225 / 227
ユニコーン編
第百十九話 頭の軽い天使
しおりを挟む
「わっ、こんなところにユニコーン」
一人の天使が、口を開けて大袈裟に驚いて見せる。
ユニコーンは億劫げに顔を上げた。
『天族か……』
「どうしたの? そんな怪我して」
『縄張り争いに負けた』
ユニコーンの腹部から、だらだらと生々しい血が流れている。
真っ赤なそれは地面を染め上げ、天使の足元まで広がっていた。
「治してあげよっか」
『よさぬか。私は今から神に召されるのだ。同じ神に使える身として、ここは放っておいてくれ』
「そっか。そうだよね」
ユニコーンはぐぐ、と自身の瞼を下げると、天使に向かって呟いた。
『気掛かりなのは我が子だ。私が死ねば、卵がいつ還るやもわからぬ』
「卵?」
ユニコーンの足元に、虹色の卵が転がっている。
興味深そうに天使が卵を抱き上げると、にこりと笑ってみせた。
「だぁいじょうぶ。今未来を覗いてみたけど、この子はちゃんと拾われるよ。可愛い男の子に」
『……人間か?』
「天使にだよ」
『そうか。それならば安心だ……』
ユニコーンは地べたに寝そべる。
どうやらこのまま、命を終えるらしい。
『私が救った人間達は、どうやら私を信仰しているらしい。私の遺骸は、人間達に渡してくれ。適当に処理してくれるだろう』
「わかった。おやすみ」
ユニコーンは目を閉じた。
天使はユニコーンを魔法で持ち上げると、人間達の前まで持って行った。
「君達の信じるユニコーンの死体だよ。さっき死んだ。ユニコーンの死体を加工して、何か道具でも作るといい。それが彼女の望みだ」
「ああ……天使様。ありがとうございます」
涙を流し、人間達は天使を仰ぎ見る。
天使はそのまま姿を消すと、先ほどの場所へと戻ってきた。
そして卵を抱えると、そこから離れた洞穴へと卵を置く。
「……ねえ君。この先の未来で、この卵を拾う子でしょ」
「!」
ここでようやく、アレクは自身の意識を自覚した。
どうやら天使は、アレクに話しかけているらしい。
「僕のこと、見えるの?」
「うん。天族同士の惹き合いかな? まあどうでもいいけど」
天使は笑って、アレクに手を差し出す。
「どうか大事に育ててあげてね。それが彼女の願いだから」
「……大切にするよ。名前だってもう付けてるんだ。今は訳あって離れてるけど」
「ふぅん。未来は思っているより複雑みたいだね。君も羽を持っていないし」
アレクの背中に羽は存在しない。
魂は天族といえど、体は人間なのだ。
天使は目を細めると、ふとこんなことを聞いてきた。
「人間はさ、私達を崇めているけど……時々羨ましそうにこっちを見てくる。神様に私達が愛されているからかな? そこで君に質問。人間を排除すべきだと思う?」
極論であった。
アレクは即座に首を横に振る。
「だ、ダメだよ! 人間をその……排除するなんて」
そこでアレクは思い出す。
天族は人間に滅ぼされたことを。
ここで感じた違和感。
「……君達の未来視は、自分達の結末はわからないの?」
アレクの質問に、天使はサラリと答えた。
「わかるよ。見ようと思えばね。でも、それをするのはつまらない」
天使はアレクの前まで飛んでくると、アレクの目を見ながら言う。
「神様は、私達が積極的に未来を視ることを好いていないからね。それに、何もかもわかってしまえばつまらない。もし私達が、今後人間になにかされるとしても、それが運命ってだけ」
「死ぬのが怖くないの?」
「当たり前。死んだら神様が迎えにきてくれるもの。君、変わってるね。天族は生に頓着のない者ばかりなのに」
天使はアレクの後ろに視線をやると、少し驚いた顔をする。
「今日は来客が多いなぁ」
「え?」
振り返れば、布で顔を覆った少年がそこにいた。
「迎えに来たよ。そろそろ帰りな」
「だ、誰?」
「僕はアレクの味方」
少年はアレクの手を取ると、天使に向かって頭を下げた。
天使はにこやかに送り出してくれる。
「じゃあね、未来の子供達よ」
少年に連れられ、アレクは『過去視』の能力から現代へと巻き戻る。
少年のことが気になり、アレクは尋ねた。
「あの、前もこうやって助けてくれた? 僕が『過去視』で迷子になってる時」
「ああ。アレクはひよっこだな。力の使い方がなってない」
「ひよっこ……」
「アレクが慣れるまで、僕が案内してあげる」
頼もしい物言いに、アレクはクスクスと笑って見せた。
「なんか兄様みたい」
「……兄様?」
「うん。僕の兄様。ガディっていうんだけど、凄く頼りになるんだ。あっ、僕には姉様もいてーー」
アレクが双子のことを語る時、少年はどこか複雑そうな表情をしていた。
「そう。今の君には、兄と姉がいるんだ」
「? うん」
「……喧嘩でもした?」
「なっ」
少年の質問に、アレクはギョッとする。
喧嘩、とでもいうのだろうか。
少なくとも、二人を置いてきたことは事実である。
「うん……」
「そう。ちゃんと、謝りなよ」
「わかってるよ……」
元気のない返事に、少年は肩を竦めた。
「君はさ、ティファンの弟でもあるんだ。君にはもう一人の、頼りになる兄がいることを忘れないでおくれ」
「ティファンは……僕の敵か、味方なのか、わかんないよ」
「味方さ。ティファンはアレクを大事にしてる」
トン、と少年がアレクの背を押す。
「あんまり素っ気なくしないであげてね。あの人は、少し嫉妬してしまってるだけなんだ」
一人の天使が、口を開けて大袈裟に驚いて見せる。
ユニコーンは億劫げに顔を上げた。
『天族か……』
「どうしたの? そんな怪我して」
『縄張り争いに負けた』
ユニコーンの腹部から、だらだらと生々しい血が流れている。
真っ赤なそれは地面を染め上げ、天使の足元まで広がっていた。
「治してあげよっか」
『よさぬか。私は今から神に召されるのだ。同じ神に使える身として、ここは放っておいてくれ』
「そっか。そうだよね」
ユニコーンはぐぐ、と自身の瞼を下げると、天使に向かって呟いた。
『気掛かりなのは我が子だ。私が死ねば、卵がいつ還るやもわからぬ』
「卵?」
ユニコーンの足元に、虹色の卵が転がっている。
興味深そうに天使が卵を抱き上げると、にこりと笑ってみせた。
「だぁいじょうぶ。今未来を覗いてみたけど、この子はちゃんと拾われるよ。可愛い男の子に」
『……人間か?』
「天使にだよ」
『そうか。それならば安心だ……』
ユニコーンは地べたに寝そべる。
どうやらこのまま、命を終えるらしい。
『私が救った人間達は、どうやら私を信仰しているらしい。私の遺骸は、人間達に渡してくれ。適当に処理してくれるだろう』
「わかった。おやすみ」
ユニコーンは目を閉じた。
天使はユニコーンを魔法で持ち上げると、人間達の前まで持って行った。
「君達の信じるユニコーンの死体だよ。さっき死んだ。ユニコーンの死体を加工して、何か道具でも作るといい。それが彼女の望みだ」
「ああ……天使様。ありがとうございます」
涙を流し、人間達は天使を仰ぎ見る。
天使はそのまま姿を消すと、先ほどの場所へと戻ってきた。
そして卵を抱えると、そこから離れた洞穴へと卵を置く。
「……ねえ君。この先の未来で、この卵を拾う子でしょ」
「!」
ここでようやく、アレクは自身の意識を自覚した。
どうやら天使は、アレクに話しかけているらしい。
「僕のこと、見えるの?」
「うん。天族同士の惹き合いかな? まあどうでもいいけど」
天使は笑って、アレクに手を差し出す。
「どうか大事に育ててあげてね。それが彼女の願いだから」
「……大切にするよ。名前だってもう付けてるんだ。今は訳あって離れてるけど」
「ふぅん。未来は思っているより複雑みたいだね。君も羽を持っていないし」
アレクの背中に羽は存在しない。
魂は天族といえど、体は人間なのだ。
天使は目を細めると、ふとこんなことを聞いてきた。
「人間はさ、私達を崇めているけど……時々羨ましそうにこっちを見てくる。神様に私達が愛されているからかな? そこで君に質問。人間を排除すべきだと思う?」
極論であった。
アレクは即座に首を横に振る。
「だ、ダメだよ! 人間をその……排除するなんて」
そこでアレクは思い出す。
天族は人間に滅ぼされたことを。
ここで感じた違和感。
「……君達の未来視は、自分達の結末はわからないの?」
アレクの質問に、天使はサラリと答えた。
「わかるよ。見ようと思えばね。でも、それをするのはつまらない」
天使はアレクの前まで飛んでくると、アレクの目を見ながら言う。
「神様は、私達が積極的に未来を視ることを好いていないからね。それに、何もかもわかってしまえばつまらない。もし私達が、今後人間になにかされるとしても、それが運命ってだけ」
「死ぬのが怖くないの?」
「当たり前。死んだら神様が迎えにきてくれるもの。君、変わってるね。天族は生に頓着のない者ばかりなのに」
天使はアレクの後ろに視線をやると、少し驚いた顔をする。
「今日は来客が多いなぁ」
「え?」
振り返れば、布で顔を覆った少年がそこにいた。
「迎えに来たよ。そろそろ帰りな」
「だ、誰?」
「僕はアレクの味方」
少年はアレクの手を取ると、天使に向かって頭を下げた。
天使はにこやかに送り出してくれる。
「じゃあね、未来の子供達よ」
少年に連れられ、アレクは『過去視』の能力から現代へと巻き戻る。
少年のことが気になり、アレクは尋ねた。
「あの、前もこうやって助けてくれた? 僕が『過去視』で迷子になってる時」
「ああ。アレクはひよっこだな。力の使い方がなってない」
「ひよっこ……」
「アレクが慣れるまで、僕が案内してあげる」
頼もしい物言いに、アレクはクスクスと笑って見せた。
「なんか兄様みたい」
「……兄様?」
「うん。僕の兄様。ガディっていうんだけど、凄く頼りになるんだ。あっ、僕には姉様もいてーー」
アレクが双子のことを語る時、少年はどこか複雑そうな表情をしていた。
「そう。今の君には、兄と姉がいるんだ」
「? うん」
「……喧嘩でもした?」
「なっ」
少年の質問に、アレクはギョッとする。
喧嘩、とでもいうのだろうか。
少なくとも、二人を置いてきたことは事実である。
「うん……」
「そう。ちゃんと、謝りなよ」
「わかってるよ……」
元気のない返事に、少年は肩を竦めた。
「君はさ、ティファンの弟でもあるんだ。君にはもう一人の、頼りになる兄がいることを忘れないでおくれ」
「ティファンは……僕の敵か、味方なのか、わかんないよ」
「味方さ。ティファンはアレクを大事にしてる」
トン、と少年がアレクの背を押す。
「あんまり素っ気なくしないであげてね。あの人は、少し嫉妬してしまってるだけなんだ」
0
お気に入りに追加
10,426
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……


双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ
海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。
あぁ、大丈夫よ。
だって彼私の部屋にいるもん。
部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。