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オアシス 後編②
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近くで見る人々の目は、光を失っていた。まるで、そこに居るスライのように。中にはここに来たばかりの商人もいる。
哀れむような、睨むような、そんな目でジャック達を見る者もいた。
そんな中でようやく、四人のうちの一人——スライの存在に気付く者が現れた。
「あれ、お前スライか······? スライだよな? スライじゃないか! 帰ってきたのか!?」
「あ、あぁ······」
今の状況を忘れて喜ぶ男性。
その声に、周りの人もようやく彼の帰省に気付いたようだった。
「スライ? スライ! お前だったのか!? 俺はてっきり可哀想な旅人かと思ってたよ!」
「どうしたんだい、こんな時に帰ってきて!」
「大きくなったなー、スライ! 久しぶりじゃねぇか」
群がって彼に押し寄せる人達。
その活気に、スライも少しずつ元気を取り戻していく。
「おぉ、久しぶりだな。みんな」
スライは一人ひとりに握手や抱擁を交わす。
「おぉー、シルバ! 久しぶりじゃねぇか! あっ、ババアまだ生きてやがったのか! グマのおやじ! 俺を子供扱いすんじゃねー!」
近寄る人みんなに、笑顔で挨拶をしていくスライ。
彼も懐かしい顔に会えて、すっかり嬉しい様子だった。普段の調子もいつも以上になっている。
「すごい集まりね······」
「みんな知り合いって感じなんだな······」
ジャック達はすっかり取り残されていた。
彼らが挨拶を一通り終えたあと、ようやく一人の中年の男が、ジャック達の存在に触れる。
「で、この子らはなんだ! お前の彼女か!?」
笑いながら男は、ミーナとフィリカを指差して、場を茶化そうとする。だが、
「ちげぇよ! この子らは大事なお客さん!」
「あ? 大事なお客さん? 大事な······」
さっきまでの賑わいが嘘のように、辺りが静まり返る。
人々は皆、顔を伏せていた。
「······それはまた、困ったな」
茶化した男も、頭を掻いて目を伏せる。
「そうだよ! 何があったんだ? 泉が枯れるなんて今まで一度もなかったろ?」
「あぁ······俺らも驚いてるんだ······」
「いつからなんだ?」
「昨日地震があって、急に干上がっち——」
「スライ」
男が事情を話そうとする時、一人の金髪女性が、スライの前に現れた。
「姉貴······」
すると、現れたばかりの彼女は、無言でいきなり彼にビンタを交わす。
思わずどよめく聴衆。
「あんた、二十歳まで帰らないって豪語したくせに、よく抜け抜けと帰って来れたわね。情けない。しかもこんな時に帰ってくるなんて」
スライは頬を押さえながら、目を丸くする。
「ちげえって。これはちゃんとした——」
「うっさい。言い訳すんなっ」
「ちょっと待てって! いててててて!」
彼女はスライの耳を引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。そして、去り際に振り返って、
「みんな、こんな弟の帰りを喜んでくれてありがとう。でも今は、みんな家族との時間を大切にしてあげて」
そう言って二人は、街のどこかへと消えていった。
呆然とする人々。その中にジャック達もいる。
「相変わらずだなぁ······エルちゃんは」
スライと話をしていた男が、半笑いしながら独り言をいう。
「あの、あいつ何処に連れて行かれたんです?」
「多分家じゃないか。あの様子だとしばらく帰って来ないぞ」
「そうですか」
ジャックは溜息をつくともう一度、そのことを彼に尋ねる。
「あの、もし良ければ、その家教えてもらないですか?」
「あぁ、いいよ。そもそもスライの客人だしな。······まったく、置いてかれた君たちはどうしていいかも分からんよな」
男は笑って場を和ますと、周りも少し笑顔を取り戻す。
その後ジャック達は、男に口頭で道を教わると、連れて行かれた、スライの家を訪ねた。
ジャック達が家の前に着くと、扉越しに二人の喧嘩が聞こえた。
「いてぇ! だから聞けって!」
「うっさい! 男のくせに言い訳すんな!」
「言い訳じゃねぇよ! だから俺は——」
「それを言い訳っていうのよ!」
それを聞いたジャックとミーナは、半笑いで唖然とする。
「······どうするよ?」
「ここで聞いてるのも面白いけどね······」
「もう、早く誤解といてあげましょうよ」
「······まぁ、行くか」
ジャックはノックをして、その扉を開けた。
ジャック達は、ここまできた経緯を彼女に話した。
「もうー、それだったら早く言いなさいよー」
「だから! 俺は何度も話そうとしただろ!」
「ごめんなさいね、こんな弟で」
「なんで俺が悪いみたいになってんだよ!」
彼女の誤解を解いた彼らは、ヒンヤリとする岩の家の中で、白く光る石を囲んで話をしていた。
「それより自己紹介ぐらいしろよ」
「そうだったわね」
肩甲骨辺りまで伸びた金髪の髪を一つに縛り、青い瞳をした彼女は、自分の胸に手を当て、名前を名乗る。
「私はエルシアよ。見ての通りスライの姉。ここで、一人で暮らしてるわ」
「お一人でですか?」
意外にも驚いたのはミーナだった。
「えぇ。親は私たちが小さい時に病気でなくなっちゃったからね」
「そうでしたか······」
ミーナは軽く表情を落とす。
「気にしなくていいわ。私たちにとってはザバの人達が家族同然なんだから。寂しくないわ」
少しサバサバした性格の彼女だが、親がいなくてもいいという意味ではなく、純粋にザバの人たちを、家族と思っているようだった。
「そうですか······。でも、どうやってお一人で生活を?」
「生活は、ザバの男達が泉に来る鳥や、砂漠の動物を狩るから、それを私たち女が調理することで助け合っているの。それで、狩ったモンスターの羽とかを編んだりして、商人に売る事でお金も得ているのよ」
ミーナは、ザバでは食事を分け与えるのは当たり前、というスライの言葉を思い出す。
「逞しいですね」
「そんなことないわよ。えーっと······」
「あっ、ごめんなさい。私はミーナです。こっちがジャックで、この子がフィリカです」
エルシアは二人に「よろしくね」と軽く挨拶をする。
二人もお辞儀をしてそれに応える。
「あの、エルシアさん。それで······お二人、積もる話もあると思いますが、先に泉のことを私たちに教えてもらえませんか?」
「えっ、いいわよ······?」
彼女は、この集落で起きた出来事について話す。
昨晩、この集落が寝静まる頃大きな地震があり、住人は飛び起きて外に出た。その時はただの地震かと皆が思っていたが、明るくなってから外に出てみると、泉の水は枯れ、ただの窪みになっていたという。
「きっと、その地震が影響してるんだと思うんだけど、今はその原因どころじゃなくて、泉を掘り返すのに必死になってるの」
「そうだったんですね······」
泉の中心に集まっていた男達は、まさにその人々だった。
「ミーナ、どう思う?」
「その地震で流れてた水脈が変わったのかしら······?」
ミーナは顎に手を当てて考える。
「ちなみに、以前にこういった地震があったことはあるんですか?」
「ない······いえ、一度だけ、私が生まれる前にあったわ。確か······そこの棚にある日記に書いてあった気がする。祖父のものなんだけど······」
彼女は壁の端に備えてある棚を指差す。
スライは、ちょうど後ろに備えてあったその小さな木の棚から、一冊の本を取り出すと、彼はそれと思わしきページを探す。
十八ページほどめくったところで、彼はその手を止める。「きっとこれだ」と言って彼はその本をミーナに渡す。
その周りにジャックとフィリカも集まる。
◯月△日、ザバで大きな地震が起きた。今までこんなことは一度もなかった。恐ろしい揺れだ。サンドワームでもここまでは揺れない。その日は一日中——(略)。
◯月□日、地震の翌日、ザバに代々守られてきた遺跡に、石の化け物が現れた。私たちはそれを『ゴーレム』と名付けた。奴には剣や槍で応戦したが全く歯が立たない。奴はカラダの赤い核を中心に、瓦礫などを寄せた集めてカラダ——核を守っている。きっとあの核が弱点のはずだ。だが奴は、カラダに寄せ集めた瓦礫を飛ばすことも出来るようで、その攻撃によって何十人も死傷者が出てしまった。目も当てらないような光景だった。私たちは村に戻って——(略)。
◯月◯日、村を訪れた一人の男によってゴーレムは討伐、破壊された。我々はその瞬間を見ていなかったが、彼がザバを去ってから遺跡に行くと、あの赤いゴーレムの核が砕けていた。男はあの槍一つでどうやって倒したのだろうか。彼はすぐに去ってしまったため目的は分からなかったが、彼のおかげで遺跡が守られたことは事実だ。それだけは感謝しなければならない。
「一人で倒すなんて何者かしら······?」
「これだけじゃ分かりませんね······。それに倒し方は、残念ながら書いていないようですし」
「そうね······」
「槍は関係ないのか?」
「ないこともないだろうけど、この日記からじゃ何も分からないわ。——とりあえず今は、泉との関連性だけど······それも不明のままね······」
ミーナがページを幾らめくっても、その後は、彼の私生活に関わる事ばかりだった。
「スライはこの事知ってたか?」
「ゴーレムの話は聞いた事あるけど、そこに書いてあった事は初耳だ。最初のほうだけ読んで、ただの日記だと思って放ったからな」
「ふーん」
ミーナは持っていた日記を彼に返す。
「ちなみにその時は、泉は何も変わらなかったんですよね」
「えぇ、きっとね。村の人もそんな話は全くしないもの。だから——」
その時、家の中が突然真っ暗になった。
「あ? 真っ暗になっちまったぞ?」
「ごめんね、灯りが消えたみたい。ちょっと待ってて」
暗闇の中でエルシアの声が響いてからしばらくすると、また彼らの真ん中ある石が発光した。
「まぁ、不思議······」
その瞬間を見たミーナが、思わず声を漏らす。
「そうか。これ見るのは初めてなんだな」
彼は、部屋の明かりを灯していた石の説明をする。
「これは『魔光石』っていってな、ザバの遺跡で取れる石でなんだ。ちょっとした魔力を流すと、こうして一時間ほど光るんだ。まぁ······一度点けるとそれまで消えないのが、玉にキズたまけどな」
「へぇー」
三人が同じように声を上げる。
「それでお前、魔力が操作できるのか」
「そういうこと」
「じゃあお姉さんも?」
もしかして、と思ったミーナがエルシアに尋ねる。
「少しね」
そう言って彼女は、顔の前で、親指と人差し指を伸ばしそれを表す。
ジャック達は、二人の間に血の繋がりがあるのを再認識する。
その後彼らは、泉の話をエルシアから色々聞いたが、残念ながらどれも有用になりそうなものではなかった。
話が一段落したところでジャックはミーナに言う。
「とりあえず、今聞けそうなのはこの辺か?」
「そうね。あとは、泉の様子を見ておきたいかしら。——エルシアさん。私たち少し泉のほうを見てきたいと思います。貴重なお話ありがとうございました」
「いえ、何か力になれたのならいいけど······」
そう言って彼女は、頬に右手を当てる。
お礼を言って立ち上がるジャック達。
「んじゃ、俺も行くか」
「いや、お前残っとけよ」
「はっ? なんで?」
「さっきお姉さん、みんなに言ってただろ? 家族との時間を過ごして欲しいって。それはお前も一緒だろ? どうせ俺らちょっとしたら帰ってきちゃうけどさ、その間だけでも二人で話せよ」
スライは、エルシアのほうを見る。
彼女は俯き加減に、寂しそうな顔をしていた。
「······わかったよ。けど、ザバから離れる際は俺も行くからな」
「あぁ」
そうして二人を置いて、ジャック達はスライの家を後にした。
三人は泉のあった中心にいる、男達の元へと向かっていた。
「おぉ、スライのお客さんか······。どうしたんだ?」
あの時、茶化していた男が、彼らに気付く。
「ここに泉があったと聞いて来ました。······水の気配、ありそうですか?」
「いや、全然ダメだ······。掘っても掘っても砂しか出てこないな」
彼は、持っていたスコップを傍らに立て、それを肘掛けにする。
彼らが掘った穴は半径三メートル、深さは二メートルを超えていた。上り下りする梯子が掛けられている。
「少し見てもいいですか?」
ミーナは、掘られた穴の中にいる彼に尋ねる。
「あぁ、いいよ。ただ、崩れやすいからそれだけ気をつけてくれ」
ミーナはひとり、中へ下り、砂を触って感触を確かめる。そして数カ所、同じように確認をすると梯子を上った。
「どうだ?」
「水が来てないように思えるわ······。やっぱり、水脈が途絶えているのかも······」
掘り続ける彼らに聞こえないよう、ミーナは小さく二人に言う。
「教えてあげなくていいんですか?」
「もしかしたら水が出ないとは限らないもの」
「そうですか······」
先ほどの男がミーナに話しかける。
「悪いなお嬢ちゃんたち。本当ならここはとても良い所なんだ。頑張って掘り返すから、待っててくれよ」
そう言って男は額の汗を拭うと、また砂を掘り始めた。三人は何とも言えない気持ちでそれを見守る。
「······ありがとうございました」
ミーナは彼にお礼を言って、別の所へ行こうとする。その時彼女の目に、周りの岩々が目に入った。
「あの、すみません。あの岩は昔からある物なんですか?」
「あ? あぁ、そうだな。俺が小さい時からあるよ。水がある時は子供の遊び場にもなっててな」
「そうですか」
再びお礼を言った彼女達は、そっとそこを離れた。
それからは三人は、周りの緑——木や草を見たり、さっき目に付いた岩を見たりした。
そして今は、一本の木に手を置いて、ミーナはそれを観察していた。
「なにか分かりそうか?」
「いえ······」
さっきから繰り返していたこの問答に、ジャックとフィリカは、ザバの人達のようにすっかりと消沈していた。
彼女はそれからもその木を、上から下まで隅々まで見る。
「ヤシに近い木なのかしら······」
そうして呟きながら、彼女の視線が木の根元まで来た時——彼女は何かを閃いた。
「······ちょっとした可能性はありそうね」
「ん? どうしたんだ?」
「私たちに出来ることが見つかったわ」
「ホントか?」
「本当ですか!?」
「えぇ、本当よ。だから——」
ミーナは立ち上がると、二人にこう言った。
「今からゴーレムを倒しに行くわよ」
哀れむような、睨むような、そんな目でジャック達を見る者もいた。
そんな中でようやく、四人のうちの一人——スライの存在に気付く者が現れた。
「あれ、お前スライか······? スライだよな? スライじゃないか! 帰ってきたのか!?」
「あ、あぁ······」
今の状況を忘れて喜ぶ男性。
その声に、周りの人もようやく彼の帰省に気付いたようだった。
「スライ? スライ! お前だったのか!? 俺はてっきり可哀想な旅人かと思ってたよ!」
「どうしたんだい、こんな時に帰ってきて!」
「大きくなったなー、スライ! 久しぶりじゃねぇか」
群がって彼に押し寄せる人達。
その活気に、スライも少しずつ元気を取り戻していく。
「おぉ、久しぶりだな。みんな」
スライは一人ひとりに握手や抱擁を交わす。
「おぉー、シルバ! 久しぶりじゃねぇか! あっ、ババアまだ生きてやがったのか! グマのおやじ! 俺を子供扱いすんじゃねー!」
近寄る人みんなに、笑顔で挨拶をしていくスライ。
彼も懐かしい顔に会えて、すっかり嬉しい様子だった。普段の調子もいつも以上になっている。
「すごい集まりね······」
「みんな知り合いって感じなんだな······」
ジャック達はすっかり取り残されていた。
彼らが挨拶を一通り終えたあと、ようやく一人の中年の男が、ジャック達の存在に触れる。
「で、この子らはなんだ! お前の彼女か!?」
笑いながら男は、ミーナとフィリカを指差して、場を茶化そうとする。だが、
「ちげぇよ! この子らは大事なお客さん!」
「あ? 大事なお客さん? 大事な······」
さっきまでの賑わいが嘘のように、辺りが静まり返る。
人々は皆、顔を伏せていた。
「······それはまた、困ったな」
茶化した男も、頭を掻いて目を伏せる。
「そうだよ! 何があったんだ? 泉が枯れるなんて今まで一度もなかったろ?」
「あぁ······俺らも驚いてるんだ······」
「いつからなんだ?」
「昨日地震があって、急に干上がっち——」
「スライ」
男が事情を話そうとする時、一人の金髪女性が、スライの前に現れた。
「姉貴······」
すると、現れたばかりの彼女は、無言でいきなり彼にビンタを交わす。
思わずどよめく聴衆。
「あんた、二十歳まで帰らないって豪語したくせに、よく抜け抜けと帰って来れたわね。情けない。しかもこんな時に帰ってくるなんて」
スライは頬を押さえながら、目を丸くする。
「ちげえって。これはちゃんとした——」
「うっさい。言い訳すんなっ」
「ちょっと待てって! いててててて!」
彼女はスライの耳を引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。そして、去り際に振り返って、
「みんな、こんな弟の帰りを喜んでくれてありがとう。でも今は、みんな家族との時間を大切にしてあげて」
そう言って二人は、街のどこかへと消えていった。
呆然とする人々。その中にジャック達もいる。
「相変わらずだなぁ······エルちゃんは」
スライと話をしていた男が、半笑いしながら独り言をいう。
「あの、あいつ何処に連れて行かれたんです?」
「多分家じゃないか。あの様子だとしばらく帰って来ないぞ」
「そうですか」
ジャックは溜息をつくともう一度、そのことを彼に尋ねる。
「あの、もし良ければ、その家教えてもらないですか?」
「あぁ、いいよ。そもそもスライの客人だしな。······まったく、置いてかれた君たちはどうしていいかも分からんよな」
男は笑って場を和ますと、周りも少し笑顔を取り戻す。
その後ジャック達は、男に口頭で道を教わると、連れて行かれた、スライの家を訪ねた。
ジャック達が家の前に着くと、扉越しに二人の喧嘩が聞こえた。
「いてぇ! だから聞けって!」
「うっさい! 男のくせに言い訳すんな!」
「言い訳じゃねぇよ! だから俺は——」
「それを言い訳っていうのよ!」
それを聞いたジャックとミーナは、半笑いで唖然とする。
「······どうするよ?」
「ここで聞いてるのも面白いけどね······」
「もう、早く誤解といてあげましょうよ」
「······まぁ、行くか」
ジャックはノックをして、その扉を開けた。
ジャック達は、ここまできた経緯を彼女に話した。
「もうー、それだったら早く言いなさいよー」
「だから! 俺は何度も話そうとしただろ!」
「ごめんなさいね、こんな弟で」
「なんで俺が悪いみたいになってんだよ!」
彼女の誤解を解いた彼らは、ヒンヤリとする岩の家の中で、白く光る石を囲んで話をしていた。
「それより自己紹介ぐらいしろよ」
「そうだったわね」
肩甲骨辺りまで伸びた金髪の髪を一つに縛り、青い瞳をした彼女は、自分の胸に手を当て、名前を名乗る。
「私はエルシアよ。見ての通りスライの姉。ここで、一人で暮らしてるわ」
「お一人でですか?」
意外にも驚いたのはミーナだった。
「えぇ。親は私たちが小さい時に病気でなくなっちゃったからね」
「そうでしたか······」
ミーナは軽く表情を落とす。
「気にしなくていいわ。私たちにとってはザバの人達が家族同然なんだから。寂しくないわ」
少しサバサバした性格の彼女だが、親がいなくてもいいという意味ではなく、純粋にザバの人たちを、家族と思っているようだった。
「そうですか······。でも、どうやってお一人で生活を?」
「生活は、ザバの男達が泉に来る鳥や、砂漠の動物を狩るから、それを私たち女が調理することで助け合っているの。それで、狩ったモンスターの羽とかを編んだりして、商人に売る事でお金も得ているのよ」
ミーナは、ザバでは食事を分け与えるのは当たり前、というスライの言葉を思い出す。
「逞しいですね」
「そんなことないわよ。えーっと······」
「あっ、ごめんなさい。私はミーナです。こっちがジャックで、この子がフィリカです」
エルシアは二人に「よろしくね」と軽く挨拶をする。
二人もお辞儀をしてそれに応える。
「あの、エルシアさん。それで······お二人、積もる話もあると思いますが、先に泉のことを私たちに教えてもらえませんか?」
「えっ、いいわよ······?」
彼女は、この集落で起きた出来事について話す。
昨晩、この集落が寝静まる頃大きな地震があり、住人は飛び起きて外に出た。その時はただの地震かと皆が思っていたが、明るくなってから外に出てみると、泉の水は枯れ、ただの窪みになっていたという。
「きっと、その地震が影響してるんだと思うんだけど、今はその原因どころじゃなくて、泉を掘り返すのに必死になってるの」
「そうだったんですね······」
泉の中心に集まっていた男達は、まさにその人々だった。
「ミーナ、どう思う?」
「その地震で流れてた水脈が変わったのかしら······?」
ミーナは顎に手を当てて考える。
「ちなみに、以前にこういった地震があったことはあるんですか?」
「ない······いえ、一度だけ、私が生まれる前にあったわ。確か······そこの棚にある日記に書いてあった気がする。祖父のものなんだけど······」
彼女は壁の端に備えてある棚を指差す。
スライは、ちょうど後ろに備えてあったその小さな木の棚から、一冊の本を取り出すと、彼はそれと思わしきページを探す。
十八ページほどめくったところで、彼はその手を止める。「きっとこれだ」と言って彼はその本をミーナに渡す。
その周りにジャックとフィリカも集まる。
◯月△日、ザバで大きな地震が起きた。今までこんなことは一度もなかった。恐ろしい揺れだ。サンドワームでもここまでは揺れない。その日は一日中——(略)。
◯月□日、地震の翌日、ザバに代々守られてきた遺跡に、石の化け物が現れた。私たちはそれを『ゴーレム』と名付けた。奴には剣や槍で応戦したが全く歯が立たない。奴はカラダの赤い核を中心に、瓦礫などを寄せた集めてカラダ——核を守っている。きっとあの核が弱点のはずだ。だが奴は、カラダに寄せ集めた瓦礫を飛ばすことも出来るようで、その攻撃によって何十人も死傷者が出てしまった。目も当てらないような光景だった。私たちは村に戻って——(略)。
◯月◯日、村を訪れた一人の男によってゴーレムは討伐、破壊された。我々はその瞬間を見ていなかったが、彼がザバを去ってから遺跡に行くと、あの赤いゴーレムの核が砕けていた。男はあの槍一つでどうやって倒したのだろうか。彼はすぐに去ってしまったため目的は分からなかったが、彼のおかげで遺跡が守られたことは事実だ。それだけは感謝しなければならない。
「一人で倒すなんて何者かしら······?」
「これだけじゃ分かりませんね······。それに倒し方は、残念ながら書いていないようですし」
「そうね······」
「槍は関係ないのか?」
「ないこともないだろうけど、この日記からじゃ何も分からないわ。——とりあえず今は、泉との関連性だけど······それも不明のままね······」
ミーナがページを幾らめくっても、その後は、彼の私生活に関わる事ばかりだった。
「スライはこの事知ってたか?」
「ゴーレムの話は聞いた事あるけど、そこに書いてあった事は初耳だ。最初のほうだけ読んで、ただの日記だと思って放ったからな」
「ふーん」
ミーナは持っていた日記を彼に返す。
「ちなみにその時は、泉は何も変わらなかったんですよね」
「えぇ、きっとね。村の人もそんな話は全くしないもの。だから——」
その時、家の中が突然真っ暗になった。
「あ? 真っ暗になっちまったぞ?」
「ごめんね、灯りが消えたみたい。ちょっと待ってて」
暗闇の中でエルシアの声が響いてからしばらくすると、また彼らの真ん中ある石が発光した。
「まぁ、不思議······」
その瞬間を見たミーナが、思わず声を漏らす。
「そうか。これ見るのは初めてなんだな」
彼は、部屋の明かりを灯していた石の説明をする。
「これは『魔光石』っていってな、ザバの遺跡で取れる石でなんだ。ちょっとした魔力を流すと、こうして一時間ほど光るんだ。まぁ······一度点けるとそれまで消えないのが、玉にキズたまけどな」
「へぇー」
三人が同じように声を上げる。
「それでお前、魔力が操作できるのか」
「そういうこと」
「じゃあお姉さんも?」
もしかして、と思ったミーナがエルシアに尋ねる。
「少しね」
そう言って彼女は、顔の前で、親指と人差し指を伸ばしそれを表す。
ジャック達は、二人の間に血の繋がりがあるのを再認識する。
その後彼らは、泉の話をエルシアから色々聞いたが、残念ながらどれも有用になりそうなものではなかった。
話が一段落したところでジャックはミーナに言う。
「とりあえず、今聞けそうなのはこの辺か?」
「そうね。あとは、泉の様子を見ておきたいかしら。——エルシアさん。私たち少し泉のほうを見てきたいと思います。貴重なお話ありがとうございました」
「いえ、何か力になれたのならいいけど······」
そう言って彼女は、頬に右手を当てる。
お礼を言って立ち上がるジャック達。
「んじゃ、俺も行くか」
「いや、お前残っとけよ」
「はっ? なんで?」
「さっきお姉さん、みんなに言ってただろ? 家族との時間を過ごして欲しいって。それはお前も一緒だろ? どうせ俺らちょっとしたら帰ってきちゃうけどさ、その間だけでも二人で話せよ」
スライは、エルシアのほうを見る。
彼女は俯き加減に、寂しそうな顔をしていた。
「······わかったよ。けど、ザバから離れる際は俺も行くからな」
「あぁ」
そうして二人を置いて、ジャック達はスライの家を後にした。
三人は泉のあった中心にいる、男達の元へと向かっていた。
「おぉ、スライのお客さんか······。どうしたんだ?」
あの時、茶化していた男が、彼らに気付く。
「ここに泉があったと聞いて来ました。······水の気配、ありそうですか?」
「いや、全然ダメだ······。掘っても掘っても砂しか出てこないな」
彼は、持っていたスコップを傍らに立て、それを肘掛けにする。
彼らが掘った穴は半径三メートル、深さは二メートルを超えていた。上り下りする梯子が掛けられている。
「少し見てもいいですか?」
ミーナは、掘られた穴の中にいる彼に尋ねる。
「あぁ、いいよ。ただ、崩れやすいからそれだけ気をつけてくれ」
ミーナはひとり、中へ下り、砂を触って感触を確かめる。そして数カ所、同じように確認をすると梯子を上った。
「どうだ?」
「水が来てないように思えるわ······。やっぱり、水脈が途絶えているのかも······」
掘り続ける彼らに聞こえないよう、ミーナは小さく二人に言う。
「教えてあげなくていいんですか?」
「もしかしたら水が出ないとは限らないもの」
「そうですか······」
先ほどの男がミーナに話しかける。
「悪いなお嬢ちゃんたち。本当ならここはとても良い所なんだ。頑張って掘り返すから、待っててくれよ」
そう言って男は額の汗を拭うと、また砂を掘り始めた。三人は何とも言えない気持ちでそれを見守る。
「······ありがとうございました」
ミーナは彼にお礼を言って、別の所へ行こうとする。その時彼女の目に、周りの岩々が目に入った。
「あの、すみません。あの岩は昔からある物なんですか?」
「あ? あぁ、そうだな。俺が小さい時からあるよ。水がある時は子供の遊び場にもなっててな」
「そうですか」
再びお礼を言った彼女達は、そっとそこを離れた。
それからは三人は、周りの緑——木や草を見たり、さっき目に付いた岩を見たりした。
そして今は、一本の木に手を置いて、ミーナはそれを観察していた。
「なにか分かりそうか?」
「いえ······」
さっきから繰り返していたこの問答に、ジャックとフィリカは、ザバの人達のようにすっかりと消沈していた。
彼女はそれからもその木を、上から下まで隅々まで見る。
「ヤシに近い木なのかしら······」
そうして呟きながら、彼女の視線が木の根元まで来た時——彼女は何かを閃いた。
「······ちょっとした可能性はありそうね」
「ん? どうしたんだ?」
「私たちに出来ることが見つかったわ」
「ホントか?」
「本当ですか!?」
「えぇ、本当よ。だから——」
ミーナは立ち上がると、二人にこう言った。
「今からゴーレムを倒しに行くわよ」
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そして、過保護な神様は異世界フィルロードで生きてもらうために多くの力を与える。
人と極力関わりたくない彼を、老若男女のフラグさん達がじわじわと近づいてくる。
容赦なく迫ってくるフラグさん。
康太は回避するのか、それとも受け入れて前へと進むのか。
なるべく間隔を空けず更新しようと思います!
よかったら、読んでください
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
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侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
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「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
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そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
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勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
魔法少女の異世界刀匠生活
ミュート
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私はクアンタ。魔法少女だ。
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※この作品は「小説家になろう!」様、「ノベルアップ+」様でも同様の内容で公開していきます。
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