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これであいつとはしばらく顔を合わせられない。
気まずすぎる。
そう思ったのだが、そう思ったこと自体が間違いだった。
あの後、クラスの連中が俺を見てひそひそやっている。またいつもの通り俺の悪口か?と思ったが、少し様子が違う。
放課後になってもそれが続く。さすがに居心地が悪い。
うぜえ、連中だいっそのこと一発殴るか。
そんな思考になりつつあるのをこらえながら、何の気なしに窓を見る。窓に反射した自分の顔がうっすら見えるのだが、頬に貼られた絆創膏をみて赤面した。
そうだった。松木に手当てをしてもらったんだった。
思い出して顔が緩みかけたが、その絆創膏をよく見てそんなうれしい気持ちは吹き飛んだ。
なんだこれ!!
そのばんそうこうは全体的に甘ったるいイチゴミルクのパッケージのようなピンク色。おまけにかわいい動物のキャラクターの絵がプリントされてる。クラスの連中がひそひそやってた意味が分かった気がした。
おれみたいな鏡面に似合うはずがない。頭が途端に沸騰した。
放課後、怒りに任せて松木がいる3組に怒鳴りこんだ。
残っていたクラスメイトが俺の怒鳴り声にビクッと肩をはねさせ顔は恐怖へ歪むが、かまってられない。
「松木てめえ、よくもやりやがったな。」
松木はどなられているのにひょうひょうとして、びっくりしたな、いきなり怒鳴るなよ。
なんて言っている。そして近くの女子に「連れが来たから俺、帰るね」と声をかけていた。
「おい、松木、早川になんかしたのか」
びくびくしながらも松木の肩に手を置いてこそこそ話す松木のダチに無性にいらだつ。再度どなろうとしたが、
「まあちょっとね、ほんとは授業中にでも来るかと思ったんだけど思いのほか遅かったな。」
ほかの奴らなら尻尾を撒いて逃げだしそうな場面なのだが、松木に動じた様子は全くない。肝が据わってるなと他人事ながら思う。こんな状況だが、周りには効果てきめんだったようで目を合わさないように下を向き、おびえたように後ずさる。
「余裕ぶっこいてる場合じゃねえって松木、早川、マジ切れしてんじゃん。」
松木のダチはもはや悪口を隠す気もないらしい。びくびくしてるくせに本人の目の前でそんなことを言ってやがる。こめかみが怒りでひくひく動くのを感じた。
これ、一発殴ってもいいよな。
そんなことを考えながらにらみつけてやるとひいと情けない声を出した。ある程度それで留飲を下げたので松木の友達は許してやることにした。
「大丈夫、中本、明日な」
「おい、松木」
「おまたせ」
「まってねえよ、てめえなめてんのか」
俺が言葉を発するたび、緊張した空気が漂う。さっきは気にもしていなかったが、周りのおびえたような視線にすら心がささくれ立ちいらだってきた。
「こんなもん渡しやがって!!」
べりッと絆創膏を引きはがして床にたたきつけた。
もう、制御が聞かない。渦巻いた感情はなかなか消えてはくれない。
最悪、本当に最悪。
あんなことが合った後だ。当分、松木とは話さないかと思ってた。間違っても自分から話しかけることになるなんて思わなかった。
話しかけるというよりは一方的に怒鳴りつけた結果になったわけだが。
「何怒ってんだよ。かわいかったろ、妹から持たされてたやつ。なんだっけ、猫のキャラクター」
「聞いてねえよ」
クラスメイトはかかわりたくないとばかりにそろそろと散ってゆく。
「まあいいや、せっかく来てくれたんだ一緒に帰ろ、早川」
こいつには何を言っても無駄だと悟った。
「一人で帰れよ」
「まあまあそういわずに」
こんなに怒鳴っても、ひょうひょうとしてやがるなんて、何考えてるんだ。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
結局、振り切ろうとしたが、また手首をつかまれて帰路についているわけだがまたお互い無言。
はたから見れば手をつなぐ男子高校生二人なんて痛いだけだ。そう思って何度も振り払おうとしたが例のごとくはなれない。
無言の攻防が続いた。
十字路を何の気なしに家にある方向である右に曲がろうとしたが、くいっと手首を引っ張られた。
「おい、おれそっちじゃ」
「絆創膏の柄が気に入らなかったんだろ。血が流れてる。うちに来いよ、ちゃんと手当てしてやるから」
「いらねえよ。つーかいい加減手を放せ。」
「こっちだ」
「っ、話を聞け!!」
俺の言葉など聞こえていないかのようにずんずん進んでいく松木。
怒鳴り、何度も手を振り解こうとしたが全く意に帰さない松木。“松木”と書かれた表札の前にたどり着いた。
その瞬間、力が抜けた。
ありえねえだろ。本当に俺を家になんか連れていきやがった。
それでなおも、ずるずると手首を引く松木。
「・・・わかったよ。行くから。だから引っ張んなって。」
俺はしぶしぶ折れてやった。手当をやらせて帰ろう。
「おう、素直でいい子になったな。初めからそうしていればいいんだ。」
偉そうな態度に腹が立ったが余裕でいられたのはここまでだった。松木の家を見た瞬間、俺の思考は完全に停止した。
松木の家は一軒家で二階建て、玄関から見える庭には家庭菜園があり花壇に植えられている花はきれいな花を咲かせていた。
問題はその家の外観。白を基調とした外壁は汚れ一つなく、屋根は赤色でアクセントになっている。
こいつ実家暮らししてやがった。
「どうぞ」
松木に促され恐る恐る敷居をまたぐ。
「ただいま」
「おかえりなさい」
奥から聞こえる声に心臓が飛び出そうになった。
出てきたのはエプロン姿の女性。松木の母親だろう。
感じのよさそうな人ではあったが、嫌でも警戒してしまう。こちらは連れこまれた立場ではあるが、この姿のせいで最悪俺が松木を脅して家に案内されてたと考えられてもおかしくはない。家族いるのに俺なんか連れ込むなよ。
さすがに母親の前でそんなことを言う勇気もない。
「・・・・ダチじゃねーよ」
俺の言葉が届いたのか、
ちらりと見ると母親らしき人が俺をいぶかし気に見つめているのが見えた。
やっぱり、おもいっきり怪しんでんじゃねーか
「じゃましたな」
言い争うつもりは全くない。さっさと帰ろうと思った。しかし、カランコロンと軽快な音を立てて、扉を開ける音がして思わず立ち止まった。そこにはここら辺の中学校の制服を着た女のこがいた。
「あれ、お客さん?」
小首をかしげた女の子に退路をふさがれ内心歯噛みする。間の悪さに苛立ちを覚える。
「おかえり、なずな。」
松木は、妹のなずなだ。なんてさわやかにあいさつかましてくるが、その手はがっちり今度は俺の腕を絡めるようにしてつかんでいた。舌打ちをしたくなったが、目の前にいる松木の妹に泣かれでもしたら面倒だ。
「・・・・・・・・」
無言のままなんとか松木を引きはがして帰ろうとするが、松木の手は緩まない。それどころかいけしゃあしゃあと俺のことを母親と妹に紹介しやがった。
「っで、こいつは同じ学年の早川直之。ナズナは聞いたことあるだろ?“方角の暴君”って呼ばれているの」
「えっ」
その瞬間空気が凍り付いたのを感じた。
またかよ。
この空気はいつまでたっても苦手だ。まるで一人取り残されたように感じる。
「それって、札付きの不良。」
そう、ナズナがつぶやいたのと同時に。ようやく松木の手を振り払うことに成功した。
「いい加減、はなせ、うぜえ、もうかかわってくんじゃねえ。今度かかわってきたら顔の原型がなくなるまでえぼこぼこにしてやる。」
その捨て台詞に、ナズナとその母親は恐怖で青ざめているのをみる。
本当にするわけない。
それでも俺が言えば立派な脅し文句だ。思った以上に効果はてきめんだった。
そのことに心がえぐられるような気持になったが、母と妹をきづつけたんださすがにもう二度と絡んでこないだろうと思うとむなしいながらもどこかほっとした。
玄関を出て、松木の家を振り返って見上げる。
夏の中頃なのに吹いてきた風はどこか冷たく感じた。
*************************
「はぁー、まじでくそが」
悪態をついた。
結局逃げ帰ってしまった。しかもあんな脅し文句まで吐いて。
何でおれはこうなんだろうな。枕に顔を埋める。せっかく手当てしてもらったのに絆創膏は投げ捨てるし、松木の家族に関しては挨拶すらまともにできなかった。
つーか、松木も松木だろう。・・・・・初対面であんな紹介の仕方しなくても
“方角の暴君”その言葉を聞いたナズナは、完全に引いていた。
それがショックでまた勢いであんなことを言ってしまった。・・・こんなんじゃ言い訳になんねえか。
だから・・・・わかってるんだよ
いちばん悪いのは時分なんだって。今時の小学生のほうが礼儀をわきまえてるように感じる。
ふと思った。
なんで松木は俺にこんなに良くしてくれるんだろう。
もともと人当たりはいい。でもだからこそわざわざ俺みたいな人間にちょっかいをかける必要はないはずだ。
“おまえ、俺のこと好きだろ”
ふいに松木の声がよみがえる。
松木は俺が松木のことを好きだから、勘違いしてやがるから面白がって声をかけてくるのか。
そうだったらむかつく、むかつくけどもそれでも、わざわざ“方角の暴君”なんて呼ばれている危険な存在の俺に話しかけてくるか?
普通は話しかけない。
向こうからしたら下手したらボコられるんだぞ。
でも松木はなぜか俺が脅し文句を吐いても、怖がらねえんだよな。
いくら考えても答えが出ない。答えが出ないのなら本人に聞くしかないのだが、あんなことを言ったばかりだ。
それに家族にも失礼な態度をとってしまった。
さすがに嫌われちまったよな。
わいてきた疑問の答えはともかく、せめて一言謝りたい。
でも、自分から話しかけるなんてできやしない。
それに嫌われ者の俺と違って松木はいつも人に囲まれている。タイミングを計ることも容易ではないだろう。
どうすれば、俺はあいつに近づけるんだろうか。答えの出ない疑問はいつまでも胸の中で渦巻いた。
悩みすぎて全く寝られなかった。
そのせいか心なしかいつもより通行人が俺を避けてゆく。
ささくれだった心が苛立ちに変化してくるのを感じる。
おさえろ。落ち着け。
こんなんで自分から手を出したら普通の不良と変わらなくなるだろ。
何とか心を落ち着かせたその瞬間、どくりと心臓が脈打った。
「・・・・・・松木」
校門の前でカバンを肩にぶら下げながら立っていたのは昨日喧嘩別れした?いや一方的に怒鳴りつけた松木だった。
松木は俺の声に反応して近づいてきた。
思わず、後ずさりしてしまった。
それを横目で見る松木はなんだか怖かった。さすがの松木も昨日のことを怒っているのだろうか。
「よお。」
松木そういって、にじり寄ってきた。
尻尾をまいて逃げ出したくなるのを踏みとどまった。
これはチャンスだ。
向こうから話しかけてくれたのだ。昨日のことを謝ろう。
ごくりとつばを飲み込み、すっと息を吸った。
「昨日はごめんな」
「あ?」
意味が分からなくて聞き返してしまう。出っ鼻をくじかれてたじろぐ。謝ったのは松木のほうだった。
「でも安心しろ。ナズナも母さんも話せばわかってくれた。」
「…何意味わかんないこと言ってやがる。さっさとそこどけ。」
「放課後、一緒に帰ろうな。」
「だれが帰るかよ。・・・・もういいだろ。」
人の恐怖なんてそうぬぐいきれるものではない。ましては思いっきり怖がらせてしまった昨日の今日で何言ってやがるんだと文句を言いたくなった。
でも松木はにんまりと笑い、来ないとどうなるかなーなんて言ってくる。
その笑顔がとても怖くて、背中には冷や汗が流れていった。
こいつは何を考えているんだ。
松木はケータイを見せた。
その画面に映っていたのは昨日の自分。
それもかわいい絆創膏をした。
こんな写真どうして・・・?
結局松木は終始笑顔で、俺が何も言えずに立ちすくむ。
「写真はクラスの子にもらったんだ。珍しいってお前がうちのクラスに殴り込みに来た時にとってたみたいだよ」
本当に最悪。誰だそんなふざけたまねをしたのは。名前がわかったら、殴りこんでやる。
「・・・・・・・・・・・」
「それで・・・放課後来なかったら、この写真を他校にばらまいてやる。そしたら“方角の暴君”なんて呼ばれてるのにほかの不良校に馬鹿にされちゃうかもな」
なんなんだよ。わけがわからねえよ。
なんでそうまでして俺にかまうんだ。昨日封じ込めたはずの疑問がわき出てきた。
「・・・わかったな。写真をばらされたくなかったら、ちゃんと俺の教室に来いよ。」
そういって、松木は意地悪く笑った後、片手をあげて校舎へ入っていった。
なんだったんだ・・・?
すぐにチャイムが鳴り、思考が強制的に遮断されてしまった。
慌てて教室に駆け込んだ後、そして授業中ずっと松木のことを考えていた。
俺を嫌うどころか、一緒に帰ろうと誘ってきやがった。しかも断ったらどうなるかと脅してきた。
そしてあの笑顔も思わせぶりっぽくて腹が立つ・・・。
松木は本当に何をしたいんだ。
休み時間、松木の周りの人間たちはいつものように松木に話しかけていた。
松木はそのすべてに対して愛想よく返事をしていた。そんな様子をぼうっと眺めていると、突然松木がこちらを向いた。
目が合うと、少しだけ笑みを浮かべる。
俺はそれに気づかないふりをして、目をそらした。
するとまた視線を感じて振り返る。
そこには変わらずにこやかな表情の松木が話しかけてきた。
「来てくれたんだね。」
「うっせえ」
あんな写真ばらまかれでもしたら俺は他校の不良どもからいい笑いものだ。松木がどうゆうつもりにしろ、あの写真は消してもらわないと困る。
そう結論付け、意を決して松木の教室を覗いたんだが、やっぱり、クラスメイトからの視線が痛い。こんなところさっさと立ち去りたい。すでに逃げ腰になっていたが、松木と話をつけるため、踏みとどまった。
「さっさと行くぞ」
「俺と帰る気になってくれてうれしいよ。」
にやにやと笑う松木を冷めた目で見る。
「ままっまて、早川!!松木をどうするつもりだ!まさか、松木を殴りに行くわけじゃないだろうな」
こいつはいつも松木とつるんでるダチ。確か名前は中本とか言ったっけ。
どもってんじゃねえよ、めんどくせえ。てめえが絡んでこねえ限りは噛みついたりしねぇよ。
それに松木とはべつに俺が好き好んで俺といるわけじゃないってーの。
そいつをにらみつけると、中本は縮み上がったが強気にもさらにまくし立ててきた。
「もももももしも松木を殴ってみろ!俺は許さないからな。」
うぜえ。ほんきでうぜえ。小鹿のように足を震わせながら立ちふさがるそいつは勇者とかヒーロー気取りのつもりかよ。
一方的に悪者扱いとか本気でめんどくせえ。
「中本、俺は別に早川に脅されてるわけじゃねーよ。」
なっ、と俺に目配せしてきた松木はもっとうぜえ。
むしろこいつを脅してるなんて言葉がにじみ出ているようでむかついた。
何か言ってやろうと口を開こうとするが、次の瞬間、頭は真っ白になった。
「俺、こいつと付き合ってるから、ああもちろん」
ちゅっ
惚けた俺の唇に合わせるだけのキスをした。
「こうゆう意味でね」
「「えええーーーーーーー!!!!!」」」」
残った少数のクラスメイトの絶叫が聞こえる。
「てめえ、何言ってやがる!!」
顔が燃えるように熱い。唇を乱暴にぬぐい、今度こそ逃げようとした。しかし松木が逃がしてくれるはずもなく、
がっしりと服の裾をつかんだ。
「なんだよ、勝手に俺たちが恋人同士だってばらしたから怒ってるのか?」
「ふざけんなチげえよ、後、恋人同士でもない!!」
「そんなすねるなよ」
ほらこっちむいて、と無理やり体を反転させられた。このバカ力め。
「・・・・・・」
「これで機嫌直してくれよ」
今度はしっかりと深い口づけ。舌が絡んでくる。
ディープキス独特の唾液の絡まる音がして耳をふさぎたくなる。
周りからは悲鳴が聞こえてくる。
なんでこんなことに・・・? やっと解放された時、俺はもう疲れ切っていた。
「さあ、帰るぞ」
放心した俺をさっさと手をつなぎなおして引っ張っていく松木。コイビトつなぎにされているのを見て頭を抱えた。
すでに抵抗する気は起きなかった。
ざわざわと心が
騒いでいる。
これは恐怖なのか、それとも別の感情か。
どちらにせよ、今は考えることを放棄したかった。
***
帰り道は、終始無言だった。
松木は楽しげに鼻歌を歌っていたが、俺はそれどころではなかった。
気持ちがおちつかねえ。
手をつなぐのは、家に着くまでずっと続いた。連れていかれたのはやっぱりというかなんというか松木の家。もうつっこむきすら起きない。
間違いなくこの間より事態は悪くなっている。
玄関に入ったところで、昨日の出来事がよみがえる。
反射的につながれた手を振りほどこうとするが、松木はぎゅうっと握ってそれを許してくれない。
「はなせ!!」
「そう騒ぐなよ。安心しろよ、今日は母さんもナズナもいない。」
そういって靴を脱いですたすた歩いていく。
「・・・・おい、待てよ」
手はつながれたままだったため、慌てて靴を脱ぐ。聞きたいことは山ほどある。
部屋に通されて、座らされる。
ここは松木の部屋らしい。思っていたより、物がある。
松木はさっさと麦茶を次いで持ってくる。
それを飲んで落ち着いたところで切り出した。
「お前、どうしてあんなことを言い出したんだ?」
不思議といつもの様な動機に見舞われることはない。
「あれ?俺の愛を疑ってるのかい?」
「そうゆう冗談はいい加減にしろ!!」
「そんな怒るなってどうどうどう」
「てめえ!!」
「そう怒るなよ。中本とお前、一発触発だったじゃんか。」
「いっぱ、ん?なんつった?」
「・・・喧嘩するつもりだったでしょ。」
あきれたように言いなおす松木。
つまりはけんかを止めるための方便だったとでも言いたいのだろうか。
ずきりと心が痛む。理解はした。でも、
だからって、あんな、
「あんな嘘つくんじゃねえよ!!俺は男だし、へんな噂だってたっちまう!」
なぜだか心が痛かった。そんな残酷な嘘つかないでほしかった。
「知ってるよ。」
「分かってない!!俺とお前は友達でもなんでもねえ赤の他人のてめえとそんな噂までたつなんて御免だ!!」
「俺はそれでも構わないけどな」
またそうやって、人の心を乱してくる。本当にこいつは最低野郎だと思う。
「・・・ふざけんなよ。」
「本気だよ。」
いつもはへらへらと笑ってるくせに、急に真剣になるから、質が悪い。
「俺は、お前が好きだ。」
「っ!!」
「いっとくが、恋愛的な意味でだぞ。聞いてるか。」
「・・・・・・・・・」
「おれ、松木一は早川直之のことがす」
「っやめろ!!」
思わず、手が出た。
思いっきり横っ面を殴ってしまった。
「その、すまん」
パニックになって謝る。すんなり言葉が出てよかったが・・・
やっちまった・・・
慌てて、カバンをひっつかんで、逃げようとした。
「いい加減逃げるのやめろ。ちゃんと俺に向き合え!!」
初めて、松木が怒鳴った。
ビクッと体をこわばらせる。
「俺は本気で、お前のこと好きだ。」
「っ!!」
「何回も言わせんじゃねえよ恥ずかしいだろ。」
照れくさそうな顔で頭をかく松木。
「俺はお前が好きなんだ。」
まっすぐにこちらを見つめてくる瞳から目をそらせない。
「・・・俺なんか、好きになってもろくなことにならないぞ。」
やっと出た言葉は、それだった。
「そんなこと知らん。惚れちまったもんは仕方ないだろうが。」
もう、何を言ってもこの松木には通じない気がした。
ちっ、何をやっても負けてしまっている状況にすらいらだって舌打ちする。
「こっち見ろよ、直之」
「なれなれしく、名前で呼んでんしゃねえ」
「あははは、耳まで真っ赤っか」
「・・・・るせえ」
そんなこと言われなくても分かってる。
「その分だと返事を聞くまでもないか。」
「・・・・・・・」
「・・・・・・」
松木に促されて再び座らされる。
そして松木は立ち上がり、せなかに手を回して抱きしめた。
いきなりのことに反応できない。手持ち無沙汰の手は虚空をさまよう。
「松木のように背中に手を回せばいいことはわかっていたができなかった。
「好きだよ、直之」
優しくささやく声が耳に届く。
「・・・うるせぇ」
そう返すことしかできなかった。
触れ合った手や背中から感じるぬくもりに長年渦巻いていた不安や焦りが解けていくのを感じた。
これであいつとはしばらく顔を合わせられない。
気まずすぎる。
そう思ったのだが、そう思ったこと自体が間違いだった。
あの後、クラスの連中が俺を見てひそひそやっている。またいつもの通り俺の悪口か?と思ったが、少し様子が違う。
放課後になってもそれが続く。さすがに居心地が悪い。
うぜえ、連中だいっそのこと一発殴るか。
そんな思考になりつつあるのをこらえながら、何の気なしに窓を見る。窓に反射した自分の顔がうっすら見えるのだが、頬に貼られた絆創膏をみて赤面した。
そうだった。松木に手当てをしてもらったんだった。
思い出して顔が緩みかけたが、その絆創膏をよく見てそんなうれしい気持ちは吹き飛んだ。
なんだこれ!!
そのばんそうこうは全体的に甘ったるいイチゴミルクのパッケージのようなピンク色。おまけにかわいい動物のキャラクターの絵がプリントされてる。クラスの連中がひそひそやってた意味が分かった気がした。
おれみたいな鏡面に似合うはずがない。頭が途端に沸騰した。
放課後、怒りに任せて松木がいる3組に怒鳴りこんだ。
残っていたクラスメイトが俺の怒鳴り声にビクッと肩をはねさせ顔は恐怖へ歪むが、かまってられない。
「松木てめえ、よくもやりやがったな。」
松木はどなられているのにひょうひょうとして、びっくりしたな、いきなり怒鳴るなよ。
なんて言っている。そして近くの女子に「連れが来たから俺、帰るね」と声をかけていた。
「おい、松木、早川になんかしたのか」
びくびくしながらも松木の肩に手を置いてこそこそ話す松木のダチに無性にいらだつ。再度どなろうとしたが、
「まあちょっとね、ほんとは授業中にでも来るかと思ったんだけど思いのほか遅かったな。」
ほかの奴らなら尻尾を撒いて逃げだしそうな場面なのだが、松木に動じた様子は全くない。肝が据わってるなと他人事ながら思う。こんな状況だが、周りには効果てきめんだったようで目を合わさないように下を向き、おびえたように後ずさる。
「余裕ぶっこいてる場合じゃねえって松木、早川、マジ切れしてんじゃん。」
松木のダチはもはや悪口を隠す気もないらしい。びくびくしてるくせに本人の目の前でそんなことを言ってやがる。こめかみが怒りでひくひく動くのを感じた。
これ、一発殴ってもいいよな。
そんなことを考えながらにらみつけてやるとひいと情けない声を出した。ある程度それで留飲を下げたので松木の友達は許してやることにした。
「大丈夫、中本、明日な」
「おい、松木」
「おまたせ」
「まってねえよ、てめえなめてんのか」
俺が言葉を発するたび、緊張した空気が漂う。さっきは気にもしていなかったが、周りのおびえたような視線にすら心がささくれ立ちいらだってきた。
「こんなもん渡しやがって!!」
べりッと絆創膏を引きはがして床にたたきつけた。
もう、制御が聞かない。渦巻いた感情はなかなか消えてはくれない。
最悪、本当に最悪。
あんなことが合った後だ。当分、松木とは話さないかと思ってた。間違っても自分から話しかけることになるなんて思わなかった。
話しかけるというよりは一方的に怒鳴りつけた結果になったわけだが。
「何怒ってんだよ。かわいかったろ、妹から持たされてたやつ。なんだっけ、猫のキャラクター」
「聞いてねえよ」
クラスメイトはかかわりたくないとばかりにそろそろと散ってゆく。
「まあいいや、せっかく来てくれたんだ一緒に帰ろ、早川」
こいつには何を言っても無駄だと悟った。
「一人で帰れよ」
「まあまあそういわずに」
こんなに怒鳴っても、ひょうひょうとしてやがるなんて、何考えてるんだ。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
結局、振り切ろうとしたが、また手首をつかまれて帰路についているわけだがまたお互い無言。
はたから見れば手をつなぐ男子高校生二人なんて痛いだけだ。そう思って何度も振り払おうとしたが例のごとくはなれない。
無言の攻防が続いた。
十字路を何の気なしに家にある方向である右に曲がろうとしたが、くいっと手首を引っ張られた。
「おい、おれそっちじゃ」
「絆創膏の柄が気に入らなかったんだろ。血が流れてる。うちに来いよ、ちゃんと手当てしてやるから」
「いらねえよ。つーかいい加減手を放せ。」
「こっちだ」
「っ、話を聞け!!」
俺の言葉など聞こえていないかのようにずんずん進んでいく松木。
怒鳴り、何度も手を振り解こうとしたが全く意に帰さない松木。“松木”と書かれた表札の前にたどり着いた。
その瞬間、力が抜けた。
ありえねえだろ。本当に俺を家になんか連れていきやがった。
それでなおも、ずるずると手首を引く松木。
「・・・わかったよ。行くから。だから引っ張んなって。」
俺はしぶしぶ折れてやった。手当をやらせて帰ろう。
「おう、素直でいい子になったな。初めからそうしていればいいんだ。」
偉そうな態度に腹が立ったが余裕でいられたのはここまでだった。松木の家を見た瞬間、俺の思考は完全に停止した。
松木の家は一軒家で二階建て、玄関から見える庭には家庭菜園があり花壇に植えられている花はきれいな花を咲かせていた。
問題はその家の外観。白を基調とした外壁は汚れ一つなく、屋根は赤色でアクセントになっている。
こいつ実家暮らししてやがった。
「どうぞ」
松木に促され恐る恐る敷居をまたぐ。
「ただいま」
「おかえりなさい」
奥から聞こえる声に心臓が飛び出そうになった。
出てきたのはエプロン姿の女性。松木の母親だろう。
感じのよさそうな人ではあったが、嫌でも警戒してしまう。こちらは連れこまれた立場ではあるが、この姿のせいで最悪俺が松木を脅して家に案内されてたと考えられてもおかしくはない。家族いるのに俺なんか連れ込むなよ。
さすがに母親の前でそんなことを言う勇気もない。
「・・・・ダチじゃねーよ」
俺の言葉が届いたのか、
ちらりと見ると母親らしき人が俺をいぶかし気に見つめているのが見えた。
やっぱり、おもいっきり怪しんでんじゃねーか
「じゃましたな」
言い争うつもりは全くない。さっさと帰ろうと思った。しかし、カランコロンと軽快な音を立てて、扉を開ける音がして思わず立ち止まった。そこにはここら辺の中学校の制服を着た女のこがいた。
「あれ、お客さん?」
小首をかしげた女の子に退路をふさがれ内心歯噛みする。間の悪さに苛立ちを覚える。
「おかえり、なずな。」
松木は、妹のなずなだ。なんてさわやかにあいさつかましてくるが、その手はがっちり今度は俺の腕を絡めるようにしてつかんでいた。舌打ちをしたくなったが、目の前にいる松木の妹に泣かれでもしたら面倒だ。
「・・・・・・・・」
無言のままなんとか松木を引きはがして帰ろうとするが、松木の手は緩まない。それどころかいけしゃあしゃあと俺のことを母親と妹に紹介しやがった。
「っで、こいつは同じ学年の早川直之。ナズナは聞いたことあるだろ?“方角の暴君”って呼ばれているの」
「えっ」
その瞬間空気が凍り付いたのを感じた。
またかよ。
この空気はいつまでたっても苦手だ。まるで一人取り残されたように感じる。
「それって、札付きの不良。」
そう、ナズナがつぶやいたのと同時に。ようやく松木の手を振り払うことに成功した。
「いい加減、はなせ、うぜえ、もうかかわってくんじゃねえ。今度かかわってきたら顔の原型がなくなるまでえぼこぼこにしてやる。」
その捨て台詞に、ナズナとその母親は恐怖で青ざめているのをみる。
本当にするわけない。
それでも俺が言えば立派な脅し文句だ。思った以上に効果はてきめんだった。
そのことに心がえぐられるような気持になったが、母と妹をきづつけたんださすがにもう二度と絡んでこないだろうと思うとむなしいながらもどこかほっとした。
玄関を出て、松木の家を振り返って見上げる。
夏の中頃なのに吹いてきた風はどこか冷たく感じた。
*************************
「はぁー、まじでくそが」
悪態をついた。
結局逃げ帰ってしまった。しかもあんな脅し文句まで吐いて。
何でおれはこうなんだろうな。枕に顔を埋める。せっかく手当てしてもらったのに絆創膏は投げ捨てるし、松木の家族に関しては挨拶すらまともにできなかった。
つーか、松木も松木だろう。・・・・・初対面であんな紹介の仕方しなくても
“方角の暴君”その言葉を聞いたナズナは、完全に引いていた。
それがショックでまた勢いであんなことを言ってしまった。・・・こんなんじゃ言い訳になんねえか。
だから・・・・わかってるんだよ
いちばん悪いのは時分なんだって。今時の小学生のほうが礼儀をわきまえてるように感じる。
ふと思った。
なんで松木は俺にこんなに良くしてくれるんだろう。
もともと人当たりはいい。でもだからこそわざわざ俺みたいな人間にちょっかいをかける必要はないはずだ。
“おまえ、俺のこと好きだろ”
ふいに松木の声がよみがえる。
松木は俺が松木のことを好きだから、勘違いしてやがるから面白がって声をかけてくるのか。
そうだったらむかつく、むかつくけどもそれでも、わざわざ“方角の暴君”なんて呼ばれている危険な存在の俺に話しかけてくるか?
普通は話しかけない。
向こうからしたら下手したらボコられるんだぞ。
でも松木はなぜか俺が脅し文句を吐いても、怖がらねえんだよな。
いくら考えても答えが出ない。答えが出ないのなら本人に聞くしかないのだが、あんなことを言ったばかりだ。
それに家族にも失礼な態度をとってしまった。
さすがに嫌われちまったよな。
わいてきた疑問の答えはともかく、せめて一言謝りたい。
でも、自分から話しかけるなんてできやしない。
それに嫌われ者の俺と違って松木はいつも人に囲まれている。タイミングを計ることも容易ではないだろう。
どうすれば、俺はあいつに近づけるんだろうか。答えの出ない疑問はいつまでも胸の中で渦巻いた。
悩みすぎて全く寝られなかった。
そのせいか心なしかいつもより通行人が俺を避けてゆく。
ささくれだった心が苛立ちに変化してくるのを感じる。
おさえろ。落ち着け。
こんなんで自分から手を出したら普通の不良と変わらなくなるだろ。
何とか心を落ち着かせたその瞬間、どくりと心臓が脈打った。
「・・・・・・松木」
校門の前でカバンを肩にぶら下げながら立っていたのは昨日喧嘩別れした?いや一方的に怒鳴りつけた松木だった。
松木は俺の声に反応して近づいてきた。
思わず、後ずさりしてしまった。
それを横目で見る松木はなんだか怖かった。さすがの松木も昨日のことを怒っているのだろうか。
「よお。」
松木そういって、にじり寄ってきた。
尻尾をまいて逃げ出したくなるのを踏みとどまった。
これはチャンスだ。
向こうから話しかけてくれたのだ。昨日のことを謝ろう。
ごくりとつばを飲み込み、すっと息を吸った。
「昨日はごめんな」
「あ?」
意味が分からなくて聞き返してしまう。出っ鼻をくじかれてたじろぐ。謝ったのは松木のほうだった。
「でも安心しろ。ナズナも母さんも話せばわかってくれた。」
「…何意味わかんないこと言ってやがる。さっさとそこどけ。」
「放課後、一緒に帰ろうな。」
「だれが帰るかよ。・・・・もういいだろ。」
人の恐怖なんてそうぬぐいきれるものではない。ましては思いっきり怖がらせてしまった昨日の今日で何言ってやがるんだと文句を言いたくなった。
でも松木はにんまりと笑い、来ないとどうなるかなーなんて言ってくる。
その笑顔がとても怖くて、背中には冷や汗が流れていった。
こいつは何を考えているんだ。
松木はケータイを見せた。
その画面に映っていたのは昨日の自分。
それもかわいい絆創膏をした。
こんな写真どうして・・・?
結局松木は終始笑顔で、俺が何も言えずに立ちすくむ。
「写真はクラスの子にもらったんだ。珍しいってお前がうちのクラスに殴り込みに来た時にとってたみたいだよ」
本当に最悪。誰だそんなふざけたまねをしたのは。名前がわかったら、殴りこんでやる。
「・・・・・・・・・・・」
「それで・・・放課後来なかったら、この写真を他校にばらまいてやる。そしたら“方角の暴君”なんて呼ばれてるのにほかの不良校に馬鹿にされちゃうかもな」
なんなんだよ。わけがわからねえよ。
なんでそうまでして俺にかまうんだ。昨日封じ込めたはずの疑問がわき出てきた。
「・・・わかったな。写真をばらされたくなかったら、ちゃんと俺の教室に来いよ。」
そういって、松木は意地悪く笑った後、片手をあげて校舎へ入っていった。
なんだったんだ・・・?
すぐにチャイムが鳴り、思考が強制的に遮断されてしまった。
慌てて教室に駆け込んだ後、そして授業中ずっと松木のことを考えていた。
俺を嫌うどころか、一緒に帰ろうと誘ってきやがった。しかも断ったらどうなるかと脅してきた。
そしてあの笑顔も思わせぶりっぽくて腹が立つ・・・。
松木は本当に何をしたいんだ。
休み時間、松木の周りの人間たちはいつものように松木に話しかけていた。
松木はそのすべてに対して愛想よく返事をしていた。そんな様子をぼうっと眺めていると、突然松木がこちらを向いた。
目が合うと、少しだけ笑みを浮かべる。
俺はそれに気づかないふりをして、目をそらした。
するとまた視線を感じて振り返る。
そこには変わらずにこやかな表情の松木が話しかけてきた。
「来てくれたんだね。」
「うっせえ」
あんな写真ばらまかれでもしたら俺は他校の不良どもからいい笑いものだ。松木がどうゆうつもりにしろ、あの写真は消してもらわないと困る。
そう結論付け、意を決して松木の教室を覗いたんだが、やっぱり、クラスメイトからの視線が痛い。こんなところさっさと立ち去りたい。すでに逃げ腰になっていたが、松木と話をつけるため、踏みとどまった。
「さっさと行くぞ」
「俺と帰る気になってくれてうれしいよ。」
にやにやと笑う松木を冷めた目で見る。
「ままっまて、早川!!松木をどうするつもりだ!まさか、松木を殴りに行くわけじゃないだろうな」
こいつはいつも松木とつるんでるダチ。確か名前は中本とか言ったっけ。
どもってんじゃねえよ、めんどくせえ。てめえが絡んでこねえ限りは噛みついたりしねぇよ。
それに松木とはべつに俺が好き好んで俺といるわけじゃないってーの。
そいつをにらみつけると、中本は縮み上がったが強気にもさらにまくし立ててきた。
「もももももしも松木を殴ってみろ!俺は許さないからな。」
うぜえ。ほんきでうぜえ。小鹿のように足を震わせながら立ちふさがるそいつは勇者とかヒーロー気取りのつもりかよ。
一方的に悪者扱いとか本気でめんどくせえ。
「中本、俺は別に早川に脅されてるわけじゃねーよ。」
なっ、と俺に目配せしてきた松木はもっとうぜえ。
むしろこいつを脅してるなんて言葉がにじみ出ているようでむかついた。
何か言ってやろうと口を開こうとするが、次の瞬間、頭は真っ白になった。
「俺、こいつと付き合ってるから、ああもちろん」
ちゅっ
惚けた俺の唇に合わせるだけのキスをした。
「こうゆう意味でね」
「「えええーーーーーーー!!!!!」」」」
残った少数のクラスメイトの絶叫が聞こえる。
「てめえ、何言ってやがる!!」
顔が燃えるように熱い。唇を乱暴にぬぐい、今度こそ逃げようとした。しかし松木が逃がしてくれるはずもなく、
がっしりと服の裾をつかんだ。
「なんだよ、勝手に俺たちが恋人同士だってばらしたから怒ってるのか?」
「ふざけんなチげえよ、後、恋人同士でもない!!」
「そんなすねるなよ」
ほらこっちむいて、と無理やり体を反転させられた。このバカ力め。
「・・・・・・」
「これで機嫌直してくれよ」
今度はしっかりと深い口づけ。舌が絡んでくる。
ディープキス独特の唾液の絡まる音がして耳をふさぎたくなる。
周りからは悲鳴が聞こえてくる。
なんでこんなことに・・・? やっと解放された時、俺はもう疲れ切っていた。
「さあ、帰るぞ」
放心した俺をさっさと手をつなぎなおして引っ張っていく松木。コイビトつなぎにされているのを見て頭を抱えた。
すでに抵抗する気は起きなかった。
ざわざわと心が
騒いでいる。
これは恐怖なのか、それとも別の感情か。
どちらにせよ、今は考えることを放棄したかった。
***
帰り道は、終始無言だった。
松木は楽しげに鼻歌を歌っていたが、俺はそれどころではなかった。
気持ちがおちつかねえ。
手をつなぐのは、家に着くまでずっと続いた。連れていかれたのはやっぱりというかなんというか松木の家。もうつっこむきすら起きない。
間違いなくこの間より事態は悪くなっている。
玄関に入ったところで、昨日の出来事がよみがえる。
反射的につながれた手を振りほどこうとするが、松木はぎゅうっと握ってそれを許してくれない。
「はなせ!!」
「そう騒ぐなよ。安心しろよ、今日は母さんもナズナもいない。」
そういって靴を脱いですたすた歩いていく。
「・・・・おい、待てよ」
手はつながれたままだったため、慌てて靴を脱ぐ。聞きたいことは山ほどある。
部屋に通されて、座らされる。
ここは松木の部屋らしい。思っていたより、物がある。
松木はさっさと麦茶を次いで持ってくる。
それを飲んで落ち着いたところで切り出した。
「お前、どうしてあんなことを言い出したんだ?」
不思議といつもの様な動機に見舞われることはない。
「あれ?俺の愛を疑ってるのかい?」
「そうゆう冗談はいい加減にしろ!!」
「そんな怒るなってどうどうどう」
「てめえ!!」
「そう怒るなよ。中本とお前、一発触発だったじゃんか。」
「いっぱ、ん?なんつった?」
「・・・喧嘩するつもりだったでしょ。」
あきれたように言いなおす松木。
つまりはけんかを止めるための方便だったとでも言いたいのだろうか。
ずきりと心が痛む。理解はした。でも、
だからって、あんな、
「あんな嘘つくんじゃねえよ!!俺は男だし、へんな噂だってたっちまう!」
なぜだか心が痛かった。そんな残酷な嘘つかないでほしかった。
「知ってるよ。」
「分かってない!!俺とお前は友達でもなんでもねえ赤の他人のてめえとそんな噂までたつなんて御免だ!!」
「俺はそれでも構わないけどな」
またそうやって、人の心を乱してくる。本当にこいつは最低野郎だと思う。
「・・・ふざけんなよ。」
「本気だよ。」
いつもはへらへらと笑ってるくせに、急に真剣になるから、質が悪い。
「俺は、お前が好きだ。」
「っ!!」
「いっとくが、恋愛的な意味でだぞ。聞いてるか。」
「・・・・・・・・・」
「おれ、松木一は早川直之のことがす」
「っやめろ!!」
思わず、手が出た。
思いっきり横っ面を殴ってしまった。
「その、すまん」
パニックになって謝る。すんなり言葉が出てよかったが・・・
やっちまった・・・
慌てて、カバンをひっつかんで、逃げようとした。
「いい加減逃げるのやめろ。ちゃんと俺に向き合え!!」
初めて、松木が怒鳴った。
ビクッと体をこわばらせる。
「俺は本気で、お前のこと好きだ。」
「っ!!」
「何回も言わせんじゃねえよ恥ずかしいだろ。」
照れくさそうな顔で頭をかく松木。
「俺はお前が好きなんだ。」
まっすぐにこちらを見つめてくる瞳から目をそらせない。
「・・・俺なんか、好きになってもろくなことにならないぞ。」
やっと出た言葉は、それだった。
「そんなこと知らん。惚れちまったもんは仕方ないだろうが。」
もう、何を言ってもこの松木には通じない気がした。
ちっ、何をやっても負けてしまっている状況にすらいらだって舌打ちする。
「こっち見ろよ、直之」
「なれなれしく、名前で呼んでんしゃねえ」
「あははは、耳まで真っ赤っか」
「・・・・るせえ」
そんなこと言われなくても分かってる。
「その分だと返事を聞くまでもないか。」
「・・・・・・・」
「・・・・・・」
松木に促されて再び座らされる。
そして松木は立ち上がり、せなかに手を回して抱きしめた。
いきなりのことに反応できない。手持ち無沙汰の手は虚空をさまよう。
「松木のように背中に手を回せばいいことはわかっていたができなかった。
「好きだよ、直之」
優しくささやく声が耳に届く。
「・・・うるせぇ」
そう返すことしかできなかった。
触れ合った手や背中から感じるぬくもりに長年渦巻いていた不安や焦りが解けていくのを感じた。
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