上 下
78 / 83

再会⑫

しおりを挟む
 憤怒、怨恨、殺意。
 ジャックの前にいる黄色の非情な眼からは、それ以外のものは何も読み取れなかった。敬意も尊敬もなく、ただ、獲物を狩る冷酷な眼。
 ジャック達に怪我を負わさせはしたものの、やはりドラゴンにとってはその程度のものでしかなかった。

 ジャックとドラゴンが眼を合わせてから、時間にしてはそう長いものではなかった。だが、いよいよドラゴンは口を半分開き、狩りの仕度をする。

 長剣を抜くジャック。

 それが無駄なコトだと分かっていながらも、彼は最後の抵抗を示した。

 先程――ミーナを襲おうとした時のように、ドラゴンは大きく、口を開いた。

 だが今度はすぐだった。鋭利な牙を生やしたその口は、一気にジャックとの距離を詰めた。

 彼の視界が、ドラゴンの口以外見えなくなる。

 途端、ジャックの見る景色はスローモーションになった。
 じわりじわりと頭に迫る、鋭い牙。彼はそれで、自分の頭が砕かれる想像をしてしまう。

 ······わるいミーナ。先いくわ。

 死を直感した彼は、目を瞑っていた。








 ············。










「本当に君たちは面白い」









「······えっ?」

 いつまで経っても牙に挟まれないことに、ジャックは恐る恐る、固く閉じた眼をゆっくりと緩めていく。
 見ると、ドラゴンの口は、彼の目と鼻の先で止まっていた。

 そんな視界の端では、黒岩のような大男が、ドラゴンの首元にガッシリと組みついていた。その大男は、ジリッ、ジリッ、とドラゴンを少しずつ後ろへと押し返し、ジャックとの距離を離していく。

「あんた······」

 その見覚えのある大男を見て、ジャックは力なく呟いた。そんなジャックに、カシャリ、カシャリと甲冑の音を立てた一人の男が声を掛ける。

「······まったく、ドラゴン相手によくここまで出来たもんだよ」

 先程聞いた、ジャックの嫌悪感を催す声。

 その声に、敵を前にしながらもつい、後ろを振り返ってしまうジャック。
 彼は目を見張った。

「なんで······お前がここに······」

 一度見たら忘れないような、燦々と煌めく黄金の鎧。あの日やられた因縁の顔。そしてあの憎たらしい口調。
 ジャックには忘れたくても、その憎き相手は忘れられなかった。

「やぁ、ジャック。奇遇だね」

 そう。そこに居たのは黄金の鎧を身に纏ったあの勇者——クレスタだった。

 そしてドラゴンの首元にいるのは、顔まで鎧で隠した、巨人族のグールだった。
 そんな彼に、クレスタは声を掛ける。

「流石だ、グール。そのまま頼むよ」

 剣を抜いたクレスタは口を開いたままのドラゴンの前まで行くと、目にも留まらぬ速度で何度も叩きつけるように、ドラゴンの牙を斬りつける。
 無謀とも思えるその行為だったが、結果は誰もが眼を疑うものだった。

 その剣は、ドラゴンの牙を砕いたのだ。

 ——ギャアオオオオオォン!!

 前歯の一部を破壊されたことにより、ドラゴンはけたたましい悲鳴を上げる。誰が聞いても悲鳴と取れる、耳に突き刺さるような金切り声だった。

 あまりの痛みにドラゴンの首が激しく動き、敵を押さえつけていたグールが、橋の縁まで飛ばされる。

 首元を解放されたドラゴンは、後ろへと退いていた。しかし逃げる様子ではない。牙を見せながら、痛みに耐えながらドラゴンは、いつ攻撃を仕掛けるべきか警戒をしていた。

 そんな中、あの自信に満ちた声がジャックの耳に聞こえてくる。

「ジャック、良いことを教えてあげよう。脳幹って知ってるかい? ドラゴンにもね、眉間の所、脳の中心に脳幹があるんだ。——そうだな······、ちょうどあの割れた牙から一枚、鱗の色が薄いトコに向けていった辺りじゃないかな」

 と言って、剣を持つ手と逆の指で、その場所を指し示す。

「そんな場所······指してなんて分かるわけないだろ······」

 だがジャックは、下へ向けていた剣を握り直す。それは彼が何を言いたいのか理解したからだった。

 ――ドラゴンでも、そこを突けば倒せる、と。

 ハッキリと場所は分からなくても、ジャックには構わなかった。今はただ、この勇者には負けたくない、その一心だった。

 さっきの言葉は弱点を教えると同時に、まるで自分なら出来る。自分ならドラゴンを倒せる。と、ジャックにはそう聞かされているようで仕方がなかった。

 ジャックはもう一度、敵を見据えた。
 彼から見て、前歯——右の牙が欠けている。

 そこから、さっきクレスタが指差していた辺り――貫くルートをイメージする。

「安心しなよ。君が死んでもドラゴンは片付けといてあげるからさ。それに彼女のことだって心配はいらないよ」

 遠回しに、ミーナをもらっていく、と言うクレスタ。

「本当に減らない減らず口だな。お前にミーナを渡さねぇよ」

 鼻で笑うジャック。
 そして、回復しているか分からない魔力を信じて、彼は薬を飲んだ。

「勢いは相手のを使えばいい。だからそれに負けないよう、しっかりと四肢だけは踏ん張るんだ。いいね?」
「簡単に言ってくれるぜ······」

 先の魔法でボロボロの身体に鞭を打つような状態だった。しかしここで逃げるわけにはいかない。


 ジャックは身体を横にすると膝を少し曲げ、耳元に持ってきた剣の――切っ先を、ドラゴンへと向けた。

 そんな彼に、剣をしまいながらクレスタは言う。

「······幸運を祈るよ」

 鞘にキンっ、と剣を収めると同時だった。

 ——グオオオオオオォ!!

 咆哮のような唸り声を上げながら、牙を向けたドラゴンが突進をしてきた。

 ジャックはただ、イメージしたルートだけを動く的から外さないように、眼光を鋭くさせていた。

 ——グオオオオオオォオオオ!!

 剣が届くまでの距離にくると、ジャックは手足に魔力を込め、全神経を身体の隅々に集中させる。

「うおおおおおおおお!!」

 そして彼は斜め上へと一気に、剣を素早く突き上げた。







 ——ザシュッ······!!






 割れた牙の間から、肩深くまで、ジャックの右腕は入り込んでいた。

 数秒後にようやく、ジャックの手に、肉を貫いた感触がやって来る。
 そこを突けば倒せるとはいえ、やはり、彼は死を覚悟していた。故に、自分が生きていると確信するまで、彼の脳は何も感じていなかった。

 そして今、彼の脳は、大地を馬が駆けるが如く、再び動きだした。

「······っはぁ! はぁ、はぁ、はぁ······っあぁ······!」

 同時に、止めていた呼吸も動き出す。肩で息する彼の眼前には、白く鋭い二本の牙と、血と野生を滲ませた、獣の匂いがしていた。

 ジャックはまだ、真実の実感を掴めていなかった。
 恐る恐る、視線を上へと向けていく。

 そこには、ドラゴンの目があった。
 しかし瞳孔は散大し、死の色を表した黄色い水晶だった。ジャックを見続けてはいるものの、焦点は合わないまま固まっている。

 それを見ながら、ジャックはまだ震える手に力を入れ、一気に剣を引き抜いた。

 飛び散る鮮血。
 口を開いたままのドラゴン。

 抜いたと同時に、ドラゴンの身体は左へと傾き始めていた。そしてその巨体は勢いに逆らうことなく、全てを受け入れるように、そのまま全身で地面へと勢いよく、倒れ込んだ。



 ——ドシンっ············!
 



 ドラゴンは絶命していた。

「······おみごと」

 同時に街から湧き上がる歓声。
 勝利を手にした兵士の雄叫びは、街中に轟いた。

 やった······やったぞー!
 すげぇ! 一人で倒しちまったぞ!
 あいつってジャックだよな!?
 あいつ、あんな凄かったのか!?

 そんな歓喜と称賛の渦の中、ジャックはまだ、肩で息をしていた。

「はぁ······はぁ······はぁ······はぁ······」

 大きく上下する彼の肩に、クレスタが軽く手を添える。

「やっぱり君達は面白いよ。——でもとりあえず、今はその剣を下ろしたらどうだい?」

 そんな彼の声を聞いて、ようやく冷静さを取り戻すジャック。
 肩の力を抜いて、呼吸を整える。ゆっくり鼻から吸う空気にはもう、獣の匂いはやって来なかった。

 右手に剣を持ったままのジャックは、急に緊張が解けたため、腰から地面へと座り込んでしまう。
 剣がカラカラカラ······、と音を立てた。

 空を見上げたジャックはもう一度深呼吸をすると、急に少女を思い出し、すぐに身体を後方へと振り向かせる。

 クレスタの後ろ——ミーナはまだ倒れたままだった。ジャックは覚束ない足取りで、慌てて彼女の元へと駆け寄る。

 その様子を見たクレスタが声を掛けた。

「······大丈夫だよ。気を失ってるだけだ」

 怪我も擦り傷程度で、大きなものではなかった。
 彼女の側に座って、近くでそれを確認したジャックは安堵し、深く、三度目の息をつく。

「無茶しやがって······。でも——」

 そしてジャックは、ミーナの顔にかかっていた髪を、指で優しくかき分ける。

「終わったよ、ミーナ。······やったな」

 優しい風が二人にそよぐ中、街のほうからは、兵士達の勝鬨が聞こえていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

半身転生

片山瑛二朗
ファンタジー
忘れたい過去、ありますか。やり直したい過去、ありますか。 元高校球児の大学一年生、千葉新(ちばあらた)は通り魔に刺され意識を失った。 気が付くと何もない真っ白な空間にいた新は隣にもう1人、自分自身がいることに理解が追い付かないまま神を自称する女に問われる。 「どちらが元の世界に残り、どちらが異世界に転生しますか」 実質的に帰還不可能となった剣と魔術の異世界で、青年は何を思い、何を成すのか。 消し去りたい過去と向き合い、その上で彼はもう一度立ち上がることが出来るのか。 異世界人アラタ・チバは生きる、ただがむしゃらに、精一杯。 少なくとも始めのうちは主人公は強くないです。 強くなれる素養はありますが強くなるかどうかは別問題、無双が見たい人は主人公が強くなることを信じてその過程をお楽しみください、保証はしかねますが。 異世界は日本と比較して厳しい環境です。 日常的に人が死ぬことはありませんがそれに近いことはままありますし日本に比べればどうしても命の危険は大きいです。 主人公死亡で主人公交代! なんてこともあり得るかもしれません。 つまり主人公だから最強! 主人公だから死なない! そう言ったことは保証できません。 最初の主人公は普通の青年です。 大した学もなければ異世界で役立つ知識があるわけではありません。 神を自称する女に異世界に飛ばされますがすべてを無に帰すチートをもらえるわけではないです。 もしかしたらチートを手にすることなく物語を終える、そんな結末もあるかもです。 ここまで何も確定的なことを言っていませんが最後に、この物語は必ず「完結」します。 長くなるかもしれませんし大して話数は多くならないかもしれません。 ただ必ず完結しますので安心してお読みください。 ブックマーク、評価、感想などいつでもお待ちしています。 この小説は同じ題名、作者名で「小説家になろう」、「カクヨム」様にも掲載しています。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

裏庭が裏ダンジョンでした@完結

まっど↑きみはる
ファンタジー
 結界で隔離されたど田舎に住んでいる『ムツヤ』。彼は裏庭の塔が裏ダンジョンだと知らずに子供の頃から遊び場にしていた。  裏ダンジョンで鍛えた力とチート級のアイテムと、アホのムツヤは夢を見て外の世界へと飛び立つが、早速オークに捕らえれてしまう。  そこで知る憧れの世界の厳しく、残酷な現実とは……?  挿絵結構あります

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

魔法少女の異世界刀匠生活

ミュート
ファンタジー
私はクアンタ。魔法少女だ。 ……終わりか、だと? 自己紹介をこれ以上続けろと言われても話す事は無い。 そうだな……私は太陽系第三惑星地球の日本秋音市に居た筈が、異世界ともいうべき別の場所に飛ばされていた。 そこでリンナという少女の打つ刀に見惚れ、彼女の弟子としてこの世界で暮らす事となるのだが、色々と諸問題に巻き込まれる事になっていく。 王族の後継問題とか、突如現れる謎の魔物と呼ばれる存在と戦う為の皇国軍へ加入しろとスカウトされたり…… 色々あるが、私はただ、刀を打つ為にやらねばならぬ事に従事するだけだ。 詳しくは、読めばわかる事だろう。――では。 ※この作品は「小説家になろう!」様、「ノベルアップ+」様でも同様の内容で公開していきます。 ※コメント等大歓迎です。何時もありがとうございます!

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

処理中です...