9 / 10
第9話 ランナーズ・ハイ
しおりを挟む
空のスクリーンから、制限時間がある様子はない。
ステージのクリアの仕方も分からない。
だが、走り回ってる内に一つ発見したことがあった。
「おかしいと言えば“アレ“しかないか······」
それは、巨大カモメの下クチバシの先端のやや下。
そこに、クチバシと似た色の宝石らしき物が埋まっていた。
不可思議なことだらけの世界だが、それでも、カモメが巨大なのを除けば、観察している敵の様子で際立って不自然なのはそれしかなかった。
「つまり、アレを取れってことか? でもなぁ······」
速さはこちらになんとか分はある。しかし、それに近付くということはそのまま喰われる危険も増すということ。虎穴に入らずんば虎児を得ずと言えばしっくりくるだろう。
「あぁ······確かに怖えぇなぁ。あんなのに押し潰されてもきっとアウトだろうし、喰われたらどうなることやら······」
ここまで走り続けている不可思議な理由を信じるならば全滅してもやり直しのきく可能性は高いだろうが、未知のものはやはり怖い。未知でなくとも、あんなでかいクチバシに挟まれるなんて全身の骨を砕かれるんじゃないかと思ってしまう。
「でも――」
胸を叩いて自分を奮い立たせた。
「やるしかないだろ」
これ以上の恐怖の思考は行動を鈍らせる。
そうなっては、いよいよ逃げるだけの情けない始末だ。
「いくぞ」
深呼吸して、もう一度胸を叩いた。
そして両足の力を緩め、スピードを奴に合わせていく。
徐々に近付く白い巨体と黄色のクチバシ。
つぶらな黒目がこちらを捉えているのがヒシヒシと伝わる。
クチバシに触れようかという所で並走。奴はその口を数回開閉した。閉じる度、生暖かい野生の匂いが届き、息を止めたくなる。だが、その匂いの元には俺はなんとか連れ去られなかった。
タイミングを見計らった。
閉じる瞬間――その後に出来る数秒の隙を狙った。
心臓がやかましいほどに鳴った。
だが、息も走りも止まることはなかった。
一、二、三、と飛び込む瞬間を心の中で数えた。
奴がクチバシを閉じる。
今だ! ――と、スピードをさらに緩め、そのクチバシの下で屈むようにしながら走る。すぐさま、クチバシにある宝石に手を伸ばした。
「よし!」
簡単に触ることが出来た。――が、
「はぁ!? と、とれ、取れねぇ!」
クチバシに埋め込まれたそれは、両手で掴もうとするも、爪を立てて剥がそうとするもビクともすることはなかった。
「んだよそれっ!? うぁっ!」
カモメが空へと飛び上がり、風圧でつい体勢が崩れ倒れた。
カモメのヒレのような脚が起こした風圧だった。
「はぁ······はぁ······あぶねぇ······」
巨大なピンクの脚はかすりこそしなかったが、触れれば怪我は免れないであろう程の衝撃を感じた。
背筋に寒気を覚えた。
だが、もう一度なんとか立ち上がっては走る。
いける、いける、と自分を嘘で言い聞かせては心を落ち着かせた。なんとか動悸のほうは落ち着いた。
「ったく、おかしいだろ。なんだよ、折角見つけたのが取れねぇって」
しかし、事態は振り出し。
いや、それ以上に悪い状態だった。
······足が、震えていた。
「くそっ、頑張れよ!」
なんとか走ってはいるが、心は落ち着いてもいるが、身体は恐怖を覚えていた。
それ故、走る速度は不安定。
スピードもさっきより明らかに落ち始めていた。
「どうする······」
このままだと同じ展開は不可能。
次こそは喰われるか、蹴り飛ばされるのが目に見えた。
再び、背筋に寒気を覚える。
もう足を止めてしまおうかと思った。
大人しく喰われれば、みんなでやり直して挑める。
そのほうが可能性は高いと思った。だが、しかし――、
「せめて、一矢報いねぇと気が済まねぇ」
こんな意味わからない世界に連れてこられて、こんな意味わからない遊びに付き合わされて、こんな意味わからないものに友人がやられて、そんな友人に意味を言われるでもなく後を任されて、もっとこっちのことも考えろよ! と、そんな怒りが溜まっていた。
立ち止まって、後ろを振り返った。
悠々と飛んでいた奴は、丁度こちらに滑空してくる所だった。
俺は自分の魚頭を二度叩く。
コンコンと、乾いた音がした。
「やってやる、やってやる······。折れるなら頭からポッキリ折れてやる」
考えることを止めて、ただ相手を睨み付けた。
策があるわけではない。
もはや自暴自棄と言ってもいい。
逃げることは難しいと判断した俺の、最後の悪あがき。そんな気概で、クチバシを閉じて滑空する敵のほうへ真っ直ぐと走り出す。
ただただ感情に身を任せて。
怖いというのを置き去りにするようにして。
風を裂く弾丸のような敵は、こちらへ真っ直ぐ向かっていた。そして、近付くほどにそのクチバシが開かれる。クチバシの奥に見える闇はどこまでも深い奈落のよう。
「俺はそこには呑まれねぇ。どうせ終わるなら走り続けて砕けてやる」
奈落の口は完全に開かれる。
そのまま、その巨大な闇は近付いた。
肉薄する距離。
走る俺の足は、もう震えを超越していた。ランナーズハイのように、俺の精神は無我の境地へと達していたのだろう。はたまた、死の淵を前にした悟りか。
「うおおおおあああああーっ!」
全身全霊、一走入魂の雄叫びを上げた。
「もう――」
まるで、飛行機と衝突するような一瞬の刻(とき)。
その刹那にも似た一瞬で、クチバシを屈んで避けた。
「どうにでもなれええええぇーっ!」
そして、屈んだ勢いをバネのように使って真上へと跳んだ。
弾丸のような相手の速度と相まって、頭突きは威力を増した。
だから、バキリッ、と音を立てて砕けた。
――クチバシの、黄色い宝石が。
その音を聞いた直後、俺は、正面からきた巨大な風圧に弾き飛ばされた。
ステージのクリアの仕方も分からない。
だが、走り回ってる内に一つ発見したことがあった。
「おかしいと言えば“アレ“しかないか······」
それは、巨大カモメの下クチバシの先端のやや下。
そこに、クチバシと似た色の宝石らしき物が埋まっていた。
不可思議なことだらけの世界だが、それでも、カモメが巨大なのを除けば、観察している敵の様子で際立って不自然なのはそれしかなかった。
「つまり、アレを取れってことか? でもなぁ······」
速さはこちらになんとか分はある。しかし、それに近付くということはそのまま喰われる危険も増すということ。虎穴に入らずんば虎児を得ずと言えばしっくりくるだろう。
「あぁ······確かに怖えぇなぁ。あんなのに押し潰されてもきっとアウトだろうし、喰われたらどうなることやら······」
ここまで走り続けている不可思議な理由を信じるならば全滅してもやり直しのきく可能性は高いだろうが、未知のものはやはり怖い。未知でなくとも、あんなでかいクチバシに挟まれるなんて全身の骨を砕かれるんじゃないかと思ってしまう。
「でも――」
胸を叩いて自分を奮い立たせた。
「やるしかないだろ」
これ以上の恐怖の思考は行動を鈍らせる。
そうなっては、いよいよ逃げるだけの情けない始末だ。
「いくぞ」
深呼吸して、もう一度胸を叩いた。
そして両足の力を緩め、スピードを奴に合わせていく。
徐々に近付く白い巨体と黄色のクチバシ。
つぶらな黒目がこちらを捉えているのがヒシヒシと伝わる。
クチバシに触れようかという所で並走。奴はその口を数回開閉した。閉じる度、生暖かい野生の匂いが届き、息を止めたくなる。だが、その匂いの元には俺はなんとか連れ去られなかった。
タイミングを見計らった。
閉じる瞬間――その後に出来る数秒の隙を狙った。
心臓がやかましいほどに鳴った。
だが、息も走りも止まることはなかった。
一、二、三、と飛び込む瞬間を心の中で数えた。
奴がクチバシを閉じる。
今だ! ――と、スピードをさらに緩め、そのクチバシの下で屈むようにしながら走る。すぐさま、クチバシにある宝石に手を伸ばした。
「よし!」
簡単に触ることが出来た。――が、
「はぁ!? と、とれ、取れねぇ!」
クチバシに埋め込まれたそれは、両手で掴もうとするも、爪を立てて剥がそうとするもビクともすることはなかった。
「んだよそれっ!? うぁっ!」
カモメが空へと飛び上がり、風圧でつい体勢が崩れ倒れた。
カモメのヒレのような脚が起こした風圧だった。
「はぁ······はぁ······あぶねぇ······」
巨大なピンクの脚はかすりこそしなかったが、触れれば怪我は免れないであろう程の衝撃を感じた。
背筋に寒気を覚えた。
だが、もう一度なんとか立ち上がっては走る。
いける、いける、と自分を嘘で言い聞かせては心を落ち着かせた。なんとか動悸のほうは落ち着いた。
「ったく、おかしいだろ。なんだよ、折角見つけたのが取れねぇって」
しかし、事態は振り出し。
いや、それ以上に悪い状態だった。
······足が、震えていた。
「くそっ、頑張れよ!」
なんとか走ってはいるが、心は落ち着いてもいるが、身体は恐怖を覚えていた。
それ故、走る速度は不安定。
スピードもさっきより明らかに落ち始めていた。
「どうする······」
このままだと同じ展開は不可能。
次こそは喰われるか、蹴り飛ばされるのが目に見えた。
再び、背筋に寒気を覚える。
もう足を止めてしまおうかと思った。
大人しく喰われれば、みんなでやり直して挑める。
そのほうが可能性は高いと思った。だが、しかし――、
「せめて、一矢報いねぇと気が済まねぇ」
こんな意味わからない世界に連れてこられて、こんな意味わからない遊びに付き合わされて、こんな意味わからないものに友人がやられて、そんな友人に意味を言われるでもなく後を任されて、もっとこっちのことも考えろよ! と、そんな怒りが溜まっていた。
立ち止まって、後ろを振り返った。
悠々と飛んでいた奴は、丁度こちらに滑空してくる所だった。
俺は自分の魚頭を二度叩く。
コンコンと、乾いた音がした。
「やってやる、やってやる······。折れるなら頭からポッキリ折れてやる」
考えることを止めて、ただ相手を睨み付けた。
策があるわけではない。
もはや自暴自棄と言ってもいい。
逃げることは難しいと判断した俺の、最後の悪あがき。そんな気概で、クチバシを閉じて滑空する敵のほうへ真っ直ぐと走り出す。
ただただ感情に身を任せて。
怖いというのを置き去りにするようにして。
風を裂く弾丸のような敵は、こちらへ真っ直ぐ向かっていた。そして、近付くほどにそのクチバシが開かれる。クチバシの奥に見える闇はどこまでも深い奈落のよう。
「俺はそこには呑まれねぇ。どうせ終わるなら走り続けて砕けてやる」
奈落の口は完全に開かれる。
そのまま、その巨大な闇は近付いた。
肉薄する距離。
走る俺の足は、もう震えを超越していた。ランナーズハイのように、俺の精神は無我の境地へと達していたのだろう。はたまた、死の淵を前にした悟りか。
「うおおおおあああああーっ!」
全身全霊、一走入魂の雄叫びを上げた。
「もう――」
まるで、飛行機と衝突するような一瞬の刻(とき)。
その刹那にも似た一瞬で、クチバシを屈んで避けた。
「どうにでもなれええええぇーっ!」
そして、屈んだ勢いをバネのように使って真上へと跳んだ。
弾丸のような相手の速度と相まって、頭突きは威力を増した。
だから、バキリッ、と音を立てて砕けた。
――クチバシの、黄色い宝石が。
その音を聞いた直後、俺は、正面からきた巨大な風圧に弾き飛ばされた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
世界中にダンジョンが出来た。何故か俺の部屋にも出来た。
阿吽
ファンタジー
クリスマスの夜……それは突然出現した。世界中あらゆる観光地に『扉』が現れる。それは荘厳で魅惑的で威圧的で……様々な恩恵を齎したそれは、かのファンタジー要素に欠かせない【ダンジョン】であった!
※カクヨムにて先行投稿中
幼馴染の勇者が一般人の僕をパーティーに入れようとするんですが
空色蜻蛉
ファンタジー
羊飼いの少年リヒトは、ある事件で勇者になってしまった幼馴染みに巻き込まれ、世界を救う旅へ……ではなく世界一周観光旅行に出発する。
「君達、僕は一般人だって何度言ったら分かるんだ?!
人間外の戦闘に巻き込まないでくれ。
魔王討伐の旅じゃなくて観光旅行なら別に良いけど……え? じゃあ観光旅行で良いって本気?」
どこまでもリヒト優先の幼馴染みと共に、人助けそっちのけで愉快な珍道中が始まる。一行のマスコット家畜メリーさんは巨大化するし、リヒト自身も秘密を抱えているがそれはそれとして。
人生は楽しまないと勿体ない!!
◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる