追い出されたら、何かと上手くいきまして

雪塚 ゆず

文字の大きさ
上 下
215 / 227
留年回避編

第百九話 上演開始

しおりを挟む
ユリーカ達、演劇委員会の上演日。
約束通り、メノウはきちんと人数を集めてやってきた。

「アレク。連れてきたぞ」
「本当にやってくれたんだね……」
「当たり前だろう。お前のためだからな」
「僕のためって言うのはよくわからないけど」

そこで、演劇委員会の教師が、アレクに向かって泣きながら抱きついてきた。

「アレク君! 本当に、ほんとーにありがとう!! ひぐっ、もうダメかと、ユリーカさんを失ってしまうかとぉ」
「き、気にしないでください。それより、今日は僕も手伝うんですから。最後まで頑張りましょう」
「ゔん」

鼻を啜り、教師は離れていく。
それを不満げに見つめていたのはメノウだった。

「気安く触れるものなのか?」
「? 別に。ほら」

メノウの反応の意味がわからなかったアレクは、ギュッとメノウの手を握ってみせる。
酷く驚いたような顔を彼がするものだから、アレクは笑ってしまった。

「どうしたの? 何か、変?」
「……いや。温かいな、と」
「なにそれ」

くふくふと笑っていれば、メノウは複雑そうな顔でこちらを見下ろした。

「その……頑張れよ」
「うん! 見ててね!」

メノウの手を離し、アレクは舞台裏へと引っ込んでいく。
小道具等の調節がまだだ。
ここで壊れてしまっては、劇が台無しになってしまう。

「アレク君」
「ユリーカ!」

ユリーカに呼ばれ、振り返る。
今日やる劇は、獣人の世界を舞台にしたものだ。
そのため、ユリーカの頭には猫耳がついている。

「わあ……ユリーカ、可愛いね!」
「ありがと」
「今日の劇、僕も凄く楽しみだったんだ。まさか裏方に回れるとは思ってなかったけど」
「そこは頼らせてもらうわ。今日はよろしくね」
「そうだね」

ユリーカの言葉にアレクは頷く。
その時、ユリーカがアレクに寄って、そっと耳打ちした。

「あのメノウって人……ちょっと変じゃない?」
「ちょっと変って?」
「お坊ちゃまらしいのはわかるんだけど。こうも簡単に、二千人って集められるものかしら。それに……集めてきた人達を、『信者』って呼んでた」
「……信者かぁ」
「相当な変人に違いないわね」

アレクの額に軽いデコピンをかますと、ユリーカは警告した。

「あの手の変人は変態が多いんだから。気をつけなさいよ」
「へ、変態って」
「アレク君、そういうのに絡まれやすいんだから」

そこで、開始五分前のブザーが鳴る。
ユリーカはブザーを聞くと、持ち場まで戻っていってしまった。
一人残されたアレクは、悶々としながらも準備を進める。

「変態とか……ないよね? 多分。でも、ディラン王みたいなパターンだったら、どうしようかな」

そうこうしている内に、舞台が始まった。
着々と順調に進むステージに、アレクは演出の手伝いを挟む。
次に、最大の見せ場である、ユリーカの殺陣が披露される。

「うわ……!」

その出来に、アレクは思わず感嘆の吐息を漏らす。
上手い。
二年前ーーアレク達がまだ一年生の頃、初めてやったものより遥かに上達している。
どれだけ練習したのだろう。
ユリーカの見えない努力に、見惚れていたその時。

カァン!

「!」

ユリーカの相手役の、扱っていた剣が弾かれた。
想定しないハプニング。
二年前と同じ。
しかし、ユリーカは違った。

「丸腰の相手に刃物とは、こちらも卑怯に値する! 私も、自身の肉体で勝負させてもらおう!」

(アドリブだ)

ユリーカは握っていた剣を放り投げ、そのまま体術へと持ち込む。
相手も殺陣をしていただけあって、身のこなしは一流。
綺麗に違和感なく繋いだ場に、アレクは胸を撫で下ろした。
魔法で演出を加えつつ、ステージはクライマックスへと持ち込んだ。
最後までやりきれたユリーカが、ステージが終わった後にお辞儀をする。
アレク達も舞台に上がり、最後の挨拶をしていく。

(あれ……)

そこで気づいた違和感。
注目されている。
視線がアレクに集中していたのだ。
アレクはただの裏方で、ステージには一度も登場していない。
それなのに注目されるのはおかしい。
嫌な視線を感じながらも、舞台は幕を閉じた。




「アレク。いい舞台だったな」
「メノウ!」

舞台を見終わったメノウが、アレクの元へと会いに来る。
アレクはメノウに恩義を感じていたので、素直に駆け寄ることにした。

「チケット買ってくれてありがとう。まさか、本当にここまで集めてくれるなんて」
「俺は来るさ。約束は守る主義でな」

「メノウ坊ちゃま」と、後ろから声がかかる。
振り返れば、老紳士が立っていた。

「残念ですが、お時間です」
「そうか。じゃあな、アレク。このメノウの名を、存在を、どうか忘れてくれるなよ」
「う、うん。恩人だし、覚えておくよ」
「……はは、今はお前にとって、取るに足らぬ者かもしれないがな」

メノウは手を一振りして、そのまま去っていった。
覚えておけと言われたが、パンチの強いメノウのことは、忘れることができないだろう。

「後は僕だけかな」

学園長に、留年の件がどうなったか聞きに行こう。
アレクは決心を固めて、ユリーカ達の元へと戻った。
しおりを挟む
感想 449

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

国外追放だ!と言われたので従ってみた

れぷ
ファンタジー
 良いの?君達死ぬよ?

双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ

海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。 あぁ、大丈夫よ。 だって彼私の部屋にいるもん。 部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。