼の気が引けるものが見られた。
「ははっ······こりゃまた······」
「今の兵士達は魔力を掴み始めています。そこから炎を使えるようになるまでのことは、私が居なくとも既に、容易なものとなっています」
「ほう、素晴らしい。——だがもし、一から新しい希望者を指導する際はどうする? そちらのマニュアルもあるのかね?」
「いえ、その事はこちらに······」
ミーナは一枚の紙を差し出す。
「魔力の能力に長けた者、かつ指導に適任と思われる者を、今訓練している者からリストアップしてあります。その者を、新規訓練兵の指導者へとお使いください」
「······用意周到だね」
ここまでくると、ハイゼルも苦笑いするしかなかった。
「いかがでしょう? やって頂けますでしょうか?」
整然起立するミーナの前で、ハイゼルは机に腕を置きながら顎髭を触り、考えに耽っていた。
「うーん、ここまで用意出来ているのなら、僕じゃなくてもいいだろう?」
「それは、仰る通りかもしれませんが······」
「僕がやれないこともないが、やはり他の者を探してくれると、僕としては助かるんだがねぇ。僕にも仕事が——」
「ハイゼルさん」
途端、この雰囲気には似つかわしくないフィリカの声が間に入り、ハイゼルの言葉を遮った。
その声に、ハイゼルは目を丸くする。
「私達は、ハイゼルさんがいいんですよ?」
「ちょっとフィリカ······!」
ミーナは軽く叱るように、小さい声で彼女の名前を呼ぶ。だが、お構いなしに、フィリカは話を続ける。
「でもまぁ、嫌というなら仕方ないです。——結局、あの日の約束は全部、反故になるというわけですから······」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
それを聞いてハイゼルは、やけに焦る素振りを見せた。
「わ、わかった! やろう! 僕が! それで約束は守ったことになるだろう? フィリカ君」
二人の約束。それはドラゴンを討伐した後、「私、ハイゼルさんなんか嫌いです。だってミーナさん達を見捨てたじゃないですか」と、フィリカが怒っていたことから、「すまない。今度何でも願いを聞くから、ねっ?」と、ハイゼルが宥めるように交わした口約束だった。
「······じゃあ、これでお互い様ですよ?」
フィリカは首を傾げ、無垢な笑顔を浮かべた。
ハイゼルは「あ、あぁ······」そう独り言のように小さく言って、肩を落とした。
「——というわけだ。訓練指導は僕が請け負おう」
「よろしいんですか?」
「男に二言はないよ」
「······そうですか。ありがとうございます」
「今思えばさ、あれどっか、不自然な点が多かった気がするんだよなぁ······」
「なにが?」
「いや、わざわざ俺ら四人で行く必要なかっただろ? それにフィリカを本気で止める様子もなかったし、その後だって······」
そこでようやく、ジャックはピンとくる。
「お前······やりやがったな?」
「何のことかしら?」
「惚けやがって、フィリカもグルか?」
「どうでしょうね」
その言葉を聞いて、ジャックは呆れ果てた。そして、あの司令官に同情をする。
それと共にジャックは、少し昔のことを思い出していた。
そんな風にジャックが物思いに耽っていると、そこへ、支度を終えたミーナが隣へくる。
「昔······偶然あそこで訓練しているあなたを見て驚いた」
ジャックと同じように、物思いに耽るような彼女は窓越しに、訓練する兵士達を見ていた。
「なんで?」
「だって、本当に兵士になろうとしてると思わなかったんだもの。実家手伝って、野菜でも作ってると思ったわ」
「それは俺もだよ」
ジャックは小さく鼻で笑う。
「知ってる? ジャック。この部屋、元々はもっと物置みたいだったのよ?」
「へぇ、そうなのか?」
「えぇ。これでも、頑張って綺麗にしたんだから」
「ふーん······」
と、その割にはまだ汚れてる、と言うように、ジャックは、窓の縁に固まっていた埃を取って彼女に見せる。
「失礼ね。私が掃除をしてたのは、あなたが来るまでの間よ。ここからあなたを見るために来てたの」
「えっ」
彼女に不意を突かれ、ジャックは言葉を失う。
するとミーナは、二人の顔の間——ジャックの指先の埃を、ふっ、と息で吹き飛ばし、彼の鼻に当てる。それはそのまま、地面へと静かに落ちた。
「なんてね」
彼は茫然としていた。
「それにそこまで言うなら、今度は、掃除ができる魔法を作ってあげるわ」
ようやく、我に帰るジャック。
「んな便利なものあるか?」
「可能性はあるわ」
「ホントか?」
「ゼロじゃないわ」
「一パーセントでも?」
「十分だわ」
「探求者だな」
「わるい?」
「いいや?」
二人は軽い口喧嘩をするが、すぐにミーナはしゅんとした様子を見せる。
「ただ、地下の訓練の時もそうだけど、こんなんだから、私は時々周りが見えなくなるみたい」
ミーナは一度視線を外して、上目ずかいでジャックを見る。
「――だからジャック。そんな時はまた、私を引き戻して」
急にしおらしい態度を見せたミーナに、彼は再び心を乱される。だが、今度はしっかりと彼女を見ていた。
「······あぁ。でも、それはお互い様だろ?」
「······それもそうね」
ミーナは、やんわり笑った。
そして、窓際から離れようとする。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか。あんまり待たせたら悪いわ」
「あぁ、そうだな。――あっ、ちょっと待った。ミーナ、そのまま行くのか?」
「そのままって?」
ジャックが指しているのは髪型の事だった。その事に彼の視線でミーナは気付く。
「あぁ、そういえば······。ピン、買うの忘れてたわ。道中にでも買って行こうかしら」
指を折って、ミーナは必要なお金を数える。
そんな様子を見計らって、ジャックはポケットに入れていたものを彼女の前に差し出した。
「ミーナ、これ」
彼女は指を止め、驚いていた。
「えっ、これって······」
彼がポケットから出したのは、真鍮のバレッタだった。装飾にはスターチスが刻まれている。
それを見て再度驚いたミーナは、目を開き、ジャックのほうを改めて見る。彼は恥ずかしそうに視線を逸らしながら頬をかいていた。
「あー、ほら。橋でピン探したんだけど見つからなくてさ······ドラゴンと戦って失くしちゃってただろ? だからこの間、街で適当に買ったんだけど似合うかどうか分からないけど、その——」
突然、ジャックの言葉は塞がれた。
ミーナの唇によって。
ジャックは目を見開いていた。
少し背伸びをした彼女の瞼が、彼の目には映っていた。
数秒のことだが、ジャックはバレッタを持つ手を上げ、動くことが出来ずにいた。
そして離される、ミーナとの距離。
彼女は意地の悪い顔を作って、微笑みながら言う。
「ありがとジャック。嬉しい」
素直に感謝をする彼女の姿に、ジャックは胸を打たれる。
「お、おぅ······」
何故、そんな素直に感謝をしたのか。
ジャックはまだ、自分の渡したものに刻まれていたモノの意味をちゃんと理解していなかった。
それを彼が知るのは、後にフィリカが髪飾りに気付き、そんな彼女に耳打ちをされた時になるのだが。
そうして彼女は早速、受け取ったバレッタで髪を留める。鼻歌が聞こえそうなほど、ご機嫌な様子で。
髪を留めた彼女は、荷物を手をかけた。
「ん? ジャック、行くわよ? いつまでそうしてるの?」
その声で、ようやく我へと帰ったジャックは、机に置いてあった大きなリュックを持って彼女の隣へと行く。
しかし彼はまだ、何か考えゴトをしていた。そんな様子を見て、透き通るような紅い眼をパチクリとさせたミーナが、ジャックに尋ねる。
「どうしたの?」
彼は眼を上に向け、考え事をしながら喋る。
「いや······なぁミーナ。しばらく二人にはなれないんだよな?」
「そうね。でもそれは仕方がないわ。そんなことで他の人に迷惑かけちゃ悪いもの。······だからって、どうしてそんなこと急に聞くかし——んっ······」
一度うつむいたミーナが、再びジャックのほうを見た瞬間だった。
今度は、彼女が口を塞がれ、目を見開いた。
先程と同じだけして、距離を取るジャック。
「残念だなと思って」
ミーナの顔は紅潮していた。
だが、大きく恥ずかしさを見せるわけでもなく、笑みを湛えていた。
「ふふっ、何言ってんのよ。隠れてすればいいの」
と、弾んだ声で彼女は答える。
ジャックは呆れながらも鼻で笑い、
「さっき迷惑かけちゃ悪いって言っただろ?」
「かからないときに、隠れてするのよ」
「そんな時あるか?」
「作るのよ、こんな風に」
と、つつくように短くキスをするミーナ。
「······そうだな」
ジャックは無意識に柔らかな笑みを作っていた。
そして、彼女にお返しをすると「じゃあ······」と言って、彼は部屋の扉を開ける。
「行こう。ミーナ」
彼女はその顔を見て、また、ふふっ、と静かに笑うと、首をやんわり傾ける。
「また、ちゃんと私のことを守ってよ? ジャック」
「何言ってんだ、当然だろ?」
「なによ、調子に乗っちゃって」
こうして、笑いながら二人はゆっくりと、この研究室を後にした。
——第一章・完——
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