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十五話 無自覚な優秀

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「きょ、今日からお世話になります! アンナ・フォレット……本名を、アンナ・リズリーと申します! よろしくお願いします!」

放課後、練習場となるレオナルドの家に現れたアンちゃん。
アンちゃんは直角に頭を下げて、レオナルドに挨拶をする。
レオナルドはポカン、とした顔でライヴ先輩に尋ねた。

「何か増えてるんだけど。どうなってるんだこれ」
「リアちゃんのお友達だって。それと、お嬢様らしい」
「へ~……」

棒読みの返事をした後、レオナルドはアンちゃんから私に視線を移す。
レオナルドはまだ素直じゃなかった頃のアンちゃんを知っている。
私は本当だ、という意味を込めて力強く頷くと、レオナルドはアンちゃんに聞いた。

「お前の目的は何だ」
「へ……」
「単に優秀になりたいだけなら、他を当たったほうがいいぞ」
「ち、違います! 私は……私はっ、王家の天秤として命を狙われている、私の家族を助けたいんです!」

そう言うと、レオナルドは「ほぉ」と興味深そうに声を出す。

「リズリー家は確かに、王家の天秤と呼ばれていたな……」
「何でそれ知ってるの?」

私が思わず聞くと、レオナルドはサラりと答える。

「ライオネルがお前を試した日、精神体で王宮に出向いていた。それで色々わかった」
「せ、精神体……?」

私もアンちゃんも、その言葉にはポカンとする。
そんな魔法があっただなんて、知らなかった。
レオナルドはやっぱり凄い。

「確かに今、リズリー家はかなり危ない。追い詰められている。国王様がいなかったら今頃どうなっていたか」
「っ……」
「だが、お前は本当にリアに危害を加えないというのか? 嘘をついているだけではないのか?」
「……そう、ですよね。私なんか、怪しいことこの上ないですよね。でも、何に縋りついてでも私は家族を助けたい」
「お前はリアと俺が『治癒魔法』の研究をしていることに気がついていたな」

そうだったの!?
慌ててアンちゃんのほうを見れば、アンちゃんは気まずそうに笑った。
アンちゃんの情報収集力を舐めてはならない。
すっかり忘れていた。
王女として王宮にいた頃、リズリー家の噂はかなり流れてきたというのに。

「それを利用するのか?」
「……正直に言えば、リアには国王様を助けてほしいと思ってます。けれど、家族は私が助けたいのです」

アンちゃんは強い意志を持ってレオナルドのことを凝視する。
私は二人の睨み合いに、思わず唾を飲み込んだ。

「……わかった」

根負けしたのはレオナルドのほうだった。
レオナルドは頷いて、アンちゃんに厳しげに声をかける。

「そう言ったからには手加減しない。リアと同様にな」
「わかってます、師匠」
「……ん?」

待って今、アンちゃん……レオナルドのことを師匠って言った?
レオナルドとライヴ先輩も、思わず硬直した。

「……えっと、君。レオナルド君のことを師匠って」
「はい。教えを乞う人のことは、師匠と呼びます。ちなみに師匠、私に身体的接触は避けてください。嫌ですので」
「何なんだ……」

急に押しかけてきた弟子? に、レオナルドは頭を抱える。
こうして見るとアンちゃんってキャラ濃いよね。

「では、ステルスを教えてください」
「……はぁ。わかった。とりあえず、ステルスならライオネルに聞いてくれ。俺はリアに教えてる」
「わかりました」

ライヴ先輩は魔力がない。
それは事実だが、なぜか魔法を教えるのは上手かった。
アンちゃんとライヴ先輩が離れた場所に行けば、レオナルドは私に向き直る。

「よし。じゃあ今から、次のステップに移る」
「うん」
「次は……これだ」

レオナルドがトン、と何かを机の上に置く。
それをまじまじと見てみれば、水時計であった。
水時計は珍しい。
基本時刻は教会に設置してある鐘の音で見分けるもので、水時計は時間の細かい見分けが必要な王族や貴族、大商人ぐらいしか持っていない。

「どこでこんな珍しいものを……」
「俺がまだ自分の家に住んでいた時、キャラバンが来たんだ」
「キャラバンが?」
「粗悪品らしくてな。安かったから売ってもらえたんだ」

レオナルドはもう1つ水時計を取り出す。
私は水時計なんてあまり見ないから、どこが悪いかなんて検討がつかない。
じーっと水時計を見ていれば、レオナルドが教えてくれる。

「簡単な話だ。水に砂やゴミが大量に入っている。それで水時計が動かない」
「あっ」

確かに確認してみれば、水時計の水は落ちるはずなのに、全く微動だにしていない。
若干だが、水は濁っている気がする。

「この砂やゴミを、水時計から取り除くんだ」
「へ?」
「それができれば〔全知〕にかなり近づく。できたと言っても過言ではない。なに、俺もまだできない」
「ど、どうやって!?」
「わからない。だからやる」

そう言ってレオナルドは、ライヴ先輩とアンちゃんの元へ向かった。
きっとライヴ先輩と役割を交代するのだろう。
私は水時計の観察をする。

「……濁ってる」

薄黒く濁った水。
でも、それしかわからない。
この中の状態を知る必要がある。
無属性魔法の応用、というわけだ。

「うーん、長くなりそう……」

◆ ◆ ◆

ライヴside

レオンとイリスから離れた後、僕はアンナさんと向き合った。
彼女に僕が魔力がないとはバレてはいけない。
この精神魔法は、一度理解してしまえば利かないものなのだ。

「よろしくお願いします」

そう言って礼儀正しく頭を下げる、赤髪の少女。
アンナさんは確か男性恐怖症とか言っていたから、接触は避けよう。

「さてと、まずステルスの練習方法なんだけど」

僕は過去にレオンが言っていた言葉を反芻しつつ、アンナさんに教えていく。

「……という訳。わかった?」
「あの。ライヴ様は使えるんですか?」
「ううん、僕は無理。リアちゃんやレオナルド君は使えるけど」
「そうですか」

残念がられると思いきや、アンナさんはわりとあっさりとした返事をする。
そのまま意識を集中させ始めた。
といっても、初日でできるものではないと思うけどね。
ステルスは無属性魔法のかなり難しい部類に入る。
レオンは流石と言うべきなのか一週間で習得し、魔力制御が苦手だと言いつつ、イリスは2ヶ月で習得した。
レオンは前世の力はほぼ失われているらしく、苦戦している模様。
まああれくらいの魔法だったなら、前世であれば1発だろう。
イリスは『治癒魔法』にだけ天才的だったから、他の魔法は少し相性が悪かった。
でも、できないというわけではない。
イリスは自分では気づいていないが、筋はいいのだ。
ちなみに、ステルスを習得するために必要な期間は、普通なら1年だ。
この時の僕は、厄介事を抱え込んだな、ぐらいしかアンナさんのことを見ていなかった。
しかし。

「……あれ? アンナさん?」

アンナさんの姿が忽然と消えた。
もしかして、帰った?
それともお手洗い?

「ここですよ、ライヴ様」
「っ!?」

声が聞こえて、思わず後ずさる。
すると、何も無かったはずのところからアンナさんが姿を現した。

「急にできてビックリしちゃいました。ステルスって怖いですね、相手に姿が見えないし」

……驚いた。
彼女はとても優秀じゃないか。
これは鍛えがいがありそうだと、僕は思わず笑みを浮かべた。
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