ジャック＆ミーナ ―魔法科学部研究科―

英雄(ヒーロー)③

　離れた彼女は、遠くから指示を送る。

「いい！？　最初は剣を魔力使わず、素振りで振ってみて！」
「オッケー」

　ジャックは腰の剣を抜くと、戦うようにそれを構える。
　そして、目を鋭くし、二、三度素振りをすると、その構えを解く。

「······これでいいのか？」
「えぇ、十分よ。ただ、今使った筋肉を忘れないで」
「わかった」
「そしたら今度は、振るときに、そこに魔力を送る意識をしてみて。もちろん、少しだけよ」
「オッケー」

　ジャックは剣を構えると、自分の魔力の流れに集中する。

　(魔力を、流し過ぎないように······)

　そして彼は、先と同じ様に二、三度、剣を振るう。

　——シュッ、シュッ、シュッ。

　先程と違い、風を切るような音が辺りに響く。

「おぉ······」
「いい感じじゃない」
「なんか一段と速くなりましたね······」
「これ、すごいな······」
「だからって調子に乗っちゃだめよ？」
「分かってるよ」

　ミーナは、しつこい程に彼を注意する。

「じゃあ次は······そこの枝を斬ってみてくれないかしら？」

　彼女の指差す先には、太さ三センチ程の木の枝が二本垂れ下がっていた。

「オッケー」

　ジャックはその枝を、自分の間合いに入れる。

「データを取りたいから、魔力ありとなしで比べてもらっていいかしら？」
「あぁ。——じゃあ、なしから行くぞ」

　彼は、剣を一度枝に当てると、一気に振り上げてその枝を斬る。少し跳ねるように切れた枝が、彼の足元に落ちる。

「いいわ。それじゃあ、次お願い」
「あいよ」

　魔力に集中するジャック。
　先程と同じイメージをする。
　そして剣を構えると、一気に振り上げて枝を斬る。

　——ストン。

　切った枝は真下に、重力の力だけを受けて落ちた。

「俺、切ったよな？」

　ミーナは彼に近付いて、落ちた枝の断面を見比べる。見事に斬られたその断面は、一片の凹凸もなく、まるで凪いだ水面を切り取ったようだった。

「これは想像以上だわ······。あなた、まだ限界までやってないわよね？」
「あぁ······」
「ちょっと考え直さないといけないわね······」

　そう言って彼女は、一人ぶつぶつと呟きながら、持ってきた紙に何かを書き込んでいく。

「なぁ······ミーナ——」
「ちょっと待ってて」

　急になおざりにされるジャック。
　仕方なく彼は、ちょこんと立つフィリカの隣へと行く。

「ふぅ······ミーナのやつ、何考えてんだろうな」
「ちょっと魔法が強すぎるじゃないですか？　それによって、今後どれくらいの魔物が仕留められるかも変わってきますし」
「あぁ、なるほどな」
「あと、誰もがこの魔法使えるようになったら、モンスターなんてへっちゃらかもしれませんけど、その分リスクもありますから······その辺り考えてるのでは？」
「あぁ、悪用するやつ、って話か」
「はい」

　二人はミーナの考えがまとまるまで、地面に座って待っていることにした。




　特にやる事のない二人はボーッとしていた。

「あんま待たされると薬の効果切れちゃいそうだな······」
「そうですね······。しかもこっちはやる事なくて、退屈ですし······」

　その時、フィリカが地面の上を見て、何かを思いつく。

「ジャックさん。暇ですよね？」
「ん？　あぁ」
「ちょっと見ててくださいね。今から一発ギャグやりますから」

　そう言ってフィリカは、座ったまま手を伸ばし、落ちていた一本の細い枝を取る。
　枝がどうしたのか、と思ったジャックだが、とりあえず彼女を見ていることにする。

　そして彼女は、それをしばらくジーッと睨むと、一気に力を入れ、その枝をボキリとへし折った。

「調子に乗ったジャックさん」
「バカ、やめろ。縁起でもない······」

　その後も無意識に、パキッ、パキッ、とその枝を彼女は細かく折っていた。
　隣に居たジャックは、それを何処か哀しそうな目で見ていた。
　そこに、考えをまとめたミーナがやってきた。

「待たせたわね。もう少しだけやってもらうわ」
「あぁ、分かった。——んで、どうすればいい？」
「じゃあ······まず、あの枝を切れるかお願い。その次に——」

　そうしてジャックは、今度は魔法が使えなくなるまで、彼女の実験に付き合わされた。




　試用が終わり、三人はあの部屋に戻っていた。
　だがジャックは、出る前と同じように机の上に突っ伏していた。

「腕······もう上がらんのだけど······」
「お疲れさま。明日は休んでいいわよ」
「ちょっと話が違うんじゃないか？」
「なにが？」
「身体は痛めずに済むって話だよ」
「最初に言ったでしょ？　近いものなら、って」
「詐欺だろ······」
「それよりも」

　ミーナは彼の近くに行くと、何かを求めるように手を出す。

「ちょっと剣貸して」
「ん？　あぁ、勝手にしてくれ······」

　ジャックはもうその疲労からか、動きたくない様子だった。
　ミーナは、彼の横に立て掛けてあった剣を手に取ると、鞘から取り出し、それを目線の上に掲げる。

「やっぱり、刃こぼれしてるわね······」
「そりゃあそうだろ。胴回りはある木をやるのは流石に無理だって······」
「うーん······。剣の斬れ味が足りないのかしらね······」
「そういう問題か？」

　彼女は剣をしまうと、それを元の位置に戻す。

「二人とも、もう少し付き合ってちょうだい」

　ジャックは顔だけを彼女に向ける。

「もう休みじゃないのかー？」
「明日休みって言ったのよ」
「なんだよそれ······」
「今度はどちら行かれるんですか？」
「城の外、北東地区に行くわよ」
「そうですか。じゃあちょっと、その事を書庫の方に伝えに行ってもいいですか？」
「ええ、もちろんよ。——じゃあフィリカが帰ってきたら行きましょ」
「はい、わかりました」
「えー」

　そそくさと部屋を出て行くフィリカと、これっぽっちも机から動かないジャック。

　フィリカが出て行くのを見ると、そんな彼の両肩に、ミーナが手を乗せる。

「ん？」
「まぁ······気休めだけど、回復しておいてあげる」

　彼女はそう言うと、自分の魔力を流して、ジャックの治癒能力を高める。

「あー、気持ちいい······」

　彼の肩から腕、背中にかけ、仄かな温かさがじんわりと広がっていく。

「なぁ、軍やめて、これで店やるのもいいんじゃないか？」
「なに言ってんの、まだやる事あるでしょ。——でも······年老いたらそれもいいかもしれないわね」
「そしたら俺、毎日通うよー」
「あら、あなたそっち側なの？」
「いやそうだろ。だってほら、俺が施術しても、店が三十分と持たないだろ」

　ミーナは小さく笑う。

「ふふっ、それもそうね」

　端から見たら、彼女がただ、肩に手を当てているだけのようだったが、彼にとっては陽だまりの中にいるような心地良さだった。

　そして、その優しい温みを感じている内、やってくる眠気に、彼はすっかり身を任せてしまった。
　彼女は、フィリカが戻って来るまでの間、ずっと、黙って彼に手を当てていた。