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最初の魔法④
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中は、入り口を登る時ほどの地形の険しさはまるでなく、整地されたように通れる箇所がほとんどだった。
「日が沈む前に終わらせないとな」
岩の隙間を見上げながら、ジャックはミーナの前を歩く。
二人が得られる明かりは、所々の天井から漏れる光や、洞窟の端を流れるマグマによって確保出来る程度だった。
「あんた、上ばっか見てると死ぬわよ?」
そんなジャックの前には、小さなマグマ溜まりが広がっていた。
「あぶねっ!助かった······」
「あと一歩だったのにね」
「おい」
「前を見ないあなたが悪いのよ。ちゃんと注意して」
「······あぁ、すまん」
二人は警戒しながら、さらに奥へと進んでいく。
そして、五分程歩き、細い通路を抜けた先、今までよりも圧倒的に光の得られる空間へと出られた。
「はぁー、まるで湖だな」
その空間は床の半分以上マグマで埋まっており、入った瞬間から熱が伝わってくる程にマグマが満ちていた。天井は通ってきた何処よりも大きな穴を開け、外界との繋がりを強調していた。
そして、その空から落ちたであろう岩石が、あちらこちらへと散らばっている。
「すげぇ······」
その光景に圧巻をとられたジャックは、無意識に前へと歩いていた。「ちょっと······」と彼を小さく制止しようとするミーナだったが、岩の向こうに何かの影を発見し、急に声を荒げた。
「ジャック!? 左!!」
彼が視線をそちらに移すと、先程まで岩の陰に隠れて見えなかったドラゴンが口を開けて、側に立っていた。
刹那、ドラゴンが咆哮を上げ、ジャックに襲いかかる。
ーーガキィン!!
鳴り響く牙の音。
間一髪、顔スレスレで、その攻撃をかわすと、ジャックは尻餅をついた。
「あっぶねぇ······」
「逃げるわよ!!」
ミーナの声を聞いたジャックは、急いで体勢を立て直し、彼女の方へと走り出す。
「助かったよ、ミーナ」
「いいから走って」
二人が走り出して数秒後、ドラゴンも彼らを追うため走り始める。
「来たぞ!!」
ジャックは走りながら後ろを見ては、敵の様子を見ていた。
だが、彼女は振り返らず、黙々淡々と走り続けている。
「どうした?」
変わらずミーナからの返事はない。
「おい、ミーナ。大丈夫か? 足でも痛めたんじゃーー」
「違うわよ!! 怒ってんの! 全部台無しじゃない!」
「悪かったって。でもそんな怒んなくてもいいだろーー」
「怒るわよ! バカ!!」
「バカ!? お前、さっきの俺じゃなかったらとっくに死んでたぞ! 見ただろ、あの俺の回避能力(スキル)。」
「知らないわよ! 私が叫ばなきゃ、今頃その頭無くなってたくせに! それに、マグマに足入れそうになったのだって、私のおかげで助かったんでしょ?! このバカ!」
「はぁ?! あんなの足突っ込んでも”あちっ”だけで済んだわ! そもそもーー」
ジャックは一度後ろを振り返り、指を差す。
「なんでいきなりドラゴンなんだよ! バカ!」
「しょうがないでしょ! 一番可能性があると思ったんだから! それに誰も倒せなんて言ってないわよ!バカ!」
喧嘩しながら走る分、二人の体力の消耗も激しかった。おまけにマグマによるこの暑さが追い打ちをかける。
「ちょっと、そこ······そこの岩に隠れよう······!」
ジャックが指を指した先には、二人よりも少し大きな岩があった。二人は岩の陰に隠れて、ドラゴンの視界に入らないよう岩に背をつける。
「こんなん聞いてないぞ······まったく······」
「私だってこんなんだとは思わなかったわよ······」
はぁはぁ······と息をつく二人の向こうでは、ドラゴンが鼻をひくつかせていた。
「最初からこんなんじゃ先が思いやられるな······」
「そうね······」
だがすぐに「いえ······」と言い、彼女は顔を上げた。
「そもそも、あなたが歩いてかなきゃ見つからなかったのよ!」
「そんなの分かんないだろ! 二人で行ってたら、二人でガブッってなってるかもしんないし!」
「いいえ!! 注意しないあなたが悪いのよ!!」
その声を聞いたドラゴンは、ぽっかり空いた口から鋭い牙を覗かせ、彼らを見ていた。
「······とりあえず逃げるぞ」
「ええ······」
二人はまたドラゴンに追いかけられながらも、違う岩へと隠れる。
「はぁ······はぁ······とにかく、確かにあれに噛まれたら、怪我じゃ済まないかもな」
「でも近付かなきゃ、採取なんて出来ないわよ」
「だから! あんなのどうやって近付くんだって!」
「だから! あなたが歩いてかなきゃ······」
直前の事を思い出し、ミーナは深く息を吐き、冷静になる。
「······やめましょう。また見つかるわ」
「······あぁ、そうだな」
先程よりもドラゴンと離れた岩の端から、ジャックはしゃがんで顔を覗かせる。
「どうやって近付こうかね······」
彼女もジャックの上からドラゴンを覗き見る。
そして、開けた左の方を二、三度確かめると、ジャックの肩をポンポンと叩く。
「······ねぇ、ちょうどあそこの岩と岩の幅、ドラゴンと同じくらいじゃない?」
ジャックは彼女が指差す先を確認する。
「······あぁ、そうだな。でも、それがどうしたんだ?」
視線を戻し、敵を捉えたままのジャックは、彼女に尋ねる。
「······私が正面からドラゴンを引きつけて岩に隠れるから、あなたは反対側の岩から、血を採ってちょうだい」
「······ミーナ、それお前、大丈夫か?」
「危険なのはお互い様よ。それにあなたの方が近付くんだから、あなたの方が危ないわよ」
「うーん······」
彼が答えに詰まっていると、ミーナが尋ねる。
「やれる?」
彼女のほうを一度見て、またドラゴンへ視線を戻すジャック。
「······やるしかないだろ」
「じゃ、きまりね」
ミーナは「それで······」と言うと、ジャックを岩陰に引っ張り、右手を彼の前に差し出した。
「タイミングは『アレ』使うわよ。昔やったでしょ?」
「ん? ······あぁ。『アレ』か」
二人がやろうとしていたのは、魔法『コンタクト』だった。
術者と術者が手を重ね、重ねた所に両者が魔力を送ると、片方が魔力を切るか、どちらかの魔力が尽きない限り、喋らずとも数十メートルの距離、お互い頭の中へと話しかけることが出来るようになる。
所謂、魔力による思念の結合だ。
ジャックは、差し出されたその右手に、自身の左手を重ねた。
ほんの一瞬、光が瞬くと、二人は手を離す。
(聞こえる?)
(あぁ。聞こえるよ)
だが、ジャックはすぐに口を開いた。
「これ、頭に直接響くから苦手なんだよな」
「つべこべ言わないの。あなたの魔力からして五分くらいしかもたないんだから、さっさと片付けるわよ」
そう言うと、ミーナは取り出した小ビンをジャックに渡し、ドラゴンの位置を確認すると、左斜めに走っていった。
それを見つけたドラゴンは彼女のほうへと注意を払う。
(いいわ)
それを聞いたジャックは体を屈ませ、見つからぬよう対の岩へと向かう。
そして、無事辿り着くと彼女へ連絡を送る。
(こっちも位置についたぞ)
(私が石を投げて気を引くから、そしたら静かに尻尾に取り掛かって)
(オッケー)
ジャックは岩を背にして、その時を待つ。
(··················今よ!)
彼が岩から身体を出すと、ドラゴンの尻尾は目の前にあった。
ゆっくりと左右に揺れる尻尾。
ジャックはそろりそろり、とそれに近付く。
時折、コツっ、コツっ、という石の音が、彼の鼓膜に届く。
(鱗を持ち上げて隙間にナイフを······)
ジャックは、左手でドラゴンのその硬い鱗を何とか持ち上げると、隙間に見えた皮膚へと、一気にナイフを突き刺した。
ーーブスッ
同時に、ドラゴンが咆哮と共に尻尾を暴れさせた。
吹き飛ばされたジャックは、岩へと、背中から激しくぶつかる。
(なに!? 大丈夫!?)
ミーナの声がジャックへ響く。
(なんとか······。でも、かなり怒ってるみたいだ······)
ドラゴンは、ジャックのほうを見続けていた。
ミーナは顔を出し、石を投げて注意を引こうとするも、怒りを浮かべた龍は、全く振り向く素振りを見せない。
ジリジリと詰め寄られ、岩を背にするジャック。
すると次の瞬間、ドラゴンが口から炎を吐き出した。
直撃はなんとか避けるも、彼の右肘を炎はかすめる。
「っっつ!!」
ジャックは顔を歪めて、痛みに耐えながら岩陰へと隠れる。
(ジャック! 大丈夫!?)
(あぁ······、炎吐くなんて驚いたけどな)
岩の向こうではコツっ、コツっ、と鱗に弾かれては落ちる、石の音がする。だがもはや敵は、石で注意を引こうとするミーナには目もくれていなかった。
(まずいな······)
左右に広がる炎の熱を浴びながら、ジャックは次の手を考えていると、離れたミーナからコンタクトがくる。
(ジャック。あなた、そこから逃げられるの?)
(そうだな······炎が止んだ時に、ちょっと顔出して、逆から逃れば······多分、逃げられるかもな)
(そう······じゃあもう少しだけ、もう少しだけそこで我慢してちょうだい)
(おい、なにするつもりだ)
彼女は、ドラゴンに刺さったままのナイフへ近寄ろうとしていた。刺さったナイフの柄から、血がポタっ、ポタっ、ポタっ、とこぼれ出ていたからだった。
彼女は、ジャックに渡したのとは別の、予備の小ビンをポケットから取りだすと栓を開け、そろりそろりと尻尾へ近付いていく。
炎を吐いてる間のドラゴンは全身に力が入って、尻尾もほとんど動かずにいた。
(今から血を採るわ)
(はぁっ?!)
岩の向こうで何が起きているのか分からないジャックは、思わず声を上げる。
だが、ミーナはもう尻尾の辺りまでいるんだろう、と思うと、彼はそれ以上、何も言えなかった。
(······頼むから気を付けてくれよ)
ジャックは祈りながら、かすめた右腕を抑える。
(もう少し······)
彼女の持つ容器に、滴る血が集まり始める。
炎を吐き続けるドラゴン。
(半分越えたわ)
ドラゴンはまだ、背後の彼女には気付かない。
(あとちょっと······)
残り四分の一を超える。そして、
(············やったわ!)
(よし! 俺もすぐ行くから、お前は先に逃げろ!)
(わかったわ!)
小ビンに栓をしたミーナは岩陰を迂回し、急いで、来た通路へと走る。
(······ここまでこれば、私は大丈夫!)
通路の目の前まで来たミーナは、彼にその知らせを送る。
それを聞いたジャックは胸を撫で下ろし返事をする。
(オッケー。俺も今行く)
左右の炎が止むタイミングを見計う。
(··················今だ!!)
ドラゴンは岩の右から顔を出したジャックに、牙を見せ、走って追いかける。だが、岩の裏まで追いかけて、ドラゴンは一度彼を見失う。
ジャックは敵にフェイントを見せ、逆へと走っていた。
しかしすぐに、入り口に向け走る、彼の姿を見つけたドラゴン。
するとドラゴンは突然その場で飛び上がり、滑空をして彼を追いかけ始めた。
それは走っていた時よりも格段に速く、一気に彼との距離を縮めていく。
(ジャック! はやく!!)
(わかってるよ!!)
彼との距離をある程度まで詰めたドラゴンは、口を開けると、大きく息を吸い込んだ。
それを走りながら見たジャックが、入り口側の彼女に言う。
(炎がくるぞ! ミーナ! 先に奥走れ!!)
それを聞くと彼女は頷いて振り返り、通路を奥へと進む。
彼の予想通り、大きく息を吸い込んだドラゴンは炎を吐いた。
それはジャックのほうへと徐々に迫っていく。
彼の背中を熱が襲い始める。
足が千切れそうな思いで彼は走る。
(たのむっ······!!)
なんとか通路へと逃げ込んだジャック。
だが彼はまだ走り続けた。
通路に入った彼の後ろではまだ、炎が差し迫っていたからだった。
徐々に身体に帯びる熱量。
(もうだめか······!?)
しかしそう思ったその時、ガラガラガラガラン!! と激しい揺れと轟音が響いた。それは、ドラゴンが細い通路に衝突し、落石を起こした音だった。
彼の背中まで迫っていた炎は、その岩々が寸断をする。
彼はなんとか、その身を焼かれずに済んだのだった。
(助かった······)
九死に一生を得たジャックは胸を撫でおろし、前を向いて、壁に手を当てながらゆっくり歩き出す。
しばらくして通路の終わりが見える。
細いその道の出口では、不安な表情で中を覗くミーナ。
『コンタクト』の魔法は、既に効果が切れていた。
やがて、通路から出てくるジャック。
その姿を見た彼女は、真っ直ぐ彼に抱きついていた。
「よかった······」
それだけ言うと彼女は、彼に見えないよう鼻をすすりながら、しばらくの間、その身体を抱き締めていた。
「日が沈む前に終わらせないとな」
岩の隙間を見上げながら、ジャックはミーナの前を歩く。
二人が得られる明かりは、所々の天井から漏れる光や、洞窟の端を流れるマグマによって確保出来る程度だった。
「あんた、上ばっか見てると死ぬわよ?」
そんなジャックの前には、小さなマグマ溜まりが広がっていた。
「あぶねっ!助かった······」
「あと一歩だったのにね」
「おい」
「前を見ないあなたが悪いのよ。ちゃんと注意して」
「······あぁ、すまん」
二人は警戒しながら、さらに奥へと進んでいく。
そして、五分程歩き、細い通路を抜けた先、今までよりも圧倒的に光の得られる空間へと出られた。
「はぁー、まるで湖だな」
その空間は床の半分以上マグマで埋まっており、入った瞬間から熱が伝わってくる程にマグマが満ちていた。天井は通ってきた何処よりも大きな穴を開け、外界との繋がりを強調していた。
そして、その空から落ちたであろう岩石が、あちらこちらへと散らばっている。
「すげぇ······」
その光景に圧巻をとられたジャックは、無意識に前へと歩いていた。「ちょっと······」と彼を小さく制止しようとするミーナだったが、岩の向こうに何かの影を発見し、急に声を荒げた。
「ジャック!? 左!!」
彼が視線をそちらに移すと、先程まで岩の陰に隠れて見えなかったドラゴンが口を開けて、側に立っていた。
刹那、ドラゴンが咆哮を上げ、ジャックに襲いかかる。
ーーガキィン!!
鳴り響く牙の音。
間一髪、顔スレスレで、その攻撃をかわすと、ジャックは尻餅をついた。
「あっぶねぇ······」
「逃げるわよ!!」
ミーナの声を聞いたジャックは、急いで体勢を立て直し、彼女の方へと走り出す。
「助かったよ、ミーナ」
「いいから走って」
二人が走り出して数秒後、ドラゴンも彼らを追うため走り始める。
「来たぞ!!」
ジャックは走りながら後ろを見ては、敵の様子を見ていた。
だが、彼女は振り返らず、黙々淡々と走り続けている。
「どうした?」
変わらずミーナからの返事はない。
「おい、ミーナ。大丈夫か? 足でも痛めたんじゃーー」
「違うわよ!! 怒ってんの! 全部台無しじゃない!」
「悪かったって。でもそんな怒んなくてもいいだろーー」
「怒るわよ! バカ!!」
「バカ!? お前、さっきの俺じゃなかったらとっくに死んでたぞ! 見ただろ、あの俺の回避能力(スキル)。」
「知らないわよ! 私が叫ばなきゃ、今頃その頭無くなってたくせに! それに、マグマに足入れそうになったのだって、私のおかげで助かったんでしょ?! このバカ!」
「はぁ?! あんなの足突っ込んでも”あちっ”だけで済んだわ! そもそもーー」
ジャックは一度後ろを振り返り、指を差す。
「なんでいきなりドラゴンなんだよ! バカ!」
「しょうがないでしょ! 一番可能性があると思ったんだから! それに誰も倒せなんて言ってないわよ!バカ!」
喧嘩しながら走る分、二人の体力の消耗も激しかった。おまけにマグマによるこの暑さが追い打ちをかける。
「ちょっと、そこ······そこの岩に隠れよう······!」
ジャックが指を指した先には、二人よりも少し大きな岩があった。二人は岩の陰に隠れて、ドラゴンの視界に入らないよう岩に背をつける。
「こんなん聞いてないぞ······まったく······」
「私だってこんなんだとは思わなかったわよ······」
はぁはぁ······と息をつく二人の向こうでは、ドラゴンが鼻をひくつかせていた。
「最初からこんなんじゃ先が思いやられるな······」
「そうね······」
だがすぐに「いえ······」と言い、彼女は顔を上げた。
「そもそも、あなたが歩いてかなきゃ見つからなかったのよ!」
「そんなの分かんないだろ! 二人で行ってたら、二人でガブッってなってるかもしんないし!」
「いいえ!! 注意しないあなたが悪いのよ!!」
その声を聞いたドラゴンは、ぽっかり空いた口から鋭い牙を覗かせ、彼らを見ていた。
「······とりあえず逃げるぞ」
「ええ······」
二人はまたドラゴンに追いかけられながらも、違う岩へと隠れる。
「はぁ······はぁ······とにかく、確かにあれに噛まれたら、怪我じゃ済まないかもな」
「でも近付かなきゃ、採取なんて出来ないわよ」
「だから! あんなのどうやって近付くんだって!」
「だから! あなたが歩いてかなきゃ······」
直前の事を思い出し、ミーナは深く息を吐き、冷静になる。
「······やめましょう。また見つかるわ」
「······あぁ、そうだな」
先程よりもドラゴンと離れた岩の端から、ジャックはしゃがんで顔を覗かせる。
「どうやって近付こうかね······」
彼女もジャックの上からドラゴンを覗き見る。
そして、開けた左の方を二、三度確かめると、ジャックの肩をポンポンと叩く。
「······ねぇ、ちょうどあそこの岩と岩の幅、ドラゴンと同じくらいじゃない?」
ジャックは彼女が指差す先を確認する。
「······あぁ、そうだな。でも、それがどうしたんだ?」
視線を戻し、敵を捉えたままのジャックは、彼女に尋ねる。
「······私が正面からドラゴンを引きつけて岩に隠れるから、あなたは反対側の岩から、血を採ってちょうだい」
「······ミーナ、それお前、大丈夫か?」
「危険なのはお互い様よ。それにあなたの方が近付くんだから、あなたの方が危ないわよ」
「うーん······」
彼が答えに詰まっていると、ミーナが尋ねる。
「やれる?」
彼女のほうを一度見て、またドラゴンへ視線を戻すジャック。
「······やるしかないだろ」
「じゃ、きまりね」
ミーナは「それで······」と言うと、ジャックを岩陰に引っ張り、右手を彼の前に差し出した。
「タイミングは『アレ』使うわよ。昔やったでしょ?」
「ん? ······あぁ。『アレ』か」
二人がやろうとしていたのは、魔法『コンタクト』だった。
術者と術者が手を重ね、重ねた所に両者が魔力を送ると、片方が魔力を切るか、どちらかの魔力が尽きない限り、喋らずとも数十メートルの距離、お互い頭の中へと話しかけることが出来るようになる。
所謂、魔力による思念の結合だ。
ジャックは、差し出されたその右手に、自身の左手を重ねた。
ほんの一瞬、光が瞬くと、二人は手を離す。
(聞こえる?)
(あぁ。聞こえるよ)
だが、ジャックはすぐに口を開いた。
「これ、頭に直接響くから苦手なんだよな」
「つべこべ言わないの。あなたの魔力からして五分くらいしかもたないんだから、さっさと片付けるわよ」
そう言うと、ミーナは取り出した小ビンをジャックに渡し、ドラゴンの位置を確認すると、左斜めに走っていった。
それを見つけたドラゴンは彼女のほうへと注意を払う。
(いいわ)
それを聞いたジャックは体を屈ませ、見つからぬよう対の岩へと向かう。
そして、無事辿り着くと彼女へ連絡を送る。
(こっちも位置についたぞ)
(私が石を投げて気を引くから、そしたら静かに尻尾に取り掛かって)
(オッケー)
ジャックは岩を背にして、その時を待つ。
(··················今よ!)
彼が岩から身体を出すと、ドラゴンの尻尾は目の前にあった。
ゆっくりと左右に揺れる尻尾。
ジャックはそろりそろり、とそれに近付く。
時折、コツっ、コツっ、という石の音が、彼の鼓膜に届く。
(鱗を持ち上げて隙間にナイフを······)
ジャックは、左手でドラゴンのその硬い鱗を何とか持ち上げると、隙間に見えた皮膚へと、一気にナイフを突き刺した。
ーーブスッ
同時に、ドラゴンが咆哮と共に尻尾を暴れさせた。
吹き飛ばされたジャックは、岩へと、背中から激しくぶつかる。
(なに!? 大丈夫!?)
ミーナの声がジャックへ響く。
(なんとか······。でも、かなり怒ってるみたいだ······)
ドラゴンは、ジャックのほうを見続けていた。
ミーナは顔を出し、石を投げて注意を引こうとするも、怒りを浮かべた龍は、全く振り向く素振りを見せない。
ジリジリと詰め寄られ、岩を背にするジャック。
すると次の瞬間、ドラゴンが口から炎を吐き出した。
直撃はなんとか避けるも、彼の右肘を炎はかすめる。
「っっつ!!」
ジャックは顔を歪めて、痛みに耐えながら岩陰へと隠れる。
(ジャック! 大丈夫!?)
(あぁ······、炎吐くなんて驚いたけどな)
岩の向こうではコツっ、コツっ、と鱗に弾かれては落ちる、石の音がする。だがもはや敵は、石で注意を引こうとするミーナには目もくれていなかった。
(まずいな······)
左右に広がる炎の熱を浴びながら、ジャックは次の手を考えていると、離れたミーナからコンタクトがくる。
(ジャック。あなた、そこから逃げられるの?)
(そうだな······炎が止んだ時に、ちょっと顔出して、逆から逃れば······多分、逃げられるかもな)
(そう······じゃあもう少しだけ、もう少しだけそこで我慢してちょうだい)
(おい、なにするつもりだ)
彼女は、ドラゴンに刺さったままのナイフへ近寄ろうとしていた。刺さったナイフの柄から、血がポタっ、ポタっ、ポタっ、とこぼれ出ていたからだった。
彼女は、ジャックに渡したのとは別の、予備の小ビンをポケットから取りだすと栓を開け、そろりそろりと尻尾へ近付いていく。
炎を吐いてる間のドラゴンは全身に力が入って、尻尾もほとんど動かずにいた。
(今から血を採るわ)
(はぁっ?!)
岩の向こうで何が起きているのか分からないジャックは、思わず声を上げる。
だが、ミーナはもう尻尾の辺りまでいるんだろう、と思うと、彼はそれ以上、何も言えなかった。
(······頼むから気を付けてくれよ)
ジャックは祈りながら、かすめた右腕を抑える。
(もう少し······)
彼女の持つ容器に、滴る血が集まり始める。
炎を吐き続けるドラゴン。
(半分越えたわ)
ドラゴンはまだ、背後の彼女には気付かない。
(あとちょっと······)
残り四分の一を超える。そして、
(············やったわ!)
(よし! 俺もすぐ行くから、お前は先に逃げろ!)
(わかったわ!)
小ビンに栓をしたミーナは岩陰を迂回し、急いで、来た通路へと走る。
(······ここまでこれば、私は大丈夫!)
通路の目の前まで来たミーナは、彼にその知らせを送る。
それを聞いたジャックは胸を撫で下ろし返事をする。
(オッケー。俺も今行く)
左右の炎が止むタイミングを見計う。
(··················今だ!!)
ドラゴンは岩の右から顔を出したジャックに、牙を見せ、走って追いかける。だが、岩の裏まで追いかけて、ドラゴンは一度彼を見失う。
ジャックは敵にフェイントを見せ、逆へと走っていた。
しかしすぐに、入り口に向け走る、彼の姿を見つけたドラゴン。
するとドラゴンは突然その場で飛び上がり、滑空をして彼を追いかけ始めた。
それは走っていた時よりも格段に速く、一気に彼との距離を縮めていく。
(ジャック! はやく!!)
(わかってるよ!!)
彼との距離をある程度まで詰めたドラゴンは、口を開けると、大きく息を吸い込んだ。
それを走りながら見たジャックが、入り口側の彼女に言う。
(炎がくるぞ! ミーナ! 先に奥走れ!!)
それを聞くと彼女は頷いて振り返り、通路を奥へと進む。
彼の予想通り、大きく息を吸い込んだドラゴンは炎を吐いた。
それはジャックのほうへと徐々に迫っていく。
彼の背中を熱が襲い始める。
足が千切れそうな思いで彼は走る。
(たのむっ······!!)
なんとか通路へと逃げ込んだジャック。
だが彼はまだ走り続けた。
通路に入った彼の後ろではまだ、炎が差し迫っていたからだった。
徐々に身体に帯びる熱量。
(もうだめか······!?)
しかしそう思ったその時、ガラガラガラガラン!! と激しい揺れと轟音が響いた。それは、ドラゴンが細い通路に衝突し、落石を起こした音だった。
彼の背中まで迫っていた炎は、その岩々が寸断をする。
彼はなんとか、その身を焼かれずに済んだのだった。
(助かった······)
九死に一生を得たジャックは胸を撫でおろし、前を向いて、壁に手を当てながらゆっくり歩き出す。
しばらくして通路の終わりが見える。
細いその道の出口では、不安な表情で中を覗くミーナ。
『コンタクト』の魔法は、既に効果が切れていた。
やがて、通路から出てくるジャック。
その姿を見た彼女は、真っ直ぐ彼に抱きついていた。
「よかった······」
それだけ言うと彼女は、彼に見えないよう鼻をすすりながら、しばらくの間、その身体を抱き締めていた。
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そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。
そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど?
私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。
私は最高の仲間と最強を目指すから。
【第一部完結】魔王暗殺から始まった僕の異世界生活は、思ってたよりブラックでした
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⋯⋯ただし使えるのは短剣一本。
英雄なのに英雄になれない、そんな報われない僕の異世界生活は魔王討伐から始まる──
・一話の分量にバラつきがありますが気分の問題なのでご容赦を⋯⋯
【第一部完結】
第二部以降も時間とネタができ次第執筆するつもりでいます。
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『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
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私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
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