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オアシス 後編②

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 近くで見る人々の目は、光を失っていた。まるで、そこに居るスライのように。中にはここに来たばかりの商人もいる。
 哀れむような、睨むような、そんな目でジャック達を見る者もいた。

 そんな中でようやく、四人のうちの一人——スライの存在に気付く者が現れた。

「あれ、お前スライか······? スライだよな? スライじゃないか! 帰ってきたのか!?」
「あ、あぁ······」

 今の状況を忘れて喜ぶ男性。
 その声に、周りの人もようやく彼の帰省に気付いたようだった。

「スライ? スライ! お前だったのか!? 俺はてっきり可哀想な旅人かと思ってたよ!」
「どうしたんだい、こんな時に帰ってきて!」
「大きくなったなー、スライ! 久しぶりじゃねぇか」

 群がって彼に押し寄せる人達。
 その活気に、スライも少しずつ元気を取り戻していく。

「おぉ、久しぶりだな。みんな」

 スライは一人ひとりに握手や抱擁を交わす。

「おぉー、シルバ! 久しぶりじゃねぇか! あっ、ババアまだ生きてやがったのか! グマのおやじ! 俺を子供扱いすんじゃねー!」

 近寄る人みんなに、笑顔で挨拶をしていくスライ。
 彼も懐かしい顔に会えて、すっかり嬉しい様子だった。普段の調子もいつも以上になっている。

「すごい集まりね······」
「みんな知り合いって感じなんだな······」

 ジャック達はすっかり取り残されていた。
 彼らが挨拶を一通り終えたあと、ようやく一人の中年の男が、ジャック達の存在に触れる。

「で、この子らはなんだ! お前の彼女か!?」

 笑いながら男は、ミーナとフィリカを指差して、場を茶化そうとする。だが、

「ちげぇよ! この子らは大事なお客さん!」
「あ? 大事なお客さん? 大事な······」

 さっきまでの賑わいが嘘のように、辺りが静まり返る。
 人々は皆、顔を伏せていた。

「······それはまた、困ったな」

 茶化した男も、頭を掻いて目を伏せる。

「そうだよ! 何があったんだ? 泉が枯れるなんて今まで一度もなかったろ?」
「あぁ······俺らも驚いてるんだ······」
「いつからなんだ?」
「昨日地震があって、急に干上がっち——」
「スライ」

 男が事情を話そうとする時、一人の金髪女性が、スライの前に現れた。

「姉貴······」

 すると、現れたばかりの彼女は、無言でいきなり彼にビンタを交わす。
 思わずどよめく聴衆。

「あんた、二十歳まで帰らないって豪語したくせに、よく抜け抜けと帰って来れたわね。情けない。しかもこんな時に帰ってくるなんて」

 スライは頬を押さえながら、目を丸くする。

「ちげえって。これはちゃんとした——」
「うっさい。言い訳すんなっ」
「ちょっと待てって! いててててて!」

 彼女はスライの耳を引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。そして、去り際に振り返って、

「みんな、こんな弟の帰りを喜んでくれてありがとう。でも今は、みんな家族との時間を大切にしてあげて」

 そう言って二人は、街のどこかへと消えていった。
 呆然とする人々。その中にジャック達もいる。

「相変わらずだなぁ······エルちゃんは」

 スライと話をしていた男が、半笑いしながら独り言をいう。

「あの、あいつ何処に連れて行かれたんです?」
「多分家じゃないか。あの様子だとしばらく帰って来ないぞ」
「そうですか」

 ジャックは溜息をつくともう一度、そのことを彼に尋ねる。

「あの、もし良ければ、その家教えてもらないですか?」
「あぁ、いいよ。そもそもスライの客人だしな。······まったく、置いてかれた君たちはどうしていいかも分からんよな」

 男は笑って場を和ますと、周りも少し笑顔を取り戻す。
 その後ジャック達は、男に口頭で道を教わると、連れて行かれた、スライの家を訪ねた。

 ジャック達が家の前に着くと、扉越しに二人の喧嘩が聞こえた。

「いてぇ! だから聞けって!」
「うっさい! 男のくせに言い訳すんな!」
「言い訳じゃねぇよ! だから俺は——」
「それを言い訳っていうのよ!」

 それを聞いたジャックとミーナは、半笑いで唖然とする。

「······どうするよ?」
「ここで聞いてるのも面白いけどね······」
「もう、早く誤解といてあげましょうよ」
「······まぁ、行くか」

 ジャックはノックをして、その扉を開けた。




 ジャック達は、ここまできた経緯を彼女に話した。

「もうー、それだったら早く言いなさいよー」
「だから! 俺は何度も話そうとしただろ!」
「ごめんなさいね、こんな弟で」
「なんで俺が悪いみたいになってんだよ!」

 彼女の誤解を解いた彼らは、ヒンヤリとする岩の家の中で、白く光る石を囲んで話をしていた。

「それより自己紹介ぐらいしろよ」
「そうだったわね」

 肩甲骨辺りまで伸びた金髪の髪を一つに縛り、青い瞳をした彼女は、自分の胸に手を当て、名前を名乗る。

「私はエルシアよ。見ての通りスライの姉。ここで、一人で暮らしてるわ」
「お一人でですか?」

 意外にも驚いたのはミーナだった。

「えぇ。親は私たちが小さい時に病気でなくなっちゃったからね」
「そうでしたか······」

 ミーナは軽く表情を落とす。

「気にしなくていいわ。私たちにとってはザバの人達が家族同然なんだから。寂しくないわ」

 少しサバサバした性格の彼女だが、親がいなくてもいいという意味ではなく、純粋にザバの人たちを、家族と思っているようだった。

「そうですか······。でも、どうやってお一人で生活を?」
「生活は、ザバの男達が泉に来る鳥や、砂漠の動物を狩るから、それを私たち女が調理することで助け合っているの。それで、狩ったモンスターの羽とかを編んだりして、商人に売る事でお金も得ているのよ」

 ミーナは、ザバでは食事を分け与えるのは当たり前、というスライの言葉を思い出す。

「逞しいですね」
「そんなことないわよ。えーっと······」
「あっ、ごめんなさい。私はミーナです。こっちがジャックで、この子がフィリカです」

 エルシアは二人に「よろしくね」と軽く挨拶をする。
 二人もお辞儀をしてそれに応える。

「あの、エルシアさん。それで······お二人、積もる話もあると思いますが、先に泉のことを私たちに教えてもらえませんか?」
「えっ、いいわよ······?」

 彼女は、この集落で起きた出来事について話す。

 昨晩、この集落が寝静まる頃大きな地震があり、住人は飛び起きて外に出た。その時はただの地震かと皆が思っていたが、明るくなってから外に出てみると、泉の水は枯れ、ただの窪みになっていたという。

「きっと、その地震が影響してるんだと思うんだけど、今はその原因どころじゃなくて、泉を掘り返すのに必死になってるの」
「そうだったんですね······」

 泉の中心に集まっていた男達は、まさにその人々だった。

「ミーナ、どう思う?」
「その地震で流れてた水脈が変わったのかしら······?」

 ミーナは顎に手を当てて考える。

「ちなみに、以前にこういった地震があったことはあるんですか?」
「ない······いえ、一度だけ、私が生まれる前にあったわ。確か······そこの棚にある日記に書いてあった気がする。祖父のものなんだけど······」

 彼女は壁の端に備えてある棚を指差す。
 スライは、ちょうど後ろに備えてあったその小さな木の棚から、一冊の本を取り出すと、彼はそれと思わしきページを探す。
 十八ページほどめくったところで、彼はその手を止める。「きっとこれだ」と言って彼はその本をミーナに渡す。
 その周りにジャックとフィリカも集まる。



 ◯月△日、ザバで大きな地震が起きた。今までこんなことは一度もなかった。恐ろしい揺れだ。サンドワームでもここまでは揺れない。その日は一日中——(略)。

 ◯月□日、地震の翌日、ザバに代々守られてきた遺跡に、石の化け物が現れた。私たちはそれを『ゴーレム』と名付けた。奴には剣や槍で応戦したが全く歯が立たない。奴はカラダの赤い核を中心に、瓦礫などを寄せた集めてカラダ——核を守っている。きっとあの核が弱点のはずだ。だが奴は、カラダに寄せ集めた瓦礫を飛ばすことも出来るようで、その攻撃によって何十人も死傷者が出てしまった。目も当てらないような光景だった。私たちは村に戻って——(略)。

 ◯月◯日、村を訪れた一人の男によってゴーレムは討伐、破壊された。我々はその瞬間を見ていなかったが、彼がザバを去ってから遺跡に行くと、あの赤いゴーレムの核が砕けていた。男はあの槍一つでどうやって倒したのだろうか。彼はすぐに去ってしまったため目的は分からなかったが、彼のおかげで遺跡が守られたことは事実だ。それだけは感謝しなければならない。



「一人で倒すなんて何者かしら······?」
「これだけじゃ分かりませんね······。それに倒し方は、残念ながら書いていないようですし」
「そうね······」
「槍は関係ないのか?」
「ないこともないだろうけど、この日記からじゃ何も分からないわ。——とりあえず今は、泉との関連性だけど······それも不明のままね······」

 ミーナがページを幾らめくっても、その後は、彼の私生活に関わる事ばかりだった。

「スライはこの事知ってたか?」
「ゴーレムの話は聞いた事あるけど、そこに書いてあった事は初耳だ。最初のほうだけ読んで、ただの日記だと思って放ったからな」
「ふーん」

 ミーナは持っていた日記を彼に返す。

「ちなみにその時は、泉は何も変わらなかったんですよね」
「えぇ、きっとね。村の人もそんな話は全くしないもの。だから——」

 その時、家の中が突然真っ暗になった。

「あ? 真っ暗になっちまったぞ?」
「ごめんね、灯りが消えたみたい。ちょっと待ってて」

 暗闇の中でエルシアの声が響いてからしばらくすると、また彼らの真ん中ある石が発光した。

「まぁ、不思議······」

 その瞬間を見たミーナが、思わず声を漏らす。

「そうか。これ見るのは初めてなんだな」

 彼は、部屋の明かりを灯していた石の説明をする。

「これは『魔光石』っていってな、ザバの遺跡で取れる石でなんだ。ちょっとした魔力を流すと、こうして一時間ほど光るんだ。まぁ······一度点けるとそれまで消えないのが、玉にキズたまけどな」
「へぇー」

 三人が同じように声を上げる。

「それでお前、魔力が操作できるのか」
「そういうこと」
「じゃあお姉さんも?」

 もしかして、と思ったミーナがエルシアに尋ねる。

「少しね」

 そう言って彼女は、顔の前で、親指と人差し指を伸ばしそれを表す。
 ジャック達は、二人の間に血の繋がりがあるのを再認識する。

 その後彼らは、泉の話をエルシアから色々聞いたが、残念ながらどれも有用になりそうなものではなかった。




 話が一段落したところでジャックはミーナに言う。

「とりあえず、今聞けそうなのはこの辺か?」
「そうね。あとは、泉の様子を見ておきたいかしら。——エルシアさん。私たち少し泉のほうを見てきたいと思います。貴重なお話ありがとうございました」
「いえ、何か力になれたのならいいけど······」

 そう言って彼女は、頬に右手を当てる。
 お礼を言って立ち上がるジャック達。

「んじゃ、俺も行くか」
「いや、お前残っとけよ」
「はっ? なんで?」
「さっきお姉さん、みんなに言ってただろ? 家族との時間を過ごして欲しいって。それはお前も一緒だろ? どうせ俺らちょっとしたら帰ってきちゃうけどさ、その間だけでも二人で話せよ」

 スライは、エルシアのほうを見る。
 彼女は俯き加減に、寂しそうな顔をしていた。

「······わかったよ。けど、ザバから離れる際は俺も行くからな」
「あぁ」

 そうして二人を置いて、ジャック達はスライの家を後にした。




 三人は泉のあった中心にいる、男達の元へと向かっていた。

「おぉ、スライのお客さんか······。どうしたんだ?」

 あの時、茶化していた男が、彼らに気付く。

「ここに泉があったと聞いて来ました。······水の気配、ありそうですか?」
「いや、全然ダメだ······。掘っても掘っても砂しか出てこないな」

 彼は、持っていたスコップを傍らに立て、それを肘掛けにする。
 彼らが掘った穴は半径三メートル、深さは二メートルを超えていた。上り下りする梯子が掛けられている。

「少し見てもいいですか?」

 ミーナは、掘られた穴の中にいる彼に尋ねる。

「あぁ、いいよ。ただ、崩れやすいからそれだけ気をつけてくれ」

 ミーナはひとり、中へ下り、砂を触って感触を確かめる。そして数カ所、同じように確認をすると梯子を上った。

「どうだ?」
「水が来てないように思えるわ······。やっぱり、水脈が途絶えているのかも······」

 掘り続ける彼らに聞こえないよう、ミーナは小さく二人に言う。

「教えてあげなくていいんですか?」
「もしかしたら水が出ないとは限らないもの」
「そうですか······」

 先ほどの男がミーナに話しかける。

「悪いなお嬢ちゃんたち。本当ならここはとても良い所なんだ。頑張って掘り返すから、待っててくれよ」

 そう言って男は額の汗を拭うと、また砂を掘り始めた。三人は何とも言えない気持ちでそれを見守る。

「······ありがとうございました」

 ミーナは彼にお礼を言って、別の所へ行こうとする。その時彼女の目に、周りの岩々が目に入った。

「あの、すみません。あの岩は昔からある物なんですか?」
「あ? あぁ、そうだな。俺が小さい時からあるよ。水がある時は子供の遊び場にもなっててな」
「そうですか」

 再びお礼を言った彼女達は、そっとそこを離れた。
 それからは三人は、周りの緑——木や草を見たり、さっき目に付いた岩を見たりした。
 そして今は、一本の木に手を置いて、ミーナはそれを観察していた。

「なにか分かりそうか?」
「いえ······」

 さっきから繰り返していたこの問答に、ジャックとフィリカは、ザバの人達のようにすっかりと消沈していた。

 彼女はそれからもその木を、上から下まで隅々まで見る。

「ヤシに近い木なのかしら······」

 そうして呟きながら、彼女の視線が木の根元まで来た時——彼女は何かを閃いた。

「······ちょっとした可能性はありそうね」
「ん? どうしたんだ?」
「私たちに出来ることが見つかったわ」
「ホントか?」
「本当ですか!?」
「えぇ、本当よ。だから——」

 ミーナは立ち上がると、二人にこう言った。

「今からゴーレムを倒しに行くわよ」
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